上 下
18 / 58

レイルのありがたいアドバイス(多分)

しおりを挟む
「ああもう……疲れた。毎日戦争よ……」

 二日後。久しぶりに竜の住まいへとやってきたレイル相手にわたしは愚痴をこぼしていた。同じ人間同士わかり合えることがあるかな、と思ったのだが。

「子育ては大変だな」

 彼の感想はめっちゃ他人事。そりゃそうか。自分の子供じゃないしね。職場の同僚に愚痴ってもこういう返事しか返って来ないよね的な見本が返ってきたのでわたしはジト目を彼に向けた。

「レイルって、子育てを奥さんに丸投げしそうよね」
「丸投げっていうか、乳母の仕事じゃないのか?」

 ああ、そうだった。この世界は二十一世紀の日本とはちょっと違うんだった。貴族の子供は乳母に育てられるのが基本だった。忘れていた。最近この世界の人間と話すことが無いから思考回路がめっちゃ前世に引きずられているから。

「そうだけど。そうだけれど! ……あなたって子供が何したとかあれしたとかに無関心そう。それで奥さんにがっかり幻滅されればいいのよ」

 それでもなにか言ってやりたくてわたしは言葉を続けた。

「俺はまだ独身だ」
「将来絶対に奥さんに『この人はわたしの話をちっとも真剣に聞いてくれない。子育ての悩みを共有しれくれない』って思われればいいのよ。離婚されても知らないんだから」

「俺は子育てに無関心じゃない。奥さんにも子供にもこの人すごぉぉいって思われる頼りになる夫になる自信がある。うん、やっぱりお父様の背中を見て育ってほしい」

「あっそ」
「自分から言った割に冷たい反応だな、リジー」
「べつに話の流れで言っただけだもん。あー、もう毎日疲れる! もうちょっと二人が大人しくなってくれるといいんだけど」
「わんぱく盛りな子供だしな」

 わたしとレイルは、人の姿をして彼の持ってきた絵本を珍しそうに眺めている双子を見やる。レイルは今日いくつかのお土産を持参したのだ。それが子供用の絵本と、なぜだかお菓子。マフィンだ。チョコレートチップの入ったものと、ブルーベリー入りのマフィン。

 乙女ゲームの世界のため、チョコレートも普通に存在しているのだ。さすがは乙女ゲーム。もちろんそれはプレイしていたころから知っていた。

 わたしはぱくりとマフィンを口にする。

「あ。美味しい」
「だろう。城の者に頼んで焼いてもらったんだ」
「へえ、あなたお城に勤めているの」
「まあな」

 身分は高いのだろうと踏んでいたが、やはりというか。王宮に自由に出入りができて、しかも厨房の人間に顔が利くらしい。

「リジー様ぁ。お茶のお代わりいかがですぅ?」
「あ、ティティありがとう。貰うわ」
「はいですぅ」

 今日もふよふよ宙に浮きつつティティはわたしのためにこまごまと世話を焼いてくれる。

「お城勤めなのに、しょっちゅうここに顔を出していていいの? 暇なの?」
「俺は暇じゃないぞ。ちゃんと仕事はしている。めちゃくちゃ頑張ってる」
「ふうん」
「それに、ここに来るのはいい息抜きにだしな。竜の夫妻も親切だし」
「そうね。ミゼルさん夫婦は優しいわよね。黄金竜ってもっと荘厳なイメージを持っていたけど。気さくだし」

 ゲームをプレイしていた時だって、竜の貴公子なんて隠れキャラもいいところだったし、わたしの中で黄金竜とはレアキャラ扱いだ。それが今はそのレアキャラに囲まれて生活をしている。人生何があるか分からない。

「あの夫妻は黄金竜の中でもかなり人間に対して好意的だと思う。ここも人の村に近いし」
「ここってそんなにも人里に近いの?」
「ああ。シュタインハルツの外れの村まで歩くと……どのくらいだろうな。三日くらいかな。それとも四日か? わからないが、そのくらいの距離だ」

 彼の言葉を借りるとまあまあ近いということらしい。

 距離感はまだよくわからないけれど、近くに人の集落があるって情報が分かっただけでもちょっと安心。シュタインハルツっていうのがちょっとあれだけど。国境近くの辺境ならわたしの噂も届いていないと思うし、いつか行ってみたいかも。

「あ、リジーってば何を食べているの?」

 絵本に飽きたのかファーナがわたしたちの元へとやってくる。今日も屋外にテーブルを出してもらって、わたしとレイルは向かい合う形で座っている。

「レイルの持ってきてくれたお土産。マフィンっていうのよ」
 きつね色に焼けたマフィンをじぃっと見つめるファーナ。
「人間は色々なものを食べるのね」

「竜は食べないんだっけ」
「黄金竜はこの世界に存在をする魔法力を体に取り込むんだよ。だけど、僕たちはまだその力が弱いからお父様とお母様から魔法力を分けてもらったり、魔水晶を食べるんだ」

「最近は自分たちの力だけで魔法力を吸収できるようになったけどね」
「わたしたち、もう立派ないちにんまえ、なのよ」
「あ、でも人間の食べ物も食べられるよ」

 フェイルとファーナが交互に説明をしてくれた。

 魔水晶とは、この世界の魔法力が結晶化したもの。魔法力の濃い場所に生まれる。
人間の世界でも取引をされているが、滅多に見つかるものではないので基本高値がつく。わたしたち魔法使いは、魔水晶を魔力を補うマジックアイテムとして使う。

「食べてみる?」
「いいの?」

 ファーナは目をくりくりさせて、鼻をマフィンに近づける。すんすんと匂いを嗅いで、恐る恐る一口。

「わぁぁ。柔らかぁい。甘い」
「僕も一口~」
「はいはい。まだあるからお食べなさい」

 わたしの膝の上によじ登ったフェイルは手を伸ばして皿の上のマフィンを取る。

「ああ~わたしもリジーのおひざに座るのぉ」
 一人がすればもう一人が真似したがるのは世の兄妹の必然か。ファーナがフェイルの袖を引っ張る。

「ファーナはまずその尻尾を仕舞わないと」
「むぅ……」
 フェイルに突っ込まれてファーナが頬をぷくぷく膨らませる。

「まったく賑やかなんだから。ファーナは一度竜の姿に戻ってもう一度人の姿になってみたら?」
「はあい」
 ファーナがとたたっとその場から離れる。

「結構様になってきているじゃないか、二人の世話役も」
「そりゃあ一緒に暮らしはじめてそろそろ二週間になるしね。でも、様になってきているというかまだ完全に遊ばれている気がするけど」
「リジーと遊ぶの楽しいよ」
 マフィンにかぶりついていたフェイルが上を見上げる。

「今日は大分大人しかったけどな」
「そうねえ。レイルの持ってきた絵本がきいたのかも」
 人間の世界のものが珍しいのか二人にしては大人しかった。

「要するに、二人の意識をどう別のものに向けるか、だな」
「別のところ?」
「そう。マフィン食ってるフェイルは大人しいだろ」
「確かに」

 わたしは膝の上にちょんと座って人間のお菓子を頬張るフェイルを見下ろした。

「魔水晶と違ってシャリシャリしないね」
「あなたのお腹的には大丈夫なの?」
 勝手に人間の食べ物与えて平気だったかなと今更ながらに不安になる。

「んー、大丈夫。お母様もお父様も人の食べ物たまに食べるんだよぉ~」
「そうなんだ」

 それは初めて知った。

 そっか。意識を別のところに向けるのか。それは、ちょっと……一考の余地はあるかも。
 わたしはレイルの存在も忘れて物思いにふけった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

夫と妹に裏切られて全てを失った私は、辺境地に住む優しい彼に出逢い、沢山の愛を貰いながら居場所を取り戻す

夏目萌
恋愛
レノアール地方にある海を隔てた二つの大国、ルビナとセネルは昔から敵対国家として存在していたけれど、この度、セネルの方から各国の繁栄の為に和平条約を結びたいと申し出があった。 それというのも、セネルの世継ぎであるシューベルトがルビナの第二王女、リリナに一目惚れした事がきっかけだった。 しかしリリナは母親に溺愛されている事、シューベルトは女好きのクズ王子と噂されている事から嫁がせたくない王妃は義理の娘で第一王女のエリスに嫁ぐよう命令する。 リリナには好きな時に会えるという条件付きで結婚に応じたシューベルトは当然エリスに見向きもせず、エリスは味方の居ない敵国で孤独な結婚生活を送る事になってしまう。 そして、結婚生活から半年程経ったある日、シューベルトとリリナが話をしている場に偶然居合わせ、実はこの結婚が自分を陥れるものだったと知ってしまい、殺されかける。 何とか逃げる事に成功したエリスはひたすら逃げ続け、力尽きて森の中で生き倒れているところを一人の男に助けられた。 その男――ギルバートとの出逢いがエリスの運命を大きく変え、全てを奪われたエリスの幸せを取り戻す為に全面協力を誓うのだけど、そんなギルバートには誰にも言えない秘密があった。 果たして、その秘密とは? そして、エリスとの出逢いは偶然だったのか、それとも……。 これは全てを奪われた姫が辺境地に住む謎の男に溺愛されながら自分を陥れた者たちに復讐をして居場所を取り戻す、成り上がりラブストーリー。 ※ ファンタジーは苦手分野なので練習で書いてます。設定等受け入れられない場合はすみません。 ※他サイト様にも掲載中。

没落した元名門貴族の令嬢は、馬鹿にしてきた人たちを見返すため王子の騎士を目指します!

日之影ソラ
ファンタジー
 かつては騎士の名門と呼ばれたブレイブ公爵家は、代々王族の専属護衛を任されていた。 しかし数世代前から優秀な騎士が生まれず、ついに専属護衛の任を解かれてしまう。それ以降も目立った活躍はなく、貴族としての地位や立場は薄れて行く。  ブレイブ家の長女として生まれたミスティアは、才能がないながらも剣士として研鑽をつみ、騎士となった父の背中を見て育った。彼女は父を尊敬していたが、周囲の目は冷ややかであり、落ちぶれた騎士の一族と馬鹿にされてしまう。  そんなある日、父が戦場で命を落としてしまった。残されたのは母も病に倒れ、ついにはミスティア一人になってしまう。土地、お金、人、多くを失ってしまったミスティアは、亡き両親の想いを受け継ぎ、再びブレイブ家を最高の騎士の名家にするため、第一王子の護衛騎士になることを決意する。 こちらの作品の連載版です。 https://ncode.syosetu.com/n8177jc/

【完結】地味令嬢の願いが叶う刻

白雨 音
恋愛
男爵令嬢クラリスは、地味で平凡な娘だ。 幼い頃より、両親から溺愛される、美しい姉ディオールと後継ぎである弟フィリップを羨ましく思っていた。 家族から愛されたい、認められたいと努めるも、都合良く使われるだけで、 いつしか、「家を出て愛する人と家庭を持ちたい」と願うようになっていた。 ある夜、伯爵家のパーティに出席する事が認められたが、意地悪な姉に笑い者にされてしまう。 庭でパーティが終わるのを待つクラリスに、思い掛けず、素敵な出会いがあった。 レオナール=ヴェルレーヌ伯爵子息___一目で恋に落ちるも、分不相応と諦めるしか無かった。 だが、一月後、驚く事に彼の方からクラリスに縁談の打診が来た。 喜ぶクラリスだったが、姉は「自分の方が相応しい」と言い出して…  異世界恋愛:短編(全16話) ※魔法要素無し。  《完結しました》 お読み下さり、お気に入り、エール、ありがとうございます☆ 

悪役令嬢の居場所。

葉叶
恋愛
私だけの居場所。 他の誰かの代わりとかじゃなく 私だけの場所 私はそんな居場所が欲しい。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ※誤字脱字等あれば遠慮なく言ってください。 ※感想はしっかりニヤニヤしながら読ませて頂いています。 ※こんな話が見たいよ!等のリクエストも歓迎してます。 ※完結しました!番外編執筆中です。

吸血鬼公爵に嫁いだ私は血を吸われることもなく、もふもふ堪能しながら溺愛されまくってます

リオール
恋愛
吸血鬼公爵に嫁ぐこととなったフィーリアラはとても嬉しかった。 金を食い潰すだけの両親に妹。売り飛ばすような形で自分を嫁に出そうとする家族にウンザリ! おまけに婚約者と妹の裏切りも発覚。こんな連中はこっちから捨ててやる!と家を出たのはいいけれど。 逃げるつもりが逃げれなくて恐る恐る吸血鬼の元へと嫁ぐのだった。 結果、血なんて吸われることもなく、吸血鬼公爵にひたすら愛されて愛されて溺愛されてイチャイチャしちゃって。 いつの間にか実家にざまぁしてました。 そんなイチャラブざまぁコメディ?なお話しです。R15は保険です。 ===== 2020/12月某日 第二部を執筆中でしたが、続きが書けそうにないので、一旦非公開にして第一部で完結と致しました。 楽しみにしていただいてた方、申し訳ありません。 また何かの形で公開出来たらいいのですが…完全に未定です。 お読みいただきありがとうございました。

乙女ゲームのヒロインに転生、科学を駆使して剣と魔法の世界を生きる

アミ100
ファンタジー
国立大学に通っていた理系大学生カナは、あることがきっかけで乙女ゲーム「Amour Tale(アムール テイル)」のヒロインとして転生する。 自由に生きようと決めたカナは、あえて本来のゲームのシナリオを無視し、実践的な魔法や剣が学べる魔術学院への入学を決意する。 魔術学院には、騎士団長の息子ジーク、王国の第2王子ラクア、クラスメイト唯一の女子マリー、剣術道場の息子アランなど、個性的な面々が在籍しており、楽しい日々を送っていた。 しかしそんな中、カナや友人たちの周りで不穏な事件が起こるようになる。 前世から持つ頭脳や科学の知識と、今世で手にした水属性・極闇傾向の魔法適性を駆使し、自身の過去と向き合うため、そして友人の未来を守るために奮闘する。 「今世では、自分の思うように生きよう。前世の二の舞にならないように。」

虐げられた落ちこぼれ令嬢は、若き天才王子様に溺愛される~才能ある姉と比べられ無能扱いされていた私ですが、前世の記憶を思い出して覚醒しました~

日之影ソラ
恋愛
異能の強さで人間としての価値が決まる世界。国内でも有数の貴族に生まれた双子は、姉は才能あふれる天才で、妹は無能力者の役立たずだった。幼いころから比べられ、虐げられてきた妹リアリスは、いつしか何にも期待しないようになった。 十五歳の誕生日に突然強大な力に目覚めたリアリスだったが、前世の記憶とこれまでの経験を経て、力を隠して平穏に生きることにする。 さらに時がたち、十七歳になったリアリスは、変わらず両親や姉からは罵倒され惨めな扱いを受けていた。それでも平穏に暮らせるならと、気にしないでいた彼女だったが、とあるパーティーで運命の出会いを果たす。 異能の大天才、第六王子に力がばれてしまったリアリス。彼女の人生はどうなってしまうのか。

貴方にとって、私は2番目だった。ただ、それだけの話。

天災
恋愛
 ただ、それだけの話。

処理中です...