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降って湧いた自称婚約者と、初めて食事(デート)に行きました

1 むさい花道の向こうには

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 二十歳の誕生日をおよそ一月後に控えた六月の終わり。
 本格的に暑くなってきたこの時期は、夕方でも明るくて暑くて汗が流れ落ちる。
 俺、こと、尾道おのみち浩希こうきは、自分ちの前まで自転車で帰ってきて……、それから唖然呆然と目の前の光景を見ていた。
 どうしてか、って。

 だってね。

 家の前に黒塗りの車が数台並んでたら、誰だってこうなるんじゃないのかなぁ!?

「……なんだよ、これ」

 …本気でなんなんだ。
 その道の人の所謂「出入り」みたいな状況じゃないか。
 父さんはごく普通の銀行勤めだし、母さんだって(若干ずれたところはあっても)普通の主婦だ。勝利しょうりだって、ごく普通の……まあ、性格や趣味は置いといてとしても、ごく普通の社会人で、こんな黒塗りの車が押し寄せるような家じゃない。
 ……でも、まさか、俺たちには内緒のまま、実はすごい借金を抱えているとかなのか。そうなのか。
 とりあえず、外で突っ立っていても始まらないと腹をくくり、俺は玄関にむかって歩き始めた。

「う」

 予想通りというか……、玄関前には黒スーツをびしっと着こなし、ついでに真っ黒サングラスをかけて、オールバックな髪形まで同じという、見るからに怪しい男たちが花道を作っていた。

 こんな花道、全く嬉しくないけどね!?

 一瞬腰が引けてしまったけど、家に入るには玄関を通るしかなくて。
 できるだけびくついているのを顔に出さないように、一歩、その「むさい花道」の真ん中に足を踏み入れた。
 途端、男たちの視線が俺に向けられ、正直泣きたくなる。
 けど、特に何があるわけでもなく、男たちは後ろに手をまわして立っているだけで、そのあとは何のリアクションも返してこなかった。
 とりあえず早く通り抜けたくて、速足で玄関にむかって、家に入る。
 後ろ手に玄関を閉めるとようやく肩から力が抜けた。
 ううう、緊張したっ。

 大きく息をついていると、廊下のむこうからパタパタとスリッパの音が聞こえる。
 玄関先には、見慣れない黒い革靴も置かれていた。

「こーちゃん、おかえりなさい」
「あ、うん、ただいま」

 奥から出てきたのは普段と変わらない母さんだった。
 ……いや、普段から怖いものなしの無敵な母さんだとは思っていたけど、この状況でも普段通り……って、どんな鋼の心臓してるんだろ、うちの母さん。

「早かったのね」
「今日部活が休みになったからさ…。……てか、母さん」
「なーに?あ、そうそう。今日のおやつなんだけどね、ケーキをいただいたの。こーちゃんもこっちに来て好きなのを選んでね」
「……は?」

 何事にも動じないような性格をしているとは言っても、父さんもいない、勝利だってまだ帰ってきてないだろうこの時間で、借金取りの危険人物を前にこれほどいつもと変わらない明るさで振舞えるのか謎だった。
 …ああ、いや、いつも以上に明るい…ような気もする。

「あのさ、表の…」
「ああ。あの人たちにも家に入ってくださいって言ったんだけどね、断られちゃって」
「……」

 あいた口がふさがらない。
 どうしてこの母親は危機感がないんだろう…。
 こうなりゃ俺が話して落とし前をつけるしかないだろ!!

「母さん」
「どうしたの?怖い顔して」
「中にいるの?」
「あら、知ってたの?居間で待ってるのよ」

 どうやら父さんが帰ってくるのを待っているらしい。
 そんなことはさせない。
 そもそも、父さんが帰って来てからここに来ればいいんだ。
 大学生で成人してて間もなく二十歳になると言っても、まだまだ社会について知らない俺でどうにかなるとも思えなかったけど、母さんが危ないなら、ここはやっぱり俺がどうにかするしかないだろ。

 とりあえず荷物を玄関先に置きっぱなしにして、居間に向かった。

「こーちゃん、荷物は片付けてから行きなさい!」

 …という母さんの言葉は無視。
 一体どんないかついおっちゃんなんだろう。
 借金のカタにこの家を差し押さえとか?…まさか俺をいかがわしいところで働かせるとか。年齢的には……セーフ?……いやいや、それは駄目だろ。
 とにかくここは先手必勝なんだ、うん!

 勢いをつけて居間の戸を開けた。

「どなたか知りませんが、まだ父さんも帰ってきてませんし、ここはお引き取り……を…」

 言葉がどんどん尻すぼみになった。
 何故って、そこに超コワモテないかついおっちゃんがいたからじゃなくて、……どこからどう見ても「爽やか好青年」がいたからだ。
 その人はいきなり入って来た俺に特に驚いた風もなく、それどころか、こちらが逆に驚くくらいの笑顔を見せた。

「おかえりなさい」
「あ、はい。ただいまです……………って、いや、そうじゃなくて」

 その笑顔に飲まれそうになりながら、なんとか思いとどまる。いかん。もしかしたら、いまどきの借金取りはみんなこんな好青年なのかもしれない。

「もう、こーちゃんったら散らかしっぱなしだし礼儀がなってないしっ!」

 心なしか頬を膨らませて怒るというかわいいような表情で居間に戻ってきた母さんは、ごく自然。
 礼儀も何もないだろう。借金取りにさ。

百合恵ゆりえさん、それくらいで。元気なことはいいことですよ」

 百合恵さんだとぅ!?
 いくらなんでもそんな親しげな呼び方はないんじゃないのか!!

「もう…誰に似たのかしら」

 母さんはため息をつくと、改めて俺の方を見た。

「こーちゃん、こちら、藤岡嘉貴よしたかさんよ」
「はぁ…」

 名前はわかりました。
 フジオカさんですね。はい。それで?

「それでね」
「うん」
「今日からこーちゃんの婚約者になるの」
「………………………………………………………は?」
「よろしく、浩希」

 にっこり微笑む好青年。
 悪びれた様子のまったくない母さん。

 ………話が全くミエマセン。




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