上 下
68 / 83
婚約披露パーティーには波乱がつきものです?

68 「浩希、車の中でキスしたかったでしょう?」

しおりを挟む



「忘れ物はないですか~?」
「…監督、遠足の引率とかじゃないんだから…」
「司でいいって言ったでしょ、坊ちゃん。忘れ物がないようにするのは、最低限必要なことでしょう」

 …ってウィンクされても。




 午前十時。
 雷音監督は宣言通りきっかりその時間に迎えに来た。
 俺と嘉貴の着替えもちゃんと用意済み。俺たちが着替えている間に、入院中に使っていたものを片付け始める手際の良さに感心してしまった。
 …まてよ?この着替えって、どこから持ってくるんだろう。
 朝早く回診に来た先生からは、毎週木曜日に通院に来ることと、許可が下りるまでバストバンドは外さないようにってことを念をいれて言われた。仕事は暫く休みなさいと言われた時、嘉貴は素直に頷かず苦笑していた。きっと、完治していなくても仕事行くんだろうな。
 見送ってくれた看護師さんたちは俺に妙に優しくて、意味不明だったけど、嘉貴に意味ありげな視線を送られるよりよっぽど安心した。内心ほっとしてる俺って、嘉貴のことを笑えないくらい実は心が狭いのかもしれない。




「さてと…、自宅に戻ってる時間は無いから、直接実家の方にいきますよ~?」
「ああ、頼む」

 シートにもたれかかって息をついた嘉貴は、なんとなくつらそうに見えた。

「…大丈夫?」

 そしたら、嘉貴は口の端を少しあげて目を細めて笑う。

「大丈夫ですよ」

 大丈夫そうに見えないから言ってるのに。

「でも」
「さっき痛みどめは飲んできたし、じきに効いてくると思うから」

 痛いんだ。
 じゃあ、なんで素直に「痛い」って言ってくれないんだろう。

「それに、歩き回らなければそれほど痛みは強くならないしね」

 少し息をついた嘉貴は、俺の頭の後ろに手をまわして、ぐいっと自分の方に引き寄せた。

「心配してくれてありがとう、浩希」
「嘉貴…」

 額に軽く触れる口付け。
 唇にしてくれるのだと思ったから、少し拍子抜けした。
 なんで…って顔で嘉貴を見てしまったんだと思う。嘉貴は俺を見て苦笑する。

「よ」
「パーティに集まる人たちは全員、嘉貴が事故にあったことを知ってるから、嘉貴専用の椅子を用意してるはずですよ」

 …って声をかけられて、漸く雷音監督がいたことを思い出した。
 あげかけていた腕を下して、嘉貴の服の袖をギュッとつかんで、俯いてしまった。頬のあたりが熱い。恥ずかしくて顔があげられない。……っていうか、監督の存在を軽く忘れてしまう俺も俺だ……。




 嘉貴の実家は…「お屋敷」だった。
 あまりの広さにかなり呆けてしまう。
 しかも、車を降りた俺たちを出迎えてくれたのは金髪の美女で、深いスリットの入った黒のセクシーなドレスを着ている人。

「嘉貴、おかえりなさい」
「母さん、ご心配おかけしました」

 ……って、母親なのか!?
 嘉貴の隣で固まってると、その金髪美女は俺にむかってにこっと微笑むと両手を握ってきた。

「浩希くん。お久しぶりね……って言っても私のことなんて覚えてないわよね?貴方のことは息子たちから色々聞いてるわ。どうしようもない息子だけど、嘉貴のことよろしくお願いするわね?」
「は……はぃ」
「母さ」
「やーん、ほんと可愛くなっちゃって!」

 って言う黄色い声のすぐ後、何故か抱きしめられた。
 なん、なんだ!?

「母さんっ」

 目を白黒させていたら、嘉貴が困ったように俺から母親を引き離してくれる。

「浩希が困っているでしょう」
「浩希くんよりも貴方が嫌なんでしょう」

 母親はずばりとそう言いきると、嘉貴は困ったようにため息をついた。

「有利、俺の母親で羽根川由貴ゆきです」
「由貴ちゃんでいいわよ」

 金髪美女……改め「由貴ちゃん」は、―――三十近い息子が二人もいるなんて思えないくらい若々しいから、『ちゃん』がおかしくない―――にっこり微笑んだ。
 というか、そうか。この人が「嘉貴が重体」の発信源の人か……。

「母さん、時間まで部屋で休みたいのですが…」
「あら、そうね。こちらに部屋を用意したわ。嘉紀よしのりは急な呼び出しで今はいないけど、パーティーには遅れないって言っていたから大丈夫ね」

 先頭をきって歩き始めた由貴…ちゃんお母さんの後ろを、嘉貴と二人でついて歩く。
 歩き始め、嘉貴は少し表情をゆがませたけど、一瞬だった。

「……そうですか」

 やっぱり仕事が心配なんだろうな。
 嘉貴の表情が少し険しい。

「やっぱり貴方がいないと大変なようよ」
「すみません」
「いいのよ。最近のあの人全部嘉貴に任せきりだったんだから、少しは働かないとね」

 …それにしても由貴ちゃんお母さん(長い…)、一体何歳なんだろう…。年齢不詳。

「あの人も浩希くんに会えるのをすごく楽しみにしてるのよ」
「え?あ……はい」

 いきなりふられてちょとびっくりした。
 そういえば、嘉貴はうちの両親に会って挨拶したけど、俺は嘉貴の両親に会うの今日が初めてなんだった。
 …なんて挨拶すればいいんだろう…。

「この部屋よ。パーティーまで一時間くらいはあるから、ゆっくり休んでいて。後で飲み物を運ばせるわね」
「ありがとうございます」
「貴方達のスーツは用意してあるから、そこのクローゼットの中から選んで好きなのを着て頂戴」

 由貴ちゃんお母さんはそう言い残すと部屋に俺たちだけを残して扉を閉めた。
 嘉貴は部屋の中央にあるソファに身を沈めると、長く息をつく。

「痛む?」
「少しね」

 由貴ちゃんお母さんの前で少し無理をしてたんだろうか。顔色が悪い。

「痛みどめは……あ、そっか。あんまり時間あいてないから無理だ……」
「浩希」

 部屋の中をウロウロしていたら、嘉貴に呼ばれた。

「なに?」

 嘉貴の隣に座って、見上げる。

「キスしてほしいな」
「なんでっ」
「浩希がキスをしてくれたら…治るから」

 んなことして治るわけないじゃん……。

「嘉貴」
「浩希、車の中でキスしたかったでしょう?」

 言われて、つまった。
 そりゃ、そうなんだけど。…だけど。

「浩希」

 腰を抱かれて熱い視線をむけられたら、鼓動がどんどん速くなる。

「い……今だけだからな…!」

 くすっと笑う嘉貴の肩に両手を置いた。
 自分からキスをするのは何回かあった。けど、やっぱり緊張する。
 ゆっくりと、唇を重ねた。
 触れ合わせるだけのキス。

「嘉貴…」

 少しだけ離して名前を呼ぶ。
 それからもう一度。
 キス、したかった。

「浩希…」

 腰を抱く腕にちからが込められる。
 それから何度も。
 軽く、触れるだけのキスを繰り返した。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界に転生をしてバリアとアイテム生成スキルで幸せに生活をしたい。

みみっく
ファンタジー
女神様の手違いで通勤途中に気を失い、気が付くと見知らぬ場所だった。目の前には知らない少女が居て、彼女が言うには・・・手違いで俺は死んでしまったらしい。手違いなので新たな世界に転生をさせてくれると言うがモンスターが居る世界だと言うので、バリアとアイテム生成スキルと無限収納を付けてもらえる事になった。幸せに暮らすために行動をしてみる・・・

寵妃にすべてを奪われ下賜された先は毒薔薇の貴公子でしたが、何故か愛されてしまいました!

ユウ
恋愛
エリーゼは、王妃になる予定だった。 故郷を失い後ろ盾を失くし代わりに王妃として選ばれたのは後から妃候補となった侯爵令嬢だった。 聖女の資格を持ち国に貢献した暁に正妃となりエリーゼは側妃となったが夜の渡りもなく周りから冷遇される日々を送っていた。 日陰の日々を送る中、婚約者であり唯一の理解者にも忘れされる中。 長らく魔物の侵略を受けていた東の大陸を取り戻したことでとある騎士に妃を下賜することとなったのだが、選ばれたのはエリーゼだった。 下賜される相手は冷たく人をよせつけず、猛毒を持つ薔薇の貴公子と呼ばれる男だった。 用済みになったエリーゼは殺されるのかと思ったが… 「私は貴女以外に妻を持つ気はない」 愛されることはないと思っていたのに何故か甘い言葉に甘い笑顔を向けられてしまう。 その頃、すべてを手に入れた側妃から正妃となった聖女に不幸が訪れるのだった。

寝込みを襲われて、快楽堕ち♡

すももゆず
BL
R18短編です。 とある夜に目を覚ましたら、寝込みを襲われていた。 2022.10.2 追記 完結の予定でしたが、続きができたので公開しました。たくさん読んでいただいてありがとうございます。 更新頻度は遅めですが、もう少し続けられそうなので連載中のままにさせていただきます。 ※pixiv、ムーンライトノベルズ(1話のみ)でも公開中。

「こんな横取り女いるわけないじゃん」と笑っていた俺、転生先で横取り女の被害に遭ったけど、新しい婚約者が最高すぎた。

古森きり
恋愛
SNSで見かけるいわゆる『女性向けザマア』のマンガを見ながら「こんな典型的な横取り女いるわけないじゃん」と笑っていた俺、転生先で貧乏令嬢になったら典型的な横取り女の被害に遭う。 まあ、婚約者が前世と同じ性別なので無理~と思ってたから別にこのまま独身でいいや~と呑気に思っていた俺だが、新しい婚約者は心が男の俺も惚れちゃう超エリートイケメン。 ああ、俺……この人の子どもなら産みたい、かも。 ノベプラに読み直しナッシング書き溜め中。 小説家になろう、カクヨム、アルファポリス、ベリカフェ、魔法iらんどに掲載予定。

BL r-18 短編つめ 無理矢理・バッドエンド多め

白川いより
BL
無理矢理、かわいそう系多いです(´・ω・)

【本編完結】溺愛してくる敵国兵士から逃げたのに、数年後、××になった彼に捕まりそうです

萌於カク
BL
この世界には、男女性のほかに第二性、獣人(α)、純人(β)、妖人(Ω)がある。 戦火から逃れて一人で草原に暮らす妖人のエミーユは、ある日、怪我をした獣人兵士のマリウスを拾った。エミーユはマリウスを手当てするも、マリウスの目に包帯を巻き視界を奪い、行動を制限して用心していた。しかし、マリウスは、「人を殺すのが怖いから戦場から逃げてきた」と泣きながら訴える心の優しい少年だった。 エミーユは、マリウスが自分に心を寄せているのがわかるも、貴族の子らしいマリウスにみすぼらしい自分は不似合いだと思い詰めて、マリウスを置き去りにして、草原から姿を消した。 数年後、大陸に平和が戻り、王宮で宮廷楽長として働くエミーユの前にマリウスが現われたが、マリウスには、エミーユの姿形がわからなかった。 ※攻めはクズではありませんが、残念なイケメンです。 ※戦争表現、あります。 ※表紙は商用可AI

壁の花令嬢の最高の結婚

晴 菜葉
恋愛
 壁の花とは、舞踏会で誰にも声を掛けてもらえず壁に立っている適齢期の女性を示す。  社交デビューして五年、一向に声を掛けられないヴィンセント伯爵の実妹であるアメリアは、兄ハリー・レノワーズの悪友であるブランシェット子爵エデュアルト・パウエルの心ない言葉に傷ついていた。  ある日、アメリアに縁談話がくる。相手は三十歳上の財産家で、妻に暴力を働いてこれまでに三回離縁を繰り返していると噂の男だった。  アメリアは自棄になって家出を決行する。  行く当てもなく彷徨いていると、たまたま賭博場に行く途中のエデュアルトに出会した。  そんなとき、彼が暴漢に襲われてしまう。  助けたアメリアは、背中に消えない傷を負ってしまった。  乙女に一生の傷を背負わせてしまったエデュアルトは、心底反省しているようだ。 「俺が出来ることなら何だってする」  そこでアメリアは考える。  暴力を振るう亭主より、女にだらしない放蕩者の方がずっとマシ。 「では、私と契約結婚してください」 R18には※をしています。    

【完結】イヴは悪役に向いてない

ちかこ
BL
「いい加減解放してあげて下さい!」 頬を叩かれた瞬間に、自分のこと、ここが以前に遊んだことのあるBLゲームの世界だと気が付いた。 次の瞬間には大勢の前で婚約破棄を言い渡され、棄てられると知っている。どうにか出来るタイミングではなかった。 この国を守っていたのは自分なのに、という思いも、誰も助けてくれない惨めさもあった。 けれど、婚約破棄や周囲の視線なんてどうでもいいんです、誰かに愛されることが出来るなら。 ※執着×溺愛×家族に愛されなかった受 ※攻同士でのキス有 ※R18部分には*がつきます ※登場人物が多いため表を作りましたが読む必要は特にないです。ネタバレにならないよう人物追加時にメモ程度に追記します 第11回BL小説大賞奨励賞頂きました、投票閲覧ご感想ありがとうございました!

処理中です...