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レイアと一緒に空のお散歩2
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「わたくし、あなたのそういうところも好きよ。頼ってほしいけれど、依存もしないあなたの姿勢は素敵だと思うわ」
「ありがとう。わたし、自分の力で生きていけるようなりたいのよ」
公爵令嬢として生まれ変わって。ちょっと頑張って抗ってもしてみたけど、学園に入りたくないって言ったとき。父は激高したっけ。公爵家の人間がシュリーゼム学園に入学したくないなどとよく言えたものだなとかなんとか。伝統とか体面とかいろんなことを言われてわたしは悟った。この家族は家族という入れ物だけで、中身は空っぽなんだなって。
小さかったわたしは、結局学園に入る運命をたどったけれど、大きくなって今は自分の足で地を歩いている。悪役令嬢リーゼロッテ・ベルヘウムではなくて、普通のリジーとして第二の人生を歩みたい。
「わたくし、あなたのことが大好きよ。だから先走るあなたをちょっと心配することもあるの」
「先走る? わたしが?」
あんまり急いでないけどな。
「自覚ない? あなた生き急いでいるように思えるわ」
そんなこと考えたこともなかったから、わたしは考え込んだ。
「せっかく来てくれたのに出ていくことばかり考えているのだもの、あなた。ちょっと寂しいわ」
レイアの言葉にわたしははっとした。
確かにわたしはいつも今後のことを考えていた。双子たちと遊んでいるときも、お菓子を作っているときも。薬草を採取し始めたのもお金を稼ぐため。独り立ちした時に手持ちがあれば心強いから。
「きっとレイルもわたくしと同じね。あなたのことが心配だったのよ」
「で、でも。だからって勝手に人の素性を調べるなんて」
「調べてきたのは部下なのでしょう?」
「そうだけど……。レイルもその報告書を読んだわ」
「彼にも色々とあるのよ……。部下をもつ身なのだから」
レイアはレイルの素性を知っている。
ゼートランドでは結構上の役職についているのかもしれない。だとしたら、時々訪れる黄金竜の住まいにいる人間の少女と、上司が親しくしていると部下としては色々と気になってしまうものなのかもしれない。
けどさ……。胸の中のわだかまりは消えてくれない。
「あなたが本当に傷ついている理由は別にあるのじゃなくて?」
「別に?」
「そう。例えば、彼には自分の国での評判を知られたくなかった」
レイアの言葉はわたしの胸の奥に刺さった。まっすぐに。
そしてそれはすとんと、わたしの心に落ちてきた。
そうなんだよね。たぶんわたしが気にしていたのはそのことだと思う。わたしが悪役令嬢で、シュタインハルツでのわたしは学園内を牛耳る高飛車公爵令嬢。気に入らない相手をこっそり裏庭に呼んでヤキを入れたり(いっておくけどやってないからね!)、王太子の婚約者であることを笠に着てやりたい放題なわがまま令嬢。どう振舞っても周囲は勝手にわたしをそういう風に作り上げていった。
「わたくしたちは真実をきちんと知っているわ。レイルにだってわたくしから話してあげるし、なんなら彼の前で魔法で風の記憶を見せることもできる」
「そ、そんな。いいわよ。わたしのために魔法を使うなんて」
「こういうとき頼ってくれないと、黄金竜としてはつまらないのだけれど」
レイアは寂しそうに嘆息した。
「頼ることが癖になるといけないもの」
「それがあなたの美徳だと思うわ」
「心配してくれる気持ちだけで十分よ」
「わたくしは、あなたと一緒に過ごしてきて、あなたがとってもいい子だっていうことを肌で感じている。レイルだって同じだと思うわ。彼だって自分の目で見たものを基準に冷静に判断する子よ」
「そ、それは……」
どうだかわからないとわたしは続けようとしたけれど、結局尻すぼみに終わった。
「あなたはレイルに嫌われたくなかったのでしょう」
「え、それは、別に……」
とは口でいうものの、図星なわけで。
わたしはただ、レイルに嫌われたくなかった。ただそれだけのことだったわけで。
「でもね、レイルにだって言い分があると思うの。わたくし、あなたたち二人の仲介役くらいにはなれるわ。魔法云々は置いていて、たまには年上のお姉さんらしいことをさせて頂戴な」
「レイア」
レイアの声がもっともっと柔らかくなる。
わたしはその申し出に胸の奥がつんとなる。
「だから、そんなにも寂しそうな顔をしないで」
「わたし……寂しがってなんか」
「本当に?」
「うっ……」
ああもう。
年上のお姉さんにはかなわないなぁ。
この空の散歩だって、わたしがもう一度レイルと話し合う決心をつけることができるように彼女が気を聞かせてくれたんだよね。
「レイア、ありがとう」
正直、まだわだかまりはあるけれど。それでも、そういうものもレイルに吐き出せばいいのか、と思えるくらいに心が軽くなった。
「うふふ。わたくしはただ、あなたと一緒に空の散歩をしたくなっただけよ。楽しめたかしら。子供たちも、もう一度あなたを背中に乗せて飛びたいってうるさいのよ。竜は大好きな人間を背中に乗せてるものだって、言ってきかないの。最初のがあれで、信用できないのも無理はないけれど、母親としてきちんと監督するし、二度目はもっと低空飛行で速度もゆっくりできつく言い聞かせるから、また付き合ってあげてくれないかしら」
「う……」
レイアからのお願いとはいえ、まだちょっと怖い。
「あらら。子供たちもっともっといい子にしていないと、リジーの信用を取り戻せないわね」
くすくすとレイアが笑ったとき。
はるか下の大地で地鳴りのような音がした。
「なにかしら」
わたしたちの意識がそちらに向く。
それから断続的にバァンと大地が揺れるような音が聞こえる。緑で埋め尽くされた隙間から土煙のようなものがあがっているのが見て取れた。
「魔法を使っているようね」
レイアが煙の上がった方へ体の向きを変えた。
誰かが魔法を使っているのかもしれない。わたしは胸のあたりでぎゅっとこぶしを握った。ここへ越してきてから、こんな風に誰かが大きな魔法を使ったのを確認したのは初めてだから。
「少し、様子を見に行ってもいいかしら。確認をしないといけないの」
「ええ」
レイアが申し訳なさそうに、けれど切羽詰まった声を出す。
わたしはもちろん了承した。
レイアが速度を出し、魔法の気配のある方へ飛んでいく。
「あれは、竜の領域内? それともシュタインハルツ側、どっちだかわかる?」
わたしがレイアに質問をしたとき、とびきり大きな爆発音がした。
わたしはびっくりして小さく悲鳴を上げた。
レイアはぐんと加速をして、爆発音のするほうへと飛んでいく。レイアはこの状況下でもわたしに気を使ってくれているらしく、かなりのスピードなのに体にかかる負荷はあまり感じない。
ひたすらに現場へ向かってスピードを上げていると、レイアに向かって何かが突進してきた。
「レイア!」
それはレイアと同じ黄金竜だった。
猛スピードでこちらに向かってきた黄金竜は、レイアの前でぴたりと止まり、叫んだ。
「レイア! わたくしの子が、わたくしの産んだ卵が人間に盗まれたの!」
「なんですって!」
悲痛な叫び声だった。
その声に聞き覚えがあって、わたしは目を見開いた。
それは、ルーンの声だったから。
ルーンの生んだ卵が人間に持ち去られたって、ちょっと嘘でしょう!
「ありがとう。わたし、自分の力で生きていけるようなりたいのよ」
公爵令嬢として生まれ変わって。ちょっと頑張って抗ってもしてみたけど、学園に入りたくないって言ったとき。父は激高したっけ。公爵家の人間がシュリーゼム学園に入学したくないなどとよく言えたものだなとかなんとか。伝統とか体面とかいろんなことを言われてわたしは悟った。この家族は家族という入れ物だけで、中身は空っぽなんだなって。
小さかったわたしは、結局学園に入る運命をたどったけれど、大きくなって今は自分の足で地を歩いている。悪役令嬢リーゼロッテ・ベルヘウムではなくて、普通のリジーとして第二の人生を歩みたい。
「わたくし、あなたのことが大好きよ。だから先走るあなたをちょっと心配することもあるの」
「先走る? わたしが?」
あんまり急いでないけどな。
「自覚ない? あなた生き急いでいるように思えるわ」
そんなこと考えたこともなかったから、わたしは考え込んだ。
「せっかく来てくれたのに出ていくことばかり考えているのだもの、あなた。ちょっと寂しいわ」
レイアの言葉にわたしははっとした。
確かにわたしはいつも今後のことを考えていた。双子たちと遊んでいるときも、お菓子を作っているときも。薬草を採取し始めたのもお金を稼ぐため。独り立ちした時に手持ちがあれば心強いから。
「きっとレイルもわたくしと同じね。あなたのことが心配だったのよ」
「で、でも。だからって勝手に人の素性を調べるなんて」
「調べてきたのは部下なのでしょう?」
「そうだけど……。レイルもその報告書を読んだわ」
「彼にも色々とあるのよ……。部下をもつ身なのだから」
レイアはレイルの素性を知っている。
ゼートランドでは結構上の役職についているのかもしれない。だとしたら、時々訪れる黄金竜の住まいにいる人間の少女と、上司が親しくしていると部下としては色々と気になってしまうものなのかもしれない。
けどさ……。胸の中のわだかまりは消えてくれない。
「あなたが本当に傷ついている理由は別にあるのじゃなくて?」
「別に?」
「そう。例えば、彼には自分の国での評判を知られたくなかった」
レイアの言葉はわたしの胸の奥に刺さった。まっすぐに。
そしてそれはすとんと、わたしの心に落ちてきた。
そうなんだよね。たぶんわたしが気にしていたのはそのことだと思う。わたしが悪役令嬢で、シュタインハルツでのわたしは学園内を牛耳る高飛車公爵令嬢。気に入らない相手をこっそり裏庭に呼んでヤキを入れたり(いっておくけどやってないからね!)、王太子の婚約者であることを笠に着てやりたい放題なわがまま令嬢。どう振舞っても周囲は勝手にわたしをそういう風に作り上げていった。
「わたくしたちは真実をきちんと知っているわ。レイルにだってわたくしから話してあげるし、なんなら彼の前で魔法で風の記憶を見せることもできる」
「そ、そんな。いいわよ。わたしのために魔法を使うなんて」
「こういうとき頼ってくれないと、黄金竜としてはつまらないのだけれど」
レイアは寂しそうに嘆息した。
「頼ることが癖になるといけないもの」
「それがあなたの美徳だと思うわ」
「心配してくれる気持ちだけで十分よ」
「わたくしは、あなたと一緒に過ごしてきて、あなたがとってもいい子だっていうことを肌で感じている。レイルだって同じだと思うわ。彼だって自分の目で見たものを基準に冷静に判断する子よ」
「そ、それは……」
どうだかわからないとわたしは続けようとしたけれど、結局尻すぼみに終わった。
「あなたはレイルに嫌われたくなかったのでしょう」
「え、それは、別に……」
とは口でいうものの、図星なわけで。
わたしはただ、レイルに嫌われたくなかった。ただそれだけのことだったわけで。
「でもね、レイルにだって言い分があると思うの。わたくし、あなたたち二人の仲介役くらいにはなれるわ。魔法云々は置いていて、たまには年上のお姉さんらしいことをさせて頂戴な」
「レイア」
レイアの声がもっともっと柔らかくなる。
わたしはその申し出に胸の奥がつんとなる。
「だから、そんなにも寂しそうな顔をしないで」
「わたし……寂しがってなんか」
「本当に?」
「うっ……」
ああもう。
年上のお姉さんにはかなわないなぁ。
この空の散歩だって、わたしがもう一度レイルと話し合う決心をつけることができるように彼女が気を聞かせてくれたんだよね。
「レイア、ありがとう」
正直、まだわだかまりはあるけれど。それでも、そういうものもレイルに吐き出せばいいのか、と思えるくらいに心が軽くなった。
「うふふ。わたくしはただ、あなたと一緒に空の散歩をしたくなっただけよ。楽しめたかしら。子供たちも、もう一度あなたを背中に乗せて飛びたいってうるさいのよ。竜は大好きな人間を背中に乗せてるものだって、言ってきかないの。最初のがあれで、信用できないのも無理はないけれど、母親としてきちんと監督するし、二度目はもっと低空飛行で速度もゆっくりできつく言い聞かせるから、また付き合ってあげてくれないかしら」
「う……」
レイアからのお願いとはいえ、まだちょっと怖い。
「あらら。子供たちもっともっといい子にしていないと、リジーの信用を取り戻せないわね」
くすくすとレイアが笑ったとき。
はるか下の大地で地鳴りのような音がした。
「なにかしら」
わたしたちの意識がそちらに向く。
それから断続的にバァンと大地が揺れるような音が聞こえる。緑で埋め尽くされた隙間から土煙のようなものがあがっているのが見て取れた。
「魔法を使っているようね」
レイアが煙の上がった方へ体の向きを変えた。
誰かが魔法を使っているのかもしれない。わたしは胸のあたりでぎゅっとこぶしを握った。ここへ越してきてから、こんな風に誰かが大きな魔法を使ったのを確認したのは初めてだから。
「少し、様子を見に行ってもいいかしら。確認をしないといけないの」
「ええ」
レイアが申し訳なさそうに、けれど切羽詰まった声を出す。
わたしはもちろん了承した。
レイアが速度を出し、魔法の気配のある方へ飛んでいく。
「あれは、竜の領域内? それともシュタインハルツ側、どっちだかわかる?」
わたしがレイアに質問をしたとき、とびきり大きな爆発音がした。
わたしはびっくりして小さく悲鳴を上げた。
レイアはぐんと加速をして、爆発音のするほうへと飛んでいく。レイアはこの状況下でもわたしに気を使ってくれているらしく、かなりのスピードなのに体にかかる負荷はあまり感じない。
ひたすらに現場へ向かってスピードを上げていると、レイアに向かって何かが突進してきた。
「レイア!」
それはレイアと同じ黄金竜だった。
猛スピードでこちらに向かってきた黄金竜は、レイアの前でぴたりと止まり、叫んだ。
「レイア! わたくしの子が、わたくしの産んだ卵が人間に盗まれたの!」
「なんですって!」
悲痛な叫び声だった。
その声に聞き覚えがあって、わたしは目を見開いた。
それは、ルーンの声だったから。
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