神の末裔は褥に微睡む。

織緒こん

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神様は思いつき。

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 出来る侍従、シュリの早技に俺と財務卿の涙は引っ込んだ。

 応接間はすっかり茶話室サロンの様相で、女性が喜びそうな可愛らしいお菓子と香り高いお茶が用意されている。女神をおもてなしする為に並べられたのは、美しい花模様が描かれた茶器だ。

 俺と財務卿は音もなく近寄ってきたシュリによって、盛り盛りクッションが積まれたソファーに誘導された。膝には柔らかな掛布がかけられて、ふたりの前に置かれたカップの中身は、明らかに他のカップの中身とは違う色をしている。ハーブの優しい香りがした。⋯⋯ノンカフェインのハーブティーか⁈ シュリすげー、仕事が早い。

 落ち着いて話ができないからと引き離されたジェムと軍務卿がソワソワしている。デカい図体の軍人がふたり並んで、エゾヒグマとハイイログマみたいだ。財務卿と俺はなんとなく視線を合わせて笑った。

 おめでたが発覚したばかりの嫁といちゃつきたいのはわかる。俺も上の子を授かったとわかったとき、翌日は仕事に行きたくなかったもんな。特に軍務卿は跡取り問題で逃げ回っていた財務卿をようやくとっ捕まえて、念願の子がお腹にいるとわかったんだ。さっさと屋敷に連れ帰りたいに違いない。

 俺もなんだか気持ちがフワフワして、大事な話があるのも理解してるけど、ジェムとくっついて部屋でまったりしていたい気分だ。

 そんな人間ひとの細やかな機微をまったく配慮しない神様は、俺への懺悔は終わったとばかりに可愛らしいピンク色のマカロンを堪能している。

「で、なに? わたくしに用があったのよね」

 イェンにざっくばらんに聞かれて、宰相が引いた。背もたれに阻まれて、たいして逃げられなかったけど。神様にナチュラルに話しかけられるなんて、宰相の常識にはないんだなぁ。

「あのねぇ、教会と神殿が、王様のこと大っ嫌いなせいで、お城でお仕事している人たちのことも信用してないんだよぅ。だからイェン様がこのおじいちゃんたちはいい人だよぅって、教会に伝えてくれないかなぁ」

 ベリーが横から間延びした口調で嘴を挟んで、宰相はあんぐりと口を開けた。ベリーのお願いは正に俺たちがイェンに願いたいことをわかりやすく伝えたのだが、王都組には度し難かったようだ。

「おじいちゃんたちもアリスを虐めた王様に仕返ししたいって言うんだよぅ。あたしもイェン様もおんなじこと思ってるんだもん。だったら教会も神殿も、みんなでいっしょに仕返しすればいいよねぇ」

「そうねぇ。ベリンダはいつも楽しくて素敵なことを考えつくわ。いい子ね」

「えへへぇ、イェン様に褒められちゃったぁ」

 宰相はついにイェンの前だと言うのに頭を抱えた。ベリーの言っていることは身も蓋もないが結局はそういうことだ。それでもオブラートに包むとか、言葉を選ぶとか、もう少し配慮が欲しいのだろうな。

「アリスレア夫人、シュトレーゼン領ではイェン神に対する礼儀はどうなっているのです⁈」

 うわ、こっちきた! どうって、みんなこんなもんだけど。

「なんて言うのかな。イェンって、俺の魂の姉さんみたいだし、ベリーから見たら友達の身内みたいな?」

「そう言えば⋯⋯色々衝撃が過ぎて流しておりましたが」

 重々しく内務卿がこちらを見た。細身で禿頭とくとうの三白眼、面倒見のいい爺ちゃんだって知らなかったらマジビビるだろ。近所の悪戯坊主を見る目は止めてくれ。俺、いい大人なんだけど。

「アリスレア夫人はイェン神の弟御ユレ神の生まれ変わりで、更に彼の神はアリスレア夫人の胎を借りて、現世うつしよに生まれなおされると言うことですかな?」

 違うだろ? 子どもは俺とジェムの子だから人間だし、臍の緒は俺と子どもを繋ぐ管であって子どもそのものじゃない。あくまで産んだ後に残るものを役立てるんであって、俺がお腹の中ここで育てるのはジェムの子だけだ。

 と思っていたのに。

「そう聞こえなかったかしら? アリスは神の母たる者よ。んふふ、教会信徒の住処に住む人間たちはどう思うかしら。アリス神の母を蔑ろにした者が王の玉座いすに座っているなんてね」

 あれ? 災厄の話、何処いった?

 クズ王の追い落としと災厄、どっちが大事かって言ったら、災厄の回避だと思うんだけど。女神が眠っていて暗黒神が目覚めそうってんなら、クズ王がいてもいなくても守護は崩れるんだろ? だったらクズ王は後回しでいいんじゃ?

「尊き身を蔑ろにして、わたくしの可愛い百番目を虐げた。災厄を招くのは、人間ひとの子の王とその傍らにいる者」

 イェンの瞳が赤く揺れ、ぱちぱちと火花が散った。

「そう言えば、暗黒神を喚ぶ者がいると仰せられていましたね」

 外務卿がシュトレーゼン領で交わした言葉を思い出すように言った。確証ないけど、多分ゲス乳兄弟ってみんな思ってるよね。クズ王にそんな知恵があるとも思えないし。

 なるほど、だからクズ王の追い落としも同時進行なんだ。クズ王を追い落とせば、必然的にゲス乳兄弟も落ちていく。別にゲス乳兄弟だけでもいいんだけど、クズ王はなんでも乳兄弟に頼って生きているから、結局共倒れになるんだよな。

「イェン様、質問していい?」

 ずっと静かにしていたマッティが、すちゃっと手を挙げた。

「なぁに?」

「ベリーがイェン様を喚ぶとき、色々手順を踏むよね? 暗黒神を喚ぶのにも、なにかをしないといけないんじゃない? その噂のハイマンとやらは、何処でその方法を知ったの?」

 マッティ、鋭い!

 確かにそうだ。でも暗黒神なんて負の神がいるなんてこと、世間には知られていない。それを知ることができた? どうやって? 城にそんな文献があるのか?

「暗黒神と知らずにいるとか?」

 まさかね。

「儀式などいらないわ、怨み、呪えばいいもの。誰よりも強く、深く、昏い怨みを募らせて、ただ呪うの。その怨嗟を暗黒神が喰らうだけ。美味しそうな匂いに釣られてさまよいだしたんでしょうよ」

 怨嗟の臭いが美味そうな匂いって⋯⋯。

「それって、やっぱり無自覚なのか? あの他者排除型の変態野郎⋯⋯俺やリリィナを怨みまくったってことか?」

 気持ち悪ッ!

 背中にブルっと震えが走って、思わず自分を抱きしめるように腕を回した。

 軍務卿のとなりからジェムがすっ飛んできて、膝掛けごと抱き上げられる。俺を慮ってくれたのか、内務卿も文句は言わなかった。

「暗黒神に邪心を喰われていたことで、本人の毒気は薄まっているでしょうね。そうでなかったら、お前に盛られていたのは致死量の毒薬だったかもしれないわ」

 そんな恐ろしい情報、知りたくなかった! 薄まってアレなら、そうじゃなかったらどんだけだよ⁈

「大丈夫だ。あなたの側にハイマンを寄せ付けたりしない」

 ジェムの声が耳に流し込まれた。それだけで強張っていた身体から力が抜ける。力強い腕に全体重を遠慮なく預けて、ジェムの言葉に頷いた。

「じゃあ、また、神託をおろしてくるわ! アリスはこれからユレを産むから、みんなで協力しなさいってね」

 は?

「待って、それ駄目!」

 ぁあぁぁっ、消えてもぅたぁッ!

 ヤバい、ヤバい、ヤバい‼︎

「⋯⋯どうしよう、ジェム」

 俺の声はびっくりするくらい震えていた。教会と一致団結は出来そうだけど、俺、なにかの旗印に祭り上げられそうじゃね?

 すぅっと目の前が真っ暗になった。

 これって貧血?
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