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数日俺を放置した自称婚約者の家に、ご飯を食べに行きます
15 胸のあたりがチクチクする
しおりを挟む俺が嘉貴さんのことで知ったこと。
①結構なお金持ち(資産家?)の息子さん
②おでかけにはボディガードがついてくることがある(ボディガードがいなくても、十分強いと思う。多分)
③有名高級ホテルの経営者に知り合いがいる(どういう関係かは知らない)
④手が早い(いきなりキスされた)
⑤所構わず手をつなぎたがる(嫌ではない)
⑥敬語を使う(習慣らしい)
⑦料理がうまい(まだパスタしか食べてないけど)
⑧高級マンション(だと思われる)に1人暮らし
⑨仕事をしている(当然か。家業を手伝っているらしい)
⑩うちの野球部の監督と親しい(友達だっけ?)
⑪教え方がうまい
美味い夕飯の後、俺は居間のソファに嘉貴さんと座って、出されていた英語の課題と格闘していた。
仕事で必要なのか、嘉貴さんは英語が「できる」人で、俺が考え込むとさりげなくヒントをくれたりした。いつも挫折寸前の英語の課題がすらすら解けていける。これなら休みの間に良一や優弥に泣きつかなくて済む。
うん。嘉貴さんはきっと、教え方がうまいんだな。……親友たちの教え方が下手とかではなくてな、うん。
「お、終わった!」
借りてたとノートからUSBを引き抜いてから閉じた。
「お疲れ様」
俺の傍らでは、嘉貴さんがニコニコしながら座っていて、俺の頭をぽんぽんと叩く。
……これは、子供扱いと同等では…と思いつつ時計を見たら、もう十時を過ぎていた。
「そろそろ帰りますか?」
「あー……うん。さすがにそろそろ…」
「それじゃあ、送りますね。着替えた服は袋に入れていいかな」
「あ、うん。……って、じゃ、これ着たまんまでいいの?」
「もちろんですよ。…言ったでしょう。あの部屋は貴方の部屋で、あそこに置いてあるものは貴方が自由に使っていいんですから」
「……ん、わかった」
資料や参考書を鞄に仕舞って立ち上がった。
さて、玄関に行こうかと一歩踏み出したところで、後ろから嘉貴さんに抱きしめられる。
「………な、に?」
「帰らせたくないって言ったら……浩希は泊まっていってくれますか?」
「帰る」
俺が即答すると、嘉貴さんは笑った。
だって、泊まる理由もないし。それに、「俺の部屋」にはまだベッドがなかった。
「つれないですね」
「夕飯食べに来ただけだし」
まあ、課題は何の苦もなく終わったけど。
嘉貴さんはまた笑うと俺から手を離した。
「行きましょうか」
「うん」
躊躇いもなく俺の荷物を持った嘉貴さんの後ろについて歩いて、家を出た。
車が走り始めてから、何度か嘉貴さんの横顔を見た。
……泊まる、って言ったほうがよかったんだろうか。
いやいやいや。
理由がないんだから、そんなこと必要ない。なんかほだされてないか、俺。
……でも、一人じゃ寂しいんじゃないかな、とか。泊まったら、朝ごはんも一緒に食べることができる。一人で食べるより、その方が絶対うまいだろうし。
「俺の顔に何かついてますか」
「え?」
「さっきからずっと見てるでしょう?」
「や……別に……」
あえて口にだすようなことじゃないっていうか、こんな考えにはまりこんでるのを知られたくないっていうか。
「気になるじゃないですか」
「んー………」
口ごもっていたら嘉貴さんの手が伸びてきて、俺の肩を抱いてくる。
シートベルトをしてるから完全に体がくっつくわけではないけど、少し体をずらして嘉貴さんの肩に頭をよりかからせた。……まあ、これくらいはいいかな、って。
「あのさ」
「はい」
「…明日もご飯食べに行っていいかな」
「あー……すみません」
嘉貴さんは俺の肩を抱く手に力を入れた。
「明日は午後から仕事でちょっと遠くに行かなければならないんです」
「え」
「来週の火曜日には戻りますから」
「……そう、なんだ」
なんだろ…。なんか、胸のあたりがチクチクする。
「…戻ってきたら、また来てくれますか?」
「うん。……次は和食がいい」
「わかりました」
火曜日の約束。
だけど……、そっか。
あと丸三日は会えないんだ。
「浩希……」
「なに?」
「寂しいですか?」
「さ……寂しいわけないだろ…!」
「そうですか?…俺は寂しいですけどね」
「だって、仕方ないじゃん。仕事なんだから」
…あ、今の台詞って、なんか拗ねてるような言い方だ。
「なるべく早く片付けてきますから。……だから、泣かないで」
「だ、誰が泣いてなんか…!」
「あれ?違いました?」
…なんて笑う嘉貴さんを、格好いい……とか、思ってしまった。
一度預けた頭は、どのタイミングで離せばいいものなのか。
肩を抱く手は時々髪を弄ったりなでたり。…またその手が気持ちよくて、うっかり眠ってしまいそうだった。
「忘れ物はない?」
うとうとしてる間に車は家についていた。
車から降りると、嘉貴さんが荷物を手渡してくれる。
いつも持ち歩いているものなのに、なんか、すごく手にずっしり感じてしまった。
「大丈夫…かな」
家の前で立ち尽くしたまま、一歩がでない。
ここに来て別れ難く思ってしまっている。
「それじゃ…お土産は食べ物の方がいい?」
「え?…あー……うん。なんでもいい」
そっか。
そうだった。
明日からいないんだ。
俯いてしまった俺の頭をぽんぽんと子供をあやすようになでる、嘉貴さんの手。
「浩希」
呼ばれて顔をあげたら、かすめるようなキスが唇に降りてくる。……目を閉じる暇もなかった。
「おやすみなさい」
「……おやすみ」
微笑んだ嘉貴さんは、そっと俺の背中を押した。
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