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元自称婚約者な恋人に会いたいので、初めて合鍵を使ってみました

38 溺れてしまう

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 肩が寒く感じて身じろいだ。
 だから、エアコン効き過ぎなんだよ。
 夏だからってこれは涼しいんじゃなくて寒すぎる。
 少し動いたら、温かいものに触れた。
 心地がよくてすり寄ると、温かいものに背中を抱き寄せられた。
 ……ほんと、あたたかい。

「寒い?」
「ん……少し」

 問われて答えて。
 …あれ、俺誰かと一緒にいたんだったっけ。
 …まぁ……いいか。気持ちがいい。

「まだ早いですから…眠ってください」
「ん……」

 優しい低い声。
 この声、好きだ。
 心の中まであったかくなる声。

「すき……」

 だいすきな、こえ。

 トクントクン

 少し早い鼓動。
 それすら気持ちがいい。




 おかしな感覚だった。

『おにいちゃん』

 夢を見てるんだ……ってはっきりと意識している。
 小さな俺がそこにいる。
 小さな俺の前には、面影そのままの嘉貴がいた。

『浩希、こっちに来て御覧』

 小さな嘉貴は小さな俺の手を引いて、ゆっくりと歩く。

『この木にね、綺麗な花が咲くんだよ。早く浩希に見せてあげたいな』
『おおきいね』

 これ、何の夢なんだろう。
 ……でも、前にも、同じような夢を見た、気がする。
 小さなときの俺。
 ただの夢じゃなくて…俺の記憶の中なんだろうか。

『ねえ、浩希。……もしもこの先俺と浩希が離れてしまっても……、この木を目印にここで逢おう』
『…おにいちゃん、どこかいくの?』
『うん。……もしかしたら、少し遠いところに行くかもしれない』
『やだ!』

 小さな俺は力いっぱい嘉貴にしがみついていた。

『浩希…』
『やだ!おにいちゃんいなくなるの、ぜったいやだ…!!』

 大きな目に涙をためて、懇願する。
 それは子供の我儘なんだろうか。
 何かが俺の胸の中を過ぎて行って……、苦しくなる。

『浩希……泣かないで。傍に、いるから』

 ただの夢なのかもしれない。
 失ってしまった記憶なのかもしれない。
 どちらかわからなかったけど……涙が、とまらなかった。




「浩希」

 俺を呼ぶ声にはっとして目を覚ました。

「…嘉貴?」

 目の前には昨夜と同じように上半身裸の嘉貴がいる。嘉貴はなんだかひどく不安そうな目をしていた。

「何かありましたか?」
「え?」
「泣いてる」

 嘉貴に目元をぬぐわれて初めて自分が涙を流していることに気づいた。

「あれ…なんだろ……」

 流れ続ける涙を甲でぬぐおうとしたら、嘉貴に手を止められた。

「腫れてしまうから」

 嘉貴はそう言うと、唇で涙をぬぐっていった。

「悲しい夢でも見ていた?」
「…………そう……なのかな」

 正直、あまり覚えてなくて。
 なんかすごく胸が苦しくなったのは感覚として残っているのだけど。

「…今何時くらい?」
「七時になりますよ」
「………じゃあ…」

 唇を離した嘉貴の背中に両腕をまわして、胸元に額を押し当てた。
 伝わってくる鼓動が心地いい。

「もう少し……こうしてて」
「……ええ」

 嘉貴は微笑みながらうなずいてくれた。
 同じように俺の背中を抱きしめて、髪にキスをしてくれる。
 ……あったかいなぁ……。

 トクントクン

 鼓動は生きている証拠。
 この人が幻ではなくここにいてくれる証拠。

「嘉貴……大好きだから…」
「……ええ」

 嬉しそうに頷く声。

「好きだけど……」
「けど?」
「……エアコンの設定はもうちょっとあげておいていいと思う」

 こんな状況での俺の苦情申し立てに、嘉貴は軽く声をあげて笑った。

「何かおかしい?」
「………いえ」
「はっきり言えよ!」

 笑って誤魔化すなんて気になるじゃないか。
 むすっとしながら嘉貴を睨みつけていたら、嘉貴はまた笑った。
 笑って……突然キスをしてくる。

「ん……なに……」

 重なった唇から入り込む舌は、口の中を嬲って離れ際には唇を舐めて行った。

「…嘉貴…」

 朝にしては濃厚なそれに、一旦は止まった涙がまた溢れ出して目元を濡らしてしまった。

「設定を下げておく方がいいかな、と」
「なんで?」
「こうやって浩希からすり寄ってきてくれるでしょう?」
「――っ!!!」
「今朝も……素直で可愛かった」

 け、今朝って、今朝って!!
 いや、今の時間だって十分「朝」だけど、――――って、いや、そうじゃなくて!!
 なんだか悲しいような苦しいような夢を見た直前に、確かに、寒くて、近くにあった温かいものにすり寄っていったような気はするけど……けどっ

「だから、下げておくのもいいかな」
「きゃ……却下!!!」

 うわああああああ恥ずかしいっ!!
 あれが現実だったっていうことがとんでもなく恥ずかしいっ!!

「浩希」

 嘉貴は楽しそうに笑ってるばかりで。
 そりゃ、こうやってはっきり意識してるときに自分から抱きつくのはまだいい。
 けど、半寝状態でそうやって甘えてしまうのは、なんだか妙に恥ずかしいし、それをからかう材料にされるのも恥ずかしすぎる。

「……おきるっ!!」

 これ以上一緒にいると羞恥心に押しつぶされそうで、嘉貴から逃れてベッドを降りようとした。

 けどっ

「うわっ」
「まだここにいてください」

 嘉貴の腕に後ろからあっさりとつかまってしまう。
 脱走失敗。
 ベッドの中に逆戻り。

「なにするんだよっ」
「寂しいじゃないですか」
「俺は寂しくないし」
「俺が寂しいです」
「~~~!!!嘉貴!!!」
「はい?」

 しれっとした声と顔。
 その顔を見てるだけで、脱力。

「…………おなかすいた」

 文句を沢山言うはずだったのに。
 出てきたのはそれだけ。
 しかも、嘉貴にまた笑われた。

「じゃあ、起きましょうか」

 そう言うから素直に起き上がるのかと思ったら、体をさらに引き寄せられていつの間にか嘉貴の体の下に組み敷かれていた。
 両手首をベッドに抑えられて、見下ろされた。
 急なことに、鼓動が忙しなくなる。

「朝の挨拶がまだですよ」

 こんな態勢で…って悪態をついてたら、すぐに嘉貴の唇が重なってくる。
 啄ばむようなキスをしてから、すぐに濃厚なものに変わっていく。

「は……」

 さっきと違うキス。
 湿った音をわざとだしながら、何度も吸いついて舐められて、体の芯にはぼぅっと熱がたまり始める。

「おはよう、浩希」

 キスの合間に言われても答えようがない。
 さっきまで文句たらたらだったのに、俺はあっさりとキスに落とされていた。
 気持ちがいい。
 キスも、嘉貴の重みも。

「浩希…」

 熱い声と熱い体。
 それに反して冷たい指がパジャマの中に潜り込んできて、体がびくりと反応してしまう。
 這い上がってくる指。
 ……嫌じゃない。
 それよりも望んでしまっている。

「よ……んぅぅ、…す、き………大好き……」

 いつの間にか悲しかった気持ちがなくなってる。
 嘉貴が好きだ。
 すごく……好き。
 あんなに恥ずかしくて怒っていたはずなのに。

「嘉貴………よし、たか……」

 溺れてしまう。
 声と、手と、熱と。
 ……嘉貴の全てに。



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