8 / 12
なな。
しおりを挟む
ママは四人部屋の窓側にいた。スズをギュッとしてからババちゃんにお見舞いとスズたちのお世話のお礼を言った。ババちゃんと話すママは、あっという間に山陰の人だ。
他の患者さんもいるから迷惑にならないように談話室に移動して、四人がけの席に座った。
ママは両肩から安っぽいポーチをふたつ、斜めにバッテン掛けしていて、そこにパジャマの下から出ているチューブが伝っていた。チューブの中は血みたいな赤茶っぽい色の液体が溜まっていて、あんまり見ていたいものじゃなかった。
「これ、気になる? 手術した内側に変な汁が溜まらないように、外に出してるの。分泌量が減ったら、退院までに抜いてもらえるよ」
入院している人って、ベッドでぐったりしているイメージがあったけど、ママは家にいる時と変わらなかった。
「どげな?」
「手が上まで上がらん。リンパ切ったけん。あとは、痛み止めが切れると腰が痛ていけん」
「ママ、手術のあとは痛くないの?」
「それが、意外と平気なのよ」
うわぁ、ママがナチュラルにバイリンガルだ。スズと話すときは標準語なのに(笑)。
「もうリハビリしてるよ。ボールにぎにぎとかテーブル拭き体操とか。それよりスズ、明日は月曜日でしょ。ちーちゃん待たせちゃダメだよ。あ、お母さん、スズ七時三十五分に出るけん、頼んよ」
時間いっぱいまでおしゃべりして、パパが病室までママを送っていった。戻ってきたパパはちょっと難しい顔をしていて、ババちゃんが「どげした?」と尋ねた。
「ママ、ちょっと疲れたみたいだ。ベッドに戻ったらグデっとしてた」
「あだん、スズちゃんの前で張り切っとったんだね」
「スズのせい?」
どうしよう。ママの入院、長くなっちゃうかな。ちょっと不安になった。
「スズのせいじゃないよ。お医者さんからは、動けって言われてるから、頑張りすぎたんだろ。そろそろ薬が切れて、ぎっくり腰が痛みだすころみたいだし」
よかった⋯⋯よくないけど。
「大丈夫だよ、スズちゃん。手術した人はね、だいたいあんなもんだから」
ババちゃんが笑った。
家に帰ると普段ママが作らない料理をたくさん作ってくれて、お腹いっぱい食べた。昨日までご飯炊かなきゃってアタフタしてたのに、全部ババちゃんがしてくれた。
ママってすごい。ババちゃんもすごい。
お仕事してるのに、みんなのご飯をぱぱっと作る。
金曜日にママが退院してきて、そのあと一週間、ババちゃんがお家のことをしてくれる。
「ババがいる間はやってあげるけんね。そのあとはママが痛しいときはスズちゃんに任せぇよ」
ご飯を食べながら、ババちゃんが言った。
「パパさんは⋯⋯飯の支度はならんみたいだけん、掃除ほだしてね」
「面目ございません」
パパがしょぼんとなった。⋯⋯実はスズがご飯炊く練習してるとき、一緒にやったんだけどさ、スズのが百倍マシだった。
『結婚して十五年、ママが諦めた理由、わかるでしょ?』
すごくわかった。
ババちゃんにまで重ねて言われて凹んだパパは、水曜日に熱を出した。
まさかのインフルエンザ!
在宅ワークなのに、どこでもらってくるの⁈
月曜日に電車で都心のほうに打ち合わせに行って、潜伏期間、短すぎでしょ! あれ? 付き添いで病院に行ったときにウィルスもらってきたの?
「あだん。ママ、退院どげすぅがいいかいね」
パパは近所のかかりつけ医で薬を出してもらって、すぐに熱は下がった。でも朦朧とする薬らしくて、ママのお迎えは無理みたい。
「タクシーで帰ってきてもらうとして、免疫力が低下してるオクさん、俺とおんなじ部屋じゃまずいでしょ。ほれ、スズもパパから離れなさい」
パパはスズたちから離れて、リビングのローテーブルでおじやを啜っている。食欲ないけど薬飲まなきゃ、とぶつぶつ言っている。
テーブルでババちゃんと向かい合って、たくさん並んだご飯を食べながら、ババちゃんがいてくれてホントに良かったと思った。
スズひとりで病気のパパのお世話なんてできないもの!
他の患者さんもいるから迷惑にならないように談話室に移動して、四人がけの席に座った。
ママは両肩から安っぽいポーチをふたつ、斜めにバッテン掛けしていて、そこにパジャマの下から出ているチューブが伝っていた。チューブの中は血みたいな赤茶っぽい色の液体が溜まっていて、あんまり見ていたいものじゃなかった。
「これ、気になる? 手術した内側に変な汁が溜まらないように、外に出してるの。分泌量が減ったら、退院までに抜いてもらえるよ」
入院している人って、ベッドでぐったりしているイメージがあったけど、ママは家にいる時と変わらなかった。
「どげな?」
「手が上まで上がらん。リンパ切ったけん。あとは、痛み止めが切れると腰が痛ていけん」
「ママ、手術のあとは痛くないの?」
「それが、意外と平気なのよ」
うわぁ、ママがナチュラルにバイリンガルだ。スズと話すときは標準語なのに(笑)。
「もうリハビリしてるよ。ボールにぎにぎとかテーブル拭き体操とか。それよりスズ、明日は月曜日でしょ。ちーちゃん待たせちゃダメだよ。あ、お母さん、スズ七時三十五分に出るけん、頼んよ」
時間いっぱいまでおしゃべりして、パパが病室までママを送っていった。戻ってきたパパはちょっと難しい顔をしていて、ババちゃんが「どげした?」と尋ねた。
「ママ、ちょっと疲れたみたいだ。ベッドに戻ったらグデっとしてた」
「あだん、スズちゃんの前で張り切っとったんだね」
「スズのせい?」
どうしよう。ママの入院、長くなっちゃうかな。ちょっと不安になった。
「スズのせいじゃないよ。お医者さんからは、動けって言われてるから、頑張りすぎたんだろ。そろそろ薬が切れて、ぎっくり腰が痛みだすころみたいだし」
よかった⋯⋯よくないけど。
「大丈夫だよ、スズちゃん。手術した人はね、だいたいあんなもんだから」
ババちゃんが笑った。
家に帰ると普段ママが作らない料理をたくさん作ってくれて、お腹いっぱい食べた。昨日までご飯炊かなきゃってアタフタしてたのに、全部ババちゃんがしてくれた。
ママってすごい。ババちゃんもすごい。
お仕事してるのに、みんなのご飯をぱぱっと作る。
金曜日にママが退院してきて、そのあと一週間、ババちゃんがお家のことをしてくれる。
「ババがいる間はやってあげるけんね。そのあとはママが痛しいときはスズちゃんに任せぇよ」
ご飯を食べながら、ババちゃんが言った。
「パパさんは⋯⋯飯の支度はならんみたいだけん、掃除ほだしてね」
「面目ございません」
パパがしょぼんとなった。⋯⋯実はスズがご飯炊く練習してるとき、一緒にやったんだけどさ、スズのが百倍マシだった。
『結婚して十五年、ママが諦めた理由、わかるでしょ?』
すごくわかった。
ババちゃんにまで重ねて言われて凹んだパパは、水曜日に熱を出した。
まさかのインフルエンザ!
在宅ワークなのに、どこでもらってくるの⁈
月曜日に電車で都心のほうに打ち合わせに行って、潜伏期間、短すぎでしょ! あれ? 付き添いで病院に行ったときにウィルスもらってきたの?
「あだん。ママ、退院どげすぅがいいかいね」
パパは近所のかかりつけ医で薬を出してもらって、すぐに熱は下がった。でも朦朧とする薬らしくて、ママのお迎えは無理みたい。
「タクシーで帰ってきてもらうとして、免疫力が低下してるオクさん、俺とおんなじ部屋じゃまずいでしょ。ほれ、スズもパパから離れなさい」
パパはスズたちから離れて、リビングのローテーブルでおじやを啜っている。食欲ないけど薬飲まなきゃ、とぶつぶつ言っている。
テーブルでババちゃんと向かい合って、たくさん並んだご飯を食べながら、ババちゃんがいてくれてホントに良かったと思った。
スズひとりで病気のパパのお世話なんてできないもの!
0
お気に入りに追加
23
あなたにおすすめの小説
懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。
梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。
あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。
その時までは。
どうか、幸せになってね。
愛しい人。
さようなら。
私をもう愛していないなら。
水垣するめ
恋愛
その衝撃的な場面を見たのは、何気ない日の夕方だった。
空は赤く染まって、街の建物を照らしていた。
私は実家の伯爵家からの呼び出しを受けて、その帰路についている時だった。
街中を、私の夫であるアイクが歩いていた。
見知った女性と一緒に。
私の友人である、男爵家ジェーン・バーカーと。
「え?」
思わず私は声をあげた。
なぜ二人が一緒に歩いているのだろう。
二人に接点は無いはずだ。
会ったのだって、私がジェーンをお茶会で家に呼んだ時に、一度顔を合わせただけだ。
それが、何故?
ジェーンと歩くアイクは、どこかいつもよりも楽しげな表情を浮かべてながら、ジェーンと言葉を交わしていた。
結婚してから一年経って、次第に見なくなった顔だ。
私の胸の内に不安が湧いてくる。
(駄目よ。簡単に夫を疑うなんて。きっと二人はいつの間にか友人になっただけ──)
その瞬間。
二人は手を繋いで。
キスをした。
「──」
言葉にならない声が漏れた。
胸の中の不安は確かな形となって、目の前に現れた。
──アイクは浮気していた。
あなたの子ですが、内緒で育てます
椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」
突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。
夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。
私は強くなることを決意する。
「この子は私が育てます!」
お腹にいる子供は王の子。
王の子だけが不思議な力を持つ。
私は育った子供を連れて王宮へ戻る。
――そして、私を追い出したことを後悔してください。
※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ
※他サイト様でも掲載しております。
※hotランキング1位&エールありがとうございます!
極甘独占欲持ち王子様は、優しくて甘すぎて。
猫菜こん
児童書・童話
私は人より目立たずに、ひっそりと生きていたい。
だから大きな伊達眼鏡で、毎日を静かに過ごしていたのに――……。
「それじゃあこの子は、俺がもらうよ。」
優しく引き寄せられ、“王子様”の腕の中に閉じ込められ。
……これは一体どういう状況なんですか!?
静かな場所が好きで大人しめな地味子ちゃん
できるだけ目立たないように過ごしたい
湖宮結衣(こみやゆい)
×
文武両道な学園の王子様
実は、好きな子を誰よりも独り占めしたがり……?
氷堂秦斗(ひょうどうかなと)
最初は【仮】のはずだった。
「結衣さん……って呼んでもいい?
だから、俺のことも名前で呼んでほしいな。」
「さっきので嫉妬したから、ちょっとだけ抱きしめられてて。」
「俺は前から結衣さんのことが好きだったし、
今もどうしようもないくらい好きなんだ。」
……でもいつの間にか、どうしようもないくらい溺れていた。
貧乏男爵家の末っ子が眠り姫になるまでとその後
空月
恋愛
貧乏男爵家の末っ子・アルティアの婚約者は、何故か公爵家嫡男で非の打ち所のない男・キースである。
魔術学院の二年生に進学して少し経った頃、「君と俺とでは釣り合わないと思わないか」と言われる。
そのときは曖昧な笑みで流したアルティアだったが、その数日後、倒れて眠ったままの状態になってしまう。
すると、キースの態度が豹変して……?
婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです
青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています
チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。
しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。
婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。
さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。
失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。
目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。
二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。
一方、義妹は仕事でミスばかり。
闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。
挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。
※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます!
※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。
【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件
三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。
※アルファポリスのみの公開です。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる