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プロローグ

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黄昏時、二つの長い人影が馬に揺られて街道に伸びている。

道を往く人は他になく、カポカポと鳴る蹄の音と、身にまとう鎧の胸当てや肩当てがわずかに擦れ合う金属音だけが響く。

「…はぁ~。これで私の人生終わりかぁ。」

影のうちの一つである女性は、誰にともなく呟いた。

背中まで伸びたプラチナの髪は赤橙せきとうの夕日を受けて風に流れるままに朱に煌めき、銀細工のような睫毛に縁どられた碧い瞳は、感慨深げにゆっくりと瞬いた。

「…はぁ~。」

吐く息とともに、力なく空を振り仰ぐ。
武骨な鎧から伸びあがる首筋と顎は、優美な白磁のように柔らかいラインを描いて、その身に神々しい斜陽の一挿しを浴びながらも、彼女の表情は暗く沈んでいた。


「イヴ、今日でそれ何度目だ。実家に帰ると人生終わるなんて、親父さんが聞いたら泣くぞ。」

隣を並び往く男性から思わず苦笑いがこぼれる。
彼もまた騎士の装いで、左右の腰に二振りの剣をき、使い込まれた鎧は鈍い光を照り返している。
一見すると人間だが、頭についた丸い一対の耳、背面で揺れる長い尻尾は羽色ばいろに艶めき、彼が人間ではないことを示していた。

「実家に帰りたくないというか…顔も名前も知らない人に嫁ぐかもしれないのが嫌だ。それに今日で騎士団の生活も最後だし…。自分で決めたことだけど…やっぱりこのまま黙って旅にでも出ようかな。」

イヴと呼ばれた女性騎士は、ため息交じりに愛馬の首筋をさする。
彼女に呼応するかのように、蹄の下で巻き上がる土埃までもが憂鬱そうに霧散していく。

「まぁそう言わずにさ…。
久々の里帰りだし、ついでに相手の顔と名前くらい見てやりなよ。」

「気楽に言ってくれるよ、他人事だと思って…。」

それすら嫌だと言わんばかりにイヴは顔をしかめて首を振ると、隣の男性を一瞥した。

分厚い筋肉をまといながらも猫のようにしなやかな曲線を描く男性の体躯は、長身な割に威圧感を感じさせず、引き締まった褐色の肌で一層スマートに見える。
風にさらりとなびく黒髪、小さな顔に高く通る鼻梁、キリリとしたな眉根から覗く切れ長の妖艶な相貌には、今日の夕陽をひとしずく落としたような黄金の虹彩が浮かぶ。
研ぎ澄まされた鋭い黒鉄くろがねやいばを思わせる面差しには、今は少し困ったような柔和な笑みを浮かべている。

「もし逃げるんなら、俺には時間と経路は教えてくれよ。うるさい奴に見つかると、逃亡罪と軍馬の窃盗罪の届出も面倒だし。イヴの気が済んだあたりで俺がササっと回収して、荷物ごと家まで送り届けてやるからさ。」

挑発するように、余裕たっぷりに引き上げられた口角はやんちゃな表情を見せる。
…そういうこと言わなければ、結構カッコイイと思うのに…と心の中でもう一つため息を漏らしたイヴは投げやりに答えた。

「…分かった。
それなら逃げるのはみんなの隙が大きくなる食事中にするよ。あとで厨房に寄って、アーサーは極秘任務があるから今晩の食事は摂らないって伝えておく。」

「お、おい!…俺、燃費が悪いんだから、兵糧攻めは反則だ!とにかく…おっと!…逃げるなっ!」

馬上での動揺に、馬がいななきを上げて嫌がるように左右へ振れる。
急いで手綱を操り直す彼の様子に、イヴはハイハイ、と相槌を打ちながら堪え切れず吹き出した。
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