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番外編:希望の光 (オットー昔語り)

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* * * * *

閑話ぽくないので、番外編として一纏めにしました。
オットーさんの過去のお話です。

* * * * * 








 俺が生まれ育ったのは、本当に小さな村だった。それこそ、名前もないような村。
 住人は細々と畑を耕し、家畜を育て日々の糧にする。
 王都から遠く離れているためか、近くに鬱蒼とした森があるためか、村の周囲にはよく魔物が現れた。
 駐屯する兵士団に連絡を入れようにも、遠すぎて無理。冒険者宿に依頼を出そうにも、近隣の街までは距離がある上に、高額な依頼料を払えるだけのゆとりもない。
 だから必然的に、村で生まれた子どもたちは、幼い頃から剣を手にする。教えてくれるのは村の大人たち。…もちろん、その大人たちも、その上の世代から教えられたもの。詰まるところ、素人の遊びにも近いものだ。正式な剣技など、習ったことがある者は、誰もいないのだから。

 村にある小さな教会で、一応の知識を得るための勉強会が開かれる。
 その中で、この国が『豊穣の国』と呼ばれていることを知った。
 …確かに、農作物の出来はいい。こんな小さな村でもなんとか成り立っているのは、その畑の恵みがあるからだ。
 でもそれなら、何故俺たちは外に助けを求めることができないんだろう。
 何か理由があるのか、俺には何もわからなかった。





 俺はひたすら剣を振るった。
 魔物を一匹でも多く狩る為に。魔物から得られる素材は、売ればそれなりの額になるし、自分たちの生活で使ってもいい。
 月に一度だけ村を訪れる行商人。
 溜め込んだ素材を買い取ってもらい、必要なものを買う。
 …新しい剣が欲しいが、次の機会に次の機会に…と繰り返し、結局ボロボロになった剣が折れて魔物を狩れなくなる。それがわかっているのに、生活のためには剣を後回しにしてしまう。
 質が悪くても使える剣を、教会を管理している神官がくれるから。

 だから、何も疑わず、それが正しく、清い存在だと思いこんでいた。
 辺境の地に、教会があり、神官がいる意味すら、その存在が何故必要なのか、考えることも、知ることもないままに。

 年を重ねるごとに、村はますます貧しくなった。
 子供も生まれなくなった。
 相変わらず細々でも、収穫量のある畑なのに。行商人には、毎回それなりの量の魔物素材や農作物を買い取ってもらっているのに。
 気がつけば家畜は数を減らし、村の周囲の魔物は増えている。
 農作業だけでは賄えなくなり、父さんや母さんも、魔物狩りに出ることも多くなった。

 父さんも母さんも、いや、村そのものが、どんどん疲弊していく。
 なのに、教会にいる神官だけは、豊かに膨れ上がった体型で、薄ら寒い笑顔を浮かべていた。

 ……その笑みが、不快なものだと知ったときには、もう遅かったのかもしれない。




 『その時』は、唐突に訪れた。

「父さん……母さん……!」

 畑の作業を終えてから、父さんたちは森に出ていた。
 そこで運悪く、強い魔物に遭遇したらしい。
 一緒に向かった他の村人たちも、ひどい怪我をして逃げ帰ってきた。
 ……けれど、父さんと母さんの怪我は、もう治るようなものでなくて。どうして俺が一緒に行かなかったんだろう。どうして父さんと母さんだけが、ここまで酷い怪我を負わなければならなかったんだろう…と、後悔ばかりが浮かんでくる。

 教会に運ばれたときには既に虫の息。
 俺の声も、もう届かないほどの有様で。
 間もなく、息を引き取った。
 小さな声で、「ごめんね」を繰り返しながら。

「神官さま……どうか、祈りを……祈りだけでも……!!」

 村人たちの一人がそんなことを願った。
 でっぷりとした腹を抱え、不機嫌そうな顔をした神官は、じろりと周りを見渡し、赤黒く濡れた床を見て、あからさまに嫌な顔をした。

「金は」
「い、今はまだ……ですが、なんとしても用意いたします…!このままでは、彼らは……っ」
「金がないなら無理なことだ。これは奉仕ではないんだよ?これは取引だ。その最低条件すら守れないような奴らの話を聞くつもりは、私にはないなぁ。それより、そこ、さっさと片付けてくれないかな?汚くて仕方ない」

 その言葉と態度に、俺は俺が信じていたものが、音を立てて崩れ去っていくのを感じていた。
 それと同時に、見ないようにしていた真実も、見てしまった。
 …いや、見えてはいたんだ。今までだって。けれど、それを見ないふりをしていた。信じたくなかったから、かもしれないが。

「そんな………!」
「何度も言わせないでくれるかなぁ。それでなくても、最近は支払いが滞っているよねぇ?」
「さ、最初の頃よりも金額が跳ね上がり……!」
「そりゃそうでしょ?こんな危険な場所にいるんだから。それに似合った報酬ももらわないと、女神サマの加護だってなくなっちゃうよ~?」
「ですが……!!」
「慌てることもないでしょ?ほら、私に支払えない分、年寄りたちは深い谷に身を投げに行ってるでしょう?そこで魔物化したとしても、この村にまでは届かない。そう判断したんでしょう?なら、その死体もその谷に投げてくればいい。そうすれば私に支払う金は必要ないし、私は無駄な労力を使うこともない。お互いに有意義じゃないかなぁ?」
「なんてことを……」
「それより、若者を村から逃がすっていうのはいただけないなぁ。子供がいなきゃ村は維持できないよ?」

 父さんも母さんも、俺に村を出ろと、何度も言ってきた。そのたびに、俺は、村に残ると言い続けていたけど。

 どんなに働いても貧しかった理由。
 年々、人が少なくなっていく理由。
 村のお年寄りが突然姿を消していた理由。
 子供のいなくなった理由。

 神官とは、なんなんだ。
 教会とは、なんの建物だ。
 こんな者たちが『代理』を務める女神など、必要ないのではないか。
 こんなおぞましい者たちのために、俺たちは搾取され、虐げられてきたのか。

「オットー!!」

 叫ばれ、肩を捕まれ、はっと意識を現実に向けた。

「悲しいだろうが…辛いだろうが…、今は抑えてくれ…!時間がない。早くしなければ、取り返しのつかないことになる…!」
「一体何を……」
「そろそろ夕刻だ。ほら、早くしないと、その死体がよ?いいのかなぁ。私は気にしないけどねぇ」

 ニタニタと、笑う顔。
 確かに夕刻が近い。
 だが、それが何だと言うんだ。
 何故死体が起き上がるなどと、そんなことを言うのか。

 俺が知らなかったもう一つのこと。
 何故お年寄りが、自ら谷底に身を投げるのか。
 何故これほどまでに『祈りだけでも』と願うのか。
 その理由を知らないまま。

「とにかく、教会の外へ…!」

 せめてしっかり弔いたい。
 俺が、村を守らなければならない。

 俺は、冷たく動かなくなった両親の遺体を一人ずつ順に、教会の外に連れ出した。
 両親の身体は意外なほどに軽かった。よく見れば、腕も足も細い。…こんな身体で、魔物と戦っていたなんて。
 俺には『辛い』なんて、一言も漏らさなかった。
 いつも笑顔で、暖かな家だった。
 地面に横たえた父さんと母さんを見て、俺の目からは忘れられていた涙が落ちる。
 俺の大切な家族だった。
 なのに、それは、壊れてしまった。

「…日が落ちる…!もう間に合わない!!」
「オットー、早く家に戻るんだ!!」
「え、ですが」

 二人をここに残すことはできない。
 埋葬は明日でもいいかもしれないが、どうにか体を清めてやりたい。

「………、ああ、くそ………!!!」

 村人は焦りながら、家に入り固く扉を閉ざした。
 俺はただただ呆然とその光景を見ていた。
 日が落ちる。
 明かりを灯した教会の窓から、あの神官がこちらを見ていた。不気味なほどの笑みを浮かべて。

 気分が悪くなったとき、が起きた。
 ざり…っと、土を踏む音がする。
 そして、鼻につく腐敗臭。
 視線を教会から両親に向けたとき、俺はあまりのことに動けなくなっていた。

『ア゛…ア゛ガ、…ガ、ア゛ア゛…ガッ』

 不明瞭な声。
 崩れ落ちていく顔。
 不安定な足でふらふらと歩く、両親だったもの。

「父さん………母さん……?」

 腐り落ちかけた両の手には、鋭い爪が生えていた。両親だったものは、それを躊躇いなく俺に向かって振り下ろしてくる。

「………っ!!!」

 腕に、ジクジクとした痛みが走る。

 何故、何故、と叫ぶ心の裏で、『魔物化』という言葉が浮かんでいた。

 祈りだけでもと懇願したのも、夕刻が近づくと皆が焦ったことも、今ならわかる。
 死んだ者は、神官の『祈り』がなくては、『魔物化』してしまうのだろう。この場合は死人返りか。

「父さん……母さん……正気に戻ってくれ!!」

 腕から流れる血に引き寄せられるように、歩く遺体は近づいてくる。

「オットー!!そうなっては殺すしかないんだ…!!これ以上彼らを苦しめるな…!早く殺して火で燃やせ…!!」

 かけられた声に、もうこの状態からことはできないのだと知る。

「父さん…母さん…」

 抉られた腕よりも、胸が痛い。
 涙は止まらず、溢れたままだ。

「ごめん……ごめんね……俺が、俺が、もっと、ちゃんと………っ」

 何度も謝りながら、両親だったものに、剣を突き刺す。何度も閃かせ、その『命』を刈り取った。
 なんでこんなことにと、何度も何度も呟きながら、いつも持ち歩いている火打ち石で、二人だったものの死骸に火をつけた。赤黒く揺らめく炎。立ち上る煙。その全てが現実で、俺を苛んでいく。
 いくら剣の腕を磨いても、どうにもならないことがある。
 守りたくても守れない。退けたくてもその力はない。

 黒煙が消えていく。
 後には僅かな灰だけが残り、その灰すら、吹いた風に攫われた。
 魔物と化した死体は骨すら残らないのか。

「……はは」

 乾いた笑い声が、自分が発しているものだと気づくのには時間がかかった。

 その夜は家に帰る気にはなれなかった。
 地面が黒く焦げた場所で、俺はただただずっと、立ち尽くしていた。



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