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数日俺を放置した自称婚約者の家に、ご飯を食べに行きます

13 俺の、部屋

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 連れてこられた所はなんだか見慣れない高級マンションだった。
 駐車場で車を降りてから、無意識に嘉貴さんの手を探って自分からつないでしまっていた。そのことに気付いたのはエレベーターに乗るときで、なんだか恥ずかしくて顔が熱くなってしまった。
 手を離そうとしても、迎えに来てくれたときのように嘉貴さんの手は離してくれない。それどころか、なおさら強く握られる。
 ……ああ、しかも。車から荷物を下ろしたまま、嘉貴さんは俺の荷物を二つとも持ったままだ。

「嘉貴さん、荷物」
「ああ、気にしないで。……このエレベーターは、最上階まで直通なんですよ」
「直通?」
「ええ。だから、重くないし誰かに見られるわけでもないし、気にしないでください」

 笑顔。
 気にしないでってのは、荷物のことなのか、手をつないでいることなのか。
 嘉貴さんはエレベーターに乗るときに、何かカードみたいなものをかざしてパネル操作していた。
 直通っていうのは驚いたけど、きっとその方が防犯的にもいいんだろうな。

 エレベーターが止まって扉が開くと、結構幅のある廊下があった。
 その廊下に面した玄関は一か所だけで、それはつまり最上階には一部屋しかないってことだ。
 嘉貴さんは玄関前に立って、エレベーターを呼んだときと同じカードをかざした。電子音みたいなものが鳴ってから、嘉貴さんはカードを戻した。
 どうやらあれは鍵らしい。(ホテル以外でカードキーの存在を初めて知った)しかも、エレベーターと家、両方の。

「どうぞ」

 玄関を開けた嘉貴さんは、扉を抑えたまま俺に入るよう促してきた。

「……お邪魔します」
「いらっしゃい」

 玄関もゆったりスペース。
 俺の後ろから嘉貴さんが入ってきて、玄関を閉めた。
 横をすり抜けて、俺を振り返る。

「浩希、こちらです」

 いくつかある扉を無視して、つきあたりの扉を開ける。
 …一体何部屋あるんだろうか、この家。
 あちこち開けて中を見たい衝動にかられつつ、嘉貴さんが開けてくれた扉をくぐる。
 そこはリビングだった。
 あまりごてごてしてなくて、生活に必要最低限のものしか置いていない、って感じのリビングは、やたら空間があまっていてだだっ広い。

「ソファに座っていてください。夕飯の準備しますから」
「俺手伝うよ?」
「いいんですか」

 俺の荷物をソファの近くに置いた嘉貴さんは、なんだかすごく嬉しそうに笑った。

「あー……でも、俺、料理とかしたことないし…邪魔になる?」
「そんなことないですよ。……ああ、そうだ。先にシャワーでも使いますか?部活の後のままだと落ち着かないでしょうし」
「でも着替え持ってきてないし」

 そりゃあ、汗臭いだろうから風呂に入りたいのはそうなんだけど。
 まさかこのタイミングで嘉貴さんの家に来るなんて思ってもいなかったから、着替えなんて持ってきてないし。
 嘉貴さんは笑って俺の頭をなでた。
 そのまま俺の手を引いて歩き始める。
 どこに行くんだろう…って思っていたら、リビングに面した扉を開けた。

「ここが風呂場です。バスタオルはそこの棚で、フェイスタオルはその隣に入ってます」

 ああ、風呂場の説明ね……て頷いたら、ぐいーっと引っ張られて今度はリビングを出て玄関の方に歩いて行った。

「こちらには三部屋あるんですが…、こちら側は書斎と俺の仕事部屋になっています」

 廊下に面して並んだ二つの扉を指差しで説明された。
 書斎に仕事部屋、なんだ。じゃ、家でも仕事してるのか。

「それから…」

 嘉貴さんは反対側にある扉を開けた。

「どうぞ」

 尻ごんでいたら手を引かれて室内に入った。
 その部屋には少し大きめの机と本棚、大きな窓、フローリングには肌触りのいいふかふかのラグがあった。

「着替えはここにありますから」
「え?」

 嘉貴さんはごくごく普通のこと……って言う感じで、壁に取り付けられている扉を開けた。
 どうやらそこはクロゼットになっているようで、中にはなんだか服が一杯かかっていた。
 サイズはどれも嘉貴さんには小さくて、しかも……なんていうか、俺が着れそうっていうか。
 ぐるぐる考えていたら、嘉貴さんはなんでもないように笑って、

「ここは浩希の部屋ですから。ここにある服も、好きなようにきて下さい」

 …って、さらりと言ったんだ。

「…俺の、部屋?」
「ええ。家具はまだ最低限のものしかいれてませんが。服はそれなりに揃えてありますから、好きなのをどうぞ」

 にっこり笑った嘉貴さんに、空いた口がふさがらなかった。





 カポー―――――……ン

 そんな擬音を思わずつけてしまいたくなるような風呂場で、やたらでかい湯船につかりながら天井を見上げていた。
 高級マンションっていうのは想像がつかない。だから、この風呂場だって想像範囲外の広さだ。
 ……温泉じゃないんだから、こんな広い浴槽どうしろっていうんだろう。

 婚約者だと紹介されたのが三日くらい前のこと。
 その日初めて夕食を一緒に食べて、流されるままにキスをした。
 そして、どうやら小さいときに会っているらしいけど、俺にはその記憶がないから俺にとっては会うのは今日が二回目。
 つまりだ。
 出会ってまだ間もないのに、部屋まで用意されてるこの状況っていうのは……一体どういうことなんだろう。
 壁に備え付けのクロゼットの中には、俺用の服が一通りそろっていた。部屋着はもちろん、外出着とか、スーツなんかもあった。しかも、下着類も一通り。
 部屋の中はどこからどう調べたのか、俺が好きな青と白を基調としていて、なんだかすんなり受け入れられた。足りないものがあるとしたらベッドくらい。
 ………いやいやいや、足りないものとかそんなんじゃなしに。
 大体、俺はまだ婚約を受けたわけでもない。
 今日嘉貴さんの家に来たのだって、夕飯を一緒に食べるっていうことだけで、他意はない。
 ただ……、あれだけ人のこと振りまわしておいて音沙汰なかった嘉貴さんに、少し苛々して、少し、……会いたいとか……思っていただけなんだし。
 だから、突然自分の部屋が用意されてるとか知ったら、派手に驚いた俺の反応は普通だったと思う。

『浩希に喜んでもらいたくて』

 と苦笑した嘉貴さんの顔を見ていたら、怒る気も失せてしまった。



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