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俺は元自称婚約者な恋人に、とにかく甘えていたいらしい

26 嘉貴 さん

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 車のシートってやつは、どんなに座り心地がよくても、体の具合が悪いときには落ちつけないものなんだと初めて知った。
 単に座っていることがつらいだけなのかもしれないけど、身の置き場がない。
 シートは少し倒して、半分寝てるような姿勢なのだけど。

「浩希……やっぱり後ろで横になっていた方がいいんじゃないですか」
「やだ。ここにいる」

 …いつものように、握ってくれてる手。
 後ろのシートで寝てたら、この手をつかんでいられなくなってしまう。
 少し、ため息が出た。
 ほんの少しの間でも離れたくないって思ってしまうのは、熱のせいなんだろう。

「嘉貴さ………よし、たか、仕事、は?」

 言い直す俺に嘉貴さんはくすって笑う。ああ、いや、だから、『嘉貴』だ。

「今日はもう終わったので気にしなくていいですよ」
「そうなんだ」

 お父さんの会社の手伝いをしてる……ようなことを聞いた覚えがあるんだけど、具体的に何をしてるのか今一わかってない。
 …焦んなくてもそのうち教えてくれるよな……きっと。

「そういえば……何か食べたいものありますか」
「……えびちり」

 そう答えると嘉貴…は笑った。

「そんなに食べたかった?」
「うん」
「それじゃ、浩希の具合がよくなったら昨日できなかった中華でお祝いしようか?」
「……うん」

 キュって力が込められる手。
 その手に左手も添える。
 ……嬉しい。
 ずっと、この手を握っていられるんだ。




 車から降りるときも横抱きにされた。
 いくら歩けると言っても聞いてくれない。……そもそも、靴、履いてないんだけど……。
 そのまま最上階の部屋まで運ばれてしまった。
 …正直体はしんどくて、自分で歩かなくていいのは助かったんだけど、恥ずかしいからやめてほしい。
 俺を抱えたまま器用に鍵を開けて、嘉貴…は、すたすた家の中に入った。
 『俺の部屋』を通り過ぎて、居間にはいる。
 そっか。俺の部屋にはまだベッドがなかった。
 とりあえずソファかな…って思ったら、ソファにも下されず、開けたことがない部屋の戸を開けて中に入った。
 そこは寝室らしくて、壁に備え付けのクローゼットと見たこと無い大きなベッドとその枕元に小さな棚が置いてあるだけの部屋だった。
 嘉貴…は、そのベッドに俺をゆっくり下すと、薄手の毛布を改めてかけてくれた。

「部屋のドアは開けておきますから、何かあったら声をかけてください」
「……どこか行くの?」
「行きませんよ。心配しないで。飲み物とか準備してきます」
「……ん……わかった」
「眠っていてもいいですから」

 頬に口づけて後、嘉貴…は部屋を出て行った。
 枕に顔を押し当ててみる。

「………あ」

 匂いが、する。
 嘉貴…の、匂い。
 そりゃ、当然なんだろうけど。毎日嘉貴…が使ってるんだから。

「…………なんか………」

 ものすごくドキドキする。
 …この広さなら二人で寝ても狭くないよな………って、って!!

「………」

 真っ赤になってしまった。
 二人で、って。

『浩希』

 甘い声と甘いキス。

「ん……」

 唇にその感触が戻ってきて……思わず毛布を手繰り寄せた。
 ドキドキは強くなる一方で。

「……嘉貴……」

 好き……だよ。
 好き。
 大好き。
 婚約者、嫌じゃない。
 むしろ、嬉しい。
 母さんにはっきり言ってくれた。
 大丈夫。
 もう逃げたりしないから。





「……39度4分……」

 嘉貴…の淹れてくれたアイスティを飲みながら、体温計を見てわずかに呆然とする彼を見ていた。
 それ、俺の体温ですか?

「浩希、やっぱり医者に診てもらいましょう」
「……別に、咳もくしゃみもでないし……喉も痛くないし……」

 それは嘘じゃない。
 そりゃ、眩暈はするし、頭が痛いし、足腰に力がはいらないけど。

「…それに……ここに居たいし………」

 ベッドの上で、俺の隣に座っている嘉貴…の肩に頭を預けてた。
 支えがないと座ってるのはちょっとつらい。

「浩希」

 嘉貴…は俺の手元のグラスを枕元の棚の上に置くと、肩を抱き寄せてくれる。

「じゃあ、来てもらうならいい?…浩希がよくても俺が心配だから」

 嘉貴…はそう言うと、胸のポケットから黒いスマホを取り出した。
 それを見て、もらったスマホは電源を切ってる上に、家に置きっぱなしになってることを思い出した。

「――――ああ、俺だが」

 黒……っていうことは、例の仕事用ってやつだろうか。

「医務室の樹里を――――居ない?」

 なんとなく、声が硬い。
 普段俺と話している時の声は、もっと優しくてやわらかいのに。今は厳しくて鋭い声だ。

「――――ああ、彼女がいるなら医務室につなげてくれ」

 電話をしながら、嘉貴…の手は俺の髪を弄り始めた。
 くすぐったいんですけどっ

「忙しいところすまない。往診を頼みたいんだ。――――いや、俺じゃない。浩希が高熱なんだ」

 目的の人物と繋がったんだろうか。
 突然俺の名前出されて驚いたんだけど。
 さっきまでの厳しさはすこし和らいでいて、聞かれてるんだろうけど症状を詳しく話始めた。

「食欲は――――浩希、食欲はある?」
「え?……えっと……昨日からあんまり食べてないけど、それなりには食べれると思う」
「昨日から…。すみませんでした、浩希」

 抱き寄せられて、キスをされた。
 や、だから、電話中だからっ!

「嘉貴さん、電話っ」
「ああ。………浩希、『さん』つけた?」
「あ………」
「電話終わるまで待ってて下さいね」

 嬉しそうにこめかみにキスをすると、嘉貴…はまた電話に戻った。



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