上 下
58 / 85
断章 閑話

フィアVS その一

しおりを挟む
 フィア・ローゼスミントにとって、アリア・クレスティン・フェミルナは恋敵であり、親友だった。
 最初は無関心だった。だけど、勇人がアリアに心を開いたと聞いて興味を持った。そうして接しているうちに、いつの間にかアリアのことも好きになっていたのだ。
 アリアは不思議な魅力を持った少女だった。
 人の心にスルリと滑り込んできたかと思えば、気を許してしまうような女の子。
 そんなアリアだからこそ、勇人のことを諦めることができたのに、アリアは別の男と結婚した。
 最初は信じられなかった。そして次に、裏切られたと思い怒りが浮かんだ。
 いまだからこそわかるが、あの時の自分は普通ではなかった、とフィアは思っている。
 本当に自分なのかと疑いたくなるほどに、視野が短慮になり、意地を張っていた。あの時、もう少しだけ深く考えることができていれば、結末は違ったはずなのにと、酒に逃げてからも考えてしまう。
 けれども、過去を振り返り、嘆いた所で変わらない。だからフィアは、あの時の落とし前をつけさせる。

「――見つけた」

 暗闇が濃くなる深夜、月の光が雲に覆い隠され、地上から天の光が消えた中で、フィアは眼下を見据える。
 生命の営みがまったく感じられない人工的に作られた森の上空で、フィアは自身が展開できる最大限魔法を起動させて脅しをかける。

「ねえ、いるんでしょう。出てきなよ」

 半径五百メートル以内は結界で覆われているため、逃げることは敵わない。その空間に対して、声に魔力を乗せ、森の中に響き渡らせる。
 すると、すぐに返ってくる声があった。

「久しぶりの再会だというのに、随分と手荒いですね」

 森の中から、片眼鏡モノクルをかけた優男が現れた。薄でのロープを羽織り、張り付いた笑顔を浮かべているその姿は、二百年前となんら変わった様子を見せない。

「そう言わないでよ。私はアンタに会いたくて仕方なかったんだから。私の気持ちを受け取ってよ」
「おや? 随分と熱烈な告白ですね。ですが、私にはアリアという心に決めた女性が居ますので、その気持ちは受け取ることができません」

 余裕の態度を崩さないロスに、フィアはすぐにでも頭の上に魔法を叩き込みたくなるが、グッと堪える。

「おや? てっきりすぐにでも癇癪を起すと思ったのですが、少しは成長したようですね」
「……マイヤー。アンタには聞きたいことが山ほどあるの」
「ふむ、聞きたいことですか。……いいでしょう。いまの私は大変に気分がいいです。なんでも聞いてください」

 空間を淀むほどに、魔力の重圧をかけてみるが、ニヤニヤと軽薄な笑みは剥がれない。それどころか、フィアの質問に答えるという余裕っぷりである。
 
(なら、遠慮なく聞いてやる)

 この男が話すと言った以上、そこに嘘を混ぜることはないだろう。けして短くない付き合いから、フィアはそのことをよく知っている。

「まず一つ。アンタにとってアリアはなんなの?」
「無論、この世の全てです。彼女こそがボクの光であり、希望だ。彼女のいない世界に意味などなく、価値もない。まさか、いまさらこんなことを聞くのですか?」

 二百年経ったいまでも、この男の思想はまるでブレていないようだった。

「これはただの確認よ。二つ目に聞きたいことは、二百年前、アリアを唆したのはアンタね?」
「唆したとは人聞きの悪い。ボクは、彼女が正しい道に戻るように導いただけですよ」

 しれっと、ロスが答えると、彼の近くの地面が抉り取られる。髪を逆立て、殺気だったフィアは目を血走らせるようにロスを睨みつける

「どの口が……どの口がそれを言うの! アリアを正しい道に導く? ふざけないで! ユーキとアリアの未来を壊したアンタが!!」
「その道が、すでに間違っているのです。聖女アリアに必要なのは勇者アイツではなく賢者ボクだ。ほら、ボクは正しいことをしているでしょ?」

 自分とアリアは結ばれる。それを信じて疑わないロスは、実に不思議気にフィアを見やる。

「アンタの考えはまったく理解できないわ。いいえ、したくもない。自分のエゴを押し付けて、アリアを脅した癖に!」

 全てが手遅れになった後、フィアが調べた限りでも、直接彼女の家族を捕えて人質にしただけでなかった。
 勇人が最も憂いていた、自分以外の人間をこちらの世界に呼ぶということまでしようとしていたのだ。
 安全に多次元の存在をこちらに呼ぶ方法を知っているのは、勇者召喚の術式を生み出したフィアだけだ。
 なら、ロスがどうやって召喚すると脅したのか?
 それは実に簡単なものだった。フィアが改良する前の、古い術式を使えばいい。世界渡りと呼ばれるその術式は、次元の壁を突き破るのに大量の魂を生贄に捧げて強引にこじ開けるという術式だった。
 もし、その術式を起動させれば、最低でもこの国に住む人間は全て死に絶える。
 勇者という存在は一人しか存在できないため、そうして呼び出された存在は、特別な力など持たないただの人だ。なんの知識もない存在が呼び出されたとすれば、その先に待っているのは死だけだろう。
 普通なら、旨味もないただの自殺ともいえる行為を、ロスは決行すると言ってアリアを脅したのだ。
 勇人に相談できればよかった。だが、それをした瞬間に、この男は躊躇ことなく王都に仕込んでいた術式を発動させていたはずだ。

「ボクとしては、脅したつもりはありません。彼女が目を覚まさないのなら、せめて一緒に死にたかった。ただそういうつもりだったのです」

 本当に、ロスはそう思っているからこそ、フィアはこの男が恐ろしいと感じるのだ。

「君たちに魔道具で夢に干渉し、無意識下で操ってアリアを孤立させるつもりでした。君だけはさすがに効きが悪かったね。でも、それを差し引いても……ボクの見通しが甘かった。神龍の秘術。まさかそんなものがあるとは」

 そこで初めて、ロスは顔を歪める。

「最後の別れを惜しむ時間を与えたのがいけなかった。それで全てが狂ってしまった。ボクの下に来たアリアは、勇者(アイツ)の子を孕んでいた。そんなのは”ボク”のアリアじゃない」
「だから、アリアを呪いで衰弱させて殺したの?」
「違いますよ? 殺してなどいません。新しく綺麗なアリアを作り直そうとしたんです。そのために、古い彼女が邪魔だっただけです」
「作り直す? アリアをユーキと離れ離れにしておいて、そんな馬鹿みたいな理由で殺したの?」
「馬鹿みたいなこと? ボクにとっては一番大事なことですよ。君の価値観なんてどうでもいい。実際に、時間はかかったけど、あの時のアリアと何一つ変わらないアリアを作る母体が生まれてきたんだから!」

 熱が入ったロスが、うなされたように声を荒げる。その瞳に映っているのは、純粋なまでの狂気だった。

「……それが、リリアちゃん」
「ええ、そうです! アリアにもっとも近い器を持った存在! 多少の不純物が混じっているとはいえ、彼女の身体を使えば、ボクだけのアリアを作ることができるに決まっている!」
「アンタの事情に巻き込まれて、カトレアちゃんは死んだの?」
「あのメイドはボクの邪魔をしましたから」
「団長さんを自殺したのも」
「彼女は腕っぷしは強いけど、魔法に関してはからっきしです。君みたいに魔道具に耐性のない彼女は、あっさりと自殺してくれましたよ」

 あっさりと、旅の仲間を殺したことを白状する。そこに悔恨の念のようなものはなく、ただゴミを片づけたかのような言い方だった。

「――もういい。黙って」

 アリアは底冷えするような視線でロスのことを見据える。

「マイヤー。アンタはもう救いようがない。危険だと思いながら、放置していた私のミスを、ここで清算するよ」
「おかしなことを言いますね。ボクが救いを求めるのは、アリアだけですよ」

 フィアの怒りが理解できないとばかりか、あきれ返ったかのような顔をする。そんなロスを見て、フィアはこれ以上自分を押さえつけておくことができなかった。

「きっちりあの世の送るから、アリアに説教されてきなさいよ!」

 待機させていた魔法が撃ちだされ、激しい爆音と共に、戦いの火ぶたが落とされた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【R18】魅了を使い全裸土下座させて頭をぐりぐりと踏む性癖に目覚めたアラフォーおっさんは、異世界で次々と女の頭を踏み抜いていく

きよらかなこころ
ファンタジー
 ある日、ダイスケは勇者召喚に巻き込まれて転生した。40歳童貞の男は賢者となり、不老不死の力を手に入れる。  そんな中、魅了という魔法に魅せられたダイスケは、魔法を習得して使ってみる事を決意する。  後頭部を殴られた女に全裸土下座をさせたとき、性癖が目覚めたダイスケ。  異世界で全裸土下座をさせて、女の頭を踏み抜いていくことになるのだった。 ※注意事項とか  主人公はクズです。  魅了を使った展開が基本ですが、寝取りっぽい展開や半強制的に関係を迫る場合があるので苦手な方はご注意ください。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

スケートリンクでバイトしてたら大惨事を目撃した件

フルーツパフェ
大衆娯楽
比較的気温の高い今年もようやく冬らしい気候になりました。 寒くなって本格的になるのがスケートリンク場。 プロもアマチュアも関係なしに氷上を滑る女の子達ですが、なぜかスカートを履いた女の子が多い? そんな格好していたら転んだ時に大変・・・・・・ほら、言わんこっちゃない! スケートリンクでアルバイトをする男性の些細な日常コメディです。

ヒューマンテイム ~人間を奴隷化するスキルを使って、俺は王妃の体を手に入れる~

三浦裕
ファンタジー
【ヒューマンテイム】 人間を洗脳し、意のままに操るスキル。 非常に希少なスキルで、使い手は史上3人程度しか存在しない。 「ヒューマンテイムの力を使えば、俺はどんな人間だって意のままに操れる。あの美しい王妃に、ベッドで腰を振らせる事だって」 禁断のスキル【ヒューマンテイム】の力に目覚めた少年リュートは、その力を立身出世のために悪用する。 商人を操って富を得たり、 領主を操って権力を手にしたり、 貴族の女を操って、次々子を産ませたり。 リュートの最終目標は『王妃の胎に子種を仕込み、自らの子孫を王にする事』 王家に近づくためには、出世を重ねて国の英雄にまで上り詰める必要がある。 邪悪なスキルで王家乗っ取りを目指すリュートの、ダーク成り上がり譚!

地獄の手違いで殺されてしまったが、閻魔大王が愛猫と一緒にネット環境付きで異世界転生させてくれました。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作、面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 高橋翔は地獄の官吏のミスで寿命でもないのに殺されてしまった。だが流石に地獄の十王達だった。配下の失敗にいち早く気付き、本来なら地獄の泰広王(不動明王)だけが初七日に審理する場に、十王全員が勢揃いして善後策を協議する事になった。だが、流石の十王達でも、配下の失敗に気がつくのに六日掛かっていた、高橋翔の身体は既に焼かれて灰となっていた。高橋翔は閻魔大王たちを相手に交渉した。現世で残されていた寿命を異世界で全うさせてくれる事。どのような異世界であろうと、異世界間ネットスーパーを利用して元の生活水準を保証してくれる事。死ぬまでに得ていた貯金と家屋敷、死亡保険金を保証して異世界で使えるようにする事。更には異世界に行く前に地獄で鍛錬させてもらう事まで要求し、権利を勝ち取った。そのお陰で異世界では楽々に生きる事ができた。

ゲート0 -zero- 自衛隊 銀座にて、斯く戦えり

柳内たくみ
ファンタジー
20XX年、うだるような暑さの8月某日―― 東京・銀座四丁目交差点中央に、突如巨大な『門(ゲート)』が現れた。 中からなだれ込んできたのは、見目醜悪な怪異の群れ、そして剣や弓を携えた謎の軍勢。 彼らは何の躊躇いもなく、奇声と雄叫びを上げながら、そこで戸惑う人々を殺戮しはじめる。 無慈悲で凄惨な殺戮劇によって、瞬く間に血の海と化した銀座。 政府も警察もマスコミも、誰もがこの状況になすすべもなく混乱するばかりだった。 「皇居だ! 皇居に逃げるんだ!」 ただ、一人を除いて―― これは、たまたま現場に居合わせたオタク自衛官が、 たまたま人々を救い出し、たまたま英雄になっちゃうまでを描いた、7日間の壮絶な物語。

異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜

KeyBow
ファンタジー
 間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。  何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。  召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!  しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・  いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。  その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。  上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。  またぺったんこですか?・・・

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~

いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。 他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。 「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。 しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。 1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化! 自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働! 「転移者が世界を良くする?」 「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」 追放された少年の第2の人生が、始まる――! ※本作品は他サイト様でも掲載中です。

処理中です...