上 下
16 / 560
第1章 魔法を使ったら王子サマに溺愛されました。

15 兄との会話 ◆クリストフ

しおりを挟む



 夜警の兵士達が数名、村の周囲をまわっている。
 それなりに近くに張ってあるもう一つの天幕からは、まだ明かりが漏れ出ていた。

「兄上」

 入口の布をかきあげ中に入ると、兄上はまだ平服のままだった。

「ん?なんだ。まだ寝てなかったのか?」
「兄上もだろ」
「まとめなきゃならないことが沢山ありすぎてね」

 苦笑して肩をすくめる姿からは、疲労がうかがえた。
 俺が考えただけでも事後処理にはかなり手間取る。兄上は恐らく俺の考えよりもはるか先を見据え、なお且つ、それをこの短時間でまとめ上げる。
 本当に、頭が上がらない。
 俺にはどうあがいても、兄上と同じことはできないのだ。

「城なら酒の一つも持ってきたんだけどな」
「帰城したら飲もうか」

 兄上は手元の書類をまとめた。

「アキラは?」
「眠ってる」
「……あまり無理させちゃだめだよ?」
「させてない。抱き潰したいくらいなのに、手が出せない」
「え」

 兄上の手元から、まとめたばかりの書類がパラパラ落ちた。

「………え?」
「………」
「あんなに溺愛してるのに?」
「………………」
「人前であれだけあからさまなことしてるのに?」
「………………………」
「嘘でしょ?」
「嘘じゃない」

 盛大なため息をついてしまった。
 まだ呆然としている兄上の足元から、落ちた書類を拾い集める。

「あ、ありがとう…」

 苦笑してしまった。

「そんなに驚くことかな?」
「あ、いや、なんと言うか…。お前の態度を見ていたら、とてもそんなふうに思えなかったというか…」

 アキは人目を気にするが、俺は特に気にしないからな。触れたいときには触れるし、口づけたいときには口づける。
 兄上は落ち着くためか、書き机の上に置かれた水差しから、グラスに中身を注ぐ。

「ほら」

 渡されて一口飲めば、ぬるいが爽やかな香りが広がった。

「柑橘系の果物が入っているそうだよ。疲れたときにはいいらしい」
「確かに」

 兄上は別のグラスに果実水を注ぎ、寝台の上に座った。

「その…すまなかった。動揺して取り乱した」

 弟が想い人に手を出してないことが、そんなに驚くことだったのか。俺をなんだと思っているんだろう。

「アキが嫌がるんだよ」
「ふうん?」
「口づけは許すのに、触れると怒る。…まあ、怒った顔も可愛いから、わざと怒らせることもあるが」
「それは…うん、なんというか、不憫だな」
「俺が?」
「いや、アキラの方だ」

 そう言われて笑った。兄上も面白そうに笑い出した。

「あいつな、俺のことをよく知らないから嫌だと言ったんだ。アキが俺のことを知りたいのだとわかったら…俺もアキのことを知りたくなった」
「それはいい傾向だね」

 手近にあった椅子に腰掛けると、兄上は視線を合わせて微笑んだ。

「クリストフは今までそういう興味を向けた相手がいなかったから」
「…ああ」
「何があっても私のために、って動いていただろう?」
「それは、これからも変わらない」
「変わるさ」

 兄上は嬉しそうに言い切った。

「アキラがいるからね」
「………」
「お前はいざというとき、アキラを選ぶ。それは当然のことで、私が望んでいたことだ」
「……兄上」
「それでいいんだ。お前に、私よりも大切だと思える相手ができて、本当に良かった」
「…だが、兄上」
「ん?」
「俺は、兄上の右腕であり続けたい」

 どんなにアキのことを大切に、愛しく思っていたとしても、それとこれとは別の話だ。
 それとも、兄上のことを第一に考えられない自分には、すでにその資格がないのだろうか?

「クリス」

 珍しく愛称で呼ばれ、俯いていた顔を上げた途端、頭をめちゃくちゃになでられた。
 まだ幼かった昔のように。

「ギル…っ」
「心配ないよ。私にはお前が必要だから。むしろ、アキラと隠居生活したいと言われたら、全力で引き止めるから」

 胸が詰まる思いだ。
 俺はまだ必要とされている。

「私の補佐ができるのはクリスだけだよ。今までも、今も、これから先も、私が頼るのはクリスだけだ」
「……わかった」

 口元に自然と笑みが浮かんだ。
 今まで盲目的に望んでいたことが、はっきりとした意味を持つ。これも、自分の変化なのだと。兄上がずっと言い続けていたことだったのだと。ようやく、理解できた気がしていた。


しおりを挟む
感想 541

あなたにおすすめの小説

完結・虐げられオメガ側妃なので敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン溺愛王が甘やかしてくれました

美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!

転移したらなぜかコワモテ騎士団長に俺だけ子供扱いされてる

塩チーズ
BL
平々凡々が似合うちょっと中性的で童顔なだけの成人男性。転移して拾ってもらった家の息子がコワモテ騎士団長だった! 特に何も無く平凡な日常を過ごすが、騎士団長の妙な噂を耳にしてある悩みが出来てしまう。

美少年に転生したらヤンデレ婚約者が出来ました

SEKISUI
BL
 ブラック企業に勤めていたOLが寝てそのまま永眠したら美少年に転生していた  見た目は勝ち組  中身は社畜  斜めな思考の持ち主  なのでもう働くのは嫌なので怠惰に生きようと思う  そんな主人公はやばい公爵令息に目を付けられて翻弄される    

大嫌いだったアイツの子なんか絶対に身籠りません!

みづき
BL
国王の妾の子として、宮廷の片隅で母親とひっそりと暮らしていたユズハ。宮廷ではオメガの子だからと『下層の子』と蔑まれ、次期国王の子であるアサギからはしょっちゅういたずらをされていて、ユズハは大嫌いだった。 そんなある日、国王交代のタイミングで宮廷を追い出されたユズハ。娼館のスタッフとして働いていたが、十八歳になり、男娼となる。 初めての夜、客として現れたのは、幼い頃大嫌いだったアサギ、しかも「俺の子を孕め」なんて言ってきて――絶対に嫌! と思うユズハだが…… 架空の近未来世界を舞台にした、再会から始まるオメガバースです。

獣のような男が入浴しているところに落っこちた結果

ひづき
BL
異界に落ちたら、獣のような男が入浴しているところだった。 そのまま美味しく頂かれて、流されるまま愛でられる。 2023/04/06 後日談追加

【完結】伴侶がいるので、溺愛ご遠慮いたします

  *  
BL
3歳のノィユが、カビの生えてないご飯を求めて結ばれることになったのは、北の最果ての領主のおじいちゃん……え、おじいちゃん……!? しあわせの絶頂にいるのを知らない王子たちが吃驚して憐れんで溺愛してくれそうなのですが、結構です! めちゃくちゃかっこよくて可愛い伴侶がいますので! 本編完結しました! 時々おまけを更新しています。

「今夜は、ずっと繋がっていたい」というから頷いた結果。

猫宮乾
BL
 異世界転移(転生)したワタルが現地の魔術師ユーグと恋人になって、致しているお話です。9割性描写です。※自サイトからの転載です。サイトにこの二人が付き合うまでが置いてありますが、こちら単独でご覧頂けます。

身体検査

RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、 選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。

処理中です...