上 下
30 / 87

タタン、頑張る。

しおりを挟む
「おいおいおい、なんでアレに引っかからねぇんだ!」

「いえ、一回引っかかりましたよ。タタンが」

「恥ずかしいので言わないでくださいぃぃ」

 見たまんまならず者の風態をした冒険者崩れが、濁声で言った。

「せっかくカッコよく助けてやろうと思ったのによ」

 なるほど、そのための罠だったのね。罠に掛かって難儀しているところを救出して、駆け出し冒険者ルーキーに信用させてから連れてっちゃうのか。無理やり連れて行って暴れられるより、自分の足で歩いてもらったほうがずっと楽だもの。

 でもねぇ、行商人のチチェーノさんに絡んでた姿を見られてるんだから、助けてもらったって裏がありそうなのが透けて見えちゃってるわよ。罠に引っかかったとしても、あなたたちには引っかからなかったと思うわ。

「しょうがない。坊主は諦めて、娘を連れて行こう。ひとりずつ担げばいけるだろう」

 いつお風呂に入ったかわかんない、垢じみたおっさんに担がれたくないなぁ。私たち? 宿ではきちんと入っているし、テントの中で盥にお湯張って入ってるわよ。一枚の紙に《湯》《適温》て書いて出発前に実験済みよ。

 それはさて置き、どうしようかなぁ。タタンは諦めるってことは、置いていくんだろうし、口封じとかされちゃうんだろうなぁ。

「嬢ちゃんたち、冒険者登録したばかりなんだろう? 指導者付きなんて、ずいぶん良い待遇じゃねえか。普通は新人は薬草採取あたりから始めるもんだぜ」

「装備も上等だ。良いところの嬢ちゃんのお遊び冒険か? あーあ、世間知らずの代償ってやつだ。あきらめておっちゃんたちと来てくんねぇかな」

 じりじり寄って来ながら、勝手なことを言っている。冗談は顔だけにしてなさいよね。

「タタンはユンの側に」

「はい、お嬢様」

 ユンの得物は弓矢なので、接近戦には向かない。おとなしくタタンの後ろに下がった。

「タタン、ちょっとだけ距離作ってくれたら、ユン、いける」

 ユンがそっと申告すると、タタンは頷いた。

 先手必勝だわ。

「世界を渡る揺らぎ、頬を辿る柔らかな翼、涼しの緑の輝きと、荒ぶる調べの共鳴よ、我が内なる力を糧にその力を貸したまえ」

 必死に聖句を唱える。もちろんなにも起こらない。

「嬢ちゃん。なんにも起こらないぜ。ギャハハハッ」

 良いのよ、ダミーだから。

(《鎌鼬》)

 口の中でつぶやく。イメージは大事。

 チッと音がして、おっさんの頬に赤い筋が入った。

「なにッ⁈」

 これだけじゃないわ。

「うおッ、後ろから⁈」

 当たり(笑)。

 ブーメランかましてみました!

 聖句は唱えるだけ時間の無駄だけど、私の出鱈目な魔法のカモフラージュにはなる。

「世界を渡る揺らぎ、頬を辿る柔らかな翼、涼しの緑の輝きと、荒ぶる調べの共鳴よ、我が内なる力を糧にその力を貸したまえ」

 シーリアが同じ聖句を唱えた。身構える間もなく、おっさんが吹き飛ばされる。私の時みたいに発動に時間がかかると思ったんでしょ? 残念でした。シーリアは清く正しく美しい魔法を使うのよ。

「なにしやがる!」

 ひとり無事だったならず者が、激昂して剣を抜いた。こっちに来ないでタタンに向かって行く。タタンも剣を持ってるから、魔法は使えないと踏んだのね。

 タタンは抜いた剣で相手の剣を受け流し、すっと懐に入った。気弱そうな顔してて実際そうなんだけど、それじゃいけない場面は頑張るのがタタンだ。

「ごめんなさーい!」

 謝りながら、ならず者の脛を下から斜めに切り裂いた。

「ぎゃあっ」

 濁声の悲鳴。

「ひいィ⋯⋯痛ぇよっ!」

 斬られた脛を抱えてゴロゴロと転げ回って、枯れ葉塗れになっている。

「その剣、ハッタリじゃねぇのかよ」

 私が頬に鎌鼬を仕掛けた男が呆然として言った。彫金に魔力を通して魔法剣の力を発動させちゃうと剣に振り回されて大変なことになっちゃうけど、普通に使うんなら、タタンの腕は相当なものだ⋯⋯と学院の剣術講師が言っていた。互角に打ち合ってたもんね。

 それに。

「騎士団から青田買い宣言スカウトされた逸材だもの」

 魔法剣士になれなくてもこれほどの剣士、しかも若くて伸び代がある。騎士団はタタンを本気で手に入れようとしている⋯⋯とは、道すがらのアリアンさんのげんよ。シーリアが「商会ウチの未来の算盤係よ!」ってプンスカしてたけど、それも勿体ない気がする。

「⋯⋯マジか」

「マジです」

 大真面目に答えてやった。

「ごめんなさい、ごめんなさい。おとなしくしてくれたら、もう、痛いことしませんからぁっ」

 タタン、後はその性格をなんとかしようね。背中にユンを庇いながら、半分泣きそうになっているのを、シーリアとふたりで生温く見たのだった。

 

 
しおりを挟む
感想 25

あなたにおすすめの小説

異世界転生した時に心を失くした私は貧民生まれです

ぐるぐる
ファンタジー
前世日本人の私は剣と魔法の世界に転生した。 転生した時に感情を欠落したのか、生まれた時から心が全く動かない。 前世の記憶を頼りに善悪等を判断。 貧民街の狭くて汚くて臭い家……家とはいえないほったて小屋に、生まれた時から住んでいる。 2人の兄と、私と、弟と母。 母親はいつも心ここにあらず、父親は所在不明。 ある日母親が死んで父親のへそくりを発見したことで、兄弟4人引っ越しを決意する。 前世の記憶と知識、魔法を駆使して少しずつでも確実にお金を貯めていく。

婚約破棄され逃げ出した転生令嬢は、最強の安住の地を夢見る

拓海のり
ファンタジー
 階段から落ちて死んだ私は、神様に【救急箱】を貰って異世界に転生したけれど、前世の記憶を思い出したのが婚約破棄の現場で、私が断罪される方だった。  頼みのギフト【救急箱】から出て来るのは、使うのを躊躇うような怖い物が沢山。出会う人々はみんな訳ありで兵士に追われているし、こんな世界で私は生きて行けるのだろうか。  破滅型の転生令嬢、腹黒陰謀型の年下少年、腕の立つ元冒険者の護衛騎士、ほんわり癒し系聖女、魔獣使いの半魔、暗部一族の騎士。転生令嬢と訳ありな皆さん。  ゆるゆる異世界ファンタジー、ご都合主義満載です。  タイトル色々いじっています。他サイトにも投稿しています。 完結しました。ありがとうございました。

転生者はチートな悪役令嬢になりました〜私を死なせた貴方を許しません〜

みおな
恋愛
 私が転生したのは、乙女ゲームの世界でした。何ですか?このライトノベル的な展開は。  しかも、転生先の悪役令嬢は公爵家の婚約者に冤罪をかけられて、処刑されてるじゃないですか。  冗談は顔だけにして下さい。元々、好きでもなかった婚約者に、何で殺されなきゃならないんですか!  わかりました。私が転生したのは、この悪役令嬢を「救う」ためなんですね?  それなら、ついでに公爵家との婚約も回避しましょう。おまけで貴方にも仕返しさせていただきますね?

転生令嬢は現状を語る。

みなせ
ファンタジー
目が覚めたら悪役令嬢でした。 よくある話だけど、 私の話を聞いてほしい。

公爵夫人アリアの華麗なるダブルワーク〜秘密の隠し部屋からお届けいたします〜

白猫
恋愛
主人公アリアとディカルト公爵家の当主であるルドルフは、政略結婚により結ばれた典型的な貴族の夫婦だった。 がしかし、5年ぶりに戦地から戻ったルドルフは敗戦国である隣国の平民イザベラを連れ帰る。城に戻ったルドルフからは目すら合わせてもらえないまま、本邸と別邸にわかれた別居生活が始まる。愛人なのかすら教えてもらえない女性の存在、そのイザベラから無駄に意識されるうちに、アリアは面倒臭さに頭を抱えるようになる。ある日、侍女から語られたイザベラに関する「推測」をきっかけに物語は大きく動き出す。 暗闇しかないトンネルのような現状から抜け出すには、ルドルフと離婚し公爵令嬢に戻るしかないと思っていたアリアだが、その「推測」にひと握りの可能性を見出したのだ。そして公爵邸にいながら自分を磨き、リスキリングに挑戦する。とにかく今あるものを使って、できるだけ抵抗しよう!そんなアリアを待っていたのは、思わぬ新しい人生と想像を上回る幸福であった。公爵夫人の反撃と挑戦の狼煙、いまここに高く打ち上げます! ➡️登場人物、国、背景など全て架空の100%フィクションです。

噂の醜女とは私の事です〜蔑まれた令嬢は、その身に秘められた規格外の魔力で呪われた運命を打ち砕く〜

秘密 (秘翠ミツキ)
ファンタジー
*『ねぇ、姉さん。姉さんの心臓を僕に頂戴』 ◆◆◆ *『お姉様って、本当に醜いわ』 幼い頃、妹を庇い代わりに呪いを受けたフィオナだがその妹にすら蔑まれて……。 ◆◆◆ 侯爵令嬢であるフィオナは、幼い頃妹を庇い魔女の呪いなるものをその身に受けた。美しかった顔は、その半分以上を覆う程のアザが出来て醜い顔に変わった。家族や周囲から醜女と呼ばれ、庇った妹にすら「お姉様って、本当に醜いわね」と嘲笑われ、母からはみっともないからと仮面をつける様に言われる。 こんな顔じゃ結婚は望めないと、フィオナは一人で生きれる様にひたすらに勉学に励む。白塗りで赤く塗られた唇が一際目立つ仮面を被り、白い目を向けられながらも学院に通う日々。 そんな中、ある青年と知り合い恋に落ちて婚約まで結ぶが……フィオナの素顔を見た彼は「ごめん、やっぱり無理だ……」そう言って婚約破棄をし去って行った。 それから社交界ではフィオナの素顔で話題は持ちきりになり、仮面の下を見たいが為だけに次から次へと婚約を申し込む者達が後を経たない。そして仮面の下を見た男達は直ぐに婚約破棄をし去って行く。それが今社交界での流行りであり、暇な貴族達の遊びだった……。

毒を盛られて生死を彷徨い前世の記憶を取り戻しました。小説の悪役令嬢などやってられません。

克全
ファンタジー
公爵令嬢エマは、アバコーン王国の王太子チャーリーの婚約者だった。だがステュワート教団の孤児院で性技を仕込まれたイザベラに籠絡されていた。王太子達に無実の罪をなすりつけられエマは、修道院に送られた。王太子達は執拗で、本来なら侯爵一族とは認められない妾腹の叔父を操り、父親と母嫌を殺させ公爵家を乗っ取ってしまった。母の父親であるブラウン侯爵が最後まで護ろうとしてくれるも、王国とステュワート教団が協力し、イザベラが直接新種の空気感染する毒薬まで使った事で、毒殺されそうになった。だがこれをきっかけに、異世界で暴漢に腹を刺された女性、美咲の魂が憑依同居する事になった。その女性の話しでは、自分の住んでいる世界の話が、異世界では小説になって多くの人が知っているという。エマと美咲は協力して王国と教団に復讐する事にした。

転生ヒロインは不倫が嫌いなので地道な道を選らぶ

karon
ファンタジー
デビュタントドレスを見た瞬間アメリアはかつて好きだった乙女ゲーム「薔薇の言の葉」の世界に転生したことを悟った。 しかし、攻略対象に張り付いた自分より身分の高い悪役令嬢と戦う危険性を考え、攻略対象完全無視でモブとくっつくことを決心、しかし、アメリアの思惑は思わぬ方向に横滑りし。

処理中です...