神の末裔は褥に微睡む。

織緒こん

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夢で逢えたら。

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『なぁ、奥さん。俺が逝ったあと支えてくれる人ができたらさ。祝福するから、迷わず腕に飛び込むんだぞ。⋯⋯子どもたちが巣立ったあと、奥さんがひとりで寂しい思いをするより、ずっといい』

『あなたにそっくりな、そそっかしくておバカな男を探して、熱烈な恋に落ちてやるわよ。だからあなたは、私を待っていなくていいわ。明るいほうに行って、あの世で若くて可愛い子を捕まえなさいよ』

 酸素マスクが邪魔でキス出来なくて、奥さんは何度も俺の顳顬こめかみとおでこに唇を落とした。

 いつもなら『いい加減にしろ、バカップル』って笑う息子が鼻水を啜る音がした。家族でたったひとりの男手になるんだ。早すぎるバトンタッチでごめんな。

『ひとりで抱えるなよ。学校の先生でも市役所でもなんでも頼れ』

 とりあえず窓口まで行けば、相談センターの案内くらいしてくれるはずだ。

 娘が『お父さんのパンツとあたしのパンツ、一緒に洗濯してもいいから死んじゃヤダ』って泣いた。『一緒に洗濯しないで』って言われた三日後に、膵臓がんだって宣告されたんだっけ。ずっと気にしてたんだな。

『いつか、お前の娘が同じこと言ったら、笑って許してやりなよ』

 俺は笑顔を作れただろうか。

 愛してるよ。

 俺の家族たち。

 俺さ、可愛い子は捕まえられなかったけど、カッコいい男は捕まえたみたいだ。

「死にゆくあなたの記憶は、とても優しい。哀しみは深いけれど、彼らはきっと立ち直る。あなたがしるべを残して逝ったから」

 誰?

「僕はアリス。あなたの次の命」

 アリスレアか。魂の影で、みんなに癒してもらったのか? もう、表に出られるのか?

 長い黄金の髪に翠の瞳。俺が鏡で見るより、少し幼い。あぁこれは、三年前のアリスレアの姿だ。

「ううん、僕の意識は溶けて滲んで、あなたに混ざっていくみたいだ。あなたの意識はとても優しくて、柔らかな羽根が敷き詰められたゆりかごのよう」

 それって消えるのと何が違うんだ?

「あなたが見るものを、僕も見る。あなたが感じるものを、僕も感じる。あなたの中で微睡んで、幸せな夢だけを見ていられる」

 よくわからない。

「わからなくてもいいよ。僕とあなたは同じもの。あなたはその身体で、新しい恋をして、幸せになって。そしてその想いの温もりを、ゆりかごにそっと伝えて。それだけで僕は夢の中で微睡んでいられるから」

 翠に輝く宝石のような瞳が俺を見た。自分の手を見ると若い。金ボタンに黒い詰襟、高校の制服だ。

 アリスレアは手を伸ばして俺を抱き寄せた。

「怖くて、辛くて、死にたかった。魂の陰でみんなに慰められたけど、やっぱり苦しい。あなたの中で、眠らせて」

 アリス⋯⋯?

 アリスレアが一瞬、十七歳の姿になって俺の中にスルリと入ってきた。

 よくわからないけど、なんとなく理解した。

 融合が完了したんだ。

 改めて周りを見る。薄ぼんやりとした空間。雲の中ってこんな風に光が反射してそうだ。雲の中、入ったことないけど。そうだ、ここで魂を磨いてたんだ。

 ピーちゃんとねーさん、発見!

 何代か前の女性と鳥だ。ふらふら表に出て遊んでたな。彼らは自我が強くて、比較的古い意識のはずなのに輪郭がはっきりしている。他は割ともやもやっとしてるんだけどな。

 あと一個体、輪郭がはっきり強烈なのがいるんだけど⋯⋯彼は穏やかなタチなのででしゃばってこないんだ。

ーー姉様に伝えて⋯⋯。

 今度は誰だ?

 あ、さっき思い出した強烈な彼だ。

 姉様って、ねーさんとは別人格だよね。

ーー闇よりくらい暗黒が、母様を蝕んでいく。人間ひとの子の世を覆い尽くすよ。

 は?

 え?

 なんか重大なこと、言ってないか?

ーー僕の末裔すえ、僕の魂の依代、姉様に伝えて。母様を救って⋯⋯。

 どわぁあぁッ‼︎

 しまった、びっくりしすぎて目が覚めてもうたぁ‼︎

「失礼いたします、若奥様っ!」

「ひゃあッ!」

 寝室の扉が突然開いて、口から魂が抜けるほど驚いた。侍従が駆け込んできてベッドのかたわらに跪く。

 そっか、俺、ジェムを見送ったあと、寝てたんだ。

「いかがなさいましたか? 叫び声が⋯⋯」

 心配げに見上げられて、夢の中で叫んだつもりが現実でも叫んでいたことを知った。

「お顔の色が真っ青です」

「夢を⋯⋯見たんだ」

「怖い夢ですか? 若様に帰ってきていただきましょう」

「いや⋯⋯、仕事は大事だ」

 でも、野盗なんかより、ずっと大事なことかもしれない。やっぱり呼んでもらおうか?

 前世で俺が死ぬ直前の出来事をなぞったあと、アリスレアに会った。多分あれは夢だけど夢じゃなくて、俺は彼と完全に融合したんだと思う。アリスレアはもう、表に出てくることはない。寿命を全うするまで、俺の意識で生きていくってことだ。

 人の人生を背負う覚悟なんて、まだ出来ていないのに。

 それから⋯⋯。

 あれは俺の魂の影で、共に磨いた仲間だ。はっきりした輪郭の穏やかな彼はなんて言った?

ーー姉様に伝えて⋯⋯。

ーー闇よりくらい暗黒が、母様を蝕んでいく。人間ひとの子の世を覆い尽くすよ。

ーー僕の末裔すえ、僕の魂の依代、姉様に伝えて。母様を救って⋯⋯。

 姉様って誰だ? 母様って? 僕の末裔すえって言ったよな。

「アリスレアは女神の末子すえごの末裔だ。あれはユレ?」

 まさか、俺の一番初めの魂って、女神エレイアの息子、双子の弟神ユレなのか⁈

「若奥様、先ほどよりも真っ青です。若様をお呼びします。横になってください⋯⋯いえ、汗がひどうございます。先にお着替えなさいますか?」

「ジェムを呼んで⋯⋯。姉様⋯⋯⋯⋯姉神イェンを探さないと⋯⋯」

 母様を蝕むって、女神エレイアによくないことが起こるってことだよな⁈

 背中を流れる冷たい汗が、俺の体温を奪っていく。俺は自分を抱きしめるように腕を巻きつけて、小さくなってジェムを求めた。
 
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