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竜司と子猫の長い一日
竜司は子猫への恋心を自覚する
しおりを挟む手に持ったままだったマグカップをローテーブルの上に置き、また子猫の首筋を撫でた。
「お前は?」
「僕?」
頷きつつ、指を胸元のボタンまで動かし、また首筋まで戻る。
「お前は彼氏いないの?」
「……いない。今日、別れた」
「へぇ」
ああ、それで『酷くされたい気分』てやつになったのか。
「……部屋行ったら、後輩に突っ込んでた。……僕、浮気は絶対許せないから」
「あー、なるほど。寝取られたってわけか」
「うん」
こんな可愛い子猫よりいい男がいたって?それはないだろ。
というか、子猫に俺と会う直前まで恋人がいたのか。
……その事実にも苛つくが、寝取られたんなら丁度いい。結果として子猫はフリーになって、今俺の目の前にいるわけだし。
「で?黙って出てきたのか」
「えっと、精算書つきつけて一週間以内の支払い要求した」
「精算書?」
「うん、これ」
意外なものを見せられた。
レポート用紙に手書きしたものだが、日付も時間も内容も金額も、事細かに明記されている上に、レシート添付までしてある。
別れる前提の精算書。従順に従うだけの子猫かと思っていたが、別れる準備もできる子猫。
……楽しすぎるんだがどうしよう。
「お前……面白いことするな」
「ん、だって、そういう約束で付き合ったし。もらったものとか全部送り返して、その足でバーに行って」
『俺に会った』
子猫の目がそう語った。
ああ。
気分がいい。
「それにしても、車で露出狂彼氏とか二股彼氏とか、のぞみお前、男見る目ないな?」
「……知ってるもん」
手放した奴らにも見る目がない。
子猫は子猫で自分の思い込みの激しさを自覚はしているようだ。
「……お前から好きになったやつ、いるのか?」
そう問うと、子猫はキョトンとした目で俺を見てから、コテンと首を傾げた。
「…………いない、かも」
……その仕草よ。
それ、わざとか?わざとなのか?
「なら、お前は好きになったつもりでいたんだよ。流されて付き合ってるうちに『好き』って気持ちを刷り込まされてんだよ」
はっきり言ってやれば、子猫は大きな目を何度か瞬かせた。あれか?目からウロコ、ってやつ。
それにしたって、なんでこんな危なっかしい子猫が一人でうろついてるんだ。
「……親は」
踏み込み過ぎだと思ったが、引っかかりを覚えたものはもう収めておけない。
子猫が答えたくなければそれでいい。
「離婚した」
けれど子猫はすぐに答えた。
「いつ」
「高校の卒業式の時」
「その前もなんかあったんだろ」
「……二人共、浮気してて」
「あー……、それで『小学生の頃は』か」
「うん」
これで引っかかってたものが納得できた。
小学生の頃も愛情を注がれていたのか疑問だ。
「……中学生の頃にはほとんど会話もなくて、高校入ったら家に帰ってこなくなって」
「……ネグレクトじゃねぇかよ。どうやって生活してたんだ」
「育児ってほど小さくなかったから、平気。……お金は、出してくれてたから、生活には困らなかった」
お金があれば、たしかに生活はできるだろうが、それだけで満たされるはずがない。
家に帰っても声を出すことがない。誰の体温にも触れられない。
孤独が、寂しがりやな子猫を育てた。
「……男漁りはいつから」
「高三のときから」
恐らくは、孤独に耐えきれなくなったから。
寂しさを埋めてくれる存在を、他人に求めて。
「……大志と会ったのも男関係か」
「うん。バーの近くの路地裏で、そのとき付き合ってた大人の人にヤり捨てられて死にそうになってたとこ、助けてくれて」
依存して、寂しさを埋めて、愛情を求めて───捨てられる。
捨てる方は相当なクズだ。
それをあっさり話してしまえるほどに、この子猫は傷ついた心を遠ざけて、次を求め続けるのか。
盛大な溜息が出た。
この子猫、やっぱり放っておけない。
「……愛情に飢えてんだろ、お前」
「…………わかんない」
「愛情に飢えてるから、愛情を向けられたら無条件に靡いちまうんだよ。……そっか。なるほどな」
今夜一晩で終わる関係で、次がない。…そんなの、俺が『次』になればいいだけだ。
誰か一人に愛される喜びを幸福を、その身に教え込めばいいだけだ。
認めるさ。
俺はこの子猫に惚れたんだ。
こいつが他の奴に靡くのも体を開くのも許せない。
首筋から耳を撫でる。
ピクリと反応しつつ、離れず体を寄せてくる。
伝えるのは簡単。
けれど、そうしたら今までと変わらない。
子猫が、俺のことを好きにならなければならない。子猫が自分から、俺に『好き』だと言わなければならない。
俺から言うのではなく、子猫から好きにならなければ、結局は今までと同じになる。流されて好きと思い込ませるようなのは、嫌だ。
「…俺のことをその気にさせるんだろ?」
自分の性癖を隠す気はない。
子猫に全部教えてやる。
その上で俺を好きになれ。
「うん、その気にさせる」
ぺろりと自分の唇を舐める子猫の姿に、もう堕ちそうだった。
「おいで」
ソファから立ち上がり、子猫に手を伸ばした。
子猫は俺の手を取ると、同じように立ち上がる。
……大志のところから戻るときもそうだったが、手を繋ぐことを自然と受け入れるんだな、子猫。
子猫と手を繋いだままバスルームに向かった。
広々とした脱衣所で、また子猫の警戒心が刺激されたのか、キョロキョロと視線が忙しなく動く。
「のぞみ」
「っ、なに」
「どうする?」
子猫は俺に視線を戻し、ただじっと目を見てきた。
「……する」
僅かに目を潤ませた表情に惹きつけられた。
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