上 下
3 / 5

3

しおりを挟む
「えっ?」

 びっくりした顔をする三田先輩。
 その表情を見て、私は急に恥ずかしくなる。

(っていうか、仕事中に口説くとか、私、ヤバっ)

 顔が急に暑く感じたのは、コーヒーのせいでないのはわかった。
 それに心臓が心地よく高鳴っている。自分はスリルを楽しむような人間じゃなくて、真面目に生きて生きたのになにをやっているのだろう。

「わりぃ・・・・・・」

 三田先輩の言葉で、一瞬、時が止まったんじゃないかと思った。
 私の心に咲き乱れた花があったとしたら、一瞬で絶対零度に包まれて、脆く粉々になった気分だった。いつもなら、文句を言いたい気分になっただろうけれど、熱い感情や温かい感情というものは一切なく、ただただ悲しかった。

「あっ・・・いえ・・・・・・。なんか、私こそ・・・えへへっ。すいません」

 下手糞な乾いた笑い方しかできなかった。
 ツーっと頬を冷たい物が流れる。

(やばっ、お化粧が)

「・・・」

 気の利いたことを言えたら良かったのだろうけれど、三田先輩の子犬のような切ない目を見たら何も言えず、私はそのままその場から立ち去る。歩いていると、情けなさで、何か良い言い訳はできなかったかと自分を問い詰める。

(いつもは裸眼で感謝していたけれど、こういう時はコンタクトレンズの人が羨ましい)

 そんなバカなことを考えて私はトイレへと駆け込む。運よく、トイレは誰もおらず、私は洗面台の鏡を見る。お化粧はそこまで乱れていなかったが、

「ふふっ」

 今度はちゃんと笑えた。
 だって、鏡の向こうには情けない私の顔があったから。

「・・・・・・さっ、仕事、仕事。年末、仕事をしたいの? 梨乃っ」

 私は頬を叩いて、自分を鼓舞する。
 どんどん悲しくなる気持ちと追い打ちをかける理性が、痛みでリセットされた。

 それから自席に戻ると、三田先輩は真面目に仕事をしていた。
 私も先輩と話したくなかったので、ほっとして、仕事に集中した。仕事に集中すればするほど、雑念は排除できたので、私は仕事を頑張った。けれど、飲みかけのコーヒーは冷たく苦いと思った。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

副社長氏の一途な恋~執心が結んだ授かり婚~

真木
恋愛
相原麻衣子は、冷たく見えて情に厚い。彼女がいつも衝突ばかりしている、同期の「副社長氏」反田晃を想っているのは秘密だ。麻衣子はある日、晃と一夜を過ごした後、姿をくらます。数年後、晃はミス・アイハラという女性が小さな男の子の手を引いて暮らしているのを知って……。

鬼上司は間抜けな私がお好きです

碧井夢夏
恋愛
れいわ紡績に就職した新入社員、花森沙穂(はなもりさほ)は社内でも評判の鬼上司、東御八雲(とうみやくも)のサポートに配属させられる。 ドジな花森は何度も東御の前で失敗ばかり。ところが、人造人間と噂されていた東御が初めて楽しそうにしたのは花森がやらかした時で・・。 孤高の人、東御八雲はなんと間抜けフェチだった?! その上、育ちが特殊らしい雰囲気で・・。 ハイスペック超人と口だけの間抜け女子による上司と部下のラブコメ。 久しぶりにコメディ×溺愛を書きたくなりましたので、ゆるーく連載します。 会話劇ベースに、コミカル、ときどき、たっぷりと甘く深い愛のお話。 「めちゃコミック恋愛漫画原作賞」優秀作品に選んでいただきました。 ※大人ラブです。R15相当。 表紙画像はMidjourneyで生成しました。

【完結】maybe 恋の予感~イジワル上司の甘いご褒美~

蓮美ちま
恋愛
会社のなんでも屋さん。それが私の仕事。 なのに突然、企画部エースの補佐につくことになって……?! アイドル顔負けのルックス 庶務課 蜂谷あすか(24) × 社内人気NO.1のイケメンエリート 企画部エース 天野翔(31) 「会社のなんでも屋さんから、天野さん専属のなんでも屋さんってこと…?」 女子社員から妬まれるのは面倒。 イケメンには関わりたくないのに。 「お前は俺専属のなんでも屋だろ?」 イジワルで横柄な天野さんだけど、仕事は抜群に出来て人望もあって 人を思いやれる優しい人。 そんな彼に認められたいと思う反面、なかなか素直になれなくて…。 「私、…役に立ちました?」 それなら…もっと……。 「褒めて下さい」 もっともっと、彼に認められたい。 「もっと、褒めて下さ…っん!」 首の後ろを掬いあげられるように掴まれて 重ねた唇は煙草の匂いがした。 「なぁ。褒めて欲しい?」 それは甘いキスの誘惑…。

ネカフェ難民してたら鬼上司に拾われました

瀬崎由美
恋愛
穂香は、付き合って一年半の彼氏である栄悟と同棲中。でも、一緒に住んでいたマンションへと帰宅すると、家の中はほぼもぬけの殻。家具や家電と共に姿を消した栄悟とは連絡が取れない。彼が持っているはずの合鍵の行方も分からないから怖いと、ビジネスホテルやネットカフェを転々とする日々。そんな穂香の事情を知ったオーナーが自宅マンションの空いている部屋に居候することを提案してくる。一緒に住むうち、怖くて仕事に厳しい完璧イケメンで近寄りがたいと思っていたオーナーがド天然なのことを知った穂香。居候しながら彼のフォローをしていくうちに、その意外性に惹かれていく。

恋に異例はつきもので ~会社一の鬼部長は初心でキュートな部下を溺愛したい~

泉南佳那
恋愛
「よっしゃー」が口癖の 元気いっぱい営業部員、辻本花梨27歳  ×  敏腕だけど冷徹と噂されている 俺様部長 木沢彰吾34歳  ある朝、花梨が出社すると  異動の辞令が張り出されていた。  異動先は木沢部長率いる 〝ブランディング戦略部〟    なんでこんな時期に……  あまりの〝異例〟の辞令に  戸惑いを隠せない花梨。  しかも、担当するように言われた会社はなんと、元カレが社長を務める玩具会社だった!  花梨の前途多難な日々が、今始まる…… *** 元気いっぱい、はりきりガール花梨と ツンデレ部長木沢の年の差超パワフル・ラブ・ストーリーです。

恋に焦がれて鳴く蝉よりも

橘 弥久莉
恋愛
大手外食企業で平凡なOL生活を送っていた蛍里は、ある日、自分のデスクの上に一冊の本が置いてあるのを見つける。持ち主不明のその本を手に取ってパラパラとめくってみれば、タイトルや出版年月などが印刷されているページの端に、「https」から始まるホームページのアドレスが鉛筆で記入されていた。蛍里は興味本位でその本を自宅へ持ち帰り、自室のパソコンでアドレスを入力する。すると、検索ボタンを押して出てきたサイトは「詩乃守人」という作者が管理する小説サイトだった。読書が唯一の趣味といえる蛍里は、一つ目の作品を読み終えた瞬間に、詩乃守人のファンになってしまう。今まで感想というものを作者に送ったことはなかったが、気が付いた時にはサイトのトップメニューにある「御感想はこちらへ」のボタンを押していた。数日後、管理人である詩乃守人から返事が届く。物語の文章と違わず、繊細な言葉づかいで返事を送ってくれる詩乃守人に蛍里は惹かれ始める。時を同じくして、平穏だったOL生活にも変化が起こり始め………恋に恋する文学少女が織りなす、純愛ラブストーリー。 ※表紙画像は、フリー画像サイト、pixabayから選んだものを使用しています。 ※この物語はフィクションです。

眼鏡フェチな私

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
篠浦雪希、福岡で働く会社員。 重度の眼鏡フェチ。 いままで好きになってきた人は全員眼鏡。 ちょっといいなと思う人に告白されても、眼鏡じゃないからと振るほど。 最近、東京から移動してきた主任が気になって仕方ない。 ……がしかし。 主任は眼鏡じゃない。 眼鏡じゃない。 病気レベルの眼鏡フェチは、眼鏡男子以外を好きになれるのかー!?

冷酷社長に甘く優しい糖分を。

氷萌
恋愛
センター街に位置する高層オフィスビル。 【リーベンビルズ】 そこは 一般庶民にはわからない 高級クラスの人々が生活する、まさに異世界。 リーベンビルズ経営:冷酷社長 【柴永 サクマ】‐Sakuma Shibanaga- 「やるなら文句・質問は受け付けない。  イヤなら今すぐ辞めろ」 × 社長アシスタント兼雑用 【木瀬 イトカ】-Itoka Kise- 「やります!黙ってやりますよ!  やりゃぁいいんでしょッ」 様々な出来事が起こる毎日に 飛び込んだ彼女に待ち受けるものは 夢か現実か…地獄なのか。

処理中です...