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終章 勇者と聖女編

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 翌朝、フィアと共に起きてきたシェロに恨めしそうな顔で勇人とリリアは睨みつけられた。
 その様子から、夜の出来事が聞こえていたようだった。
 勇人は素知らぬ顔を、リリアは恥ずかしそうに縮こまりながら朝食を過ごす。
 そのまま回復したフィアの転移を使い、昼前には王都へと辿り着くのだった。
 王都は、周囲は巨大な壁で囲まれ、東西南北それぞれの場所に大きな門が存在して通行の管理をしている。
 王都内を囲む壁は、全て魔法によって加工されており、ある程度の攻撃ならば寄せ付けず、弾くほどの堅牢さを誇っている。
 王都の街並みだが、中心には王城が存在している。王城を囲うように貴族宅が密集し、そこは貴族地区とも呼ばれている。
 貴族地区は常に衛兵に管理されており、出入りするには最低でも貴族籍を持つ人間の同伴か、家紋の入った印を衛兵に見せる必要がある。
 貴族地区から外れ、一番門に近い外周区が庶民の住む地区である。
 庶民区の大きさは、王都の半分ほどを占めている。それぞれ、門の近くに商店街や露店などが集中しており、商売人の客引きがよく目立つ。
 中心へ近づくにつれ、王都内に住む住人の住居が増えていくという形だ。
 そんな昼間の王都内は、国の中心ということもあり大勢の人々で賑わいを見せていた。エドモンドの圧政が酷いとはいえ、荒廃しきっている様子はない。
 だが、それも表通りだけであり、少し裏路地に入れば物乞いや餓死者の死体、ストリートチルドレンなどの姿が見え隠れするようになる。
 表面だけ綺麗に取り繕い、内面は少しずつ腐敗し始めているような、そんなメッキのような印象を勇人は二百年ぶりの王都を見て抱いた。

 現在、勇人たちはフィアの転移で王都へ密入している。
 リリアの顔は知られているので、表通りを歩き、下手に衛兵たちに見つかれば面倒事になるため、勇人たちは裏街と呼ばれる裏通りを歩く。
 フィアの隠密魔法のおかげで、浮浪者たちに見つかることがない。だが、壁に背を預け、彼らの濁ったガラス玉のような目を見て、リリアは思うところがあるのか、隣を歩く勇人の身体へと抱き着いて離さない。

「なあ、本当にこっちであっているのか」

 リリアに抱き着かれ、豊満な胸の感触に役得だと思いつつも、勇人は先導するフィアへと声をかける。
 すると、先を歩いていたフィアがクルリと首だけ振り返る。

「んー大丈夫だよ。あってるあってる」

 そうやって笑いながらもハッキリと答えられては、勇人はなにもいえない。
 王都を探索する。そのための拠点として、勇人たちはフィアが持っているという隠れ家を目指している。
 フィアがいうには、二百年前から今までずっと変わらずに存在しており、クレハを救い出す時にも利用したらしい。

「あ、ここだよ」

 そう言って、フィアが立ち止まると、そこは行き止まりの袋小路だった。周囲に人が休めそうな建物は一つもなく、ただ王都を囲う壁が広がっているだけだ。

「おい。なにもないぞ」
「まあまあ、焦らないの。すぐにわかるから」

 フィアは×印のような傷がついた壁の一部分にを見つけると背中を向け、前に二歩、右に三歩、後ろに一歩と等間隔で歩いてから、呪文を口にする。

解除オープン

 フィアの口から魔力の篭ったキーワードが口にすると、地面の一部が蓋を開ける様に開く。
 地面が開いた先は、地下へと続く階段が広がっていた。
 フィアが先に地下へと足を踏み入れていく。その様子を、ポカンッと、勇人たちが眺めていると、ニュッと顔を出してフィアが手招きしてくる。

「ほら、なにしているの。早く閉めたいからこっちきてよ」
「あ、ああ」

 フィアに促されるまま、勇人たちも地下へと足を踏み入れる。
 地上への扉が閉まると、自動的に壁に付いていたロウソク型の魔道具に火が灯る。人一人分程度の広さしかない階段を、建物の二階分程度は降った所に、扉が一つ現れた。
 フィアが、入り口と同じように魔力を込めながら解除ワードを口にすると、ゆっくりとドアが開かれる。
 そのまま足を踏み入れると、綺麗に整理された部屋が広がっていた。

「どう? ここが二百年前に作った私の秘密基地。凄いでしょ?」

 フィアは、子供のように胸を張りながら自慢してくる。

「ああ、こりゃ凄いな」

 勇人は、素直に関心する。
 大きさは小さな一軒家ほどの広さがあり、フィアが作った魔道具のおかげなのか、地下だというのに埃っぽさもなく、居心地は悪くなかった。

「王都に、こんな場所があったんですね」
「ずっと昔にお遊びで作った場所だけど、結構重宝しているんだよね」
「お主だからこそ、というやつじゃな」

 ざっと中を部屋の中を確認した後、四人は顔を突き合わせて話を始める。

「それで、王都に来たのはいいけど、どうやって賢者のやつを見つけるんだ?」
「んー。それなんだけど私に考えがあるから二、三日ほど時間を貰えないかな? そうすれば、見つけるだけなら多分どうにかなるから」
「まあ、そういうことは妾もユーキも苦手じゃからな。フィアに任せておけばいいじゃろう」
「……なら、俺は少しリリアに頼みがある」
「なんですか?」
「クレスティン家の墓地の場所を教えてくれないか?」
「墓地、ですか? なんでまたそんな場所に」

 リリアが首を傾げると、勇人は言いづらそうに口を開く。

「賢者との決着を付ける前に、一度アリアに挨拶をしておきたくてな。結局、一度も墓参りなんてしたことがなかったらな」
「そう、ですか。……わかりました。私も、アリア様にご報告したいことがあるので」
「ふむ。その様子では二人っきりのほうがよさそうじゃのう。妾はここでフィアと待っておるよ」
「助かる。できる限り人が少ない時間帯がいい」
「墓地は特に警備も厳重ではありませんし、夜ならば簡単に侵入できると思います」
「じゃあ、明日の夜に墓地へ行こう」
「わかりました」

 頷くリリアを見ながら、勇人はアリアの墓参りが終わった後のことを考えて、一つの決意をした。



 王都へ辿り着いた日は、そのままフィアの秘密基地でフィア以外は身体を休めた。家主(?)であるフィアだけは、広場の隣にある研究室に引きこもりなにか作業を始めたようだった。
 次の日、下手に外へ出るわけにもいかない勇人たちは、室内でもできる魔法の手ほどきをリリアに行ない時間を潰した。
 そして、室内に設置された古時計が十二時を告げる鐘を鳴らすと、勇人とリリアは墓地へ忍び込むべく行動を始める。
 研究室に篭っていたフィアに声をかけ、秘密基地に戻ってくるために使い捨ての転移魔法を魔石に詰めて貰い、外へと出る。
 月は喰われたように半分ほど欠けており、光量も少なく暗闇が多い。足音を忍ばせながら裏路地を歩いていくと、夜は自分たちの時間だと言わんばかりに、昼間とは違う光景を見ることができる。
 ボロい建物からは獣の唸り声のようの喘ぎ声が聞こえ、路地裏を徘徊している浮浪者たちが、ゾンビのようにゴミ箱を漁っている。
 彼らは生ゴミを取り合いながら相手が死ぬことすら厭わずに殴り合いをしている。昨日までは生きていた子供の一人が、力の失った瞳で倒れており、命の灯火を消していた。

「……うっ」

 そんな、悲惨極まりない光景を見て、思わずリリアは口元を抑えた。

「リリア。こっちにこい」
「あっ」

 勇人は周囲の光景を見なくてもいいようにリリアを抱っこして視界を塞ぐ。抱かれているリリアは恥ずかしそうにしているが、それでも勇人からは離れる素振りをみせない。

「ここは一気に抜けるぞ」

 秘密基地を出る前に隠密の魔法をかけたとはいえ、声を出せば相手に聞こえてしまう。なので、勇人はリリアの耳元で小さく囁いた。
 耳元にかかる吐息に身体を震わせながら、リリアが頷いたのを見て、勇人は足に力を込めて地面を蹴る。
 少しだけ派手な音が上がり、周囲にいた浮浪者たちが驚いて視線を動かすが、勇人たちはすでにそこにはいなかった。

「わ、わわ!」

 リリアを襲ったのは、一瞬の浮遊感。そして、落下していく視界とわずかな衝撃。
 頭が揺さぶられる感覚にクラクラとするが、いまのワンアクションで裏通りを抜け、表通りにまできたようだった。

「ここまでくれば安心だろ。場所はわかるか?」
「少し待ってください。ここは……中央広場ですね」

 グルリと周囲を見渡せば、周辺は広く舗装されており、中心には噴水が設置されている。
 昼間ならば賑わっているであろう広場も、いまは小さく噴水から水が流れる音が聞こえているだけであり、衛兵が駆けつけてくる様子はない。
 だからとって、油断していいわけではない。時間は有限なのだから、迅速に行動するべきである。

「ユーキさん。こっちです」
「おう」

 リリアに手を引かれるまま、勇人は夜の王都を歩いていく。
 中央広場とリリアが呼んだ場所から、歩くこと三十分。勇人たちは貴族地区の前まで来ていた。
 貴族地区は、見回りの衛兵すらろくにいなかった庶民地区とは違い、遠目からでもわかるほど、兵士の数が増えていた。

「結構いるな」
「王城の次に警備が厳重な場所ですから。あの門も、魔法に反応して光るんですよ」
「隠密がかかっているからそのまま突っ切るってのはできないか。俺にフィアほどの技量があればよかったんだがな」

 頬をポリポリと掻きながら、どうやって抜けるか考える。
 手っ取り早いのはさっきみたいに飛んでいくことだが、それをして着地の際に衛兵に見つかると面倒である。

「まだ使えるかはわかりませんが、私が王都を脱出する時に使った抜け道を使えば衛兵に見つからないで中へ入れます」
「試してみるか。どうせこのままここにいたって妙案は浮かばないしな」

 リリアの案を採用し、門の前から移動を始める。

 ◇

 貴族地区は外周区と同じようにドーナツ状の城壁に覆われており、中へ入る為には東西南北に設置されている城門を潜り抜ける必要がある。
 リリアは、城壁の南東側まで歩いていくと、ペタペタと城壁を触り始める。

「あ、ここです」

 暗くてわかり難いが、一部分だけ石の材質が違う場所を押すと、ガコンッと音を立てて中へ埋まる。
 しばらくすれば、ゆっくりと石の壁が形を駆けていき、人一人分が通れるくらいの通路が出来上がる。

「なんか、フィアが作った仕掛けに似ているな」
「昔からある物をそのまま再利用しているみたいですよ。案外、この城壁もフィアさんがデザインしたモノかもしれませんね。元へ戻ってしまう前に行きましょう」

 抜け道がまだ使えたことにリリアがホッとしつつ、抜け道を通っていく。続いて勇人も抜け道を通ると、再び石が勝手に動いて元へと戻っていった。

「まるでハリー・○ッターだな」
「なんですか、それ?」
「俺の世界で四億冊売れた娯楽小説だよ」
「よ、四億? 凄いですね」

 などと、勇人たちは周囲を警戒しながら他愛のない会話をしつつ、北東にある墓地へと向かっていく。
 途中、何人か衛兵たちがすれ違い、あたふたして取り乱すリリアを眺めながら勇人は墓地へと辿り着いた。
 さすがに、墓地は静かなもので見張りの衛兵たちの姿は見られなかった。
 錆のせいか、立てつけの悪くなった門を押し、中へ足を踏み入れると、家紋が掘られた墓石がズラリと勇人を出迎えた。
 
「こっちです、ユーキさん」

 名前が書いてあるわけでもなく家紋しかない墓石の中でも、リリアは迷うことなく一つの墓石の前に立った。
 その墓石には、レインリリーに良く似た花が掘られていた。薄汚れた墓石も多い中でも、特に綺麗に整備されたその墓石は、どれほど大切にされていたのかわかる。

「……ここが、クレスティン家の」
「はい。アリア様のお身体もここに土葬されています」

 リリアに目配せをすると、彼女は頷いて勇人から一歩距離をとる。リリアの心遣いに感謝しながら、しゃがみこみ、腰ほどの墓石へと目線を下げた。

「いまさら、俺がどの面下げてきたって思われるかもしれないが、ずっと後悔していたんだ」

 悔しくて、悲しくて、絶望して、なにもかもがどうでもよくなった。
 裏切られた怒れればよかった。さっさと気持ちを切り替えられるほどにあっさりとした性格ならばどれほど楽だったか。

「うじうじとしていると分かっていても、お前のことが、諦められなかったんだ」

 ゆっくりと勇人は墓石を撫でる。人の暖かさなど感じられぬ、石の冷たさが勇人の肌に伝わってくる。

「けどな、過去を振り返って、ぐじぐじするのも終わりだ」

 勇人は、言葉に力を込める。
 過去の思いを断ち切り、未来これからを見据えるために。

「大好きだった。でも、いまはお前と同じくらいに好きな奴ができた。だから、ありがとう。そして、すまなかった」
「もう、いいんですか」
「ああ。言うべきことは言ったさ。あとは、リリア次第だ」
「……はい」

 勇人と入れ替わり、リリアが墓に近づく。

「アリア様。二つほど、謝らせてください。私は、私たちは貴女の残した家を守れませんでした。本当にごめんなさい」
 
 リリアも、訥々とつとつと胸中の気持ちを零していく。

「ですが、悪いことばかりではありませんでした。家は無くなってしまいましたが、貴女の愛した男性と、ユーキさんと出会うことができました」

 墓石の前で、リリアは顔を赤くして照れる。

「私と、アリア様はソックリらしいです。だから、その好きになる男性のタイプも同じだったんでしょうね。これが、二つ目の謝るべきことです。貴女と同じ人を好きになることを、許してください」

 深々と頭を下げると、ザッと風が吹いた。そうして顔を上げたリリアの表情からは、申し訳なさが消えていた。あるのは、一つの決意だけだ。

「――ユーキさん」
 
 リリアが墓石に背を向けて勇人と向き合う。その真っ直ぐな視線を、逃げることなく受け止めた勇人が口を開く。

「リリア。俺は、お前が――」

 好きだ。
 その三文字を口にしようとした瞬間に、

「えっ?」

 リリアの姿が、影に飲み込まれて消えた。 
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