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第5章 王子サマからの溺愛は甘くて甘くて大変です。
95 危機 ◆クリストフ
しおりを挟む魔物の襲撃は、珍しいことではない。
いつも突然にそれは起きてしまう。
その予兆を読み取ることは不可能。
気づけば魔物たちが城壁に近づいている有様だ。
いつも最初に犠牲になるのは、門を警備している兵士と、そこに住まう人々だ。
その犠牲を一人でも減らすために、城壁も門も堅牢なものへと作り変えていく。
けれど、壁に比べて門はやはり弱い。それでも、時間稼ぎにはなるはずだった。
東門は今までと様相が違った。
一足早く駆けつけ傷ついた兵士を庇いながら、住民たちの盾になりながら戦うのは、東の宿に身を寄せている冒険者たちだろう。
「怪我を負った住民たちを急ぎ神殿へ!」
兄上の号令の元、騎士たちが誘導を開始する。
門の近くには夥しい血が流れていた。
何人もの兵士たちが、無惨な遺体になっている。
何か、何かおかしい。
目が血走り興奮状態の魔物。
上空には大型の鳥のような飛行型の魔物が、広場からなおも上がる煙の周りを旋回している。
焦げた匂いと、血の匂いと。
その中に、別な匂いが混ざる。
「魔物の様子がおかしい!必ず二人から三人で当たれ!!」
「は!!」
団員たちの動きを見つつ、周囲を見渡した。
広場のひどく焼け焦げた場所には、不自然な塊がある。
……人だったものか。
魔物にやられたのか。だが、火を使う魔物はここにはいない。
「……油か」
鼻をつく臭いの中に、油のような匂いが混ざる。
だとすれば、この遺体は魔物の犠牲者ではなく、人為的、殺されたか、自殺したか。
程なくして、煙は上がらなくなった。
旋回していた飛行型の魔物は、滑空を始める。
「空からも来るぞ!!」
一匹であれば、まだやりようはある。
剣を抜き、接敵した瞬間に狙いを定めたが、俺の目の前で石の礫にその体を貫かれ絶命した。
「殿下、お怪我は」
「エアハルトか」
冒険者らしく簡易的な胸当てをし、マントを翻していたのはあの男だった。
ここから一番遠いであろう西町の冒険者達が、続々と集まる。
「俺は問題ない。住民の避難が終わっていない。お前の土魔法で援護しつつ守れ」
「はい!――――アキラ様は……、このような場所に殿下がお連れする訳ありませんよねぇ……」
「わかっているなら聞くな」
エアハルトが避難誘導の援護をしてくれれば、犠牲は更に少なくなるだろう。
「クリストフ」
襲いかかる中型をいなしつつ、兄上の背後に回ったとき、レヴィが軽装の鎧姿で俺に近づいてきた。
「何かおかしい」
「お前も気づいたか」
魔物の様子も、その数も。
俺たちが到着してかなり経つというのに、一向にその数が減らない。
小型から、大型まで。
「……俺の村の最後に似てる」
オットーは誰に言うでもなく、そう言葉にした。
……そうだ。あのときの状況に似てる。
「店主さん!殿下!!」
少し高い声が響いた。
「ラル」
「今戻ったところです!!癒やしに回ります!!」
ラルの後ろから、男が二人前線に出る。
素早く、躊躇いのない動き。西のときよりも更にその動きは洗練されていた。
『願い、請います。女神さまの清浄なる光を私達の元へ――――!』
白い光がラルを中心に溢れていく。
流石だな。
目に見える範囲の兵士や冒険者達の傷が瘉えていく。穢された亡骸も、浄化されていく。
手をおろしたラルは、何かに気づいたのか、こわばった顔で俺を見た。
「殿下、匂いがします。あのとき、アキラさまにつけられた、嫌な匂いです…!!」
「!!!」
頭の中に警鐘が響いた。
そうだ。
なぜ気づかなかった。
アキを害した原因の魔物寄せの匂い。
確かにその匂いだ。
「誰かが魔物を呼び寄せたってことか…!!」
レヴィの、舌打ちとともに吐き捨てられるように紡がれた言葉は、苛立ちと苦々しさを含んでいる。
誰が、なんのために。
火に焚べることで、十分な効果を発揮するそれ。
火。
広場で焼け落ちた遺体。
状況を知る兵士に話が聞ければいいが、魔物寄せを使ったのは間違いなくこの遺体の人物だ。
一体、何故。
すでに煙は消えた。
匂い自体も薄れていくだろう。
魔物たちの妙な興奮状態は、この匂いのせいだとわかれば納得はする。状況が好転するわけではないが。
それでも煙が消えて匂いが薄れたせいか、とめどなかった魔物たちも、終わりが見えた気がした。王都に入り込んだもの、周辺に集まっているものをはやく討たなければ。
早急に門の修復をさせ、遮断しなければ。
「クリストフ!!」
また一匹を斬り伏せたとき、レヴィに呼ばれた。その声は酷く焦りを含んでいる。
「一人足りない…!!」
言われたことに血の気が引いていく。
その声はオットーやザイルにも届いたらしく、二人も顔色をなくしながら周囲を確認していた。
「――――ミルド」
考えすぎだと、杞憂だったと笑いたかった。
アキに向けられる笑顔が偽物だったなんて、思いたくもなかった。
だから、誰がそうなのかを、考えたくもなかった。
「ミルドは城に戻りました。顔色が悪く、戻らなければならないと言ってましたが」
ディックの言葉に空を仰ぎ見た。
「行ってください、殿下!!団の指揮は私がとります!!オットー、貴方も!!」
ザイルに叫ばれ我に返る。
「ザイル、お前の馬、俺に貸せ!!」
「はい!!」
「殿下、急ぎましょう」
「おら、ボケっとしてんじゃねぇ!!戻るぞ!!」
オットーとレヴィにも怒鳴られ、ようやく現実が見えた。
指笛を鳴らせばヴェルはすぐに駆けつける。
「殿下……僕も行ったほうがいいですか?」
ラルには具体的なことを何も言っていないが、アキに関することだと気づいたのだろう。その瞳は労しげに揺れている。
「いや。お前にはここを頼みたい。厳しいだろうが、人の手で故意に引き起こされた襲撃で、これ以上の死人も怪我人も出したくない」
「わかりました。でも、何かあればすぐに呼んでください」
「ああ」
頷き、俺たちは城へ戻る道を急いだ。
兄上にはザイルが伝えているだろう。
何もなければいい。
泣き顔のまま俺を送り出したアキの姿が、何度も脳裏に浮かんだ。
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