上 下
39 / 87

立つ者の自覚。

しおりを挟む
 わかりやすく、ゲスかった。領民があんなに疲弊しているのに、でっぷり太っている。

 代官とそのお供は領主館に入るなり、出迎えた使用人の手で加護宝珠を毟り取られた。しつこいくらいにひっくり返したり光に透かしたりして点検した後、帳面に何かを書き付けてひとつずつ箱に収めていく。

「ここの空気は清浄です。そこ彼処に加護宝珠が散りばめられています。館の中だけは安全ですね」

 ザシャル先生が眉をひそめた。

「無駄なほど過剰ですよ。半分に減らしても充分ですね」

 そのぶん施療院とか教会とかに設置したり、狩人に貸し出したりすれば、きれいな空気の中で健康を取り戻せるし、森の豊かな獲物も狩れるはず。

 加護宝珠を全て外して身軽になった代官と、毟り取った使用人に案内されて、食堂に通された。朝食前だったのでご馳走しくれるんだろうけど、目の前に広がる食卓に、正直言って食欲が失せた。

 すでに食事を始めていた領主は、唇を脂でピカピカにして骨つきの肉にかぶりついていた。

 朝食のメニューじゃないわよ。

 テーブルの上には所狭しと料理が並び、私たち全員に振る舞っても余りそうだった。

「おうおう、めんこい女子おなごたちだ。こちらに来て好きなだけ食べるがよい」

 これ、残ったものは使用人が食べさせてもらえるのかな。捨てられちゃうんだろうか。

「いただきましょうか」

 アリアンさんが硬い声音で言った。いつも物柔らかな人が不快感を押し殺して、ようやく絞り出したような声だった。

 体力は削ぎたくない、相手に不信感を抱かせない、敵意を悟らせてはいけない、諸々込み込みで、渋々テーブルに寄った。騎士のふたりが領主に近い席を選んで座ると、あからさまに不快げに鼻を鳴らした。フゴって、ほんとにぶたっ鼻ね。

 砂を噛むように朝食を食べる。朝からクドイし量は多いし、全く味なんてわからない。

「それでご領主様は、なぜ私どもをお召しになったのですか?」

 ミシェイル様の隣に座ったザシャル先生が、淡々と聞いた。眠そうな目元は相変わらずだったけど、口調が冷たい。

「そうじゃそうじゃ。そなたら、加護宝珠を待っておらぬか? 言い値で買い取るぞ」

 呆れた! まだ欲しがるの⁈

 この領主、加護宝珠に護られた館のなかにいるのに、自分自身もピッカピカに飾り立ててるのよ。多分全部加護宝珠でしょうね。

「我々は加護宝珠を持っていません」

「ではやはり、代官の言う通り、そこにいるバローラの聖女がいるからか?」

「彼女はバローラの聖女ではありません」

 バロライの巫女姫よね。

「帝国を出る際に、念入りにまじないを掛けましたので、その効果でしょう」

 うん、私がのろいさながら、親の仇みたいにたがねを打ちまくったものね。おかげで肩も腕も二日ほど上がらなかったわ。

 館に来たとき使用人にボディチェックを受けたけど、ドッグタグはスルーされた。表側には親方が施してくれた、日の出を模したエンブレムが彫られていて、パーティー名『暁降あかときくだち』を表している。ただのパーティーの共通認識票と思ってくれたらいいなぁ、と思ってたら、その通りになった。

 一般的に加護は宝飾や武器に施されるらしい。もちろんタタンの剣は魔力を通さないと発動しないし、他のみんなの武器はただの武器だ。

 領主はねっとりとユンを見た。

 それから猫撫で声で提案して来た。

「今、ヴィラード国内はなにか得体の知れないものに侵されている。噂ではザッカーリャ山の邪神が目覚めたという話しだ。か弱い婦女子にそんな中で旅をさせるのは忍びない。三人はこの館で商談が終わるのを待たれてはいかがかな」

 イヤ。

 ゲスいとは思ってたけど、その上ロリコンなの⁈ 危険だって言うなら、小さいミシェイル様を一番に心配するものじゃないの。

「わたくし、お父様の言いつけを守らねばなりませんの。主人あるじたるもの、自分だけ楽をするわけには参りませんわ」

 ツーン。

「いや⋯⋯では、聖女殿は、どう思われる」

「聖女⋯⋯? どこにいる?」

 ユンが真面目な顔をしてキョロキョロした。領主がちょっと鼻白んだ。馬鹿にされたとでも思ったのかしら? ユンは自分のことだなんて、一ミリも思ってないと思うわ。

「御用がそれだけなら、私たちは失礼します。結構な朝食をありがとうございます」

 ザシャル先生がいとまの言葉を言ったので、私たちは領主の返事を待たずに席を立った。

 本当に無駄な時間だったわ。

 領主がなんか言ってるけど、無視よ、無視。

「⋯⋯彼も、領地を治める主のはずなのに」

 帝国の第三皇子殿下であるミシェイル様がポツリと言った。幼い身で上に立つものの自覚を持った彼と、あまりにゲスい領主の差にため息しか出ない。

 他国のことではあるけれど、なにもできないのがとても歯痒かった。
しおりを挟む
感想 25

あなたにおすすめの小説

拝啓神様。転生場所間違えたでしょ。転生したら木にめり込んで…てか半身が木になってるんですけど!?あでも意外とスペック高くて何とかなりそうです

熊ごろう
ファンタジー
俺はどうやら事故で死んで、神様の計らいで異世界へと転生したらしい。 そこまではわりと良くある?お話だと思う。 ただ俺が皆と違ったのは……森の中、木にめり込んだ状態で転生していたことだろうか。 しかも必死こいて引っこ抜いて見ればめり込んでいた部分が木の体となっていた。次、神様に出会うことがあったならば髪の毛むしってやろうと思う。 ずっとその場に居るわけにもいかず、森の中をあてもなく彷徨う俺であったが、やがて空腹と渇き、それにたまった疲労で意識を失ってしまい……と、そこでこの木の体が思わぬ力を発揮する。なんと地面から水分や養分を取れる上に生命力すら吸い取る事が出来たのだ。 生命力を吸った体は凄まじい力を発揮した。木を殴れば幹をえぐり取り、走れば凄まじい速度な上に疲れもほとんどない。 これはチートきたのでは!?と浮かれそうになる俺であったが……そこはぐっと押さえ気を引き締める。何せ比較対象が無いからね。 比較対象もそうだけど、とりあえず生活していくためには人里に出なければならないだろう。そう考えた俺はひとまず森を抜け出そうと再び歩を進めるが……。 P.S 最近、右半身にリンゴがなるようになりました。 やったね(´・ω・`) 火、木曜と土日更新でいきたいと思います。

公爵家次男はちょっと変わりモノ? ~ここは乙女ゲームの世界だから、デブなら婚約破棄されると思っていました~

松原 透
ファンタジー
異世界に転生した俺は、婚約破棄をされるため誰も成し得なかったデブに進化する。 なぜそんな事になったのか……目が覚めると、ローバン公爵家次男のアレスという少年の姿に変わっていた。 生まれ変わったことで、異世界を満喫していた俺は冒険者に憧れる。訓練中に、魔獣に襲われていたミーアを助けることになったが……。 しかし俺は、失敗をしてしまう。責任を取らされる形で、ミーアを婚約者として迎え入れることになった。その婚約者に奇妙な違和感を感じていた。 二人である場所へと行ったことで、この異世界が乙女ゲームだったことを理解した。 婚約破棄されるためのデブとなり、陰ながらミーアを守るため奮闘する日々が始まる……はずだった。 カクヨム様 小説家になろう様でも掲載してます。

あらやだ! コレあれやろアレ! なんやったっけ? そうや転生やろ! ~大阪のおばちゃん、平和な世の中目指して飴ちゃん無双やで!~

橋本洋一
ファンタジー
ちりちりパーマで虎柄の服をこよなく愛する大阪のおばちゃん代表、鈴木小百合はある日、目の前でトラックに跳ねられそうになった小学生を助けようとして、代わりに死亡してしまう。  しかしこの善行がとある転生神の目に止まり、剣と魔法の世界に転生させられる。そのとき彼女に与えられたチート能力は「好きなだけポケットの中から飴を出せる」だった。  前世からおせっかいで世話好きな性格の彼女は転生世界で自覚なしに、人々を助けまくる。その人々の中には、英雄と呼ばれる騎士が生まれたりして―― 『あらやだ! 転生しちゃったわ! ~おばちゃん無双~』よろしくおねがいします

【完結】天下無敵の公爵令嬢は、おせっかいが大好きです

ノデミチ
ファンタジー
ある女医が、天寿を全うした。 女神に頼まれ、知識のみ持って転生。公爵令嬢として生を受ける。父は王国元帥、母は元宮廷魔術師。 前世の知識と父譲りの剣技体力、母譲りの魔法魔力。権力もあって、好き勝手生きられるのに、おせっかいが大好き。幼馴染の二人を巻き込んで、突っ走る! そんな変わった公爵令嬢の物語。 アルファポリスOnly 2019/4/21 完結しました。 沢山のお気に入り、本当に感謝します。 7月より連載中に戻し、拾異伝スタートします。 2021年9月。 ファンタジー小説大賞投票御礼として外伝スタート。主要キャラから見たリスティア達を描いてます。 10月、再び完結に戻します。 御声援御愛読ありがとうございました。

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

婚約破棄?ならば妹に譲ります~新しいスローライフの始め方編~

tartan321
恋愛
「私は君との婚約を破棄したいと思う……」 第一王子に婚約破棄を告げられた公爵令嬢のアマネは、それを承諾し、妹のイザベルを新しい婚約者に推薦する。イザベルは自分よりも成績優秀で、そして、品行方正であるから、適任だと思った。 そして、アマネは新しいスローライフを始めることにした。それは、魔法と科学の融合する世界の話。 第一編です。

悪役令嬢ですが、ヒロインの恋を応援していたら婚約者に執着されています

窓辺ミナミ
ファンタジー
悪役令嬢の リディア・メイトランド に転生した私。 シナリオ通りなら、死ぬ運命。 だけど、ヒロインと騎士のストーリーが神エピソード! そのスチルを生で見たい! 騎士エンドを見学するべく、ヒロインの恋を応援します! というわけで、私、悪役やりません! 来たるその日の為に、シナリオを改変し努力を重ねる日々。 あれれ、婚約者が何故か甘く見つめてきます……! 気付けば婚約者の王太子から溺愛されて……。 悪役令嬢だったはずのリディアと、彼女を愛してやまない執着系王子クリストファーの甘い恋物語。はじまりはじまり!

【完結】神スキル拡大解釈で底辺パーティから成り上がります!

まにゅまにゅ
ファンタジー
平均レベルの低い底辺パーティ『龍炎光牙《りゅうえんこうが》』はオーク一匹倒すのにも命懸けで注目もされていないどこにでもでもいる冒険者たちのチームだった。 そんなある日ようやく資金も貯まり、神殿でお金を払って恩恵《ギフト》を授かるとその恩恵《ギフト》スキルは『拡大解釈』というもの。 その効果は魔法やスキルの内容を拡大解釈し、別の効果を引き起こせる、という神スキルだった。その拡大解釈により色んなものを回復《ヒール》で治したり強化《ブースト》で獲得経験値を増やしたりととんでもない効果を発揮する! 底辺パーティ『龍炎光牙』の大躍進が始まる! 第16回ファンタジー大賞奨励賞受賞作です。

処理中です...