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数日俺を放置した自称婚約者の家に、ご飯を食べに行きます

16 こんなに苦痛な週末が

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 背中に服越しに伝わる嘉貴さんの手の温かさ。それに促されて俺は渋々玄関にむかう。
 後ろを振り返ることはできなくて、見守っている視線を感じながら玄関を開けて……中に入った。
 その直後の車が遠ざかる音を聞きながら、長く長く息を吐き出す。
 なんだかなぁ…とか思って荷物を廊下に下したとき……だった。

「浩希」

 居間の方から聞きなれた声がしたかと思ったら、やたら表情の硬い勝利が出てきた。

勝利しょうり……えーと…、ただいま」
「おかえり、じゃなくてだな。こんな時間まで何をしてたんだ」
「え?だから、嘉貴さんと……」

 勝利が怒ってる理由がさっぱりわからない。
 だって、母さんにはちゃんと連絡したって言ってたし、何をしてたと聞かれても、食事して課題してきただけだし。

「お前をこんな時間まで連れまわすなんて…っ!一体、は何を考えているんだ……!!」
「ご飯食べて課題見てもらっただけだよ!…嘉貴さん、母さんに連絡したって言ってたし、勝利に文句いわれる筋合いないんだけどっ」
「浩希っ」
「っていうか、勝利、なんか変だよ?…俺、もう寝るからな!おやすみ!!」
「あ、浩希っ!」

 荷物を抱えて勝利の横をすり抜けて、一目散に自分の部屋にむかった。
 なんか、勝利の言い方に腹が立った。
 嘉貴さんが悪い、みたいな。そんな言い方して。
 ムカツク。

 暫く扉によりかかって立ち尽くしていた。
 嘉貴さんのことを悪く言われたから…ってことだけじゃなくて、なんか、苛々する。

「……火曜日には、帰ってくるって言ってたし…」

 呟いて、思い出した。
 俺、あの人の連絡先も何も知らないんだ。
 家の電話も、持っているだろうスマホの番号も。
 嘉貴さんも何も聞いてこなかった。…あー…、いや、家の番号は知ってるんだよな。でも、なんか。

「………いたい…」

 なんとなく、胸がチクチクした。
 それぐらい、教えてくれるのが普通なんじゃないかな、とか。
 仮にも婚約者とか言うんだったら…なおさら。

「……なんか……情けない…」

 ずるずるとその場に座り込んでしまった。
 キスはすごく優しいのに。
 スマホの番号とか……通信アプリのIDだけでも教えてもらったら……電話だって、メッセージを送ることだってできるのに。
 そうする必要がないってことなんだろうか。そこまで必要じゃない、とか。

『愛してる』

 そう言葉にする嘉貴さんの表情は…すごく格好いい。
 信じられる、そう思っていたけど。
 なんでだろう。
 胸が、痛い。






 週末はいつも楽しかった。
 休みというのはいいもので、ごろごろしていても文句は言われない(限度問題だけど)。
 やりたいことができる。
 期日が迫った課題さえ終わってしまえば、思う存分筋トレしててもいいし、野球の中継だって見放題だ。
 だから、こんなに苦痛な週末が訪れるとは、思ってもいなかった。





「………」

 気分が浮上しないまま、何もしないで過ぎた二日間だった。
 月曜日、週初めの今日になっても浮上する兆しが見えない。

 ――――必要がない

 そんな自分の思考にドツボにはまっていた。
 直接言われたわけじゃないのに、一度陥った思考からは中々抜けられない。
 うわべだけかもしれない。
 面白いからからかってるだけとか。
 ……絶対、そんなじゃないって思う……けど。
 ……けど。

「なんか………不毛だ」
「誰に毛が無いって?」

 例の如く食堂のテーブルに突っ伏していた俺の傍で、馴染みの声が聞こえてくる。

「……髪がないとかそんなことを言ってるわけじゃないんだけど、良一」
「そう?」
「優弥は?」
「ああ。今日はで休みだってさ」

 ああ、そっか。
 そういえば先週聞いたような気がする。
 のろのろと顔をあげると、向かいの椅子に勝手に腰をおろして珍しくコーヒー牛乳のパックを手にした良一と視線が合った。

「……先週は眉間に皺だったけど」
「なんだよ」
「今日は泣いた?浩希」
「は!?」
「だって、泣いたでしょ?」

 …や、そりゃ、自分の堂々巡りな思考にぐったりはしてたけど、断じて泣いたりしてないし。

「泣いてないよ、俺」
「僕には泣いてるように見えたけどね」
「……泣きたい気分……では、ないんだ」

 落ち込んでるだけで。
 良一は無言でコーヒー牛乳を飲んでいた。
 手つかずの俺のお弁当にちらりと視線を落としてから、ため息を一つつく。

「悩み事?」
「……まぁ…」
「話してみなよ。何かアドバイスできるかもよ?」
「良一……」

 何をどう話せばいいんだろうか。
 またぐるぐる頭の中が回り始めた時、良一が二回目のため息をついた。

「浩希、誰かに恋してる?」
「…は、あ!?」
「恋煩いでため息ついたり悩んだりぐるぐるしてるんじゃないの?」
「……それだけは、ない………と、思う」

 恋…とか、そんなことあるはずない。
 嘉貴さんは自称婚約者なだけで、俺は認めたわけではないし……、好き、じゃないし。

「…浩希ってさぁ」
「なんだよ……」
「敏感そうに見えて鈍感なんだよね」

 良一は窓の外を眺めながらぼそりと呟いた。
 意味がわからん。

「何の話だよ」
「いや……。浩希ってさ、周りのことにも鈍感だけど、自分のことになるともっと鈍感だよね」
「……ますます意味がわからないんだけど」
「浩希のことを好きなやつがいても、絶対に気づかないよね、って話」
「……は?」

 俺のことを好きなやつ…って、いまだかつて誰からも告白というものを受けたことがないんだから、あるはずがない。

「いくら俺でも、好きだって言われればわかるけど」

 そう言ったら良一は大きくため息をついていきなり立ち上がった。

「そういうことじゃないんだよね…」
「良一?」
「……ま、僕は浩希のそういうところも好きだけどね」
「なんか腹立つなぁ」
「とにかくさ。浩希、ちゃんと自分の心と向き合った方がいいよ。うん」

 そう言い残して……っていうか、言い捨てて?良一は教室から出て行った。
 直後、昼休みが終わることを知らせる予鈴が鳴る。
 あー…俺の昼飯が……。



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