294 / 560
第5章 王子サマからの溺愛は甘くて甘くて大変です。
55 花を手向けて②
しおりを挟む「今、私がここにいるのも、こんなに穏やかな気持ちで村に戻ってこれたのも、全部、殿下のおかげですよ」
きっとそれは、オットーさんの嘘偽りのない言葉。
だけどクリスは、表情を歪めてしまう。
「俺は――――間に合わなかった。お前の家族も、守ってきた村人も村も、何も救えなかった」
「クリス……」
クリスの手が冷たくなってる。
「殿下、そんなことを言ったら、結局は私だって何も救えてなんかいませんよ」
「お前は――――」
「言いませんでしたっけ?殿下が村人たちのために鎮魂の祈りを捧げてくれたとき、確かに皆、癒やされて、救われたんですよ」
オットーさんは少し息をついて、一瞬だけ目を閉じて顔を上げた。
いつものにこにこ笑う穏やかな表情じゃなくて、不敵な笑みが似合いそうなそんな雰囲気になってた。
「あんたが祈りを捧げたとき、村の中に感じていた憎悪や悲しみが消えてなくなったんだ。……あんなに無惨な状態だった村の人達を、あんたは一人一人丁寧に包むよう指示を出して、あんた自身も動いてた。……第二王子自らが率先してやることじゃないだろ。魔物に蹂躙されて人の姿を留めていない遺体もあったのに」
雰囲気どころじゃなかった。
口調も何もかも違う。
「休む暇もなく俺の村のために、村人たちのために動き続けて。……鎮魂の祈りを聞いたとき、涙が出た。魔物化して灰すら残らず、還ることなどできないと思っていた俺の両親まで……、その祈りで癒やされたんだとわかったんだ。この村は遅かれ早かれ無くなっていた。それこそ、生き残っていた村人たち全員が、もうすぐ死ぬのだろうと思っていたくらいだ。あんたが来てくれなかったら、全員が死人返りになってたはずだ」
オットーさんはお墓の方に視線を向けて、それからまたクリスを見た。
「あんたは、間違いなく救ってくれたんだ。彷徨うはずの魂は、女神の元に戻ったんだろ?」
「ああ」
「…なら、それが最善だろ。村のことを誰よりも見てきて、最後も見届けて、見送った俺が、あんたには感謝しかしていない。……なぁ?神官殿?」
「……名も教えてはくれなかったな」
「俺にとって、神官は全て恨む対象だったからな。仕方ないだろ」
「それがわかっていたら、神官などと名乗らなかった」
「だろうな」
昔からの知り合いのような気安さで、二人は笑いあっていた。
誰も言葉を挟めない。
俺だって、クリスの手を握ってることしかできない。
ふと、クリスの視線が俺に落ちてきた。
ゆっくりと頬を撫でられる。
「………そうか。救えた、のか」
「俺を見てればわかるでしょ?……村で起きたことは忘れることはできない。だが、それでも俺はあんたに感謝をしていて、あんたの手を取った。……救ってくれなかった、遅かった、なんて思いでいたら、いくらでもあんたの首を狙ってましたね。……いや、あんただけじゃない。王族全員を狙ったかもしれない。でも、そんなことにはならない」
ふぅ…っと息をついたオットーさんは、また表情を変えた。
「私は、四年前のあの日から、貴方の腹心の部下だと自負してますよ。殿下のことは誰よりも理解していますから。――――あ」
穏やかな笑顔に戻ったオットーさんは、急に俺の方を見た。
「?」
「アキラさんには負けますけどね」
ふふ…って笑ういつものオットーさん。
「まぁ、ですので、殿下はあまり気を病まないでください。貴方は私達を救ってくれたのですから」
「……わかった」
クリスの手に、少しずつ体温が戻ってきて。
……なんか、俺がどうにかしたいって思ったけど、俺には何もできなかったな。
当事者としての言葉と思いを聞いて、やっと納得したというか、吹っ切れたというか、そんな感じなのかな。
「団長~~~!!!!」
クリスが俺を膝の上に載せたとき、リオさんの叫び声がして、がばっとオットーさんに抱きついていた。
「え、リオ?」
「団長ぉぉ………っ」
って、リオさんまだ泣いてた。
それを皮切りに、皆どんどんオットーさんを囲んで、ハグからのハグからのハグ……。
流石のオットーさんも目を白黒させてた。面白い。
「ワケアリとは思ってたが、予想以上に重いよ…団長の過去…」
「……あんな口調の団長、初めて見た」
「殿下のこと『あんた』とか言うし、すごいビクビクしてた……」
「いつもの団長に戻ってくれてよかった……」
「慰めるから、あまり厳しくしないで」
言いたい放題。
オットーさんの横で、ザイルさんは目元の涙を拭いながら笑ってた。
そういえばエアハルトさんは……って思って彼の方を見たら、やっぱり笑ってた。
その日の夜は、焚き火の中に魔物よけという便利アイテムを投下して、見張りはたてなかったらしい。
結構遅くまでみんなの天幕からは笑い声が聞こえてきてた。
眠る直前、何故かクリスから「ありがとう」って言われたんだけど、俺、何もしてないのにお礼を言われる意味がわからないよ。
翌朝。
外のざわめきで目が覚めた。
何事……って大急ぎで着替えをしてクリスに抱かれて天幕を出たら、一面、色とりどりの花が咲いていたんだよ。
特に、お墓の周りは、本当に密集してて。
すごいジト目でクリスに見られたけど、俺、ほんとに何もしてないよ!?祈っただけだしぃ!!
「……綺麗だ」
一面花畑になってしまった村を見渡してたオットーさんから、ポツリとこぼれた言葉。
細めた目元には、ほんの少しだけ涙が浮かんでいた。
*****
オットーさんのことが好きすぎてごめんなさい。
別に、二重人格ってわけじゃないんですよ。
きっちり線引きして、普段は「殿下に仕える自分」の役割を全うしてるだけで、仕事じゃないところでは素が出てるだけです。
クリスと出会った頃は『仕事』ではないので、自分の思いとか伝えるのには、その時の自分が最適ということで、ぶっきらぼうな物言いのオットーさんです。
そしてエアハルトさん、無理やり同行してきた割に空気で笑えます(笑)
早く出番を作ってあげなくては……!!
156
お気に入りに追加
5,512
あなたにおすすめの小説
美少年に転生したらヤンデレ婚約者が出来ました
SEKISUI
BL
ブラック企業に勤めていたOLが寝てそのまま永眠したら美少年に転生していた
見た目は勝ち組
中身は社畜
斜めな思考の持ち主
なのでもう働くのは嫌なので怠惰に生きようと思う
そんな主人公はやばい公爵令息に目を付けられて翻弄される
迷子の僕の異世界生活
クローナ
BL
高校を卒業と同時に長年暮らした養護施設を出て働き始めて半年。18歳の桜木冬夜は休日に買い物に出たはずなのに突然異世界へ迷い込んでしまった。
通りかかった子供に助けられついていった先は人手不足の宿屋で、衣食住を求め臨時で働く事になった。
その宿屋で出逢ったのは冒険者のクラウス。
冒険者を辞めて騎士に復帰すると言うクラウスに誘われ仕事を求め一緒に王都へ向かい今度は馴染み深い孤児院で働く事に。
神様からの啓示もなく、なぜ自分が迷い込んだのか理由もわからないまま周りの人に助けられながら異世界で幸せになるお話です。
2022,04,02 第二部を始めることに加え読みやすくなればと第一部に章を追加しました。
オッサン、エルフの森の歌姫【ディーバ】になる
クロタ
BL
召喚儀式の失敗で、現代日本から異世界に飛ばされて捨てられたオッサン(39歳)と、彼を拾って過保護に庇護するエルフ(300歳、外見年齢20代)のお話です。
転生したけど赤ちゃんの頃から運命に囲われてて鬱陶しい
翡翠飾
BL
普通に高校生として学校に通っていたはずだが、気が付いたら雨の中道端で動けなくなっていた。寒くて死にかけていたら、通りかかった馬車から降りてきた12歳くらいの美少年に拾われ、何やら大きい屋敷に連れていかれる。
それから温かいご飯食べさせてもらったり、お風呂に入れてもらったり、柔らかいベッドで寝かせてもらったり、撫でてもらったり、ボールとかもらったり、それを投げてもらったり───ん?
「え、俺何か、犬になってない?」
豹獣人の番大好き大公子(12)×ポメラニアン獣人転生者(1)の話。
※どんどん年齢は上がっていきます。
※設定が多く感じたのでオメガバースを無くしました。
性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました
まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。
性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。
(ムーンライトノベルにも掲載しています)
婚約者に会いに行ったらば
龍の御寮さん
BL
王都で暮らす婚約者レオンのもとへと会いに行ったミシェル。
そこで見たのは、レオンをお父さんと呼ぶ子供と仲良さそうに並ぶ女性の姿。
ショックでその場を逃げ出したミシェルは――
何とか弁解しようするレオンとなぜか記憶を失ったミシェル。
そこには何やら事件も絡んできて?
傷つけられたミシェルが幸せになるまでのお話です。
男装の麗人と呼ばれる俺は正真正銘の男なのだが~双子の姉のせいでややこしい事態になっている~
さいはて旅行社
BL
双子の姉が失踪した。
そのせいで、弟である俺が騎士学校を休学して、姉の通っている貴族学校に姉として通うことになってしまった。
姉は男子の制服を着ていたため、服装に違和感はない。
だが、姉は男装の麗人として女子生徒に恐ろしいほど大人気だった。
その女子生徒たちは今、何も知らずに俺を囲んでいる。
女性に囲まれて嬉しい、わけもなく、彼女たちの理想の王子様像を演技しなければならない上に、男性が女子寮の部屋に一歩入っただけでも騒ぎになる貴族学校。
もしこの事実がバレたら退学ぐらいで済むわけがない。。。
周辺国家の情勢がキナ臭くなっていくなかで、俺は双子の姉が戻って来るまで、協力してくれる仲間たちに笑われながらでも、無事にバレずに女子生徒たちの理想の王子様像を演じ切れるのか?
侯爵家の命令でそんなことまでやらないといけない自分を救ってくれるヒロインでもヒーローでも現れるのか?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる