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閑話 ②

秘密の夜と秘密の場所 ◆エアハルト

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*5章55話あたりのお話です
*場所移動しました。









 おかしい。
 こんなはずじゃなかったのに。




 御者として無理やり東への遠征に同行したのは、もちろん、アキラ様のお傍にいたかったから。
 私が使える者だと認識してもらい、殿下の騎士団へ入団させてもらうのは最終目標。
 団長に脅しのような言葉をかけられたが、くじける私ではない。
 アキラ様のために殿下に忠誠を誓える。当然じゃないか。




 団長の故郷だった村跡で目にした奇跡に、私は尚のことアキラ様のお傍にいたくなった。

 あの夜、殿下の騎士団の皆は私を疎むでもなく、同じ仲間のように接してくれた。
 深夜まで皆で語らい、互いの故郷に思いを馳せた。
 皆が語り疲れ寝静まった頃、オットー団長は一人天幕を出た。
 どこへ…と思い厚布の隙間から様子を窺っていたが、焚き火の近くで軽装に身を包んだ殿下と語らい始めた様子だった。
 他者が入れない信頼関係がそこにはあった。
 団長の話を聞いていた限りでは、殿下と関わったのはそれほど長い時間ではなかったはずだ。けれど、その短時間でも、殿下を信頼し、信頼される関係を築いている。
 ……ならば、私も。
 時間は関係ないというのであれば、信頼を得ることはできるのではないだろうか。
 それにしても……、穿った見方をすると、あの二人は深夜の逢瀬にも見えなくはない。

「……浮気?」
「まさかでしょう」
「え」

 突然後ろから声がかかり、驚いて振り向けば、リクシー副団長が私と同じように天幕の外を眺めていた。

「リクシー副団長」
「そんなこと二人の前で発言したら、首が飛びますよ」

 微笑みながらいわれた内容に、不覚にも背筋がぞわりと粟だった。

「……副団長は、団長の口調が変わったことに驚いていませんでしたね」
「まあ。知ってますから。私と二人のときのオットーの口調は、あんなもんですよ」
「はぁ……」
「でも、あそこまでの過去を背負っていたことは知りませんでしたが」

 心做しか、副団長の表情は暗い。
 あまり深く首を突っ込むつもりはないのだが。一つや二つ、誰しも秘密を抱えているものだし。

「覗き見してないでさっさと寝てください。明日も早いですよ。貴方は殿下とアキラさんを任されているのですから、その自覚を持ってください。それとも、まだ縛ったほうがいいですか?」

 丁寧な言葉だから余計に怖い。
 それでも、『殿下とアキラさんを任されている』と言われれば、悪い気はしない。

「寝ます。寝ますから縄は仕舞ってくださいっ」
「ではさっさと寝ましょう」

 副団長はニコニコ笑いながら縄を手にしている。
 別に縛られる事自体は嫌ではな………、いやいや、寝づらいし縛られるのは拒否したい。
 殿下と団長が二人で何を話していたのかは気になったが、簡易ベッドに潜り込んだ。

 私が大人しく横になったのを確認したのか、副団長もベッドに横になったようだ。
 そして暫くすると、団長が天幕に戻ってきたらしい。

「オットー」
「ザイル」

 ……副団長もまだ起きてたのか。
 かくいう私もほぼ寝たふりなわけだが。

 声を潜めて二人は何か話していた。
 断片的に「泣き顔」やら「抱いて」やら聞こえてきて、ああ…なるほどと私は納得してしまった。
 あの二人は恋仲だったのか。
 なるほど、なるほど。
 二人に背を向けていたが、かすかに聞こえる内容にうんうん頷いていると、ヒュンっと鋭く空気を切る音がした。
 次の瞬間には私の眼前に鋭利な剣が突き刺さっているのを見た。
 ――――何事!?

「……とても失礼なことを思われていた気がするんだが……、俺の勘違いだったかな?」

 心底ぞっとする低い声。

「オットー?」
「ああ……すまない。勘違いのようだ。よく眠っている」
「備品を壊さないでくださいよ」
「剣が刺さったくらいで壊れないだろ?」
「……オットーなら壊すでしょ」

 私の背後で交わされる会話。
 目の前から剣がなくなったのは気配でわかったが、背筋をだらだらと冷や汗が流れていて、ピクリとも動けなかった。

「ほら、休まないと」
「……ああ」

 ギシリとベッドの軋む音と衣摺の音。
 僅かな短い息遣い。
 あ、まずい。
 本当に眠らなければ、今度こそ消される。
 この二人の関係は、追求したら駄目だ。好奇心は私の命を縮める。
 ギシギシと軋む音と短い息遣いに意識を乱されながら、愛しのアキラ様の笑顔を思い浮かべているうちに、私はなんとか眠ることができた。




 翌朝。
 早朝に目が覚めた。
 天幕の中に、すでに団長と副団長の姿はなかった。
 私は簡単に身支度を整え、とりあえず天幕を出たのだが――――、目の前の光景に息を呑んだ。

「早いですね。もう起きたんですか。おはようございます、カーラー殿」
「おはようございます」
「………おはようございます………」

 朝の挨拶も呆然としたまま終わってしまった。
 仕方ないじゃないか。
 昨日までは草で覆われていた村跡だったのに、今私の目の前に広がるのは一面の花々だ。
 特に石碑の周りには密集して咲いている。
 よく見れば、家屋の残骸も苔に覆われ小さめの花が芽吹き咲いていた。

「……一体、何が……」
「何が、って、アキラさんでしょ。昨日のお祈りのとき、種が光となって降り注いだんですから」

 確かにそうだ。
 それにしたって、これはどんな奇跡だというのだろう。

「……オットー、教典の中に、女神様が生まれたとされる地についての記述があること知ってますか」
「私が知るわけ無いでしょ?」
「そうですよね」

 副団長は楽しそうに笑い、周囲を見渡す。

「――――そこは、一面の花畑だったそうですよ。色とりどりの花が咲き誇り、見る者すべての心を癒やす場所だったようです」

 ……その一節ならば、私も読んだことがある。
 紡がれる副団長の言葉に、団長は言葉なく周囲を見つめる。

「悲しみも苦しみも全てが溶け出し、愛と希望だけが残った大地――――ですね」
「ええ。愛とか希望とか――――随分不確かな物が残った大地から、よく豊穣の女神様が生まれることができたものだなと、幼い頃は思っていたんですけどね」

 ぐるりと周りを見渡す副団長の眼差しは、見たこともないほど穏やかなものだった。

「この光景を見ていたら、女神の一人や二人、生まれてもおかしくないと思いませんか、オットー」

 副団長の呼びかけに、団長はふっと表情を緩めた。

「そうですね。……ですが、生まれたのは、――――得たものは、女神じゃないですよ。私が手にしたのは――――」

 団長はその先を語ることはなかった。
 私も副団長も聞くことはなかったが、なんとなく、その先の言葉は予想ができた。

 その後、起き出した他の団員たちも大騒ぎとなり、その騒ぎの所為で殿下とアキラ様まで慌てて起き出す事態になってしまった。

「俺たちの秘密の場所ですね!」

 そう言い出したのは、団員のリオさんだ。
 その言葉を聞いて皆が同意を述べる。
 その『俺たち』の中に果たして私が含まれているのかはわからないが、少なくとも秘密を共有する者として、信頼されているようにも思えた。




 その日、この地を去る間際。
 村跡を見渡した団長の目には、僅かに光る雫が浮かんでいた。




 そしてふと気づく。
 ……やっぱりアキラ様と過ごす時間が少ないことに……。










*****
オットーさんとザイルさんは、恋仲じゃないです。
ないですよ?
どちらかというと悪友です(きっぱり)。



と、いうわけで、追加します












*****

「そういえば、オットー」
「なに?」
「寝る前の腹筋……だったっけ?やめない?アキラさんから教えてもらって嬉しかったのはわかるんだけど」
「なんで」
「容赦ないからベッドが壊れる…。備品請求面倒なんだから」
「仕方ない…。適当に布を敷いて地面でやるか」
「やらない選択肢はないのか……」
「続けてると癖になるんだよ。よく眠れるし」
「………そーですか」




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