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婚約披露パーティーには波乱がつきものです?
70 俺の知ってる優弥じゃない
しおりを挟む「それでは、二人の幸福を願って――――乾杯!」
由貴ちゃんお母さんがグラスを掲げて高らかに宣言する。
方々からあがる「乾杯」の声に、俺も笑顔で嘉貴とグラスを鳴らす。
…というか、そうか。仕切るのは由貴ちゃんお母さんなのか…。
「………ふぅ」
グラスを傾けた後に嘉貴から短いため息が漏れた。
「つらい?」
「少しね」
立ちっぱなしはやっぱりつらいんだ。
少しとか言ってるけど、本当に少しだけなら、俺にわからないように隠してるはずだもんな。
「座ってたら?料理持ってくるから」
「大丈夫ですよ。……いざとなれば医者が二人もいるし」
そりゃ、樹里さんと深山さんがいるから心配ないって言えばそうなのかもしれないけど、それにしたって無理をしない方がいいに決まってる。
「座らないんだったら、俺しばらく嘉貴のとこ行かない」
「え」
自分でも驚くくらい結構低い声だった。
けど、嘉貴は俺が本気だってことをわかってくれたらしい。
苦笑しながら俺の頭をなでてきた。
「わかりました。……素直に座っているから、そんな顔で睨まないで」
「わかればいいのっ」
立食パーティーだから、椅子は会場の中心には置かれていない。白い小さなテーブルがいくつか置かれている。けど、嘉貴と俺の近くにはテーブルと椅子が用意されていた。最初は予定になかったのだけど、嘉貴が怪我をしたことで急遽用意してくれたものだ。
嘉貴はその椅子に腰かけると、また軽く息をついた。
…ほら。やせ我慢なんかしてるから。
骨折の痛みがどれくらいのものなのか俺にはわからないけど、座っていた方が楽なのは今までの経験でわかってる。
料理を取りに行ったら、樹里さんが近づいてきた。
「ありがとう」
って、小声で言われる。
「何が?」
「嘉貴のこと。あれ以上無理する様子だったなら、麻酔薬使ってでも黙らせるところだったわ」
…って、にこっと微笑みながら何かとんでもなく物騒なこと言ってませんか…。
「樹里さんって………結構………」
「何かしら?」
「……やー…、うん…。なんでもない…」
結構怖い人だと…思ったなんて……イエマセン。
パーティは滞りなく進んでいた。
「進んで」って言っても、みんな思い思いに料理を食べてお酒とか飲んで、それぞれに談笑する……って感じなのだけど。
それでも、ひっきりなしに「おめでとう」って言いに来る人たちに、嘉貴はよせばいいのにちゃんと立ちあがって礼を言う。俺がまだ会ったことのない人たちには丁寧に紹介してくれる。「身内」なんだから、そんなにかしこまらなくたっていいじゃないか。
立ったり座ったりを繰り返しているうちに、やっぱり疲労の色が濃くなっていた。
「嘉貴、何か飲む?」
「……今はいいよ」
笑う嘉貴の手に、触れてみた。
それが結構熱くて、ため息が出てしまう。
「嘉貴、熱上がってる」
「……そうかな?」
「……もしかしてかなり痛いんじゃないの?」
声を小さくして言うと、嘉貴は俺を見て苦笑する。
どうやら肯定らしい。
「薬は?」
「部屋に」
「持ってくる」
嘉貴は一瞬躊躇うような視線をむけてきたけど、ため息をつきながら頷いた。
「お願いできますか」
「うん」
誰かに頼めばいいんだけど、嘉貴のことは全部俺がやりたかった。
由貴ちゃんお母さんたちに一言断ってから、屋敷の中に入る。
部屋の場所は覚えてるし、さっさと行ってさっさと戻ってくればいい。
パーティーって何時ころにお開きになるのかな…。そういえば聞いてなかった。
部屋に入って、ソファに置いたままの嘉貴の鞄の中から痛み止めの錠剤を取りだした。念のため多めに持っていこう…ってポケットの中に入れた時、閉めたはずのドアが開いて閉まる音がする。
誰だ…って顔をあげると、俯いた優弥が立っていた。
「優弥?」
「……コウ……浩希」
パーティー開始直前に優弥が嘉貴の弟だったって知って、驚いた。優弥も同じように驚いて、言葉を失くしていた。
特別何かを話すことはなくて、時々見た優弥は何か思いつめたような顔をしていた。
「何か用?」
「……どうして嘉貴となんか婚約したんだ」
「どうしてって……」
優弥は何か思いつめて…というか怒ってるような雰囲気だった。
でも、なんで優弥が怒るのか……理由がわからない。
「嘉貴のことが好きなのか」
優弥はドアから離れて俺の傍に近づいてきた。
「…嫌いなら婚約なんてしないと思うけど」
「…っ」
優弥は唇をかむ。
「…さっきから何なんだよ。お前、もしかして疲れてるんじゃないのか?」
俺の知ってる優弥じゃないような気がした。
それなりに長い付き合いで、良一と三人でよくつるんでいた。だけど、今俺の前にいる優弥は、俺が知ってる優弥のそっくりさんじゃないのかって思うほど、別人。
「……浩希」
「顔色悪いぞ?少し休んだら――――」
「…浩希…っ!!」
警戒なんて一切していなかった。
華麗な身のこなしは流石モデル……って、そうじゃなくてっ
「うわ…っ」
綺麗に決まった足払いに、抗えるはずもなかった。
思い切り態勢を崩した俺はソファに尻もちをついていた。
「ちょ……何すんだよっ」
「許さない」
「はあ!?」
「浩希があの男の婚約者だなんて…僕は絶対に認めない…!!」
突然のことに反応が遅れた。
優弥の片足がソファに乗って、俺は両手首を抑えつけらて倒された。
「優…」
「浩希」
酷く真剣な目に、背筋に冷たいものが流れた。
ここまでされて漸く自分の身にふりかかってることを理解する……って、かなり間抜けかもしれない。
この顔で、モデルをしていて、体格なんて俺と大差がないのに……なのに、手を振りほどくことができない。こいつ、どうしてこんなに力があるんだ。
「…離せよ……っ!!」
「浩希は僕のものだ……。誰にも、渡さない……!!」
吐き捨てるようなその言葉に、悪寒が走る。
なんで俺、親友だと思ってたやつに襲われそうになってるんだろうか。
「や……だ…っ」
真剣な目で見つめられれば見つめられるほど、嫌悪感が増していく。
「好きだ……、浩希、ずっと……好きだった……っ」
優弥の顔が近づいてくる。
「やめ…っ!!」
これ以上近づくなっ
助けてっ
誰か
「嘉貴…っ!!」
目から涙が流れるのと、叫んだのは同時だった。
優弥の重みを感じて体が硬直する。
喉がひきつった。
それ以上の声が出ない。
唇が、触れそうになったとき――――部屋のドアが開いた。
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