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真白の柱と月影と。
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ドタっと転げた場所は、石畳の上だった。あれだけ吹き飛ばされて落ちたのに、ちょっと転んだ程度の衝撃しかない。
風といっしょに舞い上がった小石や木切れが、容赦なく身体にぶち当たった感触を覚えている。おでこがジンジンと熱くて手の甲で拭ったら、ぬろりと赤黒い液体が付いた。マジかよ。
慌てて腕に抱き込んだミヤビンの手足を確認した。意識を失ってぐんにゃりしているけど、目に見える怪我はない。厚手のミニキュロットとニーハイソックスは肌の露出を抑えていたし、顔は俺の胸に押し付けてたからな。
ひとまずミヤビンが無事なことに安心して、改めて周りを見る。
なんだ、あの柱?
テレビで見たことある。ギリシャの観光名所、パルテノン神殿って言うんだっけ。白くてでっかい柱がどーんどーんってたくさん立ってる奴。あれより良心的な(?)サイズだけど、日本で⋯⋯それも田舎の山間の町で見るはずのないものだ。天井を見上げると一面に謎の模様が描かれていて、壁はない。代わりに風に吹かれてひらひらとカーテンが揺れている。仕切りは布切れなのか。
天井に穴が空いているわけでもないのに、俺たちはどうやってここに落ちて来たんだろう。もう一度ぐるっとカーテンに仕切られた空間を見回して、最後に天井を見上げた。改めてまじまじ見ると天井いっぱいに書き込まれた複雑な模様は、シゲさんに貸してもらったラノベの表紙に描かれていた魔法陣みたいだ。
得体の知れない不安が胸に広がる。
ミヤビンはなんて言っていた?
聖女様とかなんとか言ってなかったか?
背中にじんわり気持ち悪い汗が流れてきてブルっと震えたとき、カーテンの向こうからざわざわと人の気配がした。
「召喚は成功したのだろうな!」
「代々の聖女様は麗しい乙女と聞くぞ」
「おとなしい娘であれば良いのだが」
「多少じゃじゃ馬でも、閨に閉じ込めて一晩中犯してやれば大人しくなろうて」
「それに聖女の子は魔力持ちが多い。何人か産ませて魔術師の塔に売ってやっても良いな」
はぁ⁈
なんかゲスい奴が混じってないか?
つうか、全員ゲスいんじゃないか?
カーテンに人の陰が映る。三人⋯⋯後ろにも並んでるみたいだから、もっとだ。ミヤビンを引きずって反対側のカーテンの裏側に移動する。カーテンの向こうは奥行きが随分とあって、深い闇が押し寄せてくるようだった。息を潜める。
「さぁ、異世界の娘よ⋯⋯ッ! ん? おらぬではないか‼︎」
間一髪か。だけどこっちのカーテンを捲られたら終わりだ。顔も見えない奴らだけど、ゲスさ爆発で救いようがないな。
ミヤビンは十歳にしては小柄だけど、俺も十八歳男子としては小柄だ。気を失ってぐんにゃりとしている子どもは、それなりに重い。⋯⋯心はレディのミヤビンに言ったら絶対に怒られるけどな。そろそろと音を立てないように後ずさる。カーテンに背を向けるのは怖いから、ゆっくり慎重に進む。ほのかに明かりがあった場所から少しずつ離れると、あたりはすっかり闇に包まれた。
わあわあ騒いでいる声が聞こえるけど、喋っている内容は不明瞭になる程の距離が空く。この建物、どんだけ広いんだよ。そろりそろりと後ずさっていると、薄ぼんやりと俺たちの影が出来始めた。
後ろに明かり?
思わず振り向くと向こうから光が差し込んでいる。
「んん⋯⋯」
うわ、ミヤビンが起きたか?
一旦移動を止めて、ミヤビンの様子をうかがっていると、もぞもぞと動いた後、ビクッと身体を固くした。
「ミヤビン、兄ちゃんだよ。一緒にいるから、大丈夫。大きな声を出しちゃダメだ」
驚かさないようぎゅっと抱きしめる。ミヤビンはお化け屋敷やジェットコースターで、咄嗟に悲鳴が出ないタイプだ。怖いと固まっちゃうってヤツな。おかげでさっきの奴らに居場所を知らせずに済んだ。
「カオルン兄ちゃん?」
「うん、薫だよ」
「暗い⋯⋯。もう夜?」
「わからない。後ろの方に明かりの気配がするんだ。そっちに移動しよう。歩けそうか?」
返事はなかったけど、薄明かりに見えるミヤビンの影が頷くのがわかった。細い身体をそっと下ろすと、案外しっかりした様子で立ち上がった。
固く手を繋いで摺り足で歩く。暗くて段差があっても見えないから用心のためだ。それにしてもスニーカーを履いていて助かった。サンダルだったら足元がおぼつかなかったかも知れない。
歩くにつれて神殿の柱のようなものは、その存在感を増した。青白い光が強くなって、柱を浮かび上がらせて来たからだ。まるで月光のような青さに慄く。三日後には四月を迎える春の午前中だったのに、この光が月光なら、半日程度の時間が経過していることになる。
俺とミヤビンは、謎の建物から抜け出した。
そうして見る。
黒々と茂る樹々の真上に、真円より僅かに欠けた丸い月と、三日月よりも細く尖った鋭利な月が、煌々と光を放っているのを。
月が欠けるのって地球の影とか太陽の向きとかあるんだよな? ふたつあるのもあり得ないけど、同じ方向に並んで見えるのに欠けかたが違うって、意味わからん。
「カオルン兄ちゃん、なんで月がふたつもあるの?」
「俺に聞くな」
「じゃあ、ミノリン兄ちゃんに聞いてみる」
「そうしてくれ」
ふたりで呆然と空を見上げる。どう考えてもここは桜木家の庭じゃない。ミノリンはいない。
月光に照らされた白い柱の奥から、複数の人々の声が聞こえ始めた。ガチャガチャと金属が鳴る音と怒声。多分『聖女様』とやらを探している。そしてそれはミヤビンに違いない。
耳鳴りと太鼓の音。聖女を求める呼び声に、ミヤビンは確かに感応していた。シゲさんが言ってた突拍子もない『異世界召喚』とやらが真実味を帯びて、俺の胸を騒がせた。
「人がいるの? 助けてもらおうよ」
ミヤビンが出て来たばかりの建物を振り返った。
「ダメだ。⋯⋯あの人たちは、ミヤビンに意地悪するんだ」
十歳の女の子に貞操の危機を説明していいんだろうか? カーテン越しに聖女を犯して子どもを産ませる算段をしているのを聞いてしまったからには、あいつらに助けを求めるわけにはいかない。
「意地悪?」
「⋯⋯⋯⋯顔は見てないけど、カーテンの向こうでミヤビンをお嫁さんにするって言ってるのが聞こえたんだ」
「お嫁さん?」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯知らないおじさんと結婚するの嫌だろう?」
「うん」
お嫁さんなんて幸せなものじゃない。奴らは聖女をレイプするって相談してたんだよな。十歳の女の子が呼び出されてるのには気づいてないだろうけど、レイプ前提で見も知らぬ異世界人を呼び寄せてるってことだよな? 絶対に見つかっちゃダメだ。
夜の森に踏み込むなんて自殺行為だ。けどここにいたらすぐに追いつかれるだろう。ミヤビンの手をギュッと握る。
「⋯⋯行こう」
「うん!」
ミヤビンは俺の躊躇いなど気づかずに、素直に返事を返した。ここが異世界だとして、森の中にはどんな獣が潜んでいるのかもわからない。
奥まで行かずに、どこかに隠れよう。遠くへ逃げるのは夜が明けてからがいい。ヤツらも夜の森までは踏み込んでこないだろう。⋯⋯たぶん。
夜露で濡れる灌木をすり抜けて、どこか隠れやすそうなところを探す。暗くてどこに座り込んでも発見されなさそうだけど、夜明けが怖い。
俺たちは黙って進んだ。ミヤビンの手のひらの温度が、俺を正気に押し留める。怖くて叫び出しそうなのを引き止めてくれているのは、間違いなくミヤビンだ。
背後でわあっとひとの声が上がった。明らかな怒声にミヤビンの手に力が入った。小さな手が混乱と恐怖を伝えてくる。オレンジ色の明かりがチラチラ見える。あれは火なんじゃないか? なにが起こってるんだ⋯⋯。
風に乗ってギンッとかガツッて音がする。工事現場で鉄材をぶつけた時の音に似ている。
ガサガサと灌木を掻き分けてこっちにやってくる気配がする。俺たちとは別件で騒ぎが起こってるみたいだ。こっちに来るな、巻き添えはゴメンだって思ったとき。
「このガキめッ! おとなしく死んでしまえ‼︎」
「おとなしくしてるわけ、ないだろう!」
「ミヤビン、隠れて!」
咄嗟にミヤビンを灌木の根元に押し込んだ。ミヤビンと同じくらいの背丈の子どもに向かって、明らかに武装した男が刃物を振りかぶっていた。青白い月光に刃が不気味に光った。
なにも考えていなかった。ただ、十歳足らずだろう子どもが害されるのを見て、勝手に身体が動いた。
背中がヒヤリとして、それから猛烈な熱を感じた。胸に抱きこんだ子どもがなにか叫んでいる。倒れ込む寸前に目に映ったのは、灌木の陰に座り込んで、必死に悲鳴を飲み込むミヤビンだった。くるりとした大きな目がこぼれ落ちそうなくらい見開かれて、木立の隙間から差し込む月光を反射している。
「あああああぁぁーーーーッ‼︎」
自分の叫び声がどこか遠くから聞こえる。
ヤバい、失敗した。ミヤビンを連れて逃げなくちゃならないのに。でも、腕のなかの子どもが無事ならいいか。
「ここらの子か? 頼む、あの子を連れて逃げてくれ。俺の妹なんだ」
懇願は声になったのだろうか?
「従者か? 変な服装しやがって。まぁいい、一緒に死ねや!」
「させるか、雑魚が!」
また知らない声がした。
もう。
何も見えない。
風といっしょに舞い上がった小石や木切れが、容赦なく身体にぶち当たった感触を覚えている。おでこがジンジンと熱くて手の甲で拭ったら、ぬろりと赤黒い液体が付いた。マジかよ。
慌てて腕に抱き込んだミヤビンの手足を確認した。意識を失ってぐんにゃりしているけど、目に見える怪我はない。厚手のミニキュロットとニーハイソックスは肌の露出を抑えていたし、顔は俺の胸に押し付けてたからな。
ひとまずミヤビンが無事なことに安心して、改めて周りを見る。
なんだ、あの柱?
テレビで見たことある。ギリシャの観光名所、パルテノン神殿って言うんだっけ。白くてでっかい柱がどーんどーんってたくさん立ってる奴。あれより良心的な(?)サイズだけど、日本で⋯⋯それも田舎の山間の町で見るはずのないものだ。天井を見上げると一面に謎の模様が描かれていて、壁はない。代わりに風に吹かれてひらひらとカーテンが揺れている。仕切りは布切れなのか。
天井に穴が空いているわけでもないのに、俺たちはどうやってここに落ちて来たんだろう。もう一度ぐるっとカーテンに仕切られた空間を見回して、最後に天井を見上げた。改めてまじまじ見ると天井いっぱいに書き込まれた複雑な模様は、シゲさんに貸してもらったラノベの表紙に描かれていた魔法陣みたいだ。
得体の知れない不安が胸に広がる。
ミヤビンはなんて言っていた?
聖女様とかなんとか言ってなかったか?
背中にじんわり気持ち悪い汗が流れてきてブルっと震えたとき、カーテンの向こうからざわざわと人の気配がした。
「召喚は成功したのだろうな!」
「代々の聖女様は麗しい乙女と聞くぞ」
「おとなしい娘であれば良いのだが」
「多少じゃじゃ馬でも、閨に閉じ込めて一晩中犯してやれば大人しくなろうて」
「それに聖女の子は魔力持ちが多い。何人か産ませて魔術師の塔に売ってやっても良いな」
はぁ⁈
なんかゲスい奴が混じってないか?
つうか、全員ゲスいんじゃないか?
カーテンに人の陰が映る。三人⋯⋯後ろにも並んでるみたいだから、もっとだ。ミヤビンを引きずって反対側のカーテンの裏側に移動する。カーテンの向こうは奥行きが随分とあって、深い闇が押し寄せてくるようだった。息を潜める。
「さぁ、異世界の娘よ⋯⋯ッ! ん? おらぬではないか‼︎」
間一髪か。だけどこっちのカーテンを捲られたら終わりだ。顔も見えない奴らだけど、ゲスさ爆発で救いようがないな。
ミヤビンは十歳にしては小柄だけど、俺も十八歳男子としては小柄だ。気を失ってぐんにゃりとしている子どもは、それなりに重い。⋯⋯心はレディのミヤビンに言ったら絶対に怒られるけどな。そろそろと音を立てないように後ずさる。カーテンに背を向けるのは怖いから、ゆっくり慎重に進む。ほのかに明かりがあった場所から少しずつ離れると、あたりはすっかり闇に包まれた。
わあわあ騒いでいる声が聞こえるけど、喋っている内容は不明瞭になる程の距離が空く。この建物、どんだけ広いんだよ。そろりそろりと後ずさっていると、薄ぼんやりと俺たちの影が出来始めた。
後ろに明かり?
思わず振り向くと向こうから光が差し込んでいる。
「んん⋯⋯」
うわ、ミヤビンが起きたか?
一旦移動を止めて、ミヤビンの様子をうかがっていると、もぞもぞと動いた後、ビクッと身体を固くした。
「ミヤビン、兄ちゃんだよ。一緒にいるから、大丈夫。大きな声を出しちゃダメだ」
驚かさないようぎゅっと抱きしめる。ミヤビンはお化け屋敷やジェットコースターで、咄嗟に悲鳴が出ないタイプだ。怖いと固まっちゃうってヤツな。おかげでさっきの奴らに居場所を知らせずに済んだ。
「カオルン兄ちゃん?」
「うん、薫だよ」
「暗い⋯⋯。もう夜?」
「わからない。後ろの方に明かりの気配がするんだ。そっちに移動しよう。歩けそうか?」
返事はなかったけど、薄明かりに見えるミヤビンの影が頷くのがわかった。細い身体をそっと下ろすと、案外しっかりした様子で立ち上がった。
固く手を繋いで摺り足で歩く。暗くて段差があっても見えないから用心のためだ。それにしてもスニーカーを履いていて助かった。サンダルだったら足元がおぼつかなかったかも知れない。
歩くにつれて神殿の柱のようなものは、その存在感を増した。青白い光が強くなって、柱を浮かび上がらせて来たからだ。まるで月光のような青さに慄く。三日後には四月を迎える春の午前中だったのに、この光が月光なら、半日程度の時間が経過していることになる。
俺とミヤビンは、謎の建物から抜け出した。
そうして見る。
黒々と茂る樹々の真上に、真円より僅かに欠けた丸い月と、三日月よりも細く尖った鋭利な月が、煌々と光を放っているのを。
月が欠けるのって地球の影とか太陽の向きとかあるんだよな? ふたつあるのもあり得ないけど、同じ方向に並んで見えるのに欠けかたが違うって、意味わからん。
「カオルン兄ちゃん、なんで月がふたつもあるの?」
「俺に聞くな」
「じゃあ、ミノリン兄ちゃんに聞いてみる」
「そうしてくれ」
ふたりで呆然と空を見上げる。どう考えてもここは桜木家の庭じゃない。ミノリンはいない。
月光に照らされた白い柱の奥から、複数の人々の声が聞こえ始めた。ガチャガチャと金属が鳴る音と怒声。多分『聖女様』とやらを探している。そしてそれはミヤビンに違いない。
耳鳴りと太鼓の音。聖女を求める呼び声に、ミヤビンは確かに感応していた。シゲさんが言ってた突拍子もない『異世界召喚』とやらが真実味を帯びて、俺の胸を騒がせた。
「人がいるの? 助けてもらおうよ」
ミヤビンが出て来たばかりの建物を振り返った。
「ダメだ。⋯⋯あの人たちは、ミヤビンに意地悪するんだ」
十歳の女の子に貞操の危機を説明していいんだろうか? カーテン越しに聖女を犯して子どもを産ませる算段をしているのを聞いてしまったからには、あいつらに助けを求めるわけにはいかない。
「意地悪?」
「⋯⋯⋯⋯顔は見てないけど、カーテンの向こうでミヤビンをお嫁さんにするって言ってるのが聞こえたんだ」
「お嫁さん?」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯知らないおじさんと結婚するの嫌だろう?」
「うん」
お嫁さんなんて幸せなものじゃない。奴らは聖女をレイプするって相談してたんだよな。十歳の女の子が呼び出されてるのには気づいてないだろうけど、レイプ前提で見も知らぬ異世界人を呼び寄せてるってことだよな? 絶対に見つかっちゃダメだ。
夜の森に踏み込むなんて自殺行為だ。けどここにいたらすぐに追いつかれるだろう。ミヤビンの手をギュッと握る。
「⋯⋯行こう」
「うん!」
ミヤビンは俺の躊躇いなど気づかずに、素直に返事を返した。ここが異世界だとして、森の中にはどんな獣が潜んでいるのかもわからない。
奥まで行かずに、どこかに隠れよう。遠くへ逃げるのは夜が明けてからがいい。ヤツらも夜の森までは踏み込んでこないだろう。⋯⋯たぶん。
夜露で濡れる灌木をすり抜けて、どこか隠れやすそうなところを探す。暗くてどこに座り込んでも発見されなさそうだけど、夜明けが怖い。
俺たちは黙って進んだ。ミヤビンの手のひらの温度が、俺を正気に押し留める。怖くて叫び出しそうなのを引き止めてくれているのは、間違いなくミヤビンだ。
背後でわあっとひとの声が上がった。明らかな怒声にミヤビンの手に力が入った。小さな手が混乱と恐怖を伝えてくる。オレンジ色の明かりがチラチラ見える。あれは火なんじゃないか? なにが起こってるんだ⋯⋯。
風に乗ってギンッとかガツッて音がする。工事現場で鉄材をぶつけた時の音に似ている。
ガサガサと灌木を掻き分けてこっちにやってくる気配がする。俺たちとは別件で騒ぎが起こってるみたいだ。こっちに来るな、巻き添えはゴメンだって思ったとき。
「このガキめッ! おとなしく死んでしまえ‼︎」
「おとなしくしてるわけ、ないだろう!」
「ミヤビン、隠れて!」
咄嗟にミヤビンを灌木の根元に押し込んだ。ミヤビンと同じくらいの背丈の子どもに向かって、明らかに武装した男が刃物を振りかぶっていた。青白い月光に刃が不気味に光った。
なにも考えていなかった。ただ、十歳足らずだろう子どもが害されるのを見て、勝手に身体が動いた。
背中がヒヤリとして、それから猛烈な熱を感じた。胸に抱きこんだ子どもがなにか叫んでいる。倒れ込む寸前に目に映ったのは、灌木の陰に座り込んで、必死に悲鳴を飲み込むミヤビンだった。くるりとした大きな目がこぼれ落ちそうなくらい見開かれて、木立の隙間から差し込む月光を反射している。
「あああああぁぁーーーーッ‼︎」
自分の叫び声がどこか遠くから聞こえる。
ヤバい、失敗した。ミヤビンを連れて逃げなくちゃならないのに。でも、腕のなかの子どもが無事ならいいか。
「ここらの子か? 頼む、あの子を連れて逃げてくれ。俺の妹なんだ」
懇願は声になったのだろうか?
「従者か? 変な服装しやがって。まぁいい、一緒に死ねや!」
「させるか、雑魚が!」
また知らない声がした。
もう。
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※下ネタだらけです。
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完結致しました。
長い間当作品を読んでくださり本当に、ありがとうございました。
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