上 下
72 / 83
婚約披露パーティーには波乱がつきものです?

72 どんどん嬉しさが増していく

しおりを挟む



 パーティーはそれから二時間ほどでお開きになった。
 あれから、優弥は会場に姿を見せてない。
 雷音監督を見ても、首を横に振るだけだった。
 嘉貴は流石に疲れたようで、椅子に座ったまままだ立ち上がれないでいた。
 無理もないよな。退院してきたその日にパーティーだったし。

「司…すまないが家まで送って欲しい」
「あら……嘉貴、今日は泊まっていくんだと思っていたのだけど」

 由貴ちゃんお母さんはこのパーティーの間中、常に喋り通しだったのに、あまり疲れていないみたいだった。…すごい。

「ええ、すみません」

 嘉貴は笑ったまま、俺の手を離さない。
 母さんたちはわめく勝利を引き摺って帰って行ったし、俺も今日は嘉貴と一緒にいる予定だったけど……、そっか。家に戻るんだ。

「荷物どうする?」
「それも申し訳ないんだが、明日にでも届けてくれないか?…このまま帰りたいんだ」

 嘉貴の意志は固そうだった。
 俺といえば、あの部屋に戻らなくて済みそうでほっと息をついていた。

「もう……本当に頑固なんだから。誰に似たのかしらね」
「頑固なのは母さん譲りだと思いますよ」
「あら、私のどこが頑固だっていうの?」
「…由貴は十分頑固だと思うけどね」

 それまで静観していた嘉貴のお父さんが、苦笑交じりにそう言った。

「今日は疲れただろう。司、車をだしてくれ」
「はい、わかりました」
「ありがとうございます、父さん」
「まあ……たまにはこっちに来てくれると嬉しいんだが…。ねえ?浩希君」
「え?あー、はい」

 こんなでかい屋敷に一人で来るのは腰がひけるけど、とりあえず嘉貴と一緒ならなんとかなりそうだし。

「車まわしてきます」

 雷音監督はそう言うとその場を離れた。

「…今日は一緒に帰りましょう。浩希」
「うん…」

 色々なことがありすぎて、そろそろ俺も限界だから。
 はやく、帰ろう。
 俺たちの、家に。




 嘉貴の家にむかう車の中でも、ずっと手をつないだままだった。
 …そういえば、俺が薬を持って戻ってから、こうして手をつなぎっぱなしだ。お開きの挨拶のときだって、手を離さなかった。
 手から伝わってくるぬくもりはそれだけで俺を落ちつかせてくれるけど…、もしかしたら、嘉貴は何があったのかわかってるのかもしれない。

「そういや、車は廃車になっちまったわけだけど、次の車も同じのでいいのか?」

 雷音監督は運転しながら後ろに座ってる俺たちに(というか嘉貴に)話しかけてきた。

「ああ、同じもので構わないけど…。浩希、何か好きな車とかありますか?」
「えー…車?うーん……車高が結構高くてでかいのがいいな。景色よく見えるし、キャンプとか行くときにも荷物沢山積めそうだし」

 そう言ったら、嘉貴と監督に笑われた。
 なんで。俺、何か変なことを言ったかな。

「じゃあ、そういうわけだから。手配頼めるか?」
「ええ。わかりました。前のよりごつくなりそうだけど、いいか?」
「構わないよ。他は任せるから」
「ちなみに、坊ちゃん。色は何色がいいんですか?」
「色?」

 色かぁ…。前の車が黒で、嘉貴に似合ってたっていうか、しっくりくるんだよなあ…。

「なんでもいいけど…、でも、奇抜な色よりは黒の方がいいな。嘉貴には」

 そう言ったらまた二人に笑われた。
 なんなんだよー…二人して。




 それから明るい雰囲気で他愛もないことを話しながら、家にむかった。
 そのうちに車はいつもの駐車場に入って、エレベーターの前で止まる。

「夕飯はどうする?」
「何か出前でもとるよ」

 もう夕飯を気にしないとならない時間なんだ。
 なんか、あまりおなかはすいてないんだけど。

「じゃあ何かあったら連絡してくれ」
「ああ」
「それじゃ。坊ちゃん、また今度」
「あ、はい」

 慌てて頭を下げた。
 そのあと、雷音監督は車をターンさせて駐車場から出ていく。
 それを見送って、二人でエレベーターに乗り込んだ。
 軽く息を吐いた嘉貴は、やっぱり疲れている様子だった。
 でも、手を握る力はもっと強くなる。
 ……ようやく、二人になれた。

「家に入ったら空気いれかえないと駄目ですね」
「俺がやるから寝たら?」
「大丈夫ですよ」

 嘉貴は微笑んで空いてる手で俺の頭をなでた。

「久しぶりの家で折角浩希と二人なのに……寝るなんて勿体ないじゃないですか」
「勿体ない……って、無理したら駄目だってお医者さんからも言われてただろ」
「それはそうですが」

 嘉貴は悪びれた様子もない。
 最上階にエレベーターが到着して、手をつないだまま降りた。
 嘉貴が鍵を開けるのをじーっと見ながらどんどん嬉しさが増していく。
 ……生きてるんだ、っていう実感と、帰って来たんだ、っていう安堵感。
 玄関を開けると中からなにかむわっとした空気が流れてくる。エアコン効いてないんだから、当たり前か。

「……これは想像以上だな」

 嘉貴も少し苦笑いしていた。
 まあ、仕方ないよな。
 夏のこの時期に三泊四日分閉め切った状態だったわけだし。
 それでも家に入らないと何もできないので、二人で顔を見合わせて笑って家に入った。


しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

【第1章完結】悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼第2章2025年1月18日より投稿予定 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。

おとなりさん

すずかけあおい
BL
お隣さん(攻め)にお世話?されている受けの話です。 一応溺愛攻めのつもりで書きました。 〔攻め〕謙志(けんし)26歳・会社員 〔受け〕若葉(わかば)21歳・大学3年

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

悩める文官のひとりごと

きりか
BL
幼い頃から憧れていた騎士団に入りたくても、小柄でひ弱なリュカ・アルマンは、学校を卒業と同時に、文官として騎士団に入団する。方向音痴なリュカは、マルーン副団長の部屋と間違え、イザーク団長の部屋に入り込む。 そこでは、惚れ薬を口にした団長がいて…。 エチシーンが書けなくて、朝チュンとなりました。 ムーンライト様にも掲載しております。 

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

別れの夜に

大島Q太
BL
不義理な恋人を待つことに疲れた青年が、その恋人との別れを決意する。しかし、その別れは思わぬ方向へ。

転生貧乏貴族は王子様のお気に入り!実はフリだったってわかったのでもう放してください!

音無野ウサギ
BL
ある日僕は前世を思い出した。下級貴族とはいえ王子様のお気に入りとして毎日楽しく過ごしてたのに。前世の記憶が僕のことを駄目だしする。わがまま駄目貴族だなんて気づきたくなかった。王子様が優しくしてくれてたのも実は裏があったなんて気づきたくなかった。品行方正になるぞって思ったのに! え?王子様なんでそんなに優しくしてくるんですか?ちょっとパーソナルスペース!! 調子に乗ってた貧乏貴族の主人公が慎ましくても確実な幸せを手に入れようとジタバタするお話です。

ある夏、迷い込んできた子猫を守り通したら恋人どうしになりました~マイ・ビューティフル・カフェーテラス~

松本尚生
BL
ひと晩の寝床を求めて街をさ迷う二十歳の良平は危うくて、素直で純情だった。初恋を引きずっていた貴広はそんな良平に出会い―― 祖父の喫茶店を継ぐため、それまで勤めた会社を辞め札幌にやってきた貴広は、8月のある夜追われていた良平を助ける。毎夜の寝床を探して街を歩いているのだと言う良平は、とても危うくて、痛々しいように貴広には見える。ひと晩店に泊めてやった良平は、朝にはいなくなっていた。 良平に出会ってから、「あいつ」を思い出すことが増えた。好きだったのに、一線を踏みこえることができず失ったかつての恋。再び街へ繰りだした貴広は、いつもの店でまた良平と出くわしてしまい。 お楽しみいただければ幸いです。 表紙画像は、青丸さまの、 「青丸素材館」 http://aomarujp.blog.fc2.com/ からいただきました。

処理中です...