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第3章 遠征先でも安定の溺愛ぶりです。
10 責めてくれたらいいのに
しおりを挟む翌朝。
すっきりと目が覚めた。
夜中のあれは何だったんだろうと、起き上がって恐る恐る毛布の下の自分の足を見たけど、そこにはごくごく普通の状態の足があって、心底ほっとした。
足に力が入るのか気になって、でも、倒れ込むとかしたらクリスに心配かけるし……って、ウンウンうなりながら考えていたら、いきなり腰を掴まれてベッドに引き倒された。
「うわ」
「おはよう、アキ。早起きだな」
「びっくりするんだけど…。おはよ、クリス」
クリスの手が俺の足を撫でる。
「足はあるな」
「うん。あった」
大真面目に答えたら、クリスが笑い出した。
「しっかり確認したほうがいい」
「え?」
クリスの手が裾の中に入りんできた。
「ちょ」
腰のあたりで結ばれている紐を、あっさりと解いてしまう。……両方とも。なんて早業なのか。
「ちょっとっ」
そのままするりと恥ずかしい下着が引き抜かれて…、ベッドの下に落とされた。
ぶわわわって、顔が熱くなる。
クリスは寝間着をへそのあたりまで捲くし上げて、身体の位置をずらして俺を見下ろすように陣取った。
「ほら。付け根からちゃんと揃ってる」
「ゔゔゔ」
まじまじと観察されてる雰囲気が、抱かれてるときより恥ずかしいっ。
ちらりと見たクリスの顔に、心臓が速くなる。
だって、朝なんだよ。
見る気がなくても、目が行っちゃうんだよ。クリスの寝間着を押し上げてるそこにさ…!
色々どうしよう…ってぐるぐる考えていたら、クリスが俺の耳元に顔を近づけてきた。
「アキ、気分は悪くないか?」
「気分……って、なんかもう恥ずかしすぎて死にそうなんですけど……」
って言ったら、クリスが笑った。
耳元で笑わないでっ。頼むからっ!
寝起きの身体に耳元で声なんか出されたら、隠しようがなくなる。ただでさえ、下半身丸出し状態なのに。
「アキ」
耳朶を舐められて、身体が震えて、クリスの指がそこに絡んだとき、甘い雰囲気…というか、甘さに溶かされていた俺の頭が、いきなりクリアになった。
「え?」
「アキ?」
「……なんで、勃ってないの?」
17年生きてきた中でも、中々に馬鹿な発言だったと思う。恋人とベッドの中にいて、これからいたそう…というこの瞬間に、口にする言葉じゃなかった。
直に触れてるクリスも、変な顔をしながら、ふにふにとそこを触ってくる。
「ん……っ」
気持ちよさはある。感じる。けど、勃たない。
……抱かれる立場としては、勃たなくてもいいのかもしれない。だって、快感はあるわけだから。
でも、でもだよ。
男としてどーなの、これ、って、そりゃ不安にもなりますわ。わからないことばかりで一杯一杯で、泣きたくなったりもしますわ。
「ふぇ……」
「アキ」
子供のように泣き声を出してしまった俺に、焦ったのはクリスの方。
「アキ、大丈夫だから」
寝間着の裾を戻して、俺の横に寝て、両腕で俺を抱きしめてくれる。
ぎゅっと胸に引き寄せるようなやり方に、遠慮なく額をグリグリ押し付けたけど、しゃくりあげるのは止まらない。
「色々あって疲れてるんだ。気にするな。そのうち戻るから」
「……ほんとに……?」
「本当に。昨日の今日だからな。体力と魔力が戻れば治るだろ」
「昨日?」
「アキ?」
昨日……って、何があったっけ?
「……あ、お茶会……」
ティーナさんと色々話ができて楽しかった。お茶もお菓子も美味しくて。
「……?」
違和感。
いつ終わって、いつ部屋に戻った?
「…あれ?」
「あの女のせいで魔力暴走を起こしたんだ。今回は身体への負担は少ないようだが、魔力が足りてないんだろ」
「魔力暴走………、あの女?」
クリスを思い切り見つめた。
え。
わからないんだけど。
魔力暴走、って、俺、何しでかしたわけ?
「アキ……?」
クリスも困惑気味。
多分、俺のが勃つとか勃たないとか、そんなことよりも、もっと大事な、こと。
「えっと……ごめん、クリス。わかんない……。俺、もしかしてティーナさんに怪我させた?ティーナさんとお兄さんに謝りに行かないと……!」
「落ち着け。フロレンティーナ嬢は怪我は一切していない」
それを聞いて、考えるよりも早く手が動いた。
クリスの寝間着を、思い切り剥ぎ取ると、胸や腹に包帯が巻かれていた。
「………っ!!!」
「アキ、擦り傷ばかりだから。包帯で大げさに見えるだけ」
クリスは俺の手を取ると、すぐに寝間着を直した。でも、俺の目には、包帯だらけのクリスの姿がしっかり焼き付いていて――――。
「……はっ」
呼吸が速くなる。
息を吸っているのに息苦しい。
頭がぼーっとしてくる。
目を開けているのに視界がだんだん暗くなっていく。
クリスが、「アキ」って呼んでくれる。でも、耳鳴りがひどくて声が遠い。
苦しくて苦しくて胸をかきむしったとき、クリスに唇を塞がれた。
いつもの甘いキスじゃない。口を覆うように重ねられて、息が流れ込む。クリスの呼吸に合わせるように、俺も息を吸って、息を吐く。
それを繰り返すうちに、呼吸が落ち着いてきた。息苦しさも薄れて、ぼんやりしていた意識もはっきりしていく。
……あ、そっか。これ、過呼吸だ。
クリスの背中を軽く叩いた。もう大丈夫って伝えたくて。そしたら、『治療』から『キス』に変わった。
「ん……、んっ」
いつもみたいに舌が入り込む。
口の中を丁寧に撫でられて、すごく気持ちがいい。
クリスの背中に回していた腕を、クリスの胸に当てた。
クリスがどんな言葉をかけてくれたとしても、怪我をさせたのが俺だっていう事実はなくならない。けど、クリスは俺を責めない。
……責めてくれたほうが、まだ、いい。魔力制御がちゃんとできない俺を責めていいのに。そして、抱き締めてくれれば、前に、進めるのに。
クリスのキスに身を委ねながら、目尻から流れ落ちる涙を止めることはできなかった。
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