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第2章 お城でも溺愛生活継続中です。

48 あっという間に魔力補充されました

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 無言の二人から視線を感じる。

「……魔力、きれました」
「ああ。はい。わかりました」
「ではそろそろ今日のお勉強を、始めましょうか」

 二人とも、ゆっくりと話してくれるから、ちゃんと聞き取れるし、理解できる。

「お願いします」

 気持ちも少し落ち着いて、顔から手を離して、改めて二人にぺこりと頭を下げた。

「では、必要なものをお持ちしますね」

 メリダさんが自分のカップを手に立ち上がったとき、部屋の扉が開いた。その音を聞いた瞬間、ザイルさんも立ち上がっていた。

「アキ」

 ノックもなしに入ってくるのは、部屋の主。自分の部屋にノックとかしないもんね。
 メリダさんとザイルさんが頭を下げる中、クリスは一直線に俺のところまで歩いてきて、唐突に抱き上げられた。

「えっと……おかえりなさい?」
「……」

 腕に力が入って、クリスは頭を俺の胸元にこすりつけてくる。
 左手でクリスの頭をなでながら部屋の中を見れば、両手に色々なものを抱えたオットーさんもいた。

 クリスにこうしてもらうのは嬉しいし、夜までお預けだと思っていたクリスの体温が心地良いし、嫌でもなんでもないんだけど、状況がわからない。

「クリス?」

 頭をなでながら、髪を解いてしまった。指先できれいな髪をいじっていたら、いきなり、首筋を舐められて、吸われた。

「っ」

 ぞわっとしたやばい感覚に、声を出しそうになって唇を閉ざす。

「…アキ」

 やっと顔を上げたクリスは、かすれた声で俺を呼んで、歩きながら唇を重ねてきた。

「っ、っ」

 いつも通り潜り込んでくる舌に、抵抗する気は起きない。身体をよじって両手でクリスの首に抱きついた。不安定な姿勢になるけど、クリスの腕が俺を落とすわけない、という信頼感があるから大丈夫。

 何度かに分けて、喉の奥に溜まったものを飲み込み、ようやく解放されたときには、クリスの口元にも笑みが浮かんでいた。
 身体の中にクリスの魔力が満ちて、ポカポカ温かい。

 居間には応接用のソファセットがあるのだけど、書棚の近くには執務室にあるような机も置かれている。
 クリスは俺を抱いたままその机にむかい、座り心地の良さそうな椅子に座った。俺はそのままクリスの膝の上に横向きに座らされて。

「クリス、降りる」
「だめ」

 額に唇が触れる。恥ずかしいけど嬉しい。

「えー…っと、状況がわからないんだけど…」
「耐えられなくて戻ってきた。オットー、ザイル、残りの執務はここでおこなう。必要なものはここに運んでくれ」
「承知しました」

 オットーさんとザイルさんはもう一度頭を下げて、頭を上げたときには視線だけで会話して頷きあい、ザイルさんが部屋を出ていく。…無言でも通じ合う信頼感とかすごい。

「耐えられない…って、あのご令嬢?」
「執務室に居座って鬱陶しい。オットー、宰相に書状を出す」
「はい。用紙はもう準備しておりますので」

 オットーさんは手に持っていた荷物を応接のテーブルに置き、その中から便箋のようなものをクリスの前に置く。よく見たら、便箋のような紙にはクリスの『印』がうっすらと印刷されてた。

「流石に王族の居住区までは入ってこないからな…。さっさとこうすればよかった。メリダ、すまないが紅茶を」
「かしこまりました」

 羽根ペンを手に取り、クリスはさらさらっと文を書いていた。俺、膝の上に座らされてるから、中身が丸見えなのだけど。まあ、すべて理解できるほど、言葉を覚えたわけじゃないけどね。それでも、『婚約者』『令嬢』『迷惑』って言葉は理解できた。
 …多分、オブラートに包むとか、そんなのなしに直球のクレーム手紙だ…。
 便箋一枚分にしっかり書き込んだクリスは、最後にサラサラっと署名して、用意されていた封筒に畳んで入れる。封筒はクリスの青色。そこに、白い『印』で封がされる。
 そこまで終わらせて、クリスはその封筒を机の隅に避けた。

「オットー、西の報告書を」
「はい。こちらです」

 オットーさんの手元からは次から次へとクリスが要望した書類やらなんやらが出てくる。すごいね。まず必要になりそうなものを執務室から持ち出してきた、ってことだよね。
 クリスは書類を右手で捲りながら、左手は俺をいじる。腰のあたりをなでたと思ったら、頬をすりすりなでてくる。くすぐったいやら気持ちいいやら、色々大変。

「クリス、邪魔しそうだから降りる」
「だめ。アキが足りない」
「むぅ…」

 明らかに邪魔なのに。
 膝の上に乗せられていたら、俺が甘えたくなるのに。
 足りないって思ってるの、クリスだけじゃないのに。

 …『クリス魔力』はね。そりゃあもうしっかり補充されましたけど。おかげさまで切れたの一瞬だけでしたとも。

 ちらりと見たら、クリスの表情はすごく真剣。けど、俺の視線に気づいて目を合わせてくれたら、蕩けるような笑顔。

 鼓動がやばくて死ねる。

 もういいや。クリスは仕事中だけど、離してくれないから甘えてしまおう。
 そう決意して、クリスの胸元に身体を預けた。
 クリスの心臓の音が聞こえる。それだけで落ち着く。

 くす…って聞こえた気がしたけど、気にしない。

 紙をめくる音と、心音と、体温。
 うっかり欠伸したときに、メリダさんとザイルさんが戻ってきた。

「メリダ、すまないがデリウス宰相にこれを届けてほしい」
「承りました」

 紅茶を人数分淹れ終わったメリダさんは、クリスから封筒を受け取ると礼をしてから部屋を出た。
 熱い紅茶を飲んだら、少し眠気が取れた気がした。


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