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本編
友兄の声は変わらず優しかった
しおりを挟む夕方、来客を告げるインターフォンの音が聞こえてきた。俄かに階下が騒がしくなって、あまり動きのなかった人の気配が、一斉に動き出すような感じが伝わってきた。
…誰が来たのか、とか、俺にはどうでもよくて。
布団を引き上げてベッドの中にこもった。
眠るたびに友兄の夢を見る。友兄の夢を見る度に涙が溢れてきて目が覚めてしまう。…それの、繰り返し。
時々、颯からメールが届いていたけれど、返事を出す気にはなれなくて、申し訳ないと思いつつ、無視。
…いっそ、旅に出てみようか…なんて、非現実的なことを考えながらウトウトしたとき、部屋にノックの音が響いた。
「理玖」
その声に、肩が震えた。
友兄。
友兄が、いる。
「理玖、起きてる?」
喉が引きつった。
応えることは、できない。
眠気が一気に吹っ飛んだ頭で、それでも必死に目を閉じる。
友兄は扉を開けることはなかった。
ただ…部屋の外にその気配だけを感じる。
「母さんから聞いたよ。具合はどう?」
本当に、本当に、心配そうな声。
胸が痛い。
息が苦しい。
「―――…っ、っ」
流れた涙。
漏れそうになる嗚咽。
声を出せない。
答えられない。
今口を開けば、いらないことばかりを叫んでしまう。
俺が友兄に言わなきゃならないのは、「おめでとう」の一言だけなのに。
「理玖…」
コトンと音がした。
でも、扉は開いていない。
「理玖……、俺の言葉を、信じて」
それは祈るような声だった。
わかんないよ。
だって、友兄の言葉の何を信じればいいの。
『愛してる』って言葉を信じても……、この状況が全ての答えになってるじゃないか。
痛みは、胸から、全身に伝わる。
「……っ、ふ………っ、ぅ……」
堪え切れない嗚咽が漏れた。
とても優しくて――――とても残酷な人。
でも、こんな風に裏切られても、嫌いになれない、たった一人の…人。
「理玖」
扉のむこうでの、ため息の音。
それから……、階段を下りる足音。
そして、二階からは人の気配がなくなる。
また、静まり返る部屋。
「すき……好き、なんだ」
涙が止まらない。
「好きなんだよ……、俺、好きで……好きで……っ」
せき止めていた感情が溢れだした。
布団を頭までかぶって、小さく、小さく、絶対に聞かれないように、『好きだ』と言葉にし続ける。
そうやって暫くして、息苦しさを感じて布団から頭を出すと、階下から、楽しそうな笑い声が聞こえてきた。
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