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件の怪
牛を犯す男
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取材が終わる頃にはもう随分と遅い時間になっていた。永い話だった。この度の体験談は男の人生そのものを語たるようなものだった。
しかしまだ終われない。このエピソードを終える為には彼の末路を確認しなければならない。
私は帰るふりをして男の住む家の敷地内に隠れていた。
男はまだ私に隠していることがあった。
牛舎だ。この敷地の奥には古い牛舎がある。
牛を恐れる男の家に牛舎があるのはなんとも腑に落ちない話だ。「もともとあったものを継いだだけ」「どこに現れるか分からないより、近くに置いておいたほうがいい」などと言っていたがそれでは道理が通らない。
さらに疑惑を深める点として私とある噂話を耳にしていた。
それはこの家の主人が夜な夜な牛舎に行き怪しげな行為を働いていると言う。
目撃者から直接話を聞いた訳ではなく、男は近所付き合いも悪くあらぬ噂を立てられているだけという可能性もありえる。
あえて私はこのことを男に質問しなかった。そんなことをしても警戒されてしまうだけで欲しい答えは得られない。
真偽を確かめるためには私の目で直接見るしかない。
暫くして男が玄関から出てきた。
手には荒縄を持ち真っ直ぐに牛舎へと入っていった。
程なく牛舎から牛の鳴き声が聞こえてきた。もぉもぉと低く響く声が絶え間なく続く。
「やはりあそこに何かあるか」
男が出てくる前に一度、牛舎を下調べしたが中はもぬけの殻。牛一匹いなかった。
ではこの鳴き声の正体はなにか。
牛舎の壁は一部壊れていて人一人が忍び込むには十分な隙間が空いている。
先に見つけておいたものだ。カメラの暗視モードを起動さえておき、私は牛舎に忍び込んだ。
「件! 件!」
男の声だ。
牛の響き渡る地獄のような唸り声に混じり聞こえる。呑まれそうなほどの大音量。しかし牛の姿はまだ見えない。
牛舎の一角に男の姿を見つけた。男は服を脱いで裸になっている。
仕切りのせいでよく見えないが、何をしているのかは想像がついた。仕草と音だ。
パンパンパン。
パンパンパン。
肌と肌がぶつかる音。立ったまま腰を振り動かす男。
暗視カメラ越しにその姿が鮮明に映る。
セックスだ。この位置からではやはり全容は見えない。だが男の両手が掴む腰は細く、そこからぶら下がる両足の小ささから相手がまだ年端もいかない少女だと分かる。
力なく垂れた両足は地面に触れることなく、つま先をぴんと伸ばし、男の動きに呼応するかのように時折痙攣していた。
少女の声は聞こえない。
牛の鳴き声と腰がぶつかる音だけが暗闇の牛舎で響き渡る。
パンパンパン。
パンパンパン。
男のセックスは女体にとってそれが少女の身体である事を差し引いても激しすぎると言わざるおえないものだった。殴打するかのように腰を撃ちつける男の動きからは性欲以上にもっと別の感情が感じ取れた。
「あぁクソ。クソォォ」
音が止んだのは男が果てたからだろう。ことを済ますと男は怨嗟のこもった怒鳴り声をあげて少女の身体を突き放した。
「はぁ……はぁ……」
激しいセックスと射精の余韻に男が浸っている間も少女の声は聞こえてこない。
男は呼吸を整えるとその場でしゃがむとごそごそと作業を始めた。
一瞬だけ手に縄を持っているのが見えたが少女の体は仕切りに隠れてしまっており何をしているのかは分からなかった。
「この件はもうだめか」
そう呟くと男は立ち上がりくるりと踵を返した。男が突然動いたので、私はカメラをその場に置き慌てて物陰に隠れた。
男が歩く音とずるずると何かを引きずるような音が聞こえ遠ざかっていった。
男が牛舎から出て行ったのを確認してから私はカメラを回収した。
すかさず動画を再生する。
「これは?」
男がまだ幼い少女の足を掴んで乱暴に引きずっていた。少女は縄で積荷のように縛られていてピクリとも動かない。不明瞭な映像ごしでもそれが死体であることは一目瞭然だった。
だがそれはあまりに出来過ぎじゃないか?
これではシリアルキラーだ。男の行動は常軌を逸脱しすぎている。少女身元や男との関係は不明だが、つい数時間ほど前まで私と話していた男がおいそれと人を殺められるほど狂ってるとは思えない。
この死体はそもそも本物なのだろうか。行為の際、私は一度も少女の声を聞いていない。世の中には人間そっくりに作られた性処理用人形なんてものもある。
男が使っていたのはそれの可能性もある。時折り動いていたようにも見えたが、男の動きが激しいが故の見間違いがもしれない。
都合のいい願望に思えるかもしれないが、私にはどうも腑に落ちないのだ。
私は痕跡を調べるべく男のいた仕切りの中を調べた。
しかしそこには何もなく、汗を吸った藁が敷かれていただけであった。
そして、牛の姿はどこにも見られない。では今もなお聞こえるこの牛の声は一体……。
もぉもぉと鳴く声が幻聴にさえ思えてきた時、ぴたりと私の腕に何かが落ちて張り付いた。白い液体だ。指で拭い取り匂いを確かめる。
これは母乳か?
私は頭上を見上げた。
牛舎の天井は高く、暗い夜の中、わざわざ見上げようとは思わなかった。
鳴り響く牛の声は四方八方から聞こえているようでよくよく耳をすませばその出どころは明らかだった。
ただただ常識という先入観が私にその発想を抱かせなかった。
天井は生々しさに埋め尽くされていた。そう牛だ。尻を向け大きく足を広げた牛が天井から生えていた。頭は無い。天井から突き出ているのは下半身だけだ。
一匹ではない無数の牛が身体の半分だけでもぉもぉと鳴いている。
ずっと響いていた鳴き声の正体はこの牛達だったのだ。
しかし、何なのだこれは。
私は声を出すこともできずその場に釘付けになった。カメラを天井に向けることすら忘れていた。
このような理解の及ばないものを見せつけられて、咄嗟の行動など何一つ出来なかった。
ぴしゃり……どすっ。
水音と共に何かが私の背後に落下した。重い音だった。
私は青ざめた。冷や水を浴びせられたように全身の血の気が遠のき身震が止まらなくなる。
私が感じたのは視線だ。生物の気配がその目線を用いて己の存在を誇示している。
「おい、そこの」
私の感覚を裏付けるように、背後から少女の声で呼びかけられた。
振り向いてはいけない。しかしあらゆる物語の主人公達がそうであったように私も抗う事は出来なかった。
最も怖いのは分からないことなのだ。つまりこれは本能的な行動。
恐る恐るといった表現がこれ以上なく適切に思えるほどぎこちない動きで私は振り向いた。
粘液に濡れた幼い少女がそこにいた。立ち上がる力もなく仔山羊のように身体を震わせて倒れている。
身体を丸めた姿勢のまま顔だけをこちらに向けていた。
二つに重なった異形の瞳孔が私を見ている。そこに映る私がよほど愉快なのか少女の目は不気味に歪んでいる。
「立ち去れ。さもなければ牛の餌になるだろう」
少女はその幼さに似つかわしく無い凛々しい声で言った。
それは不愉快な音だった。
「貴殿には好き門出が待ち受けているだろう。船出の時が近い故、沈して待つがよい」
しかしまだ終われない。このエピソードを終える為には彼の末路を確認しなければならない。
私は帰るふりをして男の住む家の敷地内に隠れていた。
男はまだ私に隠していることがあった。
牛舎だ。この敷地の奥には古い牛舎がある。
牛を恐れる男の家に牛舎があるのはなんとも腑に落ちない話だ。「もともとあったものを継いだだけ」「どこに現れるか分からないより、近くに置いておいたほうがいい」などと言っていたがそれでは道理が通らない。
さらに疑惑を深める点として私とある噂話を耳にしていた。
それはこの家の主人が夜な夜な牛舎に行き怪しげな行為を働いていると言う。
目撃者から直接話を聞いた訳ではなく、男は近所付き合いも悪くあらぬ噂を立てられているだけという可能性もありえる。
あえて私はこのことを男に質問しなかった。そんなことをしても警戒されてしまうだけで欲しい答えは得られない。
真偽を確かめるためには私の目で直接見るしかない。
暫くして男が玄関から出てきた。
手には荒縄を持ち真っ直ぐに牛舎へと入っていった。
程なく牛舎から牛の鳴き声が聞こえてきた。もぉもぉと低く響く声が絶え間なく続く。
「やはりあそこに何かあるか」
男が出てくる前に一度、牛舎を下調べしたが中はもぬけの殻。牛一匹いなかった。
ではこの鳴き声の正体はなにか。
牛舎の壁は一部壊れていて人一人が忍び込むには十分な隙間が空いている。
先に見つけておいたものだ。カメラの暗視モードを起動さえておき、私は牛舎に忍び込んだ。
「件! 件!」
男の声だ。
牛の響き渡る地獄のような唸り声に混じり聞こえる。呑まれそうなほどの大音量。しかし牛の姿はまだ見えない。
牛舎の一角に男の姿を見つけた。男は服を脱いで裸になっている。
仕切りのせいでよく見えないが、何をしているのかは想像がついた。仕草と音だ。
パンパンパン。
パンパンパン。
肌と肌がぶつかる音。立ったまま腰を振り動かす男。
暗視カメラ越しにその姿が鮮明に映る。
セックスだ。この位置からではやはり全容は見えない。だが男の両手が掴む腰は細く、そこからぶら下がる両足の小ささから相手がまだ年端もいかない少女だと分かる。
力なく垂れた両足は地面に触れることなく、つま先をぴんと伸ばし、男の動きに呼応するかのように時折痙攣していた。
少女の声は聞こえない。
牛の鳴き声と腰がぶつかる音だけが暗闇の牛舎で響き渡る。
パンパンパン。
パンパンパン。
男のセックスは女体にとってそれが少女の身体である事を差し引いても激しすぎると言わざるおえないものだった。殴打するかのように腰を撃ちつける男の動きからは性欲以上にもっと別の感情が感じ取れた。
「あぁクソ。クソォォ」
音が止んだのは男が果てたからだろう。ことを済ますと男は怨嗟のこもった怒鳴り声をあげて少女の身体を突き放した。
「はぁ……はぁ……」
激しいセックスと射精の余韻に男が浸っている間も少女の声は聞こえてこない。
男は呼吸を整えるとその場でしゃがむとごそごそと作業を始めた。
一瞬だけ手に縄を持っているのが見えたが少女の体は仕切りに隠れてしまっており何をしているのかは分からなかった。
「この件はもうだめか」
そう呟くと男は立ち上がりくるりと踵を返した。男が突然動いたので、私はカメラをその場に置き慌てて物陰に隠れた。
男が歩く音とずるずると何かを引きずるような音が聞こえ遠ざかっていった。
男が牛舎から出て行ったのを確認してから私はカメラを回収した。
すかさず動画を再生する。
「これは?」
男がまだ幼い少女の足を掴んで乱暴に引きずっていた。少女は縄で積荷のように縛られていてピクリとも動かない。不明瞭な映像ごしでもそれが死体であることは一目瞭然だった。
だがそれはあまりに出来過ぎじゃないか?
これではシリアルキラーだ。男の行動は常軌を逸脱しすぎている。少女身元や男との関係は不明だが、つい数時間ほど前まで私と話していた男がおいそれと人を殺められるほど狂ってるとは思えない。
この死体はそもそも本物なのだろうか。行為の際、私は一度も少女の声を聞いていない。世の中には人間そっくりに作られた性処理用人形なんてものもある。
男が使っていたのはそれの可能性もある。時折り動いていたようにも見えたが、男の動きが激しいが故の見間違いがもしれない。
都合のいい願望に思えるかもしれないが、私にはどうも腑に落ちないのだ。
私は痕跡を調べるべく男のいた仕切りの中を調べた。
しかしそこには何もなく、汗を吸った藁が敷かれていただけであった。
そして、牛の姿はどこにも見られない。では今もなお聞こえるこの牛の声は一体……。
もぉもぉと鳴く声が幻聴にさえ思えてきた時、ぴたりと私の腕に何かが落ちて張り付いた。白い液体だ。指で拭い取り匂いを確かめる。
これは母乳か?
私は頭上を見上げた。
牛舎の天井は高く、暗い夜の中、わざわざ見上げようとは思わなかった。
鳴り響く牛の声は四方八方から聞こえているようでよくよく耳をすませばその出どころは明らかだった。
ただただ常識という先入観が私にその発想を抱かせなかった。
天井は生々しさに埋め尽くされていた。そう牛だ。尻を向け大きく足を広げた牛が天井から生えていた。頭は無い。天井から突き出ているのは下半身だけだ。
一匹ではない無数の牛が身体の半分だけでもぉもぉと鳴いている。
ずっと響いていた鳴き声の正体はこの牛達だったのだ。
しかし、何なのだこれは。
私は声を出すこともできずその場に釘付けになった。カメラを天井に向けることすら忘れていた。
このような理解の及ばないものを見せつけられて、咄嗟の行動など何一つ出来なかった。
ぴしゃり……どすっ。
水音と共に何かが私の背後に落下した。重い音だった。
私は青ざめた。冷や水を浴びせられたように全身の血の気が遠のき身震が止まらなくなる。
私が感じたのは視線だ。生物の気配がその目線を用いて己の存在を誇示している。
「おい、そこの」
私の感覚を裏付けるように、背後から少女の声で呼びかけられた。
振り向いてはいけない。しかしあらゆる物語の主人公達がそうであったように私も抗う事は出来なかった。
最も怖いのは分からないことなのだ。つまりこれは本能的な行動。
恐る恐るといった表現がこれ以上なく適切に思えるほどぎこちない動きで私は振り向いた。
粘液に濡れた幼い少女がそこにいた。立ち上がる力もなく仔山羊のように身体を震わせて倒れている。
身体を丸めた姿勢のまま顔だけをこちらに向けていた。
二つに重なった異形の瞳孔が私を見ている。そこに映る私がよほど愉快なのか少女の目は不気味に歪んでいる。
「立ち去れ。さもなければ牛の餌になるだろう」
少女はその幼さに似つかわしく無い凛々しい声で言った。
それは不愉快な音だった。
「貴殿には好き門出が待ち受けているだろう。船出の時が近い故、沈して待つがよい」
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