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元自称婚約者の現恋人は、婚約者に昇格となりました
46 あと十日くらい
しおりを挟む嘉貴は無言のまま微笑んだ。
それから、俺の手を握る。
「私は、浩希を愛しています。……この数日で、以前よりも、その想いが強くなりました。浩希には…ずっと私の傍にいてほしい。それから浩希も…私と同じように想ってくれているはずです」
当たり前じゃん。
よくよく考えれば両親の前でものすごく恥ずかしい告白を受けているようなものだったけれど、このときの俺にはそんなことは関係ないっていうか。
嘉貴が俺のことを本気で想ってくれているのがすごくよく伝わってきて、その想いを受け止めることの方が大事なことだった。
「だから…私は今の自分の言葉で、誓約書に頼ることなく、この想いを伝えたい。…永祐さんと百合恵さんに認めていただきたいんです」
父さんと母さんは無言のまま。
その沈黙を嘉貴はどう捉えたんだろう。
手に力が込められた。
俺も何か言わなきゃ……そう思ったとき、俺の手から嘉貴の手が離れていく。
「嘉貴?」
嘉貴はもう一度俺に微笑みかけて、ソファから立ち上がった。
そのままソファの横に移動して、膝をついて……両手を床についた。
深く、深く頭を下げて、
「浩希との結婚を……許して下さい」
…って、言葉にした。
腰を浮かしかけた時、キッチンの方からは勝利が立ち上がる音が聞こえてきた。振り向いてみたら、勝利が苦虫を噛み潰したような顔をしている。
「嘉貴」
でも、勝利にかまってる余裕なんてない。
「嘉貴……」
嘉貴の気持ちが…痛いくらいにわかる。
「嘉貴…もういいから」
泣きそうだった。
嘉貴の言葉が……気持ちが、嬉しくて。
数歩近づいて、嘉貴の傍にペタンと座り込んでしまった。
頭をあげないままの嘉貴を…抱きしめてしまいそうになる。
なんともいえない沈黙は、ほんの数秒だったように思う。
その沈黙を破ったのは父さんのため息だった。
「…嘉貴、浩希」
「……はい」
「俺や…嫁さんが、反対するとでも思っているのかな」
親父の口調はいつにもまして優しい。
母さんを見ると、何故か目元に涙まで浮かべてる。
「…それでは…」
嘉貴はようやく顔をあげた。
「許すも何も……こんな誓約書がなくても、浩希の結婚相手はお前さんしかいないと思ってるよ」
「父さん……」
「まあ、とにかく、座ったらどうだ。…ああ、お茶がさめちゃったな。嫁さん、すまないがお茶を淹れなおしてくれる?」
「もちろんよ!…よかったわね、こーちゃん。こんなに素敵な人と結婚できるなんて」
母さんはどこかうきうきしたような、はしゃいだような雰囲気でキッチンに向かって行った。
嘉貴は少し照れたような、いつもはみない表情で、俺の手を握った。その力強さに安堵感が増す。
「ありがとうございます」
嘉貴は立ち上がって深く頭を下げる。
それから、俺の手を握ったままソファに腰をおろした。
「まあ、藤岡氏から色々話は聞いているから、正直不安ではあったけどね。今のお前さんを見ていたら、大丈夫な気がした」
親父の言葉に嘉貴は苦笑した。
なんなんだ。
「それで、入籍はいつするの?」
キッチンから戻ってきた母さんは、明るい声でそんなことを言う。
や、まだそんなの決めてないし……って思っていたら、嘉貴は微笑んだまま答えた。
「浩希の誕生日に」
「え!?」
「あら、やっぱり誕生日にするのね。式はどうする予定?」
「この間百合恵さんもおっしゃっていたのですが、式は浩希が大学を卒業してからにしようと思います。……入籍を早めるのは、俺の我儘なんですが」
初耳だ。
いや、俺が熱だしたときに、嘘かほんとか母さんとそんな会話はしていたけど、まさか本気だったとは思わなかった。
「入籍したらこーちゃんは嘉貴と住むのか?」
それまでいつもよりはるかに格好良くきめていた父さんが、いきなり相貌を崩した。
これには嘉貴も苦笑する。
「俺も仕事で家をあけることもありますし、浩希とお義父さん方さえよければ、今までどおりにお願いしようかと思っていました。二重生活のようになりますが、できるだけ浩希には負担をかけないようにするので」
握られたままの手が熱い。
そっか。
誕生日か。
…ってことは、あと十日くらいってことだ。
「――――俺は反対だ」
なんだか和やかな雰囲気で話をしていたのに、勝利のそんな声が空気を凍りつかせた。
「大体…父さんも母さんもこいつに甘すぎるんだ。浩希があのとき死にそうになったのも、こいつが元凶なんだぞ!?」
「しょーちゃん!」
父さんと母さんの声が重なる。
嘉貴は静かにため息をついていた。
「そんな誓約書一つを押し付けて、十六年も音沙汰のなかった奴なんだぞ!?そんな奴のどこを信用しろっていうんだ…!!」
…こんなに感情を顕わにする勝利を見るのも珍しいことだけど。
勝利が俺のことを心配してくれてるっていのはよくわかる。
でも、どうしても言わなきゃならない。
「勝利」
俺は嘉貴から離れて勝利の前に立った。
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