神の末裔は褥に微睡む。

織緒こん

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害獣駆除。

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 妊娠六ヶ月目になると、お腹はふっくら大きくなった。三ヶ月ほど前に侯爵邸にやってきたリリィナは妊娠九ヶ月でまん丸だ。自分のお腹もあそこまで大きくなるのかと思うと、ちょっと怖い。

 もっとすごいのは財務卿のお腹だ。

 出産は侯爵邸で行うことになって、動けるうちに移動してきた。血縁関係にない爵位持ちの当主が他家で出産するなんて超異例だ。それも子爵が侯爵家に厄介になる形だ。

 女医のティシューがウチに泊まり込んでるから、お世話になってる妊夫(婦)を集めたんだよね。いつなにがあるのか分からないのに、信頼できる医者がひとりきりなんだ。リリィナはクズ王から隠れているし、財務卿は三つ子、俺は神産みが控えている。

「ここ最近でいちばん心配した!」

 軍務卿に抱かれた財務卿が、茶話室サロンに設えた寝椅子に降ろされるのを待って、俺とリリィナは側に寄った。うわぁ、リリィナと並ぶと財務卿のお腹の大きさがよくわかる。九ヶ月のリリィナより六ヶ月の財務卿の方が大きい。無事に侯爵邸に着いてくれるのか、心配で仕方なかったよ! 

「大丈夫だよぅ。あたし、頑張ったもん!」

「ベリンダ嬢のおかげで、負担はほとんどありませんでしたよ」

「魔法って凄いんですのね」

 胸を張るベリーに財務卿が柔らかく微笑んだ。話し相手コンパニオンとして同席しているトーニャは感心している。ベリーとトーニャはすっかり仲良しだ。

 馬車の振動が危険だと頭を悩ませていて、しまいには軍務卿が抱いて歩いてくるなんて言い出したりもしたんだけど、王都に長期滞在中のベリーが解決した。馬車の中で財務卿に浮遊の魔法をかけ続けたんだって。

「アリス、やはり今日は仕事を休もうか」

「駄目。下手に予定を崩すとゲスが勘繰るから、いつも通りにしていて」

 ジェムが俺をソファーに誘った。ナチュラルに膝に乗せるな。俺だけ恥ずかしいだろ⋯⋯軍務卿が寝椅子に座って財務卿を寄り掛からせていた。茶話室サロンの入り口に警備のために立っているアーシーが、リリィナが控えるための椅子を用意していた。そうか、あんたたちもジェムのだもんな。

 物おじしないベリーはさっさとトーニャを引っ張ってソファーに腰を落ち着けている。お義母様に鍛えられて、最近すっかりマナーが行き届いたトーニャは優雅にスカートの裾を整えている。

「それに魔獣の発生が確認されたんでしょ? 討伐隊の編成しなくちゃいけないんだから、休むなんて言語道断」

 討伐隊の派遣となったら、ジェムと軍務卿は当然行かなきゃいけない。財務卿がウチに来たのはそれも理由のひとつだな。軍務卿が留守の間、子爵邸にひとりで残っているのは危険だ。

「魔獣討伐なんて危険だけど、あんたは将軍なんだ。国ごと俺を護ってくれよ」

 シュトレーゼン領からの復路、魔獣の血に塗れた姿を思い出すと「行かないで」と縋りつきたくなる。半年以上前、同じように討伐隊で出かけて行ったときは遠くのひとだったのに、今は、こんなにも近い。

「わかった」

 顳顬にキスが落とされて、俺は体重をジェムの胸に預けた。ふたり分の重さ、しっかり覚えていきやがれ。

「ケーニヒ、討伐隊に組まれた予算は如何程ですか? 魔獣大発生の周期が短くなっています。財源の確保ができていません。今回の派遣で今期の予算を使い切ってしまいそうです」

 財務卿は不安げに言った。

「なるべく短く済ませるさ。そのぶん飯代が浮くだろう。マッティとベリー嬢ちゃんにも一緒に来てもらうつもりだ。クソに塔の魔術師の派遣を要請してる時間がもったいねぇ。だいたい奴らより嬢ちゃんの方がよっぽど使える」

 軍務卿が男臭く笑った。ツッコミどころ満載だ。飯代ってその辺の居酒屋の支払いみたいに言うなや。クソって、せめてつけたれ。ベリー女の子なんだぞ、男所帯に放り込む気か⁈ ⋯⋯そのためのマッティか。

「黒の君に教わったから大丈夫ぅ。ちょっと楽しみぃ」

 ベリーがちょっとどころじゃなくワクワクしている。黒の君って、緑の君の友人の妖精エルフで、土のなんだ。

「落とし穴の効果的な掘り方、伝授されてたよ」

 マッティがベリーの足りない言葉を足していたけど、きっと俺の想像の斜め上を行く出来栄えになるんだろうな。

「外務卿、隣国にお出かけ中じゃなかった? ジェム、シャッペン伯爵家の家宰に説明してあげてくれる?」

 ベリーは支離滅裂だし、マッティは端的過ぎて言葉が足りない。ふたりは外務卿の家にご厄介になってるんだからきちんと説明しておかないと、帰国してきたら預かり者が行方不明になっていて驚くだろう。

「では今日は帰りが遅くなる。夕食は先に食べていて」

 顳顬にチュッチュしながら返事が返ってくる。だから人前だっての。みんな呆れてるだろ⋯⋯って、財務卿が口にチュッチュされて真っ赤になってた。マッティが大人しいと思ったら、トーニャと並んで座っているベリーの後ろに立って、掬いあげた髪の毛にチュッチュしている。

 あかん。

 緊張感はどこへ行った。流石に扉を護るアーシーは真面目に立って⋯⋯リリィナの肩の上の手は、なんですかぁ?

「おーい、チビども。父上はちょっくら仕事に行ってくるからな。母上をしっかり護るんだぞ」

 ⋯⋯ハイイログマがメロメロじゃないか!

 軍務卿が財務卿のお腹を撫でると、目に見えてグニョンと揺れた。すげっ! 三人いっぺんにけっとばしてくるとか、洒落になんないぞ。

「子袋が三人の重さに耐えられなくなったら、月足らずでの出産になるそうです。早く帰って来られるように、綿密な計画を立ててくださいね」

 財務卿がさりげなく旦那を脅している。そりゃあ、早いとこ討伐を終わらせるだろうなぁ。

「おっしゃ、行ってくるぜ。侯爵邸初日だ。今夜は俺も泊まらせてもらうから、ここに帰ってくる。いい子で待ってな。ジェレマイア、来い」

「はっ」

 一瞬で軍務のワンツーの表情カオになった。
 
 ふたりはベリーとマッティを連れて茶話室サロンを出て行った。それぞれ行ってきますのベロチューかましてな!

 トーニャが真っ赤になって俯いていた。

 ⋯⋯なんかイロイロごめん。

 シュリは平然とお茶の支度を始めた。

 ⋯⋯これはこれで居た堪れない。
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