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邪王は蛇王、そして女王。

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 邪王ザッカーリャは元は美しいヘビだった。色素を持たぬ白蛇で、紅い瞳が可愛らしかった。自然にあって白い個体は捕食者の標的になりやすかったが、ザッカーリャは人間に囲われて大切に守られた。

 穀物を荒らす鼠を食べる蛇は、その地に住う人々には益獣で、その中でも白い姿のザッカーリャは神の遣いと崇められた。

 ザッカーリャが脱皮するたびに、その地に繁栄がもたらされた。そうして大事に育てられたザッカーリャは、ある時脱皮を終えると自分に手足が生えているのに気がついた。

『わたくしは、蜥蜴にでもなったのか?』

 しかし尻尾がない。腕は中途半端に長く、足はうまく折りたためない。どうにも四つ足で這うには不都合だった。片方に五本ある手指をにぎにぎとして、いつも餌をくれる人間という生き物に変化しているのに思い至った。

 どうしていいかわからずに、美しい水晶の住処にいたザッカーリャは蛇の時にしていたように体を小さく巻こうとした。何度やってもうまくいかなくて、手足を縮めて丸くなるのが精一杯。

 だんだん悲しくなってきて、ほとほと涙があふれてきた。

『ザッカーリャ様⁈ ザッカーリャ様ですね⁈ なんとお美しい! 涙を流されて、どうなされましたか?』

『手と足が邪魔で、眠れないの』

 明るい昼間は丸くなって、ひっそり眠っていたいのに。

人間ひとの体は丸くならずとも眠れるのですよ。ご安心ください、すぐに褥をご用意します』

 こうしてザッカーリャは白き女神として神殿の奥に住まいを移し、最初に会った人間の子どもを神子とした。

 神子に守られ、ぬくぬくと微睡んで、ザッカーリャは満ち足りた。何年かに一度、本性に戻って脱皮する期間のほかは、ずっと神子と過ごしていた。そのうちに、子どもだった神子は成長し、立派な若者になっていた。

  そんなある日のことだった。ザッカーリャの褥に鞠のようなものが投げ込まれた。蛇の優れた嗅覚が愛しい神子の匂いをとらえると。

『今日からあなたの神子は、この私だ。さあはやく、おぞましい蛇の姿になって皮を剥げ』

 見知らぬ男が血に汚れた剣をぶら下げて、ニヤニヤ嗤って立っていた。

『あなたの皮は金になる。人間その姿のまま生皮を削ぎ落とされたくなかったら、さっさと変化を解くがいい』

 ザッカーリャは鞠を拾った。鞠と思ったものは、愛しい神子の首だった。

 それから後のことは、ザッカーリャにはわからない。
 
 我にかえると禿山の中腹で、愛しい神子とよく似た男に腹を裂かれた。男は勇者と名乗ってザッカーリャに剣を突き立てると、涙を流しながら言った。

『わかっています。人間おれたちの強欲が、あなたの愛しい人を殺してしまった。あなたの神子は俺の伯父です。伯父は優しいあなたを愛しています。どうか心を鎮めて眠ってください』

 ザッカーリャは禿山を見渡して、ここが美しい緑の恵み豊かな山であったことを思い出した。彼女の絶望が樹々を枯らし、人間を喰ったことを、薄ぼんやりと覚えている。

『あの人は、優しいわたくしが、好き?』

『はい』

『わたくしも、優しいあの人が、好き』

 そうしてザッカーリャは、小さな蛇の姿になって丸くなった。

 勇者はその地に祠を建てた。

 それがザッカーリャ山の中腹にある、小さな祠である。勇者の一族は女神の祠と呼んだが、ザッカーリャに山の恵みを奪われて、飢えて餓えた多くの人間は、ザッカーリャを邪王と呼んだ。

 人間の怨嗟の声は祠を襲い、せっかく鎮めたザッカーリャの心を蝕んだ。正気と狂気の境を揺蕩うザッカーリャを鎮めることができるのは、勇者の一族から選ばれた神子だけ⋯⋯。


「我が三番目の皇子は、その勇者の血に連なっておる」

 長い御伽噺の最後が、ここにいるミシェイル殿下に繋がった。

「亡くなったこれの母が、書き残しておったのだ。ミシェイルが妃を迎えて子をなす前に、かならず読ませるようにと。ミシェイルの子も勇者の末裔すえになるのだから。そして万一、体のどこかに白い蛇の鱗が現れたなら、ザッカーリャの神子に選ばれた証ゆえ、速やかに女神の祠に向かうようにと」

 鱗⋯⋯現れたんだ。

 ミシェイル皇子はキツく噛んでいた唇を解くと、私たちにしっかり目を向けた。

「無理を言っている。自分だって、病を得た母上の夢かもしれないと思っている。でも、父上が調べた限りでは、あの山の麓で変な地震が頻発しているそうだ。女神が再び堕ちようとしているなら、なんとか止めなければ」

 十歳の子にこんな覚悟を見せられて、知らん顔なんてできないよねぇ。私たちは「お供いたします」って言うしかなかったわ。

 
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