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カマドウマからの禍ツ神。

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 ヴィラード国王は、みょーんと跳んだ。

「は?」

 我ながら間の抜けた表情カオをしてると思うわ。だって、人間があんな、跳躍する?

 助走もなく、おもむろにって表現がぴったりくる、ばね仕掛けのおもちゃのように跳んだのよ。なんかこんなジャンプする生き物いなかったかしら。

 ほら、あれよ。

 カマドウマ。

 王衣がはためいて、宝飾品が太陽の光を反射する。加護の力は失っても、貴金属としてはいいものなのかもしれない。持ち主の役には立ってないけど。

 私たちが呆気にとられている間に、カマドウマ⋯⋯もとい、ヴィラード国王はみょーんみょーんみょーんと三回跳ねて、隊列の先頭まで迫った。国王の背後でヴィラード国軍が土煙を上げて突進してきたけど、先頭の国王とはかなり距離がある。

 もう一度跳ねると白鷹騎士団を飛び越えて、シーリアたちに迫る勢いだわ。ザシャル先生が柔らかな声で囁くように聖句を唱え始めたとき、ヴィラード国王はみょ⋯⋯と跳び上がったところを、三兄様さんのにいさまに足首を掴まれて、ビッターンと地面に落ちた。

「させるか、このまま行ったら宝石姫のところまで行くだろうが」

 三兄様が整った顔を歪めた。してるなぁ。

「野郎ども、戦闘⋯⋯かかれッ!」

 だから三兄様、カッコいいけど、もうちょっとこう、騎士様らしくしようよ。とは思えど、迫りくる敵兵を前にお上品ぶっていてもどうしようもない。

 駆け出した白鷹騎士団はすぐにヴィラード国軍と衝突し、あちこちから剣を打ち合う音が聞こえ始めた。

 グゲゲッ、グゲーーッ!

 また変な声がして、ヴィラード王が起き上がった。三兄様は真正面で剣を構え、異形の王を見据えている。

 ヴィラード国王の鼻がひしゃげて変な方を向いている。顔の下半分を真っ赤に染めて奇声を発する姿に、なんか変な安堵を覚えた。

「良かった、血が赤い⋯⋯」

 あそこまで異形めいていると、血が緑でも不思議はないもの。

 キロキロと目玉を動かして、シーリアとザシャル先生を視界にとらえると、ヴィラード国王はにちゃりと笑った。髭に覆われた口元でも、案外わかるものね。

 爽やかな笑顔とは程遠いけど。

「宝石姫、馬上から行けるか?」

「やってみる」

 耳元でアル従兄様が言ったので頷く。禍ツ神の気配に怯えているのか、単にヴィラード国王の見た目の問題なのか、馬が落ち着かなくて狙いが定まるのか心配してるのね。

 素早く視線でユンとタタンに合図する。ヴィラード国王の視線がシーリアとザシャル先生に釘付けになっている隙に、ふたりとアル従兄様が馬を操って移動した。

 馬って相当大きいと思うんだけど、獲物を前によだれを垂らしている禍ツ神の目には入らないらしい。なんの邪魔もなく位置を決め、シーリアたちと四方に位置を取った。

 そろりと移動しながら、正方形になる位置を探る。フォンッと空気を揺るがす気配があって、四方結界が完成したのが体感で分かった。

 真っ直ぐ肘を伸ばして、両手の親指と人差し指を使って作った三角形のスコープで、ヴィラード国王に照準を合わせる。

 対面にいるザシャル先生の口の動きが止まるのが見えた瞬間。

「エリアス、退けろ‼︎」

 うわぁ、びっくりした! ほとんど耳元でアル従兄様が叫んで、三兄様がヴィラード国王の前から飛び退ったのと同時に強い風が吹き、ヴィラード国王の身体が風の檻に囚われた。

 三兄様は軽い身のこなしでタタンの馬に駆け寄ると、いなないて前脚をあげようとするのを宥めた。

 ヴィラード国王は風の檻の中を引っ掻くようにして破ろうとしている。彼が向かおうとしているのは、真っ直ぐにシーリアだ。

「あのジジイ、弱い方に標的を定めたな」

 黄金の三枚羽は、襲いかかるのにはリスクが高い。とは言え、シーリアはザシャル先生と馬に相乗りしている。簡単に捕まったりしないわよ。

「いくわよ。《浄光照射じょうこうしょうしゃ》!」

 三角形の光の帯が、真っ直ぐにヴィラード国王に光を注ぐ。浄化の光が光線となって、突き刺さる。

 まずは禍ツ神をヴィラード国王から引き摺り出す。

 ザッカーリャのときとは違う。彼女の肉体が人間じゃなかったことと、彼女に巣食う瘴気の源が、人間の怨念のようなものだった。今度は人間の肉体から、神そのものを引き摺り出す。

 いや、もう、マジ無理ゲー。

 グギァーーッ、グギャッ。

 益々人間から離れていく叫び声に、禍ツ神を引き剥がした後の国王は、命があるのか不安になる。人の命を奪う覚悟はできていない。

「《浄光照射》!」

 檻の中でヴィラード国王が暴れると照準がずれる。馬がタタラを踏んでもずれる。アル従兄様が必死で馬を宥めて手綱を引く。臆病な馬の頭上から、こんな光線が発射されているんだもん。馬もだいぶ耐えていると思うわよ。

 グッギャーーッ。

 お、声の様子が変わった?

 何度も《浄光照射》を打ち込んでいると、ヴィラード国王が見えない檻の格子を掴んで動きを止めた。ザッカーリャのときみたいに、黒い靄が出てくる様子はない。

 ヴィラード国王が立ったまま背中を丸めてブルブル震え始めた。

 ガッガッガッ。

 笑ってるの? 呻いてるの? よくわからない声を発している。

 ピシッ⋯⋯!

 は?

 背中にヒビ?

 割れたヴィラード国王の背中から、黒い塊が見える。

「脱皮?」

 私の言葉は声になったのだろうか。

 びゅうびゅうと風が吹き荒れて、風の檻がほどけた。精霊たちが怯えて逃げ惑う気配がする。

 突風と濃い瘴気の塊に吹き飛ばされた。一瞬の浮遊感。アル従兄様が私のお腹に手を回して引き寄せるのを感じた。目の端にヴィラード国王の身体が内側から剥がれ落ちるのが見えた。

 そして風の檻も四方結界も吹き飛んだ場所に。

 うっそりと半身を起こす巨大な蛇が。

 シュルシュルと赤い舌を伸ばして、ザシャル先生に庇われるシーリアを見ていた。
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