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第6章 家族からも溺愛されていました。
22 下手くそな笑顔と、泣き笑いの顔
しおりを挟む酷い熱を出した。
頭が煮えるんじゃないかって思うくらいの熱。
意識が朦朧として、世の中全部がぐにゃぐにゃに曲がるような、なにかに襲われるような、酷い幻覚まで見るようになった。
食べ物も、水分も受け付けなくて。
……気がついたときには、腕に点滴が落とされてた。
俺のあまりに酷い状態に、父さんが抱きかかえて車に乗せて、いつもの病院を受診して、即入院になったらしい。
栄養とか水分とかが足りない状態になっていて、二、三日、入院して点滴治療と言われたらしい。
……らしい、ばっかり。
だって、なんか、気力がなくて。
何も、考えたくなくて。
もしかして、このまま死ねば、クリスのとこに帰れるんじゃないかとさえ、思ってしまうくらいに、もう、限界で。
ひかない熱に魘されながら、点滴を引き抜いて、血まみれになって。
暴れて、押さえられて。
ちょっと正気になったとき、袋を探して、見つけた袋を手の中に握り込んで目を閉じて。
最初、二、三日と言われてた入院は、五日に延びて、七日に延びて。
十日目でやっと退院できたけど、……心が、動かなくて。
熱は引いた。
日常生活はできる。
夜は眠れないから、軽い睡眠薬が処方されて。
食欲を増やすっていう薬も処方されたけど、紅茶は飲めるのに食事の量は増えない。
精神的なものと、説明されたけど、俺にとってはどうでもいいことで。
はやく……帰りたい。
そればっかり、願ってた。
寝て、起きて、少しご飯を食べて、お茶を飲んで、部屋にこもって、ベッドの上に座りながら、ただじっと時間がすぎるのを待って。
お昼を食べて、時々吐いて、じっと座り続けて。
夕飯を食べて、お風呂に入って、沈みかけて引き上げられて、またじっとして、薬とお茶を飲んで、布団に入る。
――――それを繰り返すこと、三日。
「瑛」
部屋に入ってきた父さんを、ただ、眺めてた。
父さんは俺の頭を撫でると、机に向かった。
無造作に置きっぱなしにしてるノートを一冊手に取ると、それをぱらぱら捲り始める。
見られたくないものだったのに、何も感じない。
俺……、もうだめなのかな。
「瑛」
父さんは、俺が座るベッドに、腰掛けた。
ノートを開いて俺に見せて、辿々しい文字を指でなぞる。
「これは、何を書いてるんだ?」
「…………にっき」
「日記か…。毎日書いてたのか。……なんて書いてるんだ?」
父さんの指が置かれてるとこに、視線を移す。
『……「ながの」たちが、いえにきて、「ぼーどげーむ」、いっしょにした、こと』
「………ドイツ語の音に似てるな。それは、『むこう』の言葉なのか?」
「………うん」
「……ここにも、ここにも、同じ単語が書かれてる。これは?」
父さんが示してるのは、俺の、大切な、人の名前。
「クリス」
大切な、大切な。
自分が書いた大切な人の名前を指で触れた。
しばらく書いてない。
涙が、ノートを滲ませていく。
『クリス……会いたい……早く帰りたい……っ、なんでクリス……っ、来てくれないの……っ』
「瑛」
『やだ……やだよ……クリス……っ、おいていかないでっ、傍にいるって、言ったのに……っ』
「瑛!」
強く呼ばれて、同じくらい強く抱きしめられた。
「瑛……すまなかった。父さんたちが悪かった。私達の態度が、お前を追い詰めていたんだな。瑛……父さんの言ってることがわかるかい?」
諦めてたはずの心が揺れた。小さく、小さく頷けば、父さんは俺の背中を軽く叩く。
「私達にも、時間が必要だったんだ。お前が話してくれたことは、私達にとってあまりにも突拍子のないことで、すぐに理解できるような、納得できるような話じゃなかった。……お前の話を聞きたいと言ったのは私達の方なのにな」
父さんの、自分たちを責めるような言葉。
違う。違うよ、父さん。俺が、間違えたんだ。
「お前が熱にうなされて、病院で暴れたとき、日本語じゃない言葉で泣き叫んでたと言われたよ。……さっきも。むこうの世界の、言葉なんだろう?」
「………うん」
「……その言葉が咄嗟に出てくるほど、瑛の心はむこうの世界にあるんだね。お前に辛い思いをさせた私達の言うことなんて、もう信用できないかもしれないけれど…、お前を傷つけて追い詰めた私達が言えたことじゃないが、もっとむこうの世界のことを教えてくれないか?」
ドクン……って、心臓が鳴る。
「瑛がいた世界のことを、しっかり理解したい。瑛、お願いだ。私達に、もう一度チャンスを与えてくれ――――」
いい、のかな。
信じて、いいのかな。
「……とう、さん」
ボタボタと、涙が落ちていく。
いつの間にか、母さんもいて、母さんも俺のことを抱きしめてくれて。
動かないと思ってた心は、揺れて、揺れて。
二人のぬくもりが、凄く、凄く、心地よくて。
「あ………、りが、と………っ」
ひっく………って、声を上げて泣いた。小さな子供に戻ったみたいに。
泣いて、泣いて、泣きつかれて、意識がなくなるように眠って。
少しして、重たい瞼を持ち上げたら、父さんと母さんが俺の手を握ったまま、そこにいて。
「「瑛」」
心配そうな二人の顔。
ゆっくり、口角を持ち上げて。
「……おは、よ」
久しぶりの笑顔は、多分、すごく、下手くそなものだったと思うけど。
「……っ、ああ、おはよう、瑛」
「おはよう…っ」
二人も泣き笑いになって。
ずっと感じてた胸の痛みが、す…って、消えてった。
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