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王国と城砦と聖女の兄の立ち位置。

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 ギィはなにも言わずに俺の頭をぐちゃぐちゃとかき回した。これ、ギィの癖なんだろうな。自分の頭もよくかき回してるし。

 衝撃的なことを聞かされて納得できるかと聞かれても困るけど、なんかもう、この温もりがあれば、なんでも乗り越えられる気がしてきた。

「変態のことは取り敢えず置いておこう。ルンちゃんが睡眠をたくさん必要としていたのは、恐らく身体がこの世界に馴染むためだと思う」
「わかった。聖女のビンちゃんは平気なの?」
「ビンが持ってる輝石が補っているはずだ。大きすぎる魔力を抑える役割をしているようだな。あれはビンに肌身離さず持っているように言ってある。ジャンの兄が到着したら、もっと色々わかるはずだ」

 ひとまずミヤビンは大丈夫らしい。桜木家のお姫様になにかあったら大変だ。

「ここからは、俺から国の話をしよう。ビンは聖女として民の前に立つつもりはないようだったから、あまり深く話すと逃げ出せなくなると思って、今までは軽くしか話していなかったんだ。まずは生活習慣を覚えるのでいっぱいだろうしな」

 あれもこれもいっぺんに詰め込んでたら、今頃部屋の隅っこでミヤビンを抱っこして周り中を威嚇してたかもしれない。ギィの腕のなかも安心できる場所になってなかったかもなぁ。

 納得して頷くと、また頭をくしゃくしゃされて唇を尖らせる。髪の毛が乱れる腹立たしさと、子ども扱いされるモヤモヤと、触れる体温への安堵がぐちゃぐちゃになって訳がわからなくなった挙げ句、唇を尖らせることしか出来なかったんだよ。

「ここはジュナイヴ王国の辺境にあるカリャンテ大公の城砦だ。カリャンテ大公は俺の父だよ。前王ので辺境の守りを固めるという名目のもとで引きこもりをしていたんだ」

 都合が悪く思っていたのは宰相とか王家を牛耳ろうとしていた一派で、家族仲は良好で異母弟にあたる現王とも仲良しだったって。長子が即位しなかったのは、前王が王子のころ受けた閨指南で授かった婚外子だからなんだって。

 閨指南ってアレだろ? 保健体育の性教育に実技がついてるって言う⋯⋯。

 ギィの祖母にあたる閨指南の相手を務めた女性は、産まれも育ちも嫁ぎ先もやんごとない未亡人で、子どもが出来たからといって蔑ろにしていい存在ではなかった。王子様のお相手なら、そうだろうな。庶子とも言いづらい婚外子。数年後に嫁いできた正妃の実子として届けられてはいるらしい。嫁入りと同時に実子の存在を受け入れなきゃならない正妃って大変だな。

 とにかくそんなわけで、ギィのお父さんは王にはならずこのお城を賜って王都を離れたそうだ。

「ええと、大公様は? 挨拶しなくていいのかな⋯⋯」

 ギィに連れてこられたとはいえ、勝手に居座っちゃってるよ。

「親父は王都にいる。陛下が体調を崩されてな。時を同じくして世継ぎの王子が行方不明になって、大公である親父は急ぎで陛下の枕辺に駆けつける羽目になった」

 行方不明になった王子様って、コニー君だよね? 王様が病気になって、王子様が行方不明って一気に聞いちゃいけない話になったような⋯⋯。俺が聞いたら抜け出せなくなるから、今まで蚊帳の外にしてくれてたんだ。

「王都に行った親父からの報せには、陛下の体調不良は毒によるものだとあった。その後しばらくして親父は謀叛の心ありとして宰相によって捕らえられて、大公家の王都邸タウンハウスに軟禁されている。俺はまぁ、親父がそんなんだから、表向きはこの城で謹慎していることになってるんだ」

 傭兵は世を忍ぶ仮の姿ってわけだな。昔の時代劇の殿様みたいだな。

「まぁ、もともと俺は王子って柄でもないし、まつりごとより武張ったことのほうに顔が効く。傭兵の真似事もしてたから、神殿に生贄が集められていると情報を掴んですぐに、近隣で傭兵団が駐屯していてもおかしくない土地を探した」

 それが土砂崩れに困っていたあの集落だった。土砂の撤去をしながら、神殿を探っていたらしい。

「⋯⋯生贄って、コニー君の他にもいたの?」
「安心しろ⋯⋯って言っていいのかわからないが、山羊や羊の心臓がたくさん捧げられていたぞ」

 人間でないなら殺していいわけじゃない。むしろ動物の生命を簡単に摘み取れるヤツは、人を害することにも躊躇いがないって聞いたことがある。安心しろって言われても、確かに返事には困るな。

「コニーの監禁場所を発見して、ヤツらが儀式をしている隙を狙って逃したんだ。鹿で成功しなかったら、コニーを引っ張り出したんだろうが、その前に召喚が成功した」
「あのタイミングで召喚されてなかったら、コニー君の生命が危なかったんだ」
「なんと言ったらいいのかわからない。コニーの従兄の立場で言えば順番が来る前に召喚が成されたことに感謝すべきだが、ルンの慟哭を見た後でそれを言うのは人非人ひとでなしと言うものだ」

 ギィが自分の頭をぐちゃぐちゃとかき回した。

人非人ひとでなしは宰相とその一派だよ。ギィがそんな表情カオすることないよ」
「ルンは優しいな。結局は逃げ出したことに気付いた見張り番が追いかけて来て、斬られたじゃないか」

 あの大男、見張り番だったのか。俺のこと王子様を助けに来たお付きの人だと思ったのかもしれない。なんかそんなこと言ってたの、朧げに思い出してきた。

「ねぇ、宰相って人は国民にはどう思われているの?」

 ギィの立場から見たらコニーの誘拐は当然として、王様の毒殺未遂も怪しいのは宰相だよね。国民から不信任でリコールされたりしないのかな。

「可もなく不可もなく、だな。奴は実権を握ってジュナイヴ王国の頂点に立ちたいのであって、民を虐げたいわけじゃないんだ。自分を崇めて欲しいから親父を謀叛人に仕立てて、伏した陛下の代わりに表向きは善政を敷くだろう。そのうち、聖女を娶って陛下の頭上から王冠を奪い取るつもりだろうな」

 そこで聖女様の登場なのか。以前ギィからって思い込んでるヤツがいるって聞いてたよ。

「なにがなんでも、ビンちゃんを守らなきゃ」
「ビンもだが、お前もだぞ。奴らが思う聖女そのものの容姿をしているんだからな」
「性別⋯⋯は関係ないんだもんな。うん、お城にいれば大丈夫って信じてる」

 大雑把に自分たちの立ち位置、つまり身体的なことも王家との関わりも教えてもらって、肩の力を抜いた。俺自身については聖女ミヤビンの兄っていう立場でしかないから、お城で働かせてもらおうかな。

「駄目だよ、ルンちゃん」
「なんですか?」
「君は聖女様の兄君で、未来の王子妃、ひいては王妃となられる方の兄君だよ。って表情カオしてたけど、客人として遇するからね」

 うわぁ、サーヤさんエスパーなの? 思ってること言い当てられた上に釘まで刺された!

「⋯⋯兄は兄です。本人じゃないし、そこに胡座をかくのは駄目じゃないかなぁ、なんて」
「慎ましく奥ゆかしいのは良いことだけど、ここは大公家の城砦なの。君の存在が表沙汰になったとき、聖女様の兄君が仕事をさせられているなんて、悪意を持って噂を振り撒かれちゃ困るんだよ。⋯⋯傭兵団の振りをしてるときは、ちょっと頑張って欲しい気もしてるけど」

 真面目な表情カオで話していたサーヤさんが、最後は遠い目をした。遠征から帰ってきたサイから謎スープのことを聞かされて、膝から崩れ落ちたらしいよ。

「アレは僕の教育が悪かった⋯⋯邪魔だから厨房から追い出したりしないで、手伝わせていればよかったんだ⋯⋯まさかこのタイミングで子どもを授かるとは思ってなかったんだ⋯⋯サイの野郎、調子に乗ってナカ⋯⋯」

 ブツブツと視線をブラックホールに吸い込ませているのを見ながらギィも頭をかき回した。うん、あの謎スープ、サーヤさんにも想定外だったんだね。最後の方は半分唸り声でよく聞こえなかったけど、サイに対する文句を言ってたようだ。

「無理に働こうと思わなくていい。ビンと一緒にジュナイヴ王国のマナーを覚えたり、文字を勉強したりしていてくれ。将来ビンがコニーのとなりに立つことになったら、側で支えてやるにはお前さんにも知識は必要だろう?」

 こんどは俺の頭をくしゃくしゃしてくる。

「こら、ギィ。ルンちゃんの頭がぐちゃぐちゃじゃないか」

 サーヤさんは王子様扱いが雑だと思う。傭兵団のみんなも気さくに話しかけていたけど、お城に帰ってきたら姿勢を正してたよね。それなのにサーヤさんは結構タメ口だ。

「悪いな」
「⋯⋯手櫛で直るからいいよ」

 懐に入れてもらってるみたいで嬉しいとは口にしない。なんか恥ずかしいから。言いながら手櫛で直す。旅の間は絞った手拭いで地肌を拭くだけだったけど、眠っている間に綺麗にしてもらったおかげで、指通りはするんとしている。

「あとは部屋付きの侍女と女中の紹介と、部屋の案内だな。魔力が全くないと動かない設備もあるから、サーヤ、あれは準備ができてるか?」
「もちろん。今、出すよ」

 サーヤさんが厳重に鍵のかかった金庫のような棚から、宝石が入ってそうな箱を持ち出した。箱そのものが宝石で飾られていて、金庫にしまってあったのがよくわかる。

 その箱にも鍵穴があって、鍵はサーヤさんの首にかかっていた。ペンダントのチャームかと思ってたのに。中にあったのは黒くうねる黒髪で、散らばらないように綺麗に整えて数カ所リボンで束ねてあった。どう考えてもミヤビンの髪の毛だ。

 その傍にロケットペンダントみたいなのが入っていて、サーヤさんはそれをギィに渡した。受け取ったギィは太い指で器用に留め金を外して、俺の首にかけた。⋯⋯顔が近い。抱っこされてるときと同じ距離なのに、無性に恥ずかしいのは何故だ。

 ロケットの中にはミヤビンの髪の毛が仕込まれていて、魔力を帯びているらしい。

「これで大抵の設備は使えるようになるが、ルンには鎖が長いし太くて重そうだ。職人に、もっと繊細なのを作らせよう」

 確かに肩がこりそうに重いけど、すぐに職人さんを呼ぼうとするあたり、本物の王子様なんだと妙な納得をした。
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