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状況説明 その3

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「べつに、わたしとヴァイオレンツ様の婚約は親同士が勝手に決めたことですし。昔は、まあ心をときめかせたこともあったような……気もしなくもないですけど。でも、年取れば馬鹿でも悟ります。あ、この人わたしにまったく興味ないんだなって。そんな人を純粋に想い続けていられるほどわたし純情でもなかったんですよね。ほかに好きな人ができたのならさっさと言ってくれればいいのに」

 乙女ゲームに転生したという前世の記憶を取り戻す前のわたしは、そのほかの貴族のご令嬢たちと同じように麗しいヴァイオレンツに淡い恋心を抱いていた。それこそ初恋だった。

 この人のお嫁さんになりたい、だなんて小さいころは無邪気に言っていたっけ。

 今となっては完全な黒歴史だけどもさ。そうそう、それこそ無邪気に高慢な公爵令嬢をやっていたわ。
 記憶を取り戻してからは、徐々に前世の人格が前に出てきたのと、ちょっと一歩引いた視線でこの世界のことを見るようになったし、わたしとヴァイオレンツが結ばれることなんて絶対に無いことがわかっていたから、彼への恋心は散っていった。というか冷めていった。

「きみから結婚の約束を無しにしようとは言わなかったのかい?」
「家と家とのつながりなので、わたしから言っても父に一蹴されるだけです。現にシュリーゼム魔法学園に入学したくないってやんわりと伝えたときはめちゃくちゃ怒られましたし」

 ベルヘウム家の現当主、わたしの父は典型的な貴族の人間だ。特権階級の人間であることが誇りのような人間で、彼の根回しによってわたしはシュタインハルツ王国の、未来の国王の婚約者になった。

 前世の記憶を思い出したわたしは悪役令嬢幽閉ルート回避のために、そもそもシュリーゼム魔法学園ににゅうがくしなければよいのでは? と思って、動いてみたけれど結果は惨敗。父はめちゃくちゃ怒った。

 シュリーゼム魔法学園に入学する、ということがまずシュタインハルツの上流階級でのステイタスだから。

「それで、その元婚約者は新しい恋人と逢瀬を楽しむのにきみのことが邪魔になって、きみに毒を盛ったっていうことかい?」
「いえ、それは違います。殿下はわたしに白亜の塔という魔法使いの牢獄行きを命じたんです」

「白亜の塔?」
 黄金竜の夫妻がそろって復唱した。

「白亜の塔というのはシュタインハルツの王都の外れの森に立つ白い塔で。魔法の罪を犯した者が入れられる、魔法使い専用の牢獄です」

 罪を犯した魔法使いはその罪の重さによって入れられる牢獄が変わる。
 もっとも重い罪を犯した人間は白亜の塔へ送られ、魔力を吸い取る腕輪をはめられる。そして、魔力を根こそぎ奪われる。奪われた魔力は王宮の結界補強のために使われる。

 まさに資源の再利用。循環型社会の見本のようなシステム。って、聞こえはいいけど魔力を強制的に奪われた人間は衰弱して死に至る。別名魔法使いの処刑場。

 というようなことをわたしは説明した。

「あら、まあ」
 夫妻は再び互いに顔を見合わせる。
「それは、酷い」

「だって、あなたはフローレンスという娘(こ)に口頭で注意はしていたけれど、人がうわさをするような怪我をさせたり毒物を仕込んだり、なんてことはしていなかったじゃない」

 レィファルメアがわたしのほうを見て断言する。
 わたしのほうが逆に驚いた。

「え、だって。みんな信じてくれなかったのに。それに最初あなた達も、どっちが本当のわたしなんだろうって」

 わたしにも一応公爵令嬢で、王太子の婚約者という立場があるから、フローレンスが無邪気にヴァイオレンツに接触していたことを、やんわりと注意したことはある。

 わたしだってやりたくはなかったけれど、一応ね。立場ってものがあるんですよ。
 ああ貴族社会面倒。

「あら、わたくしさっき言ったでしょう。風の精霊に聞いたって。シュリーゼム魔法学園をよく通る風たちがね、フローレンスが他の者たちから同情を引くことができるように、あなたが悪い子だと思われるように振舞っていたことも教えてくれたの」

 レィファルメアはぱちんと片目をつむった。

「しかし、全部風の精霊たちが見聞きしたもので、きみ自身の言葉では聞いていなかったから。私たちはきみ自身の人となりが知りたかったんだよ」
「実際に今こうして目の前にいるあなたとお話してみて、わたくしあなたに好感を持っているの。素直でいい子ねって」

 レィファルメアの優しい鈴のような声にわたしはちょっと目が潤んでしまう。
 いい子って言われるの、嬉しいけど恥ずかしい。

「そ、そうだったんだぁ」

 なんだかどっと力が抜けたわたしは、ほぅっと深く息を吐いた。
 学園のみんなはわたしのことを全然信じてくれなかった。けれど、目の前の黄金竜たちはきちんと真実を暴いてくれた。
 なんだか嬉しかった。

「わたしの言葉はあの学園ではちっとも届かなかったし。もともとヴァイオレンツ様はわたしのことを嫌っていたし。わたし、身に覚えのない罪で白亜の塔へ行くことも嫌だったので必死で考えたんです。それで、思いついたのが死んだふりをしてこっそり国を出て、一人で生きて行こうって。これならだれにも迷惑をかけないかなって」

 もとより家族の情なんてほぼない家だったし。
 わたしがいなくなってもあの家にはまだ弟がいるから、後継ぎ問題も問題なし。

 むしろ、婚約破棄された娘が死んでくれて父は内心ほっとしているかもしれない。
 それくらい互いに関心の無い家だった。あるのはベルヘウム家に生まれた誇りだけ。それも選民思想にまみれていたものだったけれど。

「今の話からすると、あの毒はあなた自身で飲んだってことなのね」
「なるほど。きみの決意はわかった」

「毒ではなく仮死状態になる薬です。たしかに、効くかどうかわからないって触れ込みだったから賭けだったけど。死ぬまで魔力を吸いつくされるとかいう未来よりかはましですから」
 わたしはふうっと息を吐いて紅茶を飲んだ。

「きみはなかなか頼もしい娘なんだね」
「でも、危険な賭けよ。今後はそういう無茶はしてはだめ。あなたが亡くなったら悲しむ人だっているもの」

「んん~、それは、あまり想像がつかない」
 なにしろシュタインハルツでは悪役令嬢だったわけで。人望があるとは思えないし。

「あなたの実家に様子を見に行ってもらったのだけれどね」
「え、誰に?」

「風たちに、よ。お屋敷の使用人たちは複雑そうだったわ。ちゃんとあなたの死を悼んでくれているもの。って、あなたまだ生きているけれど。それに、次にあなたの命に危機が迫ったらわたくしたちが心配をするわ」

「そ、それは……、心配をかけた人たちには悪いと思います。はい」

 そっか。わたしのこと気にかけてくれていた人もいたんだ。それは悪いことをした。
 リーゼロッテ・ベルヘウムは一応元気でやっています。心配かけてすみません。
 わたしは心の中であやまった。

「少し長いお話になってしまったわね。あなたもう一度休んだ方がいいわ。部屋を整えてあるの。案内するわね」
 レィファルメアが立ち上がる。
「え、でも長居するのは悪いですし、わたしも早く新しい生活を始めたいのでそろそろお暇します」

 わたしは慌てた。
 当初の予定では国境を越えている頃だし。いつまでの黄金竜の住まいにいるわけにもいかない。

「あら、だめよ。まだ起きたばかりで体力だって回復しているわけではないでしょう。もう少し体を休めないと」
「そうだよ。人間はちょっと生き急ぎすぎる」

 なぜだかミゼルカイデンまでもがわたしのことを引き留める。
 ていうか、竜の寿命が人間よりも長いからそういう感覚になるのであって、わたしはいたって普通の時間間隔で生きていますよ。

「ていうか、ここはどこですか?」


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