38 / 87
ヴィラード国の代官。
しおりを挟む
一晩中、テントの周りで人の気配がしていた。ザシャル先生が外敵避けの魔法を、私たちにお手本を見せながら念入りにかけてくれたから、心配はないんだけど。
それでもざわざわした気配や、こそこそした話し声は耳に障る。遮音を掛けようとも思ったけど、何か重要な情報を漏らす可能性もあるので、諦めた。
ヴィラード国に入国して七日、国境からザッカーリャ山までの半分ほどをやって来た。ヴィラード国は狭い国なので、何事もなければ二週間ちょっとで横断できる。
そう、何事もなければ。
大人組が起き出した気配がする。未だ暗いけど、いい加減面倒になったのかもしれない。
「お嬢さんたち、呼ぶまで出てくるなよ」
アル従兄様が外から声をかけてきた。言いながら、私たちは簡単に身嗜みを整えて、シーリアは杖、ユンは小刀、私は鉈をそれぞれ引き寄せた。
「テントの中じゃ、弓は無理」
ユンが残念そうに言った。ぽやんとした見た目の割に、意外と好戦的なのよ、この子。
「お前たち、なぜ狂っていないのだ!」
驚きを孕んだ男性の声がした。
「あんた誰だ」
アル従兄様、取り繕う気がまるでない。ローゼウス辺境伯爵の甥で、子爵位を叙爵した立派な騎士のはずなのに、冒険者生活が長すぎるのかしら?
私?
知らない人の前では、猫かぶりますわよ、オホホ。
「冒険者と見受けるが、この澱んだ空気の中で、どうやって正気を保っているのだ。我々でさえ、これ程の加護宝珠を身につけていながら、頭の中をかきまわされているように苦しいのに!」
む?
偉い人っぽいぞ。
「加護宝珠⋯⋯教会で祈祷された宝飾品ですわ。祈祷料の他に寄進も沢山しないと、手には入りませんわね」
そんな高価なもの、この貧しいヴィラード国で持っているなら、そこそこの身分を持った人なんだろうなぁ。
「我々と言われましても⋯⋯あなたはどなた様ですか?」
ザシャル先生のごもっともな質問。
「私は領主に仕える代官だ! 領民から健康な一団が旅をしていると聞いて、駆けつけたのだ!」
いちいち攻撃的に喋る人ね。元の性格はわからないけど、瘴気の影響で相当イライラしていると見た。加護宝珠とやらは効果が薄いのかしら? それに比べて、私の作ったドッグタグはいい仕事してますね。
て言うか健康なだけで怪しまれるって、どんだけ健康被害が蔓延してるのさ⁈
「だいたい、冒険者が何をしにヴィラード国にやって来た⁈ 今のヴィラード国に旨みなんてなにもないぞ!」
うわぁ、自分で言っちゃうぅ。
「私たちは依頼を完遂するまでです。この国の惨状など関係ありませんね。帝国の大商会からの依頼で、アエラ国のザッカーリャ山で採掘される、珍しい鉱石を仕入れに行くのですよ」
あ、シーリア出番っぽい。
「お嬢さん、説明してもらっていい?」
事前に決めていた、依頼者役を登場させるのね。
シーリアは杖を懐に隠して、ツンと顎を上げてテントから出た。私とユンも一緒に出る、邪魔だったかしら? まぁいい。
テントの入り口で待ち構えていたタタンが、ベンチがわりの倒木に優雅に腰掛けたシーリアのワンピースの裾を、丁寧に整えた。
「早朝から何事ですの? ⋯⋯いいえ、昨夜からですわね。ゴソゴソと煩くなさるものだから、よく眠れませんでしたわ」
ツーン。
吊り目がちの美少女、ツンツンモードに入りましたぁ! ごちそうさまですっ!
相手は代官だけど、シーリアは高位貴族の後ろ盾を持つ我儘お嬢様設定なので、相手が立っていても座る(笑)。
代官は額に大きな宝石のついた額輪をして、首には三連の首輪をかけ、全部の指に指輪をしていた。ゴテゴテと重そうなそれらが、加護宝珠とやらなんでしょうね。
それにしても、親指の指輪って、邪魔じゃないのかしら?
私がどうでもいいいいことを考えていると、シーリアがツンツンモードで居丈高に言葉を紡いだ。
「国同士が仲が悪いと言ったって、商売は別ですわ。ヴィラード国の仲買が長く手配を請け負ってくださっていたのに、体調が良くないと言って契約を破棄されましたのよ。仕方がないので、わたくしが自ら参ったのですわ」
そんな事実はないけれど、ツッコミが入る前に畳み掛ける。
「我々は護衛に雇われた冒険者なのですよ」
「お嬢様のお父上は、お嬢様に万が一がないように、できうる限りの策を講じられたのですよ」
ザシャル先生とアリアンさんが、裏読み出来そうな言葉を重ねて言い募った。あとは勝手に勘違いしてくれればいいのよ。
「⋯⋯む? そちらの娘はバリョラーだかバーライの民族衣装ではないか?」
「山岳の神を祀る狩猟民族だったか? 一族の娘は皆、呪い師と聞いたが」
「いや、祈りを捧げる聖女ではなかったか?」
「ともかく、あの娘がいるから、狂わずに済んでいるのではないか?」
面白い方向に転がっている。
「むむ、娘がテントから出てきてから、呼吸が楽になった気がするぞ」
それは私たち全員分のドッグタグの効果よ。アル従兄様、ミシェイル様を連れてこっそり代官たちの背後に回ってるもの。結果的におっさんたちが四点結界の中心にいることになる。
「帝国の商会の令嬢と言ったか? 我が領主に会っていただきたい」
楽になったのか、口調が柔らかくなっている。けど、領主に会わせたいですって?
なんか面倒に巻き込まれそうだわぁ。
ツンと顎を上げるシーリアの後ろで、私とユンは顔を見合わせて肩を竦めたのだった。
それでもざわざわした気配や、こそこそした話し声は耳に障る。遮音を掛けようとも思ったけど、何か重要な情報を漏らす可能性もあるので、諦めた。
ヴィラード国に入国して七日、国境からザッカーリャ山までの半分ほどをやって来た。ヴィラード国は狭い国なので、何事もなければ二週間ちょっとで横断できる。
そう、何事もなければ。
大人組が起き出した気配がする。未だ暗いけど、いい加減面倒になったのかもしれない。
「お嬢さんたち、呼ぶまで出てくるなよ」
アル従兄様が外から声をかけてきた。言いながら、私たちは簡単に身嗜みを整えて、シーリアは杖、ユンは小刀、私は鉈をそれぞれ引き寄せた。
「テントの中じゃ、弓は無理」
ユンが残念そうに言った。ぽやんとした見た目の割に、意外と好戦的なのよ、この子。
「お前たち、なぜ狂っていないのだ!」
驚きを孕んだ男性の声がした。
「あんた誰だ」
アル従兄様、取り繕う気がまるでない。ローゼウス辺境伯爵の甥で、子爵位を叙爵した立派な騎士のはずなのに、冒険者生活が長すぎるのかしら?
私?
知らない人の前では、猫かぶりますわよ、オホホ。
「冒険者と見受けるが、この澱んだ空気の中で、どうやって正気を保っているのだ。我々でさえ、これ程の加護宝珠を身につけていながら、頭の中をかきまわされているように苦しいのに!」
む?
偉い人っぽいぞ。
「加護宝珠⋯⋯教会で祈祷された宝飾品ですわ。祈祷料の他に寄進も沢山しないと、手には入りませんわね」
そんな高価なもの、この貧しいヴィラード国で持っているなら、そこそこの身分を持った人なんだろうなぁ。
「我々と言われましても⋯⋯あなたはどなた様ですか?」
ザシャル先生のごもっともな質問。
「私は領主に仕える代官だ! 領民から健康な一団が旅をしていると聞いて、駆けつけたのだ!」
いちいち攻撃的に喋る人ね。元の性格はわからないけど、瘴気の影響で相当イライラしていると見た。加護宝珠とやらは効果が薄いのかしら? それに比べて、私の作ったドッグタグはいい仕事してますね。
て言うか健康なだけで怪しまれるって、どんだけ健康被害が蔓延してるのさ⁈
「だいたい、冒険者が何をしにヴィラード国にやって来た⁈ 今のヴィラード国に旨みなんてなにもないぞ!」
うわぁ、自分で言っちゃうぅ。
「私たちは依頼を完遂するまでです。この国の惨状など関係ありませんね。帝国の大商会からの依頼で、アエラ国のザッカーリャ山で採掘される、珍しい鉱石を仕入れに行くのですよ」
あ、シーリア出番っぽい。
「お嬢さん、説明してもらっていい?」
事前に決めていた、依頼者役を登場させるのね。
シーリアは杖を懐に隠して、ツンと顎を上げてテントから出た。私とユンも一緒に出る、邪魔だったかしら? まぁいい。
テントの入り口で待ち構えていたタタンが、ベンチがわりの倒木に優雅に腰掛けたシーリアのワンピースの裾を、丁寧に整えた。
「早朝から何事ですの? ⋯⋯いいえ、昨夜からですわね。ゴソゴソと煩くなさるものだから、よく眠れませんでしたわ」
ツーン。
吊り目がちの美少女、ツンツンモードに入りましたぁ! ごちそうさまですっ!
相手は代官だけど、シーリアは高位貴族の後ろ盾を持つ我儘お嬢様設定なので、相手が立っていても座る(笑)。
代官は額に大きな宝石のついた額輪をして、首には三連の首輪をかけ、全部の指に指輪をしていた。ゴテゴテと重そうなそれらが、加護宝珠とやらなんでしょうね。
それにしても、親指の指輪って、邪魔じゃないのかしら?
私がどうでもいいいいことを考えていると、シーリアがツンツンモードで居丈高に言葉を紡いだ。
「国同士が仲が悪いと言ったって、商売は別ですわ。ヴィラード国の仲買が長く手配を請け負ってくださっていたのに、体調が良くないと言って契約を破棄されましたのよ。仕方がないので、わたくしが自ら参ったのですわ」
そんな事実はないけれど、ツッコミが入る前に畳み掛ける。
「我々は護衛に雇われた冒険者なのですよ」
「お嬢様のお父上は、お嬢様に万が一がないように、できうる限りの策を講じられたのですよ」
ザシャル先生とアリアンさんが、裏読み出来そうな言葉を重ねて言い募った。あとは勝手に勘違いしてくれればいいのよ。
「⋯⋯む? そちらの娘はバリョラーだかバーライの民族衣装ではないか?」
「山岳の神を祀る狩猟民族だったか? 一族の娘は皆、呪い師と聞いたが」
「いや、祈りを捧げる聖女ではなかったか?」
「ともかく、あの娘がいるから、狂わずに済んでいるのではないか?」
面白い方向に転がっている。
「むむ、娘がテントから出てきてから、呼吸が楽になった気がするぞ」
それは私たち全員分のドッグタグの効果よ。アル従兄様、ミシェイル様を連れてこっそり代官たちの背後に回ってるもの。結果的におっさんたちが四点結界の中心にいることになる。
「帝国の商会の令嬢と言ったか? 我が領主に会っていただきたい」
楽になったのか、口調が柔らかくなっている。けど、領主に会わせたいですって?
なんか面倒に巻き込まれそうだわぁ。
ツンと顎を上げるシーリアの後ろで、私とユンは顔を見合わせて肩を竦めたのだった。
3
お気に入りに追加
844
あなたにおすすめの小説
拝啓神様。転生場所間違えたでしょ。転生したら木にめり込んで…てか半身が木になってるんですけど!?あでも意外とスペック高くて何とかなりそうです
熊ごろう
ファンタジー
俺はどうやら事故で死んで、神様の計らいで異世界へと転生したらしい。
そこまではわりと良くある?お話だと思う。
ただ俺が皆と違ったのは……森の中、木にめり込んだ状態で転生していたことだろうか。
しかも必死こいて引っこ抜いて見ればめり込んでいた部分が木の体となっていた。次、神様に出会うことがあったならば髪の毛むしってやろうと思う。
ずっとその場に居るわけにもいかず、森の中をあてもなく彷徨う俺であったが、やがて空腹と渇き、それにたまった疲労で意識を失ってしまい……と、そこでこの木の体が思わぬ力を発揮する。なんと地面から水分や養分を取れる上に生命力すら吸い取る事が出来たのだ。
生命力を吸った体は凄まじい力を発揮した。木を殴れば幹をえぐり取り、走れば凄まじい速度な上に疲れもほとんどない。
これはチートきたのでは!?と浮かれそうになる俺であったが……そこはぐっと押さえ気を引き締める。何せ比較対象が無いからね。
比較対象もそうだけど、とりあえず生活していくためには人里に出なければならないだろう。そう考えた俺はひとまず森を抜け出そうと再び歩を進めるが……。
P.S
最近、右半身にリンゴがなるようになりました。
やったね(´・ω・`)
火、木曜と土日更新でいきたいと思います。
公爵家次男はちょっと変わりモノ? ~ここは乙女ゲームの世界だから、デブなら婚約破棄されると思っていました~
松原 透
ファンタジー
異世界に転生した俺は、婚約破棄をされるため誰も成し得なかったデブに進化する。
なぜそんな事になったのか……目が覚めると、ローバン公爵家次男のアレスという少年の姿に変わっていた。
生まれ変わったことで、異世界を満喫していた俺は冒険者に憧れる。訓練中に、魔獣に襲われていたミーアを助けることになったが……。
しかし俺は、失敗をしてしまう。責任を取らされる形で、ミーアを婚約者として迎え入れることになった。その婚約者に奇妙な違和感を感じていた。
二人である場所へと行ったことで、この異世界が乙女ゲームだったことを理解した。
婚約破棄されるためのデブとなり、陰ながらミーアを守るため奮闘する日々が始まる……はずだった。
カクヨム様 小説家になろう様でも掲載してます。
【完結】天下無敵の公爵令嬢は、おせっかいが大好きです
ノデミチ
ファンタジー
ある女医が、天寿を全うした。
女神に頼まれ、知識のみ持って転生。公爵令嬢として生を受ける。父は王国元帥、母は元宮廷魔術師。
前世の知識と父譲りの剣技体力、母譲りの魔法魔力。権力もあって、好き勝手生きられるのに、おせっかいが大好き。幼馴染の二人を巻き込んで、突っ走る!
そんな変わった公爵令嬢の物語。
アルファポリスOnly
2019/4/21 完結しました。
沢山のお気に入り、本当に感謝します。
7月より連載中に戻し、拾異伝スタートします。
2021年9月。
ファンタジー小説大賞投票御礼として外伝スタート。主要キャラから見たリスティア達を描いてます。
10月、再び完結に戻します。
御声援御愛読ありがとうございました。
オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!
みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した!
転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!!
前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。
とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。
森で調合師して暮らすこと!
ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが…
無理そうです……
更に隣で笑う幼なじみが気になります…
完結済みです。
なろう様にも掲載しています。
副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。
エピローグで完結です。
番外編になります。
※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。
婚約破棄?ならば妹に譲ります~新しいスローライフの始め方編~
tartan321
恋愛
「私は君との婚約を破棄したいと思う……」
第一王子に婚約破棄を告げられた公爵令嬢のアマネは、それを承諾し、妹のイザベルを新しい婚約者に推薦する。イザベルは自分よりも成績優秀で、そして、品行方正であるから、適任だと思った。
そして、アマネは新しいスローライフを始めることにした。それは、魔法と科学の融合する世界の話。
第一編です。
悪役令嬢ですが、ヒロインの恋を応援していたら婚約者に執着されています
窓辺ミナミ
ファンタジー
悪役令嬢の リディア・メイトランド に転生した私。
シナリオ通りなら、死ぬ運命。
だけど、ヒロインと騎士のストーリーが神エピソード! そのスチルを生で見たい!
騎士エンドを見学するべく、ヒロインの恋を応援します!
というわけで、私、悪役やりません!
来たるその日の為に、シナリオを改変し努力を重ねる日々。
あれれ、婚約者が何故か甘く見つめてきます……!
気付けば婚約者の王太子から溺愛されて……。
悪役令嬢だったはずのリディアと、彼女を愛してやまない執着系王子クリストファーの甘い恋物語。はじまりはじまり!
転生先は盲目幼女でした ~前世の記憶と魔法を頼りに生き延びます~
丹辺るん
ファンタジー
前世の記憶を持つ私、フィリス。思い出したのは五歳の誕生日の前日。
一応貴族……伯爵家の三女らしい……私は、なんと生まれつき目が見えなかった。
それでも、優しいお姉さんとメイドのおかげで、寂しくはなかった。
ところが、まともに話したこともなく、私を気に掛けることもない父親と兄からは、なぜか厄介者扱い。
ある日、不幸な事故に見せかけて、私は魔物の跋扈する場所で見捨てられてしまう。
もうダメだと思ったとき、私の前に現れたのは……
これは捨てられた盲目の私が、魔法と前世の記憶を頼りに生きる物語。
転生先ではゆっくりと生きたい
ひつじ
ファンタジー
勉強を頑張っても、仕事を頑張っても誰からも愛されなかったし必要とされなかった藤田明彦。
事故で死んだ明彦が出会ったのは……
転生先では愛されたいし必要とされたい。明彦改めソラはこの広い空を見ながらゆっくりと生きることを決めた
小説家になろうでも連載中です。
なろうの方が話数が多いです。
https://ncode.syosetu.com/n8964gh/
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる