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ヴィラード国の代官。

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 一晩中、テントの周りで人の気配がしていた。ザシャル先生が外敵避けの魔法を、私たちにお手本を見せながら念入りにかけてくれたから、心配はないんだけど。

 それでもざわざわした気配や、こそこそした話し声は耳に障る。遮音を掛けようとも思ったけど、何か重要な情報を漏らす可能性もあるので、諦めた。

 ヴィラード国に入国して七日、国境からザッカーリャ山までの半分ほどをやって来た。ヴィラード国は狭い国なので、何事もなければ二週間ちょっとで横断できる。

 そう、何事もなければ。

 大人組が起き出した気配がする。未だ暗いけど、いい加減面倒になったのかもしれない。

「お嬢さんたち、呼ぶまで出てくるなよ」

 アル従兄様が外から声をかけてきた。言いながら、私たちは簡単に身嗜みを整えて、シーリアは杖、ユンは小刀、私は鉈をそれぞれ引き寄せた。

「テントの中じゃ、弓は無理」
 ユンが残念そうに言った。ぽやんとした見た目の割に、意外と好戦的なのよ、この子。

「お前たち、なぜ狂っていないのだ!」

 驚きを孕んだ男性の声がした。

「あんた誰だ」

 アル従兄様、取り繕う気がまるでない。ローゼウス辺境伯爵の甥で、子爵位を叙爵した立派な騎士のはずなのに、冒険者生活が長すぎるのかしら?

 私?

 知らない人の前では、猫かぶりますわよ、オホホ。

「冒険者と見受けるが、この澱んだ空気の中で、どうやって正気を保っているのだ。我々でさえ、これ程の加護宝珠を身につけていながら、頭の中をかきまわされているように苦しいのに!」

 む?

 偉い人っぽいぞ。

「加護宝珠⋯⋯教会で祈祷された宝飾品ですわ。祈祷料の他に寄進も沢山しないと、手には入りませんわね」

 そんな高価なもの、この貧しいヴィラード国で持っているなら、そこそこの身分を持った人なんだろうなぁ。

「我々と言われましても⋯⋯あなたはどなた様ですか?」

 ザシャル先生のごもっともな質問。

「私は領主に仕える代官だ! 領民から健康な一団が旅をしていると聞いて、駆けつけたのだ!」

 いちいち攻撃的に喋る人ね。元の性格はわからないけど、瘴気の影響で相当イライラしていると見た。加護宝珠とやらは効果が薄いのかしら? それに比べて、私の作ったドッグタグはいい仕事してますね。

 て言うか健康なだけで怪しまれるって、どんだけ健康被害が蔓延してるのさ⁈

「だいたい、冒険者が何をしにヴィラード国にやって来た⁈ 今のヴィラード国に旨みなんてなにもないぞ!」

 うわぁ、自分で言っちゃうぅ。

「私たちは依頼を完遂するまでです。この国の惨状など関係ありませんね。帝国の大商会からの依頼で、アエラ国のザッカーリャ山で採掘される、珍しい鉱石を仕入れに行くのですよ」

 あ、シーリア出番っぽい。

「お嬢さん、説明してもらっていい?」

 事前に決めていた、依頼者役を登場させるのね。

 シーリアは杖を懐に隠して、ツンと顎を上げてテントから出た。私とユンも一緒に出る、邪魔だったかしら? まぁいい。

 テントの入り口で待ち構えていたタタンが、ベンチがわりの倒木に優雅に腰掛けたシーリアのワンピースの裾を、丁寧に整えた。

「早朝から何事ですの? ⋯⋯いいえ、昨夜からですわね。ゴソゴソと煩くなさるものだから、よく眠れませんでしたわ」

 ツーン。

 吊り目がちの美少女、ツンツンモードに入りましたぁ! ごちそうさまですっ!

 相手は代官だけど、シーリアは高位貴族の後ろ盾を持つ我儘お嬢様設定なので、相手が立っていても座る(笑)。

 代官は額に大きな宝石のついた額輪をして、首には三連の首輪をかけ、全部の指に指輪をしていた。ゴテゴテと重そうなそれらが、加護宝珠とやらなんでしょうね。

 それにしても、親指の指輪って、邪魔じゃないのかしら?

 私がどうでもいいいいことを考えていると、シーリアがツンツンモードで居丈高に言葉を紡いだ。

「国同士が仲が悪いと言ったって、商売は別ですわ。ヴィラード国の仲買が長く手配を請け負ってくださっていたのに、体調が良くないと言って契約を破棄されましたのよ。仕方がないので、わたくしが自ら参ったのですわ」

 そんな事実はないけれど、ツッコミが入る前に畳み掛ける。

「我々は護衛に雇われた冒険者なのですよ」

「お嬢様のお父上は、お嬢様に万が一がないように、できうる限りの策を講じられたのですよ」

 ザシャル先生とアリアンさんが、裏読み出来そうな言葉を重ねて言い募った。あとは勝手に勘違いしてくれればいいのよ。

「⋯⋯む? そちらの娘はバリョラーだかバーライの民族衣装ではないか?」

「山岳の神を祀る狩猟民族だったか? 一族の娘は皆、呪い師と聞いたが」

「いや、祈りを捧げる聖女ではなかったか?」

「ともかく、あの娘がいるから、狂わずに済んでいるのではないか?」

 面白い方向に転がっている。

「むむ、娘がテントから出てきてから、呼吸が楽になった気がするぞ」

 それは私たち全員分のドッグタグの効果よ。アル従兄様、ミシェイル様を連れてこっそり代官たちの背後に回ってるもの。結果的におっさんたちが四点結界の中心にいることになる。

「帝国の商会の令嬢と言ったか? 我が領主に会っていただきたい」

 楽になったのか、口調が柔らかくなっている。けど、領主に会わせたいですって? 

 なんか面倒に巻き込まれそうだわぁ。

 ツンと顎を上げるシーリアの後ろで、私とユンは顔を見合わせて肩を竦めたのだった。
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