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第4章 怪我をしたら更に溺愛されました。

57 声を上げて ◆クリストフ

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 帰路では襲われることもなく、城につく。
 これから連行されてくるであろう襲撃者について、ザイルが兄上の元に報告に行った。
 オットーは城内に入ってからも、警戒状態のままだ。
 礼をしてくる周囲には一切応えることなく、自室に戻る。部屋にはメリダがいた。

「坊っちゃん?」
「メリダ、果物とお茶の用意を。……アキ、食べたいものはある?」

 アキは声を出さずに首を横に振った。

「果実水も頼む」
「かしこまりました」

 メリダは何も聞かずにすぐに行動に移った。

 寝室に入り、ベッドにアキを座らせる。

「着替えようか」
「……くりす」
「うん」

 かけていた羽織物から、順に。

「……ご、めんな、さい……っ」
「どうしてアキが謝るんだ」

 嗚咽の混ざった謝罪に胸が痛くなる。
 ボタンを外していた手を止め、震えるアキの身体を抱きしめながら、頬や目元に口付けを落とす。

「だって……、おれが、おれのせいで」
「アキは何も悪くないだろ?」
「おれが、わがまま、いったから……っ、いきたい、って、いったから」
「違う。それは違うよ、アキ。俺が、お前に王都を見せたかったんだ。この国にも――――他の国にも、綺麗な場所や楽しいところがたくさんある。俺は、それをアキに見せたかった。お前が楽しむ顔を見たかった。だから、自分を責めるな。この国を世界を、嫌わないでくれ」

 繋ぎ止めることができるのなら、なんでもいい。
 魂の欠落の本当の意味など俺にはわからない。
 自分がアキのために何が出来るのがわからない。わからないから、思いつく限りのことをしてやりたい。
 俺を愛し、この世界を愛し、アキがこの世界に、俺の傍にいつづけたいと強く願えば、欠損部位は少しでも修復されはしないだろうか。繋ぎ止めるものが一つ一つ増えれば、存在が消えるなどということを防げるかもしれない。

「クリス……っ」

 アキが抱きついてきた。
 手はまだ震えているが、身体の震えは落ち着いたようだ。

「俺、この世界で生まれたわけじゃない。この世界に来て、まだ三ヶ月くらいしか経ってない」
「……そうだな」
「けど、ね。クリスのこと大好きだし、クリスの他にも好きな人いっぱいいる。……あ、クリスの『好き』と、同じ意味じゃないよ!?」
「わかってる」

 大慌てで俺の顔を見上げてきたアキに、思わず笑ってしまう。
 そんな俺をアキはただ黙って見上げて、頬に手を伸ばしてきた。

「笑ってるクリスが好き」
「俺も、笑うアキが好きだ」
「俺のこと、甘やかしてくれるクリスも好き」
「好きだから甘やかしたい」
「すごく心配してくれるとこも好き」
「お前は危なっかしくていつもハラハラする」
「時々ちょっと意地悪になるとこも、好き。控えてほしいけどっ」
「アキはすぐ可愛い顔をするから」
「優しいクリスのほうが好き!」
「いつも優しくしてるだろ?」
「……だって、…………よすぎて苦しくなったときも笑いながら攻めてくるし…、…………………えと、イきたいときにイかせてくれなかったりするし……」
「あー……」
「そういうときのクリスは優しくない…」
「アキが可愛すぎるんだ。イくときの顔はずっと見ていたいし、俺に強請って腰を押し付けてくるアキも堪らなく可愛いし、アキの中は俺を咥え込んで離そうとしないし」
「あー!もういい!!聞かない!!」
「真っ赤だ」
「見ないでっ」
「なら、こうしていたらいい」

 真っ赤な顔で暴れだしたアキを、腕の中に閉じ込め、頭を引き寄せ、俺の胸元に額をつけさせた。

「……少し元気になったな」
「うん…。あのさ、クリス」
「ん?」
「俺、襲われて……、標的にされて、やっぱり驚いたし悲しかった。自分のせいだって思った。……けど、嫌いになんてなれないんだよ。俺、クリスだけじゃなくて、この国のこと……、この世界のこと、なんだかんだで好きだから。だから、嫌いになんてならないよ」
「アキ」
「まだちょっと怖いけど…、また、行きたい。煮込み料理のお店にも、他の街にも、クリスと一緒に行きたい」
「アキ……っ」
「世界中の……、国中の人たちから好かれるなんてこと、無理だってわかってる。俺がいた世界でだって、そんなことは無理。だから、俺を嫌う人がいるのは……、仕方ないと思う。でも、……殺したいほど憎く思われるなんて、想像もしなかったから。……だから、ちょっと、怖くて、……っ、こわ、くて……っ」

 アキは声を上げて泣いた。
 俺の背に両腕を回し、必死にしがみつきながら。
 こんな泣き方は初めてかもしれない。
 恐らく、襲撃を受けたことばかりではないのだろう。

「くりす………くりす……っ」

 堰を切ったように感情が溢れ出ている。
 しがみついてくるアキの頭をなで、揺れる肩に腕を回す。空いてる手で背中を何度も擦れば、泣き声は次第に嗚咽に変わっていった。

「ごめん……クリス、俺…」
「何を謝る?怖い思いをしたのはアキだ。泣いて当然だろう?」
「でも……、こんなに声出して泣くとか…、小さな子供みたいで」
「アキは泣き虫だろ?」
「クリスっ」
「でも、今まで何があってもこんなに声を出すことはなかったからな。……今まで溜まっていた分もあったんだろう」

 泣きはらし赤くなった目元に口付けた。

「もう泣いてないな」
「ん…」
「まだ怖い?」
「……大丈夫」

 少し目を細めて薄く微笑むその表情は、酷く儚げに見えた。

「アキ…これからも我慢しなくていいからな?」
「……『泣き虫』ってからかうじゃん」
「仕方ないだろう。可愛いんだから」
「……理由になってないっ」
「アキ…、お前が泣くときは、必ず俺の傍だってことに気づいているか?」
「……え?」

 きょとんとした表情も可愛い。

「お前が俺を信頼して、その感情までも俺に預けてくれているってことだろ。そんなお前を愛しく思うし、他人にアキの泣き顔など見せたくもない」

 赤く染まる頬も可愛い。

「…………じゃあ、からかわないでよ」
「それはそれ」
「むぅ」

 とがる口元も可愛い。

「これからも俺の傍でだけ泣け。どんな感情でも、俺が受け止めてやるから。…俺にはアキの心を隠さないでくれ。些細なことでもいい。俺は、アキの全てを知っておきたい」
「…俺も、クリスのこと、全部知りたい。…好きだから、当然のことだよね?」
「そうだな」

 アキが知りたいこと、全部話そう。俺をもっと知ってほしい。

「アキ…」

 頬に手を添え、そのまま耳元に滑らせる。擽ったそうに目を細めるアキの後頭部に手を当てて、自分に引き寄せた。


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