45 / 83
元自称婚約者の現恋人は、婚約者に昇格となりました
45 「この誓約書は破棄していただきたいんです」
しおりを挟む「永祐さん、お久しぶりです」
「よう。……いい男になったな、嘉貴」
居間に入るなりそう会話を始めた二人。
父さんの口調にはどこか懐かしむような雰囲気すら感じる。
「立ち話もなんだから、座って頂戴」
母さんはキッチンからカップをトレイに載せて運んで来ていて、居間の入口で談笑する嘉貴と親父に声をかけた。
「ああ、そうだな。嘉貴、ここに座ってくれ」
「ありがとうございます」
「しょーちゃんもこっちに来たらどうだ」
未だにキッチンのテーブルについている勝利に父さんが声をかけたけど、無視。いっそ見事。
流石に父さんも苦笑しつつ、俺が抱えてる花束に視線を移した。
「なんだ、こーちゃん、その大きな奴」
「え?…ああ。今もらった」
「甘い匂いがすると思ったら…。こーちゃん、その花束貸してね。こーちゃんも座ってていいわよ」
「あ、うん」
お茶を出し終えた母さんは、俺から巨大花束を受け取ると、またキッチンの方にむかっていった。
…うちにあの花束を活けるだけの花瓶なんてあったかなぁ…。
…で、この場合、俺はどこに座るのが正しいんだ。
気持ちとしては父さんのむかいに座っている嘉貴の隣に座りたい。けど、やっぱり父さんの隣が自然なんだろうか…。
「こーちゃんも座っていいんだよ」
父さんは嘉貴の隣を指差してきて、俺の悩みはあっさりと解決されてしまった。
素直に頷いてから嘉貴の隣に座った。少しだけ嘉貴の方を見ると、優しい目で見返される。
「ほんとにしょーちゃんは頑固者なんだから…」
そう言いながら、母さんも戻ってくる。
親父の隣に座った途端にっこりとするあたり、やっぱり母さんだ。
「ああ、百合恵さん。エーデル堂のケーキです。お口にあえばいいのですが」
嘉貴の言葉にお袋の目が輝いた。
「エーデル堂の!?」
手をたたきそうな勢いで、満面笑顔。
「私、あそこのお菓子大好きなのよ」
母さんは身を乗り出して包みを開いた。
「あ、俺お皿持ってくる」
「ありがとう、こーちゃん」
ちらりと見た箱の中には、色とりどりの何種類ものケーキが綺麗に並んでいた。
一体何個入っているんだろうか。
「勝利は何か食べる?」
「いらん」
キッチンに向かうついでに聞いてみたら、顔をあげないまま一言だけ返された。
なんでこう…一々カチンとくるような言い方をするんだろう。
「あっそ」
四人分のケーキ皿とフォークを用意して居間に戻った。
「永祐くんはチーズケーキね。私はこれと……、藤岡さん、何にするかしら」
「……俺は紅茶だけで十分ですから。甘いものは少し苦手で」
「あら、そうなの」
甘いものが苦手だなんて、はじめて聞いた。
「こーちゃんは果物一杯のタルトね」
何の基準でそう決まっていくのか謎だったけど、確かにフルーツタルトは嫌いではない。
母さんは一通り出し終えると、箱をテーブルの隅によけた。
「いただきます」
嬉しそうに食べ始める母さんを見つつ、俺もフォークを手に取る。
「仕事はどうだい?」
「なんとか順調です。まだ父に怒鳴られていますが」
「藤岡氏は厳しい方だからね。…でも、お前さんの仕事に対する熱心な態度は褒めていたよ」
「恐れ入ります」
…父さんは俺の知らないところで嘉貴の情報を仕入れてたのか。
それから少しの間、二人は仕事の話をしていた。
父さんの前に置かれたチーズケーキは減ることがなく、自分用のケーキを食べ終えた母さんが、すいっと手を伸ばして父さんのケーキを自分のほうに引き寄せて食べ始める。父さんはそれに気付いているのかいないのか、特に咎めるようなこともなく、嘉貴と話をしたままだった。
母さんが二個目をほぼ平らげた時、俺もようやく食べ終わり(俺が遅いのではなく、母さんがやたら早いだけ)手を置いた。
その俺をちらっと見る嘉貴。
何故か父さんからも注目されていて、改めて二人は俺が食べ終わるのを待っていたってことに気がついた。
「――――それで、浩希のことだけど」
「はい」
親父は懐から、何やら紙を取り出した。
それはあの誓約書で、……そこから出したってことは、ずっと入れていたのか。
「俺も嫁さんも、まだ子供だったが君の真摯な態度に納得してこの誓約書にサインをした。…このときの想いに嘘偽りはないと信じていいんだね?」
嘉貴は目を細めてその誓約書を見た。
それから、信じられないことを言う。
「この誓約書は破棄していただきたいんです」
「え」
「……それは、どういうことかな」
静かに問う父さんを真直ぐに見据えたまま、嘉貴は微動だにしない。
「子供のときも今も…、俺が――――私が浩希を愛していることは変わりありません。この誓約書を交わした事実……永祐さんと百合恵さんが私を認めてくれたという事実は、今まで私の心の支えになっていました。今の私があるのも、このおかげだと思っています」
嘉貴のこんな真剣な顔は……もしかしたら初めて見るのかもしれない。
いつものような柔らかい笑みもないその表情からは、どれだけ嘉貴が真剣なのかというのが伝わってくる。
父さんも母さんもただ黙って話を聞いていた。
19
お気に入りに追加
676
あなたにおすすめの小説
異世界に転生をしてバリアとアイテム生成スキルで幸せに生活をしたい。
みみっく
ファンタジー
女神様の手違いで通勤途中に気を失い、気が付くと見知らぬ場所だった。目の前には知らない少女が居て、彼女が言うには・・・手違いで俺は死んでしまったらしい。手違いなので新たな世界に転生をさせてくれると言うがモンスターが居る世界だと言うので、バリアとアイテム生成スキルと無限収納を付けてもらえる事になった。幸せに暮らすために行動をしてみる・・・
寵妃にすべてを奪われ下賜された先は毒薔薇の貴公子でしたが、何故か愛されてしまいました!
ユウ
恋愛
エリーゼは、王妃になる予定だった。
故郷を失い後ろ盾を失くし代わりに王妃として選ばれたのは後から妃候補となった侯爵令嬢だった。
聖女の資格を持ち国に貢献した暁に正妃となりエリーゼは側妃となったが夜の渡りもなく周りから冷遇される日々を送っていた。
日陰の日々を送る中、婚約者であり唯一の理解者にも忘れされる中。
長らく魔物の侵略を受けていた東の大陸を取り戻したことでとある騎士に妃を下賜することとなったのだが、選ばれたのはエリーゼだった。
下賜される相手は冷たく人をよせつけず、猛毒を持つ薔薇の貴公子と呼ばれる男だった。
用済みになったエリーゼは殺されるのかと思ったが…
「私は貴女以外に妻を持つ気はない」
愛されることはないと思っていたのに何故か甘い言葉に甘い笑顔を向けられてしまう。
その頃、すべてを手に入れた側妃から正妃となった聖女に不幸が訪れるのだった。
寝込みを襲われて、快楽堕ち♡
すももゆず
BL
R18短編です。
とある夜に目を覚ましたら、寝込みを襲われていた。
2022.10.2 追記
完結の予定でしたが、続きができたので公開しました。たくさん読んでいただいてありがとうございます。
更新頻度は遅めですが、もう少し続けられそうなので連載中のままにさせていただきます。
※pixiv、ムーンライトノベルズ(1話のみ)でも公開中。
「こんな横取り女いるわけないじゃん」と笑っていた俺、転生先で横取り女の被害に遭ったけど、新しい婚約者が最高すぎた。
古森きり
恋愛
SNSで見かけるいわゆる『女性向けザマア』のマンガを見ながら「こんな典型的な横取り女いるわけないじゃん」と笑っていた俺、転生先で貧乏令嬢になったら典型的な横取り女の被害に遭う。
まあ、婚約者が前世と同じ性別なので無理~と思ってたから別にこのまま独身でいいや~と呑気に思っていた俺だが、新しい婚約者は心が男の俺も惚れちゃう超エリートイケメン。
ああ、俺……この人の子どもなら産みたい、かも。
ノベプラに読み直しナッシング書き溜め中。
小説家になろう、カクヨム、アルファポリス、ベリカフェ、魔法iらんどに掲載予定。
【本編完結】溺愛してくる敵国兵士から逃げたのに、数年後、××になった彼に捕まりそうです
萌於カク
BL
この世界には、男女性のほかに第二性、獣人(α)、純人(β)、妖人(Ω)がある。
戦火から逃れて一人で草原に暮らす妖人のエミーユは、ある日、怪我をした獣人兵士のマリウスを拾った。エミーユはマリウスを手当てするも、マリウスの目に包帯を巻き視界を奪い、行動を制限して用心していた。しかし、マリウスは、「人を殺すのが怖いから戦場から逃げてきた」と泣きながら訴える心の優しい少年だった。
エミーユは、マリウスが自分に心を寄せているのがわかるも、貴族の子らしいマリウスにみすぼらしい自分は不似合いだと思い詰めて、マリウスを置き去りにして、草原から姿を消した。
数年後、大陸に平和が戻り、王宮で宮廷楽長として働くエミーユの前にマリウスが現われたが、マリウスには、エミーユの姿形がわからなかった。
※攻めはクズではありませんが、残念なイケメンです。
※戦争表現、あります。
※表紙は商用可AI
壁の花令嬢の最高の結婚
晴 菜葉
恋愛
壁の花とは、舞踏会で誰にも声を掛けてもらえず壁に立っている適齢期の女性を示す。
社交デビューして五年、一向に声を掛けられないヴィンセント伯爵の実妹であるアメリアは、兄ハリー・レノワーズの悪友であるブランシェット子爵エデュアルト・パウエルの心ない言葉に傷ついていた。
ある日、アメリアに縁談話がくる。相手は三十歳上の財産家で、妻に暴力を働いてこれまでに三回離縁を繰り返していると噂の男だった。
アメリアは自棄になって家出を決行する。
行く当てもなく彷徨いていると、たまたま賭博場に行く途中のエデュアルトに出会した。
そんなとき、彼が暴漢に襲われてしまう。
助けたアメリアは、背中に消えない傷を負ってしまった。
乙女に一生の傷を背負わせてしまったエデュアルトは、心底反省しているようだ。
「俺が出来ることなら何だってする」
そこでアメリアは考える。
暴力を振るう亭主より、女にだらしない放蕩者の方がずっとマシ。
「では、私と契約結婚してください」
R18には※をしています。
【完結】イヴは悪役に向いてない
ちかこ
BL
「いい加減解放してあげて下さい!」
頬を叩かれた瞬間に、自分のこと、ここが以前に遊んだことのあるBLゲームの世界だと気が付いた。
次の瞬間には大勢の前で婚約破棄を言い渡され、棄てられると知っている。どうにか出来るタイミングではなかった。
この国を守っていたのは自分なのに、という思いも、誰も助けてくれない惨めさもあった。
けれど、婚約破棄や周囲の視線なんてどうでもいいんです、誰かに愛されることが出来るなら。
※執着×溺愛×家族に愛されなかった受
※攻同士でのキス有
※R18部分には*がつきます
※登場人物が多いため表を作りましたが読む必要は特にないです。ネタバレにならないよう人物追加時にメモ程度に追記します
第11回BL小説大賞奨励賞頂きました、投票閲覧ご感想ありがとうございました!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる