神の末裔は褥に微睡む。

織緒こん

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黒い夢のはじまり。

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emergency‼︎

 タグの本領発揮、人権無視回です。内容紹介にも注意書きしておりますが、女性や子どもがひどい目に遭います。暴力的な表現はR 15くらいでしょうか? 苦手な方はご自衛ください。


 ⁂ ⁂ ⁂ ⁂ ⁂


 それは夜も更けて、そろそろベッドに潜り込もうかと思ったときだ。

 赤ちゃんの泣き声がする。

 それも火のついたようなって付け足したくなるほどの、激しい泣き方だった。

 シュリが厳しい表情カオをして寝室を出て行く。確認しにいってくれたんだろう。扉が開いたら泣き声が大きくなって、居ても立っても居られなくなった。シュリを追い越して飛び出そうとして、止められる。

 赤ちゃんの泣き声は、今の俺には地雷だ。

「大勢の人の気配がします。急いでお着替えを」

 夜着に裸足のままだった。

「その格好をお世話係以外の者が見たと知ったら、若様は容赦なさらないでしょうね」

 容赦されないのは俺か? 見たヤツか?

 シャツブラウスにスラックス、それに簡単な羽織りものを引っ掛けて、階段を駆け降りる。ホールには夜番だろうお仕着せ姿の家人の他に、業務時間外と思しき私服の家人もいた。開いた玄関からは怪我人が幾人も運び込まれいて、そのなかに赤ちゃんを抱いた女の子がいた。

 お義父様が家人に指示をする声は、怒号のようにホールに響いている。侯爵家に滞在してくれている鳥の民フィーリアのサルーンとギジェルも玄関で怪我人を受け取って運び、医者のティシューは部屋着を血に染めていて、ことの大きさを悟る。

「なにが起こったのですか?」

 シュリが水を張ったたらいを運んできた下男を捕まえて尋ねた。

「盗賊に追われていたのを門兵が助けたらしいのですが、詳しいことはまだ⋯⋯」

 下男は俺に丁寧に頭を下げて行った。ごめんよ、急いでるのに邪魔したな。

「ねぇシュリ。赤ちゃんと女の子のそばに行けないかな。誰も赤ちゃんをあやしてやる余裕がないみたいだ」

 侯爵家の警備のために雇われている護衛は、元は騎士団に所属していた者も多い。門の外で盗賊と戦闘に入っているらしい。お義父様の声が大きくて、そんなことが聞こえてくる。

 駄目だ、子どもが怯える。

 堪らなくなって人々の隙間を縫って女の子に辿り着くと、ホールの隅に連れて行く。真っ青になって震えている女の子は、転んだのかあちこち泥で汚れていた。構うもんか。ギュッと抱きしめてやると、彼女は顔をあげて俺を見た。

「よく頑張ったな。えらいぞ」

 初めて会ったときのトーニャよりも幼い。泣き続ける赤ちゃんを強ばる手から抱き取って揺すってやると、泣き方が変わった。まだ泣き止まないけど、さっきみたいな魂切たまぎるような泣き声よりずっといい。それに安心したのか、女の子もようやく泣いた。よかった、こっちは少し泣いたほうがいい。

 女の子は夜着にガウンを重ねて着て、足元は室内履きだった。貴族って装いじゃない。裕福な商人の娘って感じだ。自宅で寝支度をした後に盗賊に押し入られて、ここまで逃げてきたんだろうか? 

 変だな。

 侯爵邸は貴族街の奥にある。ここまで逃げてくるより、城下町の警邏隊詰所に駆け込んだほうが良くないか?

 頭の中でぐるぐるしているうちに赤ちゃんは泣き疲れたのか、だんだんと泣き声が小さくなって眠ってしまった。泣きすぎでぐっしょり汗をかいていて、髪の毛もおでこにへばりついている。きっと肌着も濡れているだろう。

「お願いシュリ、この子、お着替えさせてあげたいんだけど」

 女の子も赤ちゃんも見たところ怪我はない。ちょろっと奥に行ってオムツチェックを兼ねて濡れ手巾で身体を拭いてあげるくらいなら⋯⋯。本当はお風呂に入れてあげたいけど、そこまでは言わない。

 首がようやく座ったくらいかな。抱いた感じは女の子な気がするけど、オムツチェックしないとわからない。

「あ⋯⋯」

 女の子が喘いで、一歩後ずさった。

「どうしたの?」

 視線の先に血で汚れた男がいた。こざっぱりした格好だけど、盗賊に襲われて怪我を負ったみたいだ。シュリがすかさず俺のまえに立った。

「⋯⋯ヒュッ」

 シュリの口から変な息が漏れて、どうしたのと声をかける間もなく、膝から崩れた。パタリと床に伏したと思ったら、体の下から赤黒い液体が滲み出てきた。

 なにが起こった?

「この人、お父さんとお母さんを殺した人!」

 女の子の高い声はホールに響いた。喧騒が途切れてホールの中の視線が一斉にこっちに向かった。

 一瞬で間合いを詰められて、赤ちゃんが奪われた。男は俺から取り上げた赤ちゃんを放り投げやがった! 放物線を描いてスローモーションのように飛んでいくのを、咄嗟に追う。身体が勝手に動いた。

「ララ!」

 女の子が叫ぶ。たぶん赤ちゃんの名前。

 俺の手はララちゃんに届かなかった。被害者だと思っていた人の群れの中から手が伸びて、赤ちゃんをひったくったからだ。

 そして俺はシュリを傷つけてララちゃんを放り投げた男に、後ろから髪を掴まれた。ムチウチになるんじゃないかって勢いで引き倒されて、尻餅をつく。身体を支えよう床についた手が、ぬるりとすべった。

「シュリ!」

 シュリから溢れた血で手のひらが汚れて、動けなくなる。

「王妃様、お城にお戻りを。我が君がお待ちでございますよ」

 男がうっそりと言った。

 コイツ⋯⋯影の一族だ。

 ララちゃんがほえほえ泣き出した。さっきまでの激しい泣き方じゃない。疲れ果てて大きな声が出ないのかもしれない。ララちゃんの首にジャックナイフみたいなごっつい片刄の剣が押し付けられている。ふざけんな。

「おわかりですね、王妃様」

 薄く笑って顎でララちゃんを指し示すコイツは、赤い血を通わせているんだろうか?

 髪の毛からは手が離れたけど、腕を掴まれて無理やり立たされる。

 開けっ放しの玄関に向かって歩き始めると、男が動きを止めた。

「チッ、生きていましたか」

 舌打ちをしてシュリを蹴り飛ばす。

「やめろ!」

 シュリが男の足を掴んでいた。離せ、シュリ! 本当に殺されるぞ!

 ゴツッと音がして、男がもう一度シュリを蹴り上げた。うつ伏せていた身体がひっくり返るほどの力で。衝撃でシュリの手は男の足から離れた。胸が真っ赤な血で濡れている。

「シュリ!」

「シュリ殿!」

 俺の悲鳴に重なって、向こうからサルーンの叫びが聞こえた。

 俺を掴んでいる男は刃物を持っているけど、体格はひょろひょろだった。落ち着けばなんとかなりそうだ。シュリから引き離さないと。⋯⋯視界の隅でジャックナイフモドキが鈍く光った。駄目だ、ララちゃんが危ない。

「王妃様、トドメを刺しますか? それともご一緒に来ていただけますか?」

 男はにんまり笑った。

 俺の返事⋯⋯どうしても聞きたいか?

 悔しくて、返事はしなかった。

 二の腕を掴まれて、引き摺られるようにして玄関に向かう。ララちゃんを持った男は先を行く。そうだよ! アイツ、持ってやがるんだよ!

 シュリはまだ息がある。ティシューがいるからなんとかなる。奥の手を使ってくれるよな!

 ホールにいる侯爵家のみんな、コイツらの顔をしっかり見ておいてくれよ。ジェムのモンタージュ作成に協力してくれよな!

 泣かない。

 泣いたら目が曇って、ララちゃんの姿が見えなくなる。一瞬だって目を離すもんか。

 血が滲むほど唇を噛み締めて、侯爵邸の玄関を抜けたのだった。
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