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俺は元自称婚約者な恋人に、とにかく甘えていたいらしい

29 触れられる距離にいてくれないと不安

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 点滴が終わったのは十時ころだった。
 嘉貴…は(何故か)慣れた手つきでテープを外して針を抜いた。(針の先がぺらぺらのプラスチックでびっくりした)
 深山さんが置いて行った消毒綿をあててテープを貼って、終わり。
 点滴と管と針一式をビニール袋にいれて口を縛った。

「嘉貴って……なんか手慣れてるんだ」
「そんなことありませんよ」

 嘉貴…はそう言って苦笑した。
 袋を寝室の扉近くに放ってから、俺の頬に手をあててくる。

「何度か言ったけど…、大好きな人の前ではいつでも余裕な姿を見せたいだけでね」
「……たまには情けない姿を見せてくれてもいいと思うんだけど」
「それは……却下」

 嘉貴…が目を細めた。
 ……ああ、また胸がドキっとする。

「…なんで?」
「情けない俺の姿なんて見たら……浩希はきっと俺のことを嫌ってしまうから」
「そんなことないよ」

 嘉貴は微笑んだだけで…唇にキスをした。
 自由になった両腕で、嘉貴の背中を抱きしめる。

「俺が嘉貴のこと嫌うなんて……」

 絶対ないのに。
 好きと自覚してまだそんなに経ってないけど、何故か絶対だと言い切れる。

「……友人にいつも言われてるんですよ。どうも俺は落ち込みすぎると目も当てられない状態になるようで」
「嘉貴が?」
「ええ」

 信じられない……っていうか、正直、はぐらかされてるのだと思った。それと同時に、そんな嘉貴…を見てみたいとも思ってしまう。

「……でも、さ」
「浩希?」
「……俺のこと好きなら……俺にだって嘉貴の弱いところ見せてよ」
「浩希…」
「俺だって嘉貴のこと………好きなんだよ」

 この一週間くらいで急転直下もいいところなんだけど。
 …でも、嘘じゃない。
 俺は、嘉貴のことが好きだ。

「婚約者だって言うならさ……嘉貴の全部、教えてよ」
「浩希……」

 舌が滑らかだった。
 また熱があがってきたんだろうか。
 こんなこと…俺が言えるなんて。

「格好いい嘉貴が大好きだけど……、悩む嘉貴も後ろ向きの嘉貴も……俺は嫌いになんてならない。全部……全部、大好きだから」
「………貴方は…」

 ベッドの上に座っている俺の肩に嘉貴の額が押しあてられる。

「…なに?」
「……すこしこうしていてもいい?」
「……いいよ」

 ……なんか、甘えられてるような気がして。
 大きくて広い背中を、ゆっくりなでた。


 おやすみなさいのキスをした。
 ソファで寝るからって言う嘉貴を引きとめた。
 大きくて心地のいいベッドの中で、嘉貴の腕に抱きしめられた。
 …自分で言ったことだけど、すごく緊張して、心臓が張り裂けそうだった。
 嘉貴のぬくもりと匂いがすぐ傍にある。
 胸の高鳴りは強くなるばかりで。


 ……はじめて嘉貴の家で過ごす夜は……、熱と緊張とドキドキで、眠れない夜だった。







「――――はい。もう大丈夫そうですね」

 診察を終えた深山さんが、にっこり笑った。
 その言葉に俺も胸をなでおろしていて、丁寧に頭をさげる。

「ありがとうございました」
「どういたしまして。体力はまだ回復してないと思うので、あまり無理はしないでくださいね」
「深山、通学はどうしたらいい」
「熱が完全に下がっているのなら、問題無いと思います。ただ、まだ無理は駄目です。運動関係もお休みした方がいいですよ」

 高熱が出る…っていうのは、確かに体にとってはつらいものなんだって自覚した。
 足元はふらついていて、中身は結構元気になったのに、満足に歩くことがまだできない。ベッドで横になってるほうが楽…っていうのが現状。
 でも、点滴が必要なほどではない、ってことなんだから、昨日よりは確実に回復してきてるのかな。

「では、私はこれで」
「ああ、すまない。ありがとう」
「あ、そうだ。……父が、スマホの電源は切らないでくれと泣いていました」

 深山さんの言葉に、嘉貴は苦笑した。
 スマホ、って、もしかして仕事の方の?

「何か急用かな」
「父は貴方の声を聞かないと落ち着かないらしくて」

 笑いながら肩をすくめる深山さん。
 それ自体はどうやら冗談らしいけど、…でも、電源切ってたら本当に急用とかあったら連絡つけられないよな…。
 …ん?急用を処理しなきゃならないほど、嘉貴って会社で結構上の方にいるってことなのか?
 まあ、お父さんの会社を手伝ってるって言ってたから……それもそうなのかな。

「では、失礼しますね」

 深山さんは点滴一式の入った袋を持って、寝室を出ていった。

「見送ってくるから」
「うん」

 嘉貴は深山さんの後から部屋を出て行った。
 …俺、何も考えずにここにいるけど、もしかして、嘉貴は俺のためにわざわざ休みを取ってくれたのかな?
 だとしたら、……なんか、申し訳ないっていうか……嬉しい。

「浩希、疲れない?」

 部屋に戻ってきた嘉貴にそう聞かれたけど、首を横に振った。

「大丈夫だよ」

 ベッドに座ってるのはそれほどつらくないし。
 昨日より気分も体調もいいし。

「飲み物を作ってくるから熱計っていて」
「ん」

 体温計を受け取ると、嘉貴はキッチンにむかってしまった。
 ……飲み物より、もうちょっと傍に居てほしい……とかその背中に思って、顔が赤くなってしまった。
 同じ家の中にいるのに、触れられる距離にいてくれないと不安とか……、俺、どれだけ……。

「あ、熱」

 嘉貴がどこかに行ってしまうわけでもないんだから。
 きっと、甘いアイスティを作ってきてくれる。
 レモンかな、ミルクかな。それか、ストレートか。
 体温計を脇にはさめながら、寝室の開けっぱなしになってるドアの方を見ていた。
 もっと体力が戻ったら、こんなところにいるんじゃなくて嘉貴の隣に立てるのに。
 体温計が終了の音をたてるのと嘉貴がトレイを持って戻ってくるのは、ほぼ同時だった。

「計れました?」

 嘉貴はトレイを棚の上に置いて、ベッドに腰掛ける。
 俺は体温計を取り出して、嘉貴が手に持ったグラスと交換した。
 あ、今日はレモンだ。

「38度ですか……。昨日よりは下がりましたね」
「え、まだそんなにあるんだ」
「体が熱に慣れてしまったんですね。それを飲んだらまた少し休んでください」
「…嘉貴は?」

 思わず声に出していた。
 嘉貴は自分のグラスを手に持ちながら、俺の頭をなでていく。

「お昼の支度でもしようかな」
「いやだ」
「浩希?」
「お昼の支度なんてもっと後でいいから……嘉貴、ここにいてよ……」

 袖をつかんで、下をむいてしまった。



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