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お父さん
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川の音が聞こえる。
初めてたらふく飯を食い、初めて綺麗な着物を着て、初めて綺麗な寝床で寝た。
親もなく、その日生きるにも苦しかった俺がこの好待遇。それは明日俺がこの村の為に死ぬからだ。水神様にその身を捧げるとか何とか言って次の日奴等は俺をすまきにして川に突き落とした。
飢饉が続き、親がいても多くの子が死に、大人も死んだ。皆んなが皆んな生きたくて食べ物を奪い合い、命を奪い合い、そして最後が神頼み。馬鹿馬鹿しい。
ザブンッと水飛沫を上げて、身体が水の中に沈んでいく。空気の代わりに肺を水が満たしていく。
別に俺は俺以外の奴なんてどうでもいい。この身を捧げて村を救いたいなんざ俺は思っていなかった。ただ、腹が減り、食い物に飛びついたらこのざまだ。
「俺がこの水の中で溺死するぐらいなら皆んな腹を空かせて死ねばいい。」
ドス黒い感情とともに水の底に沈んでいく。
そんな感情を抱いて沈んだからだろうか。あの方が俺を見つけたのは…。
水の中に沈む中、水面に黒い羽根が舞い落ち、浮かんだ。
気付けば逞しい腕に抱き上げられていて、水の代わりに肺に空気が入ってくる。
「お主は人をやめても生きたいか? 」
赤い顔に長い鼻の男が俺にそう聞いた。
男は『鞍馬天狗』と名乗り、黒い翼を羽ばたかせ、空を飛び、俺をある山まで連れて行き、新たに『白露』という名を与えた。
『うん。いっぱいいっぱい雨降ってねってお願いしたんだ。いっぱいいっぱい頑張ったんだよ。』
あの幼女の魂は何処までも澄んでいた。
同じ人身御供でも幼女は誰も恨んでいなかった。まだ幼すぎたからやもしれぬが、何処までも水のように澄んでいて、あの幼女が降らせた雨音は優しい綺麗な音がした。
範頼は幼女だったものを優しく抱いて、寝息を立てていた。骸の筈なのに何処か幼女の骸は範頼の腕の中で安心して眠っているように見えた。
『お父さん。』
そう小さな呟きが雨音の中に聞こえ、スッと範頼の腕の中から幼女の骸が消えた。雨もいつの間にかに止み、雲間から夜空が見えた。
『天狗は父にはなれぬのだ。』
そう師匠は父を求める牛若を見つめていた。
しかし儂は父という生き物がよく分からなかった。儂は物心ついた時から父も母も知らなかったから。
「父って何だ? 」
そう牛若に問うと牛若は目を丸くした。
が、やがて嬉しそうに自身の中の父の像を語り始めた。
「父上っていうのは、何時だって俺達の前を歩き、道を示してくれるんだ。」
「それは師匠じゃ、駄目なのか? 」
「間違っていたら厳しく諭してくれて、きちんと出来たら褒めてくれる。」
「だからそれは師匠でもよくないか? 」
「撫でて抱きしめてくれる。俺がここにいていいんだって思える安心感をくれるんだ。」
「もう、よく分からん。」
やはり師匠で事足りるじゃないかと溜息をつくと、牛若が苦笑を浮かべた。そして星空を眺めた。その表情は会った事のない父を想うような羨望が浮かんでいた。
もう既に腕から消えてしまった幼女の骸を愛おしそうに範頼が抱き締める。その寝顔には何処までも優しい表情が浮かんでいて、何だかそれを眺めていると何処か心が穏やかになるような気がした。
「お前が求めてたものはこれか? 」
今は亡き友に問う。
勿論、答えは返ってくる事はもうない。
ころんと範頼の背の近くに寝転がると自身より少し幅のある背中が目の前に広がる。その背に手を当てるとじんわりと熱が範頼の背から儂の手に伝わってくる。
ー 温かい。
何だかその体温を感じていたくて範頼の背に自身の背をつけて寝ると何時もより心がふわりと和らいでうとうと、と安らかな眠気が儂を誘う。
『お父さん。』
これが父というものなのだろうか。
牛若が求めていたものだろうか。
その答えは牛若に聞いても、あの幼女に聞いてももう、返ってこない。範頼には何となく聞きたくない。それは儂のプライドが許さない。
ただその温かさに微睡み、何だか優しい夢を見た気がした。
初めてたらふく飯を食い、初めて綺麗な着物を着て、初めて綺麗な寝床で寝た。
親もなく、その日生きるにも苦しかった俺がこの好待遇。それは明日俺がこの村の為に死ぬからだ。水神様にその身を捧げるとか何とか言って次の日奴等は俺をすまきにして川に突き落とした。
飢饉が続き、親がいても多くの子が死に、大人も死んだ。皆んなが皆んな生きたくて食べ物を奪い合い、命を奪い合い、そして最後が神頼み。馬鹿馬鹿しい。
ザブンッと水飛沫を上げて、身体が水の中に沈んでいく。空気の代わりに肺を水が満たしていく。
別に俺は俺以外の奴なんてどうでもいい。この身を捧げて村を救いたいなんざ俺は思っていなかった。ただ、腹が減り、食い物に飛びついたらこのざまだ。
「俺がこの水の中で溺死するぐらいなら皆んな腹を空かせて死ねばいい。」
ドス黒い感情とともに水の底に沈んでいく。
そんな感情を抱いて沈んだからだろうか。あの方が俺を見つけたのは…。
水の中に沈む中、水面に黒い羽根が舞い落ち、浮かんだ。
気付けば逞しい腕に抱き上げられていて、水の代わりに肺に空気が入ってくる。
「お主は人をやめても生きたいか? 」
赤い顔に長い鼻の男が俺にそう聞いた。
男は『鞍馬天狗』と名乗り、黒い翼を羽ばたかせ、空を飛び、俺をある山まで連れて行き、新たに『白露』という名を与えた。
『うん。いっぱいいっぱい雨降ってねってお願いしたんだ。いっぱいいっぱい頑張ったんだよ。』
あの幼女の魂は何処までも澄んでいた。
同じ人身御供でも幼女は誰も恨んでいなかった。まだ幼すぎたからやもしれぬが、何処までも水のように澄んでいて、あの幼女が降らせた雨音は優しい綺麗な音がした。
範頼は幼女だったものを優しく抱いて、寝息を立てていた。骸の筈なのに何処か幼女の骸は範頼の腕の中で安心して眠っているように見えた。
『お父さん。』
そう小さな呟きが雨音の中に聞こえ、スッと範頼の腕の中から幼女の骸が消えた。雨もいつの間にかに止み、雲間から夜空が見えた。
『天狗は父にはなれぬのだ。』
そう師匠は父を求める牛若を見つめていた。
しかし儂は父という生き物がよく分からなかった。儂は物心ついた時から父も母も知らなかったから。
「父って何だ? 」
そう牛若に問うと牛若は目を丸くした。
が、やがて嬉しそうに自身の中の父の像を語り始めた。
「父上っていうのは、何時だって俺達の前を歩き、道を示してくれるんだ。」
「それは師匠じゃ、駄目なのか? 」
「間違っていたら厳しく諭してくれて、きちんと出来たら褒めてくれる。」
「だからそれは師匠でもよくないか? 」
「撫でて抱きしめてくれる。俺がここにいていいんだって思える安心感をくれるんだ。」
「もう、よく分からん。」
やはり師匠で事足りるじゃないかと溜息をつくと、牛若が苦笑を浮かべた。そして星空を眺めた。その表情は会った事のない父を想うような羨望が浮かんでいた。
もう既に腕から消えてしまった幼女の骸を愛おしそうに範頼が抱き締める。その寝顔には何処までも優しい表情が浮かんでいて、何だかそれを眺めていると何処か心が穏やかになるような気がした。
「お前が求めてたものはこれか? 」
今は亡き友に問う。
勿論、答えは返ってくる事はもうない。
ころんと範頼の背の近くに寝転がると自身より少し幅のある背中が目の前に広がる。その背に手を当てるとじんわりと熱が範頼の背から儂の手に伝わってくる。
ー 温かい。
何だかその体温を感じていたくて範頼の背に自身の背をつけて寝ると何時もより心がふわりと和らいでうとうと、と安らかな眠気が儂を誘う。
『お父さん。』
これが父というものなのだろうか。
牛若が求めていたものだろうか。
その答えは牛若に聞いても、あの幼女に聞いてももう、返ってこない。範頼には何となく聞きたくない。それは儂のプライドが許さない。
ただその温かさに微睡み、何だか優しい夢を見た気がした。
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