11 / 24
本編
10話 公爵と師匠 ~完璧な器~
しおりを挟む
「では、ここでお待ちください」
僕らはフレーンリヒ家の応接室に案内される。
待っている間、師匠はそわそわして落ち着きがなかった。
僕は師匠の手を握り締め、師匠の不安を取り除いて安心させてあげたかった。
ただの弟子であれば、僕はそれを行っただろう。
けれど、恋心を持っている今の僕がその手を握ることは、何かが違う。
そう思った僕は思い留まり、気持ちを抑えた。
「大変お待たせしました、フレーンリヒ・ド・ラッセルです」
その声に反応して、僕らは立ち上がり、ドアから来る家主を迎える。
―――美しい。
男の僕ですら心を奪われそうになった。
男の僕でも綺麗だと思うシュっとした顔立ちに、さらさらの金髪のショートヘアーから覗かせる力強い瞳は、信念と自信で満ち溢れている。
年齢は師匠より2、3歳上だろうか。
さらに、優しさと安心感を与えてくれる声や立ち振る舞いは、年齢以上の落ち着きを感じさせた。
「どうぞお座りください」と言って彼が手を差し出して動くと、どこかで嗅いだことのある、ほんのりと高級そうな葉巻の甘い香りした。
師匠と握手する手は貴族の手で、剣を毎日のように振っているダンゼンや僕よりも綺麗な手をしていた。
もしかしたら、師匠よりも綺麗な手をしているかもしれない。
「お会いできるのを楽しみにしておりました」
「こっ、こちらこそ。よっ、よろしくお、おねがいしま・・・す」
凹んでいたのもあったかもしれないが、フレーンリヒ公爵があまりにも素敵な男性なので、師匠は頬を赤らめ緊張している。
ダンゼンの時より緊張しているのではないか。
(これは逆に・・・)
「本当に嬉しいです。私、本当にソフィアさんのこと・・・大好きなんです」
「ふぇっ」
僕は逆に上手くいかないんじゃないかと思っていたら、フレーンリヒ公爵は先ほどの大人な雰囲気とは違って、純粋な子どものような言い方をしたので、そのギャップに師匠が驚く。
「あっ、すいません。興奮してしまって・・・つい。実は、建国祭の時にソフィアさんの剣舞を拝見させていただいていまして、剣先の扱いからすべてが美しく、剣に込めて情熱や年月の長さ、ひたむきさが集約されていると思いました。そして、一生懸命打ち込んだものというのはその人の人柄をなすのかなと思っています。なので、ぜひお話したいと思っていたんです」
フレーンリヒ公爵は自分の胸に手を当てて、大事な思い出をなぞるように話す。
「そっ、そんなっ、私は大した女じゃないです。ただ、無駄に歳を取った・・・」
「ソフィアさん、私なんてあなた以上に歳を重ねています。そして、何も極めてはおりません。父上たちが残してくれたこの家を守るのに必死で、何も為せていません」
「そんなことはございません」
執事のご老人が否定したのをフレーンリヒ公爵は手で制すと、執事は一礼する。
「フレーンリヒ公もお父様を・・・?」
「ラッセルとお呼びください、ソフィアさん。・・・えぇ、父上は亡くなりました、5年前に。それから、必死に働いておりました」
フレーンリヒ公爵は明るく答えた。
「それに比べて、ソフィアさんの剣はお父上の代よりも鋭く、妖艶で、ぐっと私の心を打ち抜いたのです。あなたはどんどん引き継いだものを昇華させている。私はあなたに敬意を払わずにはいられません」
「そっそんな・・・」
フレーンリヒ公爵の言葉に師匠が謙遜する。
「じゃあ、ソフィアさんに敬意を払えなければ、私は誰にも敬意を払えなくなってしますよ」
にこりと笑うと、綺麗に揃った白い歯が顔を覗かせる。
「そうだ、剣技について伺ってもいいですか?ソフィアさん」
「えっ、えぇ。わかりました、フレーンリヒ公・・・」
「ラッセルです」
「ラッセルさん・・・どうぞ」
「では・・・」
フレーンリヒ公爵はそこから師匠の話を聞くことを中心に師匠と会話した。
他の貴族の家では自慢話ばかり聞かされてきた僕らだったが、王族だった僕は意味がわかっても、師匠は俗世のことに無頓着で話がついていけないこともしばしばあった。
師匠も自分の得意な話をすることで、次第に緊張が解け、時折フレーンリヒ公爵に対して自分から話を振ったりしていた。フレーンリヒ公爵も師匠の顔を見ながら、わからなそうな顔をしたら細かいところまでゆっくり説明しながら、話していた。
僕の嫌な予感は的中してしまった。
徐々に師匠がフレーンリヒ公爵に心を開き、フレーンリヒ公爵と嬉しそうに会話をし出した。
弟子として一緒に同席していた僕は、用心棒のように黙っていたけれど、会話に入ればよかった後悔する。途中から会話に参入するような器用さは僕にない。
「いやぁ、ソフィアさんは楽しい方ですね」
「ラッセルさんのお話がお上手なんですよ」
楽しそうに会話を続ける二人。
しかし、一つの出来事が終わりの鐘を告げるように鳴る。
ギューーーゥ・・・
師匠のお腹の音だ。
「すいません、お腹が空いてしまって・・・。そろそろ、師匠。帰りましょうか」
僕は頭を下げて謝る。
「そっ、そうだな」
僕は師匠の本心はわからない。お腹が鳴って恥ずかしかったのか、話を区切られたからなのかはわからないが、微妙な顔をしていた。
(師匠、そんな残念そうな顔をしないでくださいよ)
僕は水を差してしまった気がして、切なくなった。
「あぁ・・・、すいません。ルーク王子。ついつい話に没頭してしまいまして・・・気遣いもせずに」
フレーンリヒ公爵も、もしかしたらお腹が鳴ったのが、師匠のお腹かもしれないと察しながらも、僕に対して深々と頭を下げてくるので、僕も少し困ってしまう。
「いえいえ、フレーンリヒ公爵。今日は師匠の弟子として来ておりますので、お気遣いなく。師匠がこんなに楽しそうにしている姿を見れて、僕も嬉しいですから」
とはいえ、僕も他の貴族の家でやらかしている手前、王子として丁寧に答える。
「今更ながらですが、ルーク王子がそうしていただいたおかげで、肩肘張らずにソフィアさんとお話しできました。ねっ、ソフィアさん」
ほっとしたフレーンリヒ公爵はホッとした顔で、ソフィアに話を振る。
この男はブレない。
フレーンリヒ公爵はこの部屋で一番大事にすべきは師匠ということを一貫していた。王子の僕ではなく、だ。
「えぇ・・・そうですね。ありがとう、ルーク」
師匠も僕にお礼を言ってきた。
「そうだ、今日は食べていきませんか?お二人とも」
フレーンリヒ公爵が妙案を思いついたように笑顔で話しかけてくる。
僕は嫌だ。
別に今までの時間が嫌だったわけじゃない。
確かに暇だなと思うこともあったけれど、それでも師匠が楽しそうだったからという言葉に嘘はない。
けれど、もう一度選択肢を与えられてフレーンリヒ公爵と師匠が話す場を与えるか、与えないかの選択肢を与えられたら、今は与えない、の選択肢を選ばせてほしい。
(でも、僕が優先すべきも、フレーンリヒ公爵が優先するのも師匠の意見次第)
僕もフレーンリヒ公爵も師匠の言葉を待つ。
◇◇
僕たちはフレーンリヒ家を出て夕日の中を歩いていた。
「師匠、本当に良かったんですか?」
「なにがだ?」
「夕食です。ご馳走になっていってもよかったのでは?」
「あーーー」
師匠は天を見上げる。
ギューーーゥ・・・
師匠のお腹が返事をした。
やっぱり食べたかったようだ。
「フレーンリヒ家は僕も聞いたことがあったお家でしたし、確かアンダルノ地方とも取引があったはずですからね。アンダルノ地方は牧畜が有名だから美味しい牛肉とか豚とかチキンとか食べられたんじゃないかな・・・」
キューーーゥ・・・
今度は切なそうに師匠のお腹が鳴る。
これだけ素直なら、恋の方も聞いてみたい。
―――フレーンリヒ公爵のことを気に入ったか、と。
「くっ暗くなったら、帰りが困るだろう?」
夕日に照らされた師匠の顔色はわからないが、なんとなく付き合いの長さで赤くなっている気がした。
「それに・・・貴方のことを放置して・・・自分だけ盛り上がってしまって・・・本当にごめんなさい」
(あぁ、なんだ。そんなことか)
しゅんとする、師匠の姿を見ると、そんなことまで気にしてもらっていたと思うと申し訳なくなる。
「だから、別に僕のことはいいですって!師匠のお見合いについていくことは僕が決めたことですし、逆に僕のせいで破綻になったのも・・・ありますし。逆に僕がいなかったら、フレーンリヒ公爵とも、もっと話ができたのに・・・ごめんなさい!!」
「いやっ、いいんだ、ルークっ。私も貴族の方と話をするのは緊張するから、いい加減帰ろうと思っていたんだ。だから、お前が気にすることじゃない。安心してくれ」
「・・・本当ですか?」
「あぁ、本当だ」
にっこりと笑ってくれる師匠。
これは、嘘のない顔だとわかったので、僕も安心する。
「恋愛って・・・難しいな。ルーク」
「えっ」
師匠は暗い顔をしている。
「あんなに盛り上がっていたのに・・・どうしたんですか?」
師匠は寂しそうな顔をして、僕を見る。
「いや、なんでもない。忘れてくれ」
「・・・そうですか」
僕らは黙って歩く。
「私・・・必死じゃなかったか?」
「えっ」
師匠が僕を見ずに尋ねてきた。
「気に入られよう、気に入られようとして・・・不安で一杯だったんだ。自分のことばっかりで、弟子の貴方のこと・・・放置したまま・・・」
師匠は王宮内での僕と同じような顔をしていた。
誰かに認められたいけれど、誰も認めてくれない、そんな不安を背負った顔。
「いや・・・、でも・・・うふふふっ。杞憂だったな。ラッセルさんはいい人。私は大丈夫、魅力的な女性と言ってくれた」
(あれっ、強がっている?)
師匠は僕に言い聞かせるように、そして自分に言い聞かせるように、無理して納得しようとしている。
「ねぇ、ルーク。貴方もそう思うわよね?私、ラッセルさんとなら幸せになれそうよね?」
幸せになれるだろう。
非の打ちどころのない彼と一緒になれれば、師匠は幸せになれる。
幸せになれるだろうが、それが師匠にとって一番いい選択肢なのだろうか。僕が黙っていると、師匠は続けて喋る。
「ルーク、私・・・ラッセルさんとのこと前向きに考えようと思うわ」
そんな宣言を僕は全く求めていなかった。
なぜ、師匠が僕に宣言するのかもわからなかったけれど、僕にとっては死刑宣告に等しい言葉だった。
(僕らの師弟関係すら、終わろうとしている・・・?)
風が吹いた。
上昇気流だ。
その風は師匠だけを高い高い、僕の手を届かない所へと運んでいく風のような気がした。
僕らはフレーンリヒ家の応接室に案内される。
待っている間、師匠はそわそわして落ち着きがなかった。
僕は師匠の手を握り締め、師匠の不安を取り除いて安心させてあげたかった。
ただの弟子であれば、僕はそれを行っただろう。
けれど、恋心を持っている今の僕がその手を握ることは、何かが違う。
そう思った僕は思い留まり、気持ちを抑えた。
「大変お待たせしました、フレーンリヒ・ド・ラッセルです」
その声に反応して、僕らは立ち上がり、ドアから来る家主を迎える。
―――美しい。
男の僕ですら心を奪われそうになった。
男の僕でも綺麗だと思うシュっとした顔立ちに、さらさらの金髪のショートヘアーから覗かせる力強い瞳は、信念と自信で満ち溢れている。
年齢は師匠より2、3歳上だろうか。
さらに、優しさと安心感を与えてくれる声や立ち振る舞いは、年齢以上の落ち着きを感じさせた。
「どうぞお座りください」と言って彼が手を差し出して動くと、どこかで嗅いだことのある、ほんのりと高級そうな葉巻の甘い香りした。
師匠と握手する手は貴族の手で、剣を毎日のように振っているダンゼンや僕よりも綺麗な手をしていた。
もしかしたら、師匠よりも綺麗な手をしているかもしれない。
「お会いできるのを楽しみにしておりました」
「こっ、こちらこそ。よっ、よろしくお、おねがいしま・・・す」
凹んでいたのもあったかもしれないが、フレーンリヒ公爵があまりにも素敵な男性なので、師匠は頬を赤らめ緊張している。
ダンゼンの時より緊張しているのではないか。
(これは逆に・・・)
「本当に嬉しいです。私、本当にソフィアさんのこと・・・大好きなんです」
「ふぇっ」
僕は逆に上手くいかないんじゃないかと思っていたら、フレーンリヒ公爵は先ほどの大人な雰囲気とは違って、純粋な子どものような言い方をしたので、そのギャップに師匠が驚く。
「あっ、すいません。興奮してしまって・・・つい。実は、建国祭の時にソフィアさんの剣舞を拝見させていただいていまして、剣先の扱いからすべてが美しく、剣に込めて情熱や年月の長さ、ひたむきさが集約されていると思いました。そして、一生懸命打ち込んだものというのはその人の人柄をなすのかなと思っています。なので、ぜひお話したいと思っていたんです」
フレーンリヒ公爵は自分の胸に手を当てて、大事な思い出をなぞるように話す。
「そっ、そんなっ、私は大した女じゃないです。ただ、無駄に歳を取った・・・」
「ソフィアさん、私なんてあなた以上に歳を重ねています。そして、何も極めてはおりません。父上たちが残してくれたこの家を守るのに必死で、何も為せていません」
「そんなことはございません」
執事のご老人が否定したのをフレーンリヒ公爵は手で制すと、執事は一礼する。
「フレーンリヒ公もお父様を・・・?」
「ラッセルとお呼びください、ソフィアさん。・・・えぇ、父上は亡くなりました、5年前に。それから、必死に働いておりました」
フレーンリヒ公爵は明るく答えた。
「それに比べて、ソフィアさんの剣はお父上の代よりも鋭く、妖艶で、ぐっと私の心を打ち抜いたのです。あなたはどんどん引き継いだものを昇華させている。私はあなたに敬意を払わずにはいられません」
「そっそんな・・・」
フレーンリヒ公爵の言葉に師匠が謙遜する。
「じゃあ、ソフィアさんに敬意を払えなければ、私は誰にも敬意を払えなくなってしますよ」
にこりと笑うと、綺麗に揃った白い歯が顔を覗かせる。
「そうだ、剣技について伺ってもいいですか?ソフィアさん」
「えっ、えぇ。わかりました、フレーンリヒ公・・・」
「ラッセルです」
「ラッセルさん・・・どうぞ」
「では・・・」
フレーンリヒ公爵はそこから師匠の話を聞くことを中心に師匠と会話した。
他の貴族の家では自慢話ばかり聞かされてきた僕らだったが、王族だった僕は意味がわかっても、師匠は俗世のことに無頓着で話がついていけないこともしばしばあった。
師匠も自分の得意な話をすることで、次第に緊張が解け、時折フレーンリヒ公爵に対して自分から話を振ったりしていた。フレーンリヒ公爵も師匠の顔を見ながら、わからなそうな顔をしたら細かいところまでゆっくり説明しながら、話していた。
僕の嫌な予感は的中してしまった。
徐々に師匠がフレーンリヒ公爵に心を開き、フレーンリヒ公爵と嬉しそうに会話をし出した。
弟子として一緒に同席していた僕は、用心棒のように黙っていたけれど、会話に入ればよかった後悔する。途中から会話に参入するような器用さは僕にない。
「いやぁ、ソフィアさんは楽しい方ですね」
「ラッセルさんのお話がお上手なんですよ」
楽しそうに会話を続ける二人。
しかし、一つの出来事が終わりの鐘を告げるように鳴る。
ギューーーゥ・・・
師匠のお腹の音だ。
「すいません、お腹が空いてしまって・・・。そろそろ、師匠。帰りましょうか」
僕は頭を下げて謝る。
「そっ、そうだな」
僕は師匠の本心はわからない。お腹が鳴って恥ずかしかったのか、話を区切られたからなのかはわからないが、微妙な顔をしていた。
(師匠、そんな残念そうな顔をしないでくださいよ)
僕は水を差してしまった気がして、切なくなった。
「あぁ・・・、すいません。ルーク王子。ついつい話に没頭してしまいまして・・・気遣いもせずに」
フレーンリヒ公爵も、もしかしたらお腹が鳴ったのが、師匠のお腹かもしれないと察しながらも、僕に対して深々と頭を下げてくるので、僕も少し困ってしまう。
「いえいえ、フレーンリヒ公爵。今日は師匠の弟子として来ておりますので、お気遣いなく。師匠がこんなに楽しそうにしている姿を見れて、僕も嬉しいですから」
とはいえ、僕も他の貴族の家でやらかしている手前、王子として丁寧に答える。
「今更ながらですが、ルーク王子がそうしていただいたおかげで、肩肘張らずにソフィアさんとお話しできました。ねっ、ソフィアさん」
ほっとしたフレーンリヒ公爵はホッとした顔で、ソフィアに話を振る。
この男はブレない。
フレーンリヒ公爵はこの部屋で一番大事にすべきは師匠ということを一貫していた。王子の僕ではなく、だ。
「えぇ・・・そうですね。ありがとう、ルーク」
師匠も僕にお礼を言ってきた。
「そうだ、今日は食べていきませんか?お二人とも」
フレーンリヒ公爵が妙案を思いついたように笑顔で話しかけてくる。
僕は嫌だ。
別に今までの時間が嫌だったわけじゃない。
確かに暇だなと思うこともあったけれど、それでも師匠が楽しそうだったからという言葉に嘘はない。
けれど、もう一度選択肢を与えられてフレーンリヒ公爵と師匠が話す場を与えるか、与えないかの選択肢を与えられたら、今は与えない、の選択肢を選ばせてほしい。
(でも、僕が優先すべきも、フレーンリヒ公爵が優先するのも師匠の意見次第)
僕もフレーンリヒ公爵も師匠の言葉を待つ。
◇◇
僕たちはフレーンリヒ家を出て夕日の中を歩いていた。
「師匠、本当に良かったんですか?」
「なにがだ?」
「夕食です。ご馳走になっていってもよかったのでは?」
「あーーー」
師匠は天を見上げる。
ギューーーゥ・・・
師匠のお腹が返事をした。
やっぱり食べたかったようだ。
「フレーンリヒ家は僕も聞いたことがあったお家でしたし、確かアンダルノ地方とも取引があったはずですからね。アンダルノ地方は牧畜が有名だから美味しい牛肉とか豚とかチキンとか食べられたんじゃないかな・・・」
キューーーゥ・・・
今度は切なそうに師匠のお腹が鳴る。
これだけ素直なら、恋の方も聞いてみたい。
―――フレーンリヒ公爵のことを気に入ったか、と。
「くっ暗くなったら、帰りが困るだろう?」
夕日に照らされた師匠の顔色はわからないが、なんとなく付き合いの長さで赤くなっている気がした。
「それに・・・貴方のことを放置して・・・自分だけ盛り上がってしまって・・・本当にごめんなさい」
(あぁ、なんだ。そんなことか)
しゅんとする、師匠の姿を見ると、そんなことまで気にしてもらっていたと思うと申し訳なくなる。
「だから、別に僕のことはいいですって!師匠のお見合いについていくことは僕が決めたことですし、逆に僕のせいで破綻になったのも・・・ありますし。逆に僕がいなかったら、フレーンリヒ公爵とも、もっと話ができたのに・・・ごめんなさい!!」
「いやっ、いいんだ、ルークっ。私も貴族の方と話をするのは緊張するから、いい加減帰ろうと思っていたんだ。だから、お前が気にすることじゃない。安心してくれ」
「・・・本当ですか?」
「あぁ、本当だ」
にっこりと笑ってくれる師匠。
これは、嘘のない顔だとわかったので、僕も安心する。
「恋愛って・・・難しいな。ルーク」
「えっ」
師匠は暗い顔をしている。
「あんなに盛り上がっていたのに・・・どうしたんですか?」
師匠は寂しそうな顔をして、僕を見る。
「いや、なんでもない。忘れてくれ」
「・・・そうですか」
僕らは黙って歩く。
「私・・・必死じゃなかったか?」
「えっ」
師匠が僕を見ずに尋ねてきた。
「気に入られよう、気に入られようとして・・・不安で一杯だったんだ。自分のことばっかりで、弟子の貴方のこと・・・放置したまま・・・」
師匠は王宮内での僕と同じような顔をしていた。
誰かに認められたいけれど、誰も認めてくれない、そんな不安を背負った顔。
「いや・・・、でも・・・うふふふっ。杞憂だったな。ラッセルさんはいい人。私は大丈夫、魅力的な女性と言ってくれた」
(あれっ、強がっている?)
師匠は僕に言い聞かせるように、そして自分に言い聞かせるように、無理して納得しようとしている。
「ねぇ、ルーク。貴方もそう思うわよね?私、ラッセルさんとなら幸せになれそうよね?」
幸せになれるだろう。
非の打ちどころのない彼と一緒になれれば、師匠は幸せになれる。
幸せになれるだろうが、それが師匠にとって一番いい選択肢なのだろうか。僕が黙っていると、師匠は続けて喋る。
「ルーク、私・・・ラッセルさんとのこと前向きに考えようと思うわ」
そんな宣言を僕は全く求めていなかった。
なぜ、師匠が僕に宣言するのかもわからなかったけれど、僕にとっては死刑宣告に等しい言葉だった。
(僕らの師弟関係すら、終わろうとしている・・・?)
風が吹いた。
上昇気流だ。
その風は師匠だけを高い高い、僕の手を届かない所へと運んでいく風のような気がした。
0
お気に入りに追加
30
あなたにおすすめの小説
そんな恋もありかなって。
あさの紅茶
恋愛
◆三浦杏奈 28◆
建築士
×
◆横山広人 35◆
クリエイティブプロデューサー
大失恋をして自分の家が経営する会社に戻った杏奈に待ち受けていたのは、なんとお見合い話だった。
恋っていうのは盲目でそして残酷で。
前の恋で散々意地悪した性格の悪い杏奈のもとに現れたお見合い相手は、超がつくほどの真面目な優男だった。
いや、人はそれをヘタレと呼ぶのかも。
**********
このお話は【小さなパン屋の恋物語】のスピンオフになります。読んでなくても大丈夫ですが、先にそちらを読むとより一層楽しめちゃうかもです♪
このお話は他のサイトにも掲載しています。
転生令嬢の食いしん坊万罪!
ねこたま本店
ファンタジー
訳も分からないまま命を落とし、訳の分からない神様の手によって、別の世界の公爵令嬢・プリムローズとして転生した、美味しい物好きな元ヤンアラサー女は、自分に無関心なバカ父が後妻に迎えた、典型的なシンデレラ系継母と、我が儘で性格の悪い妹にイビられたり、事故物件王太子の中継ぎ婚約者にされたりつつも、しぶとく図太く生きていた。
そんなある日、プリムローズは王侯貴族の子女が6~10歳の間に受ける『スキル鑑定の儀』の際、邪悪とされる大罪系スキルの所有者であると判定されてしまう。
プリムローズはその日のうちに、同じ判定を受けた唯一の友人、美少女と見まごうばかりの気弱な第二王子・リトス共々捕えられた挙句、国境近くの山中に捨てられてしまうのだった。
しかし、中身が元ヤンアラサー女の図太い少女は諦めない。
プリムローズは時に気弱な友の手を引き、時に引いたその手を勢い余ってブン回しながらも、邪悪と断じられたスキルを駆使して生き残りを図っていく。
これは、図太くて口の悪い、ちょっと(?)食いしん坊な転生令嬢が、自分なりの幸せを自分の力で掴み取るまでの物語。
こちらの作品は、2023年12月28日から、カクヨム様でも掲載を開始しました。
今後、カクヨム様掲載用にほんのちょっとだけ内容を手直しし、1話ごとの文章量を増やす事でトータルの話数を減らした改訂版を、1日に2回のペースで投稿していく予定です。多量の加筆修正はしておりませんが、もしよろしければ、カクヨム版の方もご笑覧下さい。
※作者が適当にでっち上げた、完全ご都合主義的世界です。細かいツッコミはご遠慮頂ければ幸いです。もし、目に余るような誤字脱字を発見された際には、コメント欄などで優しく教えてやって下さい。
※検討の結果、「ざまぁ要素あり」タグを追加しました。
ソルヴェイグの歌 【『軍神マルスの娘』と呼ばれた女 4】 革命家を消せ!
take
恋愛
宿敵であった大国チナを下した帝国最強の女戦士ヤヨイの次なる任務は、東の隣国ノール王家にまつわるスキャンダルの陰で進行している王家と政府の転覆を企てる革命家の抹殺であった。
ノール政府の秘密機関の要請で「お雇い外国人アサシン」となったヤヨイは、驚異的な情報収集能力を持ち、神出鬼没のその革命家『もぐら』を誘き出すため、ノール王家と貴族社会に潜入する。
そこで彼女は、愛する幼馴染を一途に思い続け、ただひたすらに彼の帰りを待ちわびる美しい歌姫ノラに出会う。
その転生幼女、取り扱い注意〜稀代の魔術師は魔王の娘になりました〜
みおな
ファンタジー
かつて、稀代の魔術師と呼ばれた魔女がいた。
魔王をも単独で滅ぼせるほどの力を持った彼女は、周囲に畏怖され、罠にかけて殺されてしまう。
目覚めたら、三歳の幼子に生まれ変わっていた?
国のため、民のために魔法を使っていた彼女は、今度の生は自分のために生きることを決意する。
竪琴の乙女
ライヒェル
恋愛
会社勤めの傍ら、竪琴(ライアー)音楽療法を学ぶ園田セイラ。著名なライアー奏者を訪ね、ドイツの歴史ある街、フライブルク、通称黒い森を訪れる。成り行きでブライダルモデルを引き受け、森の中での撮影に挑む。そこで思わぬ超常現象が起き、異世界へ引き込まれてしまう。異世界に順応しようと努力していた矢先、伝説の乙女と思われてしまい、獰猛で気性の激しい王子に追われ、策略家と名を馳せる他国の王子からも狙われる羽目に。
* 主人公が、不器用で粗暴な暴君の強引さに戸惑い、眉目秀麗と名高い貴公子の狡猾さに振り回され、逃亡、誘拐、奪還の危機を乗り越えていくというドラマの中に、くすっと笑える要素もふんだんに入ってます。
* 恋の荒波に翻弄される二人の行く末を追う、長編ラブストーリーです。
* 異世界トリップした主人公が、そのユニークさ故に多くの注目を浴びて、嫉妬や策略、陰謀だらけの波乱万丈な日々を送る筋立てです。
【完結】儚げな少年と思って助けたら魔界一最強の魔王様でした。
カントリー
恋愛
「おねえちゃん 僕のお嫁さんになって…」
奴隷の少年だと思い助け、
可愛がったら…
「…約束は守ってもらうからな
オーロラ…破るなんてありえないよな?」
魔界一最強の魔王様でした。
これはメイドのオーロラが繰り広げる
魔族の最高頂点の魔王様に求婚されるまでの
異世界ファンタジー。
小説の「異世界でお菓子屋さんを始めました!」と少し繋がっています。
お持ち帰り召喚士磯貝〜なんでも持ち運び出来る【転移】スキルで異世界つまみ食い生活〜
双葉 鳴|◉〻◉)
ファンタジー
ひょんなことから男子高校生、磯貝章(いそがいあきら)は授業中、クラス毎異世界クラセリアへと飛ばされた。
勇者としての役割、与えられた力。
クラスメイトに協力的なお姫様。
しかし能力を開示する魔道具が発動しなかったことを皮切りに、お姫様も想像だにしない出来事が起こった。
突如鳴り出すメール音。SNSのメロディ。
そして学校前を包囲する警察官からの呼びかけにクラスが騒然とする。
なんと、いつの間にか元の世界に帰ってきてしまっていたのだ!
──王城ごと。
王様達は警察官に武力行為を示すべく魔法の詠唱を行うが、それらが発動することはなく、現行犯逮捕された!
そのあとクラスメイトも事情聴取を受け、翌日から普通の学校生活が再開する。
何故元の世界に帰ってきてしまったのか?
そして何故か使えない魔法。
どうも日本では魔法そのものが扱えない様で、異世界の貴族達は魔法を取り上げられた平民として最低限の暮らしを強いられた。
それを他所に内心あわてている生徒が一人。
それこそが磯貝章だった。
「やっべー、もしかしてこれ、俺のせい?」
目の前に浮かび上がったステータスボードには異世界の場所と、再転移するまでのクールタイムが浮かび上がっていた。
幸い、章はクラスの中ではあまり目立たない男子生徒という立ち位置。
もしあのまま帰って来なかったらどうなっていただろうというクラスメイトの話題には参加させず、この能力をどうするべきか悩んでいた。
そして一部のクラスメイトの独断によって明かされたスキル達。
当然章の能力も開示され、家族ごとマスコミからバッシングを受けていた。
日々注目されることに辟易した章は、能力を使う内にこう思う様になった。
「もしかして、この能力を金に変えて食っていけるかも?」
──これは転移を手に入れてしまった少年と、それに巻き込まれる現地住民の異世界ドタバタコメディである。
序章まで一挙公開。
翌日から7:00、12:00、17:00、22:00更新。
序章 異世界転移【9/2〜】
一章 異世界クラセリア【9/3〜】
二章 ダンジョンアタック!【9/5〜】
三章 発足! 異世界旅行業【9/8〜】
四章 新生活は異世界で【9/10〜】
五章 巻き込まれて異世界【9/12〜】
六章 体験! エルフの暮らし【9/17〜】
七章 探索! 並行世界【9/19〜】
95部で第一部完とさせて貰ってます。
※9/24日まで毎日投稿されます。
※カクヨムさんでも改稿前の作品が読めます。
おおよそ、起こりうるであろう転移系の内容を網羅してます。
勇者召喚、ハーレム勇者、巻き込まれ召喚、俺TUEEEE等々。
ダンジョン活動、ダンジョンマスターまでなんでもあります。
お見合い相手は極道の天使様!?
愛月花音
恋愛
恋愛小説大賞にエントリー中。
勝ち気で手の早い性格が災いしてなかなか彼氏がいない歴数年。
そんな私にお見合い相手の話がきた。
見た目は、ドストライクな
クールビューティーなイケメン。
だが相手は、ヤクザの若頭だった。
騙された……そう思った。
しかし彼は、若頭なのに
極道の天使という異名を持っており……?
彼を知れば知るほど甘く胸キュンなギャップにハマっていく。
勝ち気なお嬢様&英語教師。
椎名上紗(24)
《しいな かずさ》
&
極道の天使&若頭
鬼龍院葵(26歳)
《きりゅういん あおい》
勝ち気女性教師&極道の天使の
甘キュンラブストーリー。
表紙は、素敵な絵師様。
紺野遥様です!
2022年12月18日エタニティ
投稿恋愛小説人気ランキング過去最高3位。
誤字、脱字あったら申し訳ないありません。
見つけ次第、修正します。
公開日・2022年11月29日。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる