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「今回の作文の最優秀賞は…」
 
 先生はみんなの顔を見て、言葉を溜めに溜める。

「早く言ってよ!!」
「まだっ?」
 笑いながらクラスのO君とG君がツッコミを入れる。
 
 みんな楽しそうな顔をしている。
 僕を除いて。

 僕はその茶番にイライラしながら、手に持った紙を丸めて先生に投げたいと思った。

「ドゥルドゥルドゥルルルルルーーーッ、ドゥン。M君です」

「よっしゃあっ!!」
 M君は立ち上がって、席の後ろの方から手を振りながら、凱旋するように先生の前まで行く。
「おめでとうございます」
 先生は賞状を渡す。

「ありがとうございます!!」
 そういって、賞状を両手で受け取り、大きく頭を下げて振り返った顔は、憎たらしいくらい満面の笑みだった。

「もう一度盛大に拍手!!」
 先生の声でみんなが一生懸命拍手する。
 僕はわずかな抵抗として音が出ないように拍手をした。

 机の上には先ほどまで新品だったのに、しわと手汗で汚れた優秀賞の賞状があった。

 * * *

「…実はお父さんに手伝ってもらったんだ」
 
 僕は聞き捨てならない言葉に、片付けを止めて振り返る。
 そこには数人に友達に囲まれてM君が自慢話をしていた。

「ふざけるなああああ!!」
 僕はM君を両手で突き飛ばした。
「なんだよ、おまえっ!」
 M君も怒った顔をして取っ組み合いになった。

「そんなの、ズルじゃないかぁ!!」
「うるせええぇ。今、成功してる人たちは、みんなルールの隙間をかいくぐって成功を掴んだよ!!」
 誰かの大人の受け売りのような言葉。
 反吐が出る。

「それに誰かの助けを借りるってのは、みんなやることだぞっ。そんなこともわからないから友達できないんだよっ!」
「せんせっいが言ってたんじゃかぁ!!一人で書けってええぇっ」
「アドバイス、もらっただけで俺は自分で書いたんだよ!!」
「…そんなの、屁理屈だろ!!」


「せっ、先生呼んでくるっ」
 必死になっていたから誰かはわからないがクラスの女の子数名が先生を呼びに行った。


 * * *

「二人の言いたいことはよくわかりました」
 先生が僕たちの目線に合わせて、僕とM君の話を聞いてくる。

「まず、〇君」
「…はい」
 僕は名前を呼ばれて返事をする。
「暴力は駄目。言いたいことがあるなら、はっきりと言いなさい」
「はい」
「じゃあ、M君に謝りましょう」
 先生は、先生を見ていた僕たちを向かい合わせにさせる。

「…ごめんなさいでした」
「…うん」
 M君も返事をする。

「よし、じゃあ今度はM君。今回先生は自分の力で書くように約束したよね?どのくらいお父さんに手伝ってもらったのかな?」
「…少し」
「嘘だ!!」
 僕は知っている。
 夏休みの絵日記を集める係だった僕は知っている。それに先生だって―――。

「〇くん」
 先生は僕をなだめる。

「次からはちゃんと、一人で書くんだよ?約束できる?」
「…うん」
「こういう時の返事は?」
「はいっ」

「あと、〇君に友達ができないなんて言ったら駄目。M君も〇君の友達でしょ?」
「はいっ」
「じゃあ、ごめんさいしようか」
「ごめんなさい!!」
 声だけは清々しい声で謝るM君。
「じゃあ、これで仲直り。おしまいね」
 先生が立ち上がる。

(えっ、これでおしまい?)
 先生は立ち去り、M君も帰りを待ってくれていたG君達のところに行って、笑顔を浮かべている。

「先生っ!」
 僕は急いで先生の後を追う。

「んっ?どうしたの〇君」
「今回、僕が最優秀賞だよね!?」
 先生がびっくりした顔をする。

「〇君…。あのね、今回M君は先生の言うことを守らないでお父さんの力を借りたって言っていたけど、とーってもM君らしさが出ていて、いい文章がだったの」
 僕は察した。
 先生は僕の希望を否定しようとしている。

「僕は先生の言う通り、ちゃんと一人で書いたよ!」
「うん、〇君の作文もとっても素敵だったよ。だから、私の中では最優秀賞は〇君の…」
「違うよ!違う…僕の欲しいのはそんなんじゃない!!ちゃんと…ちゃんと、最優秀賞ちょうだいよ!!」
 僕は目をつぶって叫ぶ。

 すると、僕の両腕をそっと優しく先生が掴む。
 先生はにこりと笑う。

「でもね、M君がこのことでイジメられたり、みんなから責められるようにしたくないの。だから、次から先生が目を光らせるから安心して。それに先生は〇君の作文が一番だと思ってるし、〇君の作文も、M君の作文も県のコンクールに上げようと思ってるの。〇君だってM君を責めたいわけじゃないでしょ?」

 悪い感情を持っちゃいけない、わかっている。だけど…

「そうだっ。これから二人の作品を県に送る予定だったけど、M君の作文を見せてあげる。待ってて」
 先生はそう言ってにこりと笑いそのまま職員室の方へ向かう。

 僕は廊下で一人ぽつんと残された。

 誰かが指を差して笑っていた。
(僕が悪いの…?)

「…困っちゃうぜっ」
 廊下の曲がり角の向こうで、M君が友達に話しているのがちらっと聞こえた。

 これじゃあ、まるで僕がM君に嫉妬して、駄々っ子になったみたいじゃないか―――

「先生…教えてよ…。なんだったのさ、あの言葉は…」


 ※ ※ ※

「嘘だ…」
 M君は僕を恐ろしい得体の知らない何かのように見た。

 県の最優秀賞に僕の名前があった。

 そして、M君の作品は入賞すらしなかった。
「どうして…」
 そのM君の言葉が自分自身に向けたものなのか、僕に向けたものかわからない。
 僕はM君に近づき、顔を近づけて囁く。

「正義は必ず、最後は勝つんだ…卑怯者っ」
「んぐっ」
 拳に力を入れて震わせたM君だったが、僕の冷たい顔と淡々とした声に委縮したのか、ぐうの音出なかったのか。
 M君はそのまま立ち去った。

「ふんっ」
 僕はM君の情けない背中を鼻で笑った。

 ※ ※ ※

 僕はM君と喧嘩をした後のことを思い返す。

 あの後、先生はM君の作文を僕に「はい、どうぞ」と渡してくれた。
 読むのも不愉快で悩んでいると、教室の外からRちゃんが教室のドアを開けて入ってくる。

「先生~」
「は~い」
「E君が校庭で怪我したみたい」
「本当に?ちょっと〇君行ってくるね」
「…はい」

 僕一人になる教室。
  
 僕はやるせない気持ちを吐き出すように、ため息をついてリセットし、M君の作文に目を通す。

「なんだよこれ…」

 ―――最高の文章。

 面白い考え方、一言から始まり、読めば読むほど、続きが気になる読みやすい文章。
 そして、最後のオチがまたいい。
 最初の文章がしっかりと繋がっていて読み終えたあと、満足感に包まれてしまう。
 
 僕が点数をつけるのであれば、悔しいが100点以外、考えられない。
 M君なら一つはありそうな誤字や脱字も見当たらず、揚げ足を取るところもない。

 …けれど、一方で大人が言いそうなきれいごとを並べた文章。

 ルールをかいくぐるなんて言ってたM君が書いたのであれば、それは心にもないことしか書いていない。
「大人の受け売りしかしてないじゃんか…」

 ―――実はお父さんに手伝ってもらったんだ。

 あの言葉が僕の頭の中で鳴り響いた。

 僕はその文章をびりびりに破いて捨ててしまおうか考えた。しかし、僕が犯人だとばれて、もっと惨めな気持ちになるだろう。
(僕は…悪くないのになんでこんなに苦しいんだ…)

(じゃあ、これを真似て…)
 いやそれも駄目だ。
 提出期限というルールがある。
(どうしたらいい、どうしたら?)

 ―――ルールさえ守れば、いいんだよ!!

「ルール…そうか」

 ※ ※ ※

 ズルは許されるべきではない。
 だって、それによって誰かが手に入れることができた幸せを奪うんだから。

 ―――けれど、僕はズルをした。


 僕はM君が書いた作文を弄った。

 守るように言われていた文字数に足りなくなるように語尾を変えたりした。

 馬鹿なことだと誰もが思うだろう。
 僕だって思っている。
 
 M君の作品は絶対に入賞ができないようになっていた。
 ―――ズルがあっても、ズルがなくても。
 M君が立ち去った後、僕は寂しい気持ちになりながら、最優秀賞のお知らせの紙を見つめる。
 


 僕はその「ズル」が明らかになることを願っていた
 
 僕はその「ズル」を先生が見つけて正してほしいと願っていた



 そう、願っていた。
 しかし、その「ズル」はまかり通ってしまった。

(いや…もしかしたら、僕がズルしたのを聞かなければ…)
 ズルをしても屈託のないM君の笑顔を思い出す。

「おかしいなぁ、勝つって、嬉しいことなのに…あんな風に…笑いたかっただけなのに」
 一生懸命考えた。どうしたら想いが伝わるか。
 出来上がった作文は自分でも褒めてあげたいくらいの自信作になった。
 僕はただ、そんな一生懸命書いた誰にも負けないと信じた自信作の作文を読んでもらえれば良かった。だって、読んでもらえれば伝わると思っていたのだから。
 最初はそれだけ…それだけだった。

 でも、皆から賞賛を浴びながら、キラキラした視線を集めて、その真ん中で嬉しそうに笑うM君が羨ましかった。
 嫉妬もしていた。
 悔しいから、負けないように頑張ろうと思っていた。
 
 なのに、真実を知ってしまった。

 今の自分を好きになんてなれない。
 もう一度同じことをしろと言われたって絶対やらない。
 じゃあ、先生が僕とM君の作文を残して立ち去ったあの時に戻れたとしたらどうする?と聞かれれば、僕は同じズルを、同じ過ちを繰り返しただろう。
 
 だって…僕にはM君のズルを絶対に許すことはできない。
 そして、自分のズルも―――

 僕は流れて止まらない涙を何度も、何度も拭った。
 けれど、こみ上げてくるドロドロした感情は拭うことができず、体の外に流れ出すこともなく、とどまり続けていた。



 ズルなんて…大っ嫌いだ―――
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