上 下
512 / 560
第7章 魔法が使える世界で王子サマに溺愛されてます。

89 小休憩

しおりを挟む



 神殿から城のクリスの部屋に戻る。
 涙でぐちゃぐちゃになった顔。メリダさんが温タオルを作ってくれたので、それを押し当ててクリスの膝枕で寝転んでいた。

「ベッドで休めばいい」
「……起きれなくなっちゃうし、ここがいい……」

 胸にマシロがいて。
 クリスが頭を撫でてくれて。
 凄く幸せで、疲れていて、でも嬉しくて。

 ごてごてしてる上着は脱いだ。
 今は軽いシャツだけ。
 上着についていた勲章とかは、メリダさんがしっかり片付けてくれたから、無くす心配はない。
 クリスも上着は脱いでいて、俺と同じようなシャツだけ。

 タオルをどけてクリスを見上げたら、「どうした?」って顔で微笑まれた。
 その微笑みに笑って返して、自分の左手を顔の前に上げて、クリスと俺の色があしらわれた指輪を眺める。
 ……自然と口元がニマニマしてしまうんだから、不思議。

「……すごく、幸せ。ね、クリスも?幸せだと思ってる?」
「当然だろ。アキとの絆が一つ増えたんだ。これが幸せでなくて、何が幸せになる?」
「ふふ」

 ごろんって体の向きを変えてクリスの腰に抱きついたら、マシロがびっくりしたように俺から降りて(落ちて)、前足で俺の腕を叩いてきた。

「ごめん、マシロ」
「んみゃ」

 でも、クリスから離れられない。
 俺が元の姿勢に戻る気がないのがわかったのか、マシロは俺の腕とクリスのお腹あたりに、頭を突っ込んで潜り込もうとしてくる。
 ……可愛い。

「……そういえば、マシロ」

 ぺろりと頬を舐められた。

「……結婚式の時、ちょこっと破ったよね?」
「ん?」

 マシロの動きが止まったのを見て、体を起こしてタオルをメリダさんに渡す。
 クリスの隣に座ろうとしたら、あっさりと膝の上に抱え上げられたから、定位置に落ち着いた。
 なんとなく体をちっさくしたマシロを両手で抱き上げたら、ちらりと俺を見てクリスを見て、ぷるぷる震えだした。
 ……なにこれ。かわいそうだけど可愛い……。
 耳は伏せてるし、尻尾は後ろ足の間に挟んじゃってるし……。

「いつ?」
「女神様が祝福してくれたときとか。もの凄い勢いで尻尾を振り回してて、多分マシロも興奮しちゃったんだと思う。すぐちゃんと隠してたから、リアさんも気づいてないと思うけど」

 リアさんだけじゃなくて、近くにいた他の誰も気づいてないはず。
 マシロは相変わらずプルプルしてる。

「マシロ、怒ってるわけじゃないから。大丈夫。マシロも俺たちのこと、お祝いしてくれたんだよね?」

 小さく頷いてる……ように見えるマシロ。
 足の間に挟まってた尻尾は、だらんと下に降りたけど、クリスのため息の音に、ぴしっと固まってた。

「まあ、いい。今回だけだぞ、マシロ」

 クリスがマシロの頭を撫でた。指で。クリスの手、大きいから。

「アキの傍にいたいだろ?」

 頷くマシロ。
 まだ子供なマシロに、けっこう大変なことを言ってるのはわかるから、もう少ししたら、普通に過ごせるようにさせてあげたいけどね。
 でも今はまだ、無理かな。

「軽食を準備しましたから。お召し替えの前に少しお召し上がりくださいな」

 メリダさんの声に、俺たちの意識がテーブルの方に向いた。なんという早業。

「マシロにもミルクを用意しましたから。何を悪戯したんですか?せっかくのお祝いの日なんですから、お許しになられたらどうですか?」
「あー……はい。そんなに怒ってないし」

 顎の下のあたりを撫でて、マシロの耳が復活してきたのを見てから、テーブルの上におろした。
 でも俺たちに怒られたと思っているらしいマシロは、俺の手から離れない。

「もういいよ。そんなに怒ってないから。ほら、ミルク飲もう?」

 テーブルの上に、サンドイッチと紅茶。それから、マシロ用のお皿に入ったミルク。
 マシロはミルクと俺を交互に見てから、また項垂れてしまった。
 怒ってない、っていうのは伝わってると思うんだけどなぁ。
 いそいそとクリスの膝の上から降りて、隣に腰掛ける。マシロのお皿を手元に引き寄せて、最初にやったようにミルクを指につけた。

「ほら、マシロ」

 大きな赤い瞳で俺を見て、小さな舌で俺の指をなめ始めた。
 マシロ、俺の使い魔になっちゃったし、魔物だし、言葉も理解できてるけど、でも、まだ子供なんだよね。小さな子供。俺の片手に乗ってしまうくらいの。
 だから、失敗しちゃうこともあるよね。むしろ、失敗しないほうがびっくりだ。

「心配しなくていいからね。俺たちがマシロの傍からいなくなるなんてことないから」

 指をなめ終わってまた俺を見上げてきたマシロの頭を撫でる。
 それでようやく安心したのか、マシロは気持ちよさそうに目を閉じて耳を震わせていた。

「だから、甘やかすなと…」

 クリスの苦笑の声はするけど、甘やかすときは甘やかすの。というか、甘やかしたい!

「……は」

 マシロが俺を見上げるように、俺もクリスを見上げた。

「ん?」
 
 なるほど。

 納得した俺は、サンドイッチをつまみ上げ、クリスに向けた。

「はい。あーん」
「………」

 ぴしりと固まったクリス。
 あれ。違ったのかな。
 マシロに食べさせたんなら俺にもーってことだと思ったんだけど。
 間違えたかと首を傾げたら、クリスは笑って俺の手から食べた。
 あ、よかった。間違ってないようだ。
 いつも食べさせてもらってるからね。たまにはちゃんと俺もしなきゃね。
 大きくはない一切れの最後の一口を口に入れたとき、クリスに指まで甘噛みされた。

「ぅわっ」
「美味いな」
「指、指っ」

 指まで食べなくていいと思うんだが!

 飲み込んだクリスは俺の手首を軽くつかんで、手のひらにキスをしてきた。
 それから、手首に唇が滑っていく。

「ん……っ」

 無駄にドキドキする。
 クリスの視線も熱く感じるし。
 手から唇を離したクリスの視線が俺を捉える。
 好き。
 どうしよう。
 好きとしか、考えられない。

 顎の下に指が添えられて、望むものが来る。
 目を閉じるのは勿体なくて、クリスの綺麗な瞳を見ていた。
 近づいてきて唇が触れ合う瞬間、『ぺし』って音がした。
 馴染みある音に視線を移したら、いつの間にか俺の腕によじ登っていたマシロが、クリスの手に安定の尻尾アタックを仕掛けていた。
 うん。元気になった。

「………邪魔するな、マシロ」

 クリスの低い声。
 でもマシロは怯むことなく、アタック続けてる。

「アキは俺のだ」
「みゃ」
「アキが俺を優先させるのも当然だろ」
「んみゃっ」
「マシロは二番目だ。俺の次」
「みっ」
「俺は伴侶だ。お前とは違う」
「うみゅぅっ」
「わかればいい」

 ………クリスとマシロの、突如始まった言い争い?を、俺とメリダさんはただただ見ていた。
 意思疎通してる。クリスとマシロが普通に話してる。
 内容は置いといて、なんか微笑ましい光景に、俺とメリダさんは目を見合わせて笑っていた。



しおりを挟む
感想 541

あなたにおすすめの小説

完結・虐げられオメガ側妃なので敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン溺愛王が甘やかしてくれました

美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!

美少年に転生したらヤンデレ婚約者が出来ました

SEKISUI
BL
 ブラック企業に勤めていたOLが寝てそのまま永眠したら美少年に転生していた  見た目は勝ち組  中身は社畜  斜めな思考の持ち主  なのでもう働くのは嫌なので怠惰に生きようと思う  そんな主人公はやばい公爵令息に目を付けられて翻弄される    

転移したらなぜかコワモテ騎士団長に俺だけ子供扱いされてる

塩チーズ
BL
平々凡々が似合うちょっと中性的で童顔なだけの成人男性。転移して拾ってもらった家の息子がコワモテ騎士団長だった! 特に何も無く平凡な日常を過ごすが、騎士団長の妙な噂を耳にしてある悩みが出来てしまう。

獣のような男が入浴しているところに落っこちた結果

ひづき
BL
異界に落ちたら、獣のような男が入浴しているところだった。 そのまま美味しく頂かれて、流されるまま愛でられる。 2023/04/06 後日談追加

大嫌いだったアイツの子なんか絶対に身籠りません!

みづき
BL
国王の妾の子として、宮廷の片隅で母親とひっそりと暮らしていたユズハ。宮廷ではオメガの子だからと『下層の子』と蔑まれ、次期国王の子であるアサギからはしょっちゅういたずらをされていて、ユズハは大嫌いだった。 そんなある日、国王交代のタイミングで宮廷を追い出されたユズハ。娼館のスタッフとして働いていたが、十八歳になり、男娼となる。 初めての夜、客として現れたのは、幼い頃大嫌いだったアサギ、しかも「俺の子を孕め」なんて言ってきて――絶対に嫌! と思うユズハだが…… 架空の近未来世界を舞台にした、再会から始まるオメガバースです。

【完結】伴侶がいるので、溺愛ご遠慮いたします

  *  
BL
3歳のノィユが、カビの生えてないご飯を求めて結ばれることになったのは、北の最果ての領主のおじいちゃん……え、おじいちゃん……!? しあわせの絶頂にいるのを知らない王子たちが吃驚して憐れんで溺愛してくれそうなのですが、結構です! めちゃくちゃかっこよくて可愛い伴侶がいますので! 本編完結しました! 時々おまけを更新しています。

「今夜は、ずっと繋がっていたい」というから頷いた結果。

猫宮乾
BL
 異世界転移(転生)したワタルが現地の魔術師ユーグと恋人になって、致しているお話です。9割性描写です。※自サイトからの転載です。サイトにこの二人が付き合うまでが置いてありますが、こちら単独でご覧頂けます。

最強S級冒険者が俺にだけ過保護すぎる!

天宮叶
BL
前世の世界で亡くなった主人公は、突然知らない世界で知らない人物、クリスの身体へと転生してしまう。クリスが眠っていた屋敷の主であるダリウスに、思い切って事情を説明した主人公。しかし事情を聞いたダリウスは突然「結婚しようか」と主人公に求婚してくる。 なんとかその求婚を断り、ダリウスと共に屋敷の外へと出た主人公は、自分が転生した世界が魔法やモンスターの存在するファンタジー世界だと気がつき冒険者を目指すことにするが____ 過保護すぎる大型犬系最強S級冒険者攻めに振り回されていると思いきや、自由奔放で強気な性格を発揮して無自覚に振り回し返す元気な受けのドタバタオメガバースラブコメディの予定 要所要所シリアスが入ります。

処理中です...