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揺れ動く俺の心と、自称婚約者の猛攻撃
17 受け取ってしまいたい
しおりを挟む良一に言われたこともよく理解できないまま、一日が過ぎていく。
午後からも苛々するようなぼーっとするような気の抜けた感はぬぐえず、大好きなはずの野球にも集中できない。
ため息の連続の部活の時間は、すごく長く感じてつらいものだった。
覇気がない、元気がない、暗い………っていわれても仕方ない。
いい加減見かねたのか、雷音監督がいきなり俺を呼びつけて帰宅を命じてきた。
「尾道、とりあえず自分の顔鏡でちゃんと見て、ゆっくり休んでまた明日な」
「………はい」
そんなに酷い顔してるのか、俺。
言い返すこともできない。
怒られても仕方ない状況だって言うのに、雷音監督は怒ることはなく気遣ってくれる。
……なんか、俺すごい情けない。
一人着替えてから荷物を抱えて中途半端な時間に正門を出た。
まだ夕焼けにもなっていない。
西の空はそれなりに濃い色をしていて、もうすぐオレンジ色になるんだろうなぁ…ってところかな。
そんな空を見上げてまたため息が出た時だった。
ものすごい勢いで走ってくる車があるなぁ…と思っていたら、正門の前……というか、俺の目の前で急停車した。
瞬間、すごい音にびっくりしたけど、すぐに驚きとは違った鼓動を感じた。
車には見覚えがあったから。
でも、だって、今日はまだ月曜日で。
呆然と車を見ていたら、助手席のドアが内側から開けられて――――
「浩希」
ここ数日俺の思考を苛んできた張本人が、見惚れるほどの笑顔で俺を呼んだ。
「よかった。入れ違いになったらどうしようかと思っていたんですよ」
流れる景色を見る余裕もないほど緊張していた。
車に乗り込んでからも、なんで、どうして、という気持ちが消えない。
だって、火曜日って言ってたじゃん。
なのに、どうして、今ここにいるんだよ。
「なんとか仕事を早く切り上げてきたんです。…貴方が泣いてると思って」
「っ、泣いてなんか…っ」
「そうですか?」
あたってない。あたってないけど、遠くもなくて、俺はそれ以上言葉がでない。
大体、そうだ。逢えないことが寂しいとか…そんな理由で悲しくなってたわけじゃないし。
あー……いきなりの登場でかなり動揺して吹っ飛んでいたけど、思い出してしまった。
思い出してしまうと思考はどんどん奥底に堕ちていく感じがした。…もう、いい加減にしろよ、俺。
「浩希」
「……なに」
「元気ないようですけど…大丈夫ですか?」
大丈夫なら今頃ばりばり部活してるけど。
「別に……大丈夫だけど」
嘘にしか聞こえないな、これじゃ。
自覚していても、どうすることもできないのがつらい。
嘉貴さんは、ちらりと俺に視線を移してきたけど運転中だからまたすぐに前を見る。
少しの間沈黙になった。
まだ俺の頭の中は混乱してるのかな。
仕事を早く終わらせて帰ってきた嘉貴さんが、ここにいるのが信じられないというか…なんだろう。
もやもやしてるのが俺の勝手な思い込み…想像の域を超えないことだから、どうにも切り出しにくい。
まして、聞いていいものなのか、聞かない方がいいものなのか。それすら判断つかない。
暗澹とぐるぐる思考に陥っていると、車が止まった。どうやら赤信号らしく、どこかに到着した気配はない。
「浩希、これを」
嘉貴さんはここぞとばかりに、懐から何かを取りだした。
それは綺麗なスカイブルーのスマホだった。
「え?」
どうぞ、と言われて普通に受け取っていた。見たこと無いデザインのもので、シリコンのカバーがかけられてる。
なに。どうしろと。
「これ…」
「貴方の分です」
「……はい?」
言われたことが理解できなくて、スマホを両手で持ったまま嘉貴さんを凝視してしまった。
信号が変わって、車がまた走り始める。
嘉貴さんはハンドルを握ったまま苦笑いしていた。
「…逢えない日にも貴方の声が聞きたくて」
そう言われて……一気に顔が熱くなった。
それって、ここ数日俺が悩み続けたことじゃないか。
…それにしたって、だから、なんでスマホ?
「……俺だってスマホくらい持ってるよ?」
俺の番号とかIDとかを嘉貴さんに教えればいいだけじゃないの?
「…そうなんですけどね。実は、俺は仕事用のものしか持っていなくて。…でも、貴方と連絡を取るなら貴方とだけ繋がることができる専用のものがほしかったし、どうせなら貴方と同じものがいいと思って」
そう言って嘉貴さんは、同じようにスマホを取り出した。
色、形、確かに同じ。…おそろいの、スマホだ。
「いつでも電話をください。貴方からの連絡なら、どんなときでも出ますから」
「でも」
「俺と、貴方だけのものです」
「……」
受け取ったスマホを手の中に握った。
どうしよう。
受け取っていいんだろうか。…むしろ、受け取ってしまいたい。
「俺と貴方の番号と通信アプリの方はもう登録済みですから」
…ものすごい、ドキドキした。
まさか、こんな形で悩みが解決されるとは思ってもいなかったから。
俺のために。
それだけ、想われていることに。
『自分の心と向き合った方がいいよ』
良一のそんな言葉が、脳裏によみがえった。
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