上 下
11 / 15

お父さん

しおりを挟む
川の音が聞こえる。

初めてたらふく飯を食い、初めて綺麗な着物を着て、初めて綺麗な寝床で寝た。

親もなく、その日生きるにも苦しかった俺がこの好待遇。それは明日俺がこの村の為に死ぬからだ。水神様にその身を捧げるとか何とか言って次の日奴等は俺をすまきにして川に突き落とした。

飢饉が続き、親がいても多くの子が死に、大人も死んだ。皆んなが皆んな生きたくて食べ物を奪い合い、命を奪い合い、そして最後が神頼み。馬鹿馬鹿しい。


ザブンッと水飛沫を上げて、身体が水の中に沈んでいく。空気の代わりに肺を水が満たしていく。

別に俺は俺以外の奴なんてどうでもいい。この身を捧げて村を救いたいなんざ俺は思っていなかった。ただ、腹が減り、食い物に飛びついたらこのざまだ。

「俺がこの水の中で溺死するぐらいなら皆んな腹を空かせて死ねばいい。」

ドス黒い感情とともに水の底に沈んでいく。
そんな感情を抱いて沈んだからだろうか。あの方が俺を見つけたのは…。


水の中に沈む中、水面に黒い羽根が舞い落ち、浮かんだ。

気付けば逞しい腕に抱き上げられていて、水の代わりに肺に空気が入ってくる。

「お主は人をやめても生きたいか? 」

赤い顔に長い鼻の男が俺にそう聞いた。
男は『鞍馬天狗』と名乗り、黒い翼を羽ばたかせ、空を飛び、俺をある山まで連れて行き、新たに『白露』という名を与えた。


『うん。いっぱいいっぱい雨降ってねってお願いしたんだ。いっぱいいっぱい頑張ったんだよ。』

あの幼女の魂は何処までも澄んでいた。
同じ人身御供でも幼女は誰も恨んでいなかった。まだ幼すぎたからやもしれぬが、何処までも水のように澄んでいて、あの幼女が降らせた雨音は優しい綺麗な音がした。

範頼は幼女だったものを優しく抱いて、寝息を立てていた。骸の筈なのに何処か幼女の骸は範頼の腕の中で安心して眠っているように見えた。

『お父さん。』

そう小さな呟きが雨音の中に聞こえ、スッと範頼の腕の中から幼女の骸が消えた。雨もいつの間にかに止み、雲間から夜空が見えた。

『天狗は父にはなれぬのだ。』

そう師匠は父を求める牛若を見つめていた。
しかし儂は父という生き物がよく分からなかった。儂は物心ついた時から父も母も知らなかったから。

「父って何だ? 」

そう牛若に問うと牛若は目を丸くした。
が、やがて嬉しそうに自身の中の父の像を語り始めた。

「父上っていうのは、何時だって俺達の前を歩き、道を示してくれるんだ。」

「それは師匠じゃ、駄目なのか? 」

「間違っていたら厳しく諭してくれて、きちんと出来たら褒めてくれる。」

「だからそれは師匠でもよくないか? 」

「撫でて抱きしめてくれる。俺がここにいていいんだって思える安心感をくれるんだ。」 

「もう、よく分からん。」

やはり師匠で事足りるじゃないかと溜息をつくと、牛若が苦笑を浮かべた。そして星空を眺めた。その表情は会った事のない父を想うような羨望が浮かんでいた。



もう既に腕から消えてしまった幼女の骸を愛おしそうに範頼が抱き締める。その寝顔には何処までも優しい表情が浮かんでいて、何だかそれを眺めていると何処か心が穏やかになるような気がした。

「お前が求めてたものはこれか? 」

今は亡き友に問う。
勿論、答えは返ってくる事はもうない。

ころんと範頼の背の近くに寝転がると自身より少し幅のある背中が目の前に広がる。その背に手を当てるとじんわりと熱が範頼の背から儂の手に伝わってくる。

ー 温かい。

何だかその体温を感じていたくて範頼の背に自身の背をつけて寝ると何時もより心がふわりと和らいでうとうと、と安らかな眠気が儂を誘う。

『お父さん。』

これが父というものなのだろうか。
牛若が求めていたものだろうか。

その答えは牛若に聞いても、あの幼女に聞いてももう、返ってこない。範頼には何となく聞きたくない。それは儂のプライドが許さない。

ただその温かさに微睡み、何だか優しい夢を見た気がした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

姫様、江戸を斬る 黒猫玉の御家騒動記

あこや(亜胡夜カイ)
歴史・時代
旧題:黒猫・玉、江戸を駆ける。~美弥姫初恋顛末~ つやつやの毛並みと緑の目がご自慢の黒猫・玉の飼い主は大名家の美弥姫様。この姫様、見目麗しいのにとんだはねかえりで新陰流・免許皆伝の腕前を誇る変わり者。その姫様が恋をしたらしい。もうすぐお輿入れだというのに。──男装の美弥姫が江戸の町を徘徊中、出会った二人の若侍、律と若。二人のお家騒動に自ら首を突っ込んだ姫の身に危険が迫る。そして初恋の行方は── 花のお江戸で美猫と姫様が大活躍!外題は~みやひめはつこいのてんまつ~ 第6回歴史・時代小説大賞で大賞を頂きました!皆さまよりの応援、お励ましに心より御礼申し上げます。 有難うございました。 ~お知らせ~現在、書籍化進行中でございます。21/9/16をもちまして、非公開とさせて頂きます。書籍化に関わる詳細は、以降近況ボードでご報告予定です。どうぞよろしくお願い致します。

教皇の獲物(ジビエ) 〜コンスタンティノポリスに角笛が響く時〜

H・カザーン
歴史・時代
 西暦一四五一年。  ローマ教皇の甥レオナルド・ディ・サヴォイアは、十九歳の若さでヴァティカンの枢機卿に叙階(任命)された。  西ローマ帝国を始め広大な西欧の上に立つローマ教皇。一方、その当時の東ローマ帝国は、かつての栄華も去り首都コンスタンティノポリスのみを城壁で囲まれた地域に縮小され、若きオスマンの新皇帝メフメト二世から圧迫を受け続けている都市国家だった。  そんなある日、メフメトと同い年のレオナルドは、ヴァティカンから東ローマとオスマン両帝国の和平大使としての任務を受ける。行方不明だった王女クラウディアに幼い頃から心を寄せていたレオナルドだが、彼女が見つかったかもしれない可能性を西欧に残したまま、遥か東の都コンスタンティノポリスに旅立つ。  教皇はレオナルドを守るため、オスマンとの戦争勃発前には必ず帰還せよと固く申付ける。  交渉後に帰国しようと教皇勅使の船が出港した瞬間、オスマンの攻撃を受け逃れてきたヴェネツィア商船を救い、レオナルドらは東ローマ帝国に引き返すことになった。そのままコンスタンティノポリスにとどまった彼らは、四月、ついにメフメトに城壁の周囲を包囲され、籠城戦に巻き込まれてしまうのだった。  史実に基づいた創作ヨーロッパ史!  わりと大手による新人賞の三次通過作品を改稿したものです。四次の壁はテオドシウス城壁より高いので、なかなか……。  表紙のイラストは都合により主人公じゃなくてユージェニオになってしまいました(スマソ)レオナルドは、もう少し孤独でストイックなイメージのつもり……だったり(*´-`)

西涼女侠伝

水城洋臣
歴史・時代
無敵の剣術を会得した男装の女剣士。立ち塞がるは三国志に名を刻む猛将馬超  舞台は三國志のハイライトとも言える時代、建安年間。曹操に敗れ関中を追われた馬超率いる反乱軍が涼州を襲う。正史に残る涼州動乱を、官位無き在野の侠客たちの視点で描く武侠譚。  役人の娘でありながら剣の道を選んだ男装の麗人・趙英。  家族の仇を追っている騎馬民族の少年・呼狐澹。  ふらりと現れた目的の分からぬ胡散臭い道士・緑風子。  荒野で出会った在野の流れ者たちの視点から描く、錦馬超の実態とは……。  主に正史を参考としていますが、随所で意図的に演義要素も残しており、また武侠小説としてのテイストも強く、一見重そうに見えて雰囲気は割とライトです。  三國志好きな人ならニヤニヤ出来る要素は散らしてますが、世界観説明のノリで注釈も多めなので、知らなくても楽しめるかと思います(多分)  涼州動乱と言えば馬超と王異ですが、ゲームやサブカル系でこの2人が好きな人はご注意。何せ基本正史ベースだもんで、2人とも現代人の感覚としちゃアレでして……。

永遠より長く

横山美香
歴史・時代
戦国時代の安芸国、三入高松城主熊谷信直の娘・沙紀は「天下の醜女」と呼ばれていた。そんな彼女の前にある日、次郎と名乗る謎の若者が現れる。明るく快活で、しかし素性を明かさない次郎に対し沙紀は反発するが、それは彼女の運命を変える出会いだった。 全五話 完結済み。

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
故郷、甲賀で騒動を起こし、国を追われるようにして出奔した 若き日の滝川一益と滝川義太夫、 尾張に流れ着いた二人は織田信長に会い、織田家の一員として 天下布武の一役を担う。二人をとりまく織田家の人々のそれぞれの思惑が からみ、紆余曲折しながらも一益がたどり着く先はどこなのか。

鬼面の忍者 R15版

九情承太郎
歴史・時代
陽花「ヤングでムッツリな服部半蔵が主人公の戦国コメディ。始まるざますよ!」 更紗「読むでがんす!」 夏美「ふんがー!」 月乃「まともに始めなさいよ!」 服部半蔵&四人の忍者嫁部隊が、徳川軍団の快進撃に貢献するチープでファンキーな歴史ライトノベルだぜ、ベイベー! ※本作品は、2016年3月10日に公開された「鬼面の忍者」を再編集し、お色気シーンを強化したイヤんバカン版です。 ※カクヨムでの重複投稿をしています。 表紙は、画像生成AIで出力したイラストです。

武田信玄救出作戦

みるく
歴史・時代
領土拡大を目指す武田信玄は三増峠での戦を終え、駿河侵攻を再開しようと準備をしていた。 しかしある日、謎の刺客によって信玄は連れ去られてしまう。 望月千代女からの報告により、武田家重臣たちは主人を助けに行こうと立ち上がる。 信玄を捕らえた目的は何なのか。そして彼らを待ち受ける困難を乗り越え、無事に助けることはできるのか!? ※極力史実に沿うように進めていますが、細々としたところは筆者の創作です。物語の内容は歴史改変ですのであしからず。

独裁者・武田信玄

いずもカリーシ
歴史・時代
歴史の本とは別の視点で武田信玄という人間を描きます! 平和な時代に、戦争の素人が娯楽[エンターテイメント]の一貫で歴史の本を書いたことで、歴史はただ暗記するだけの詰まらないものと化してしまいました。 『事実は小説よりも奇なり』 この言葉の通り、事実の方が好奇心をそそるものであるのに…… 歴史の本が単純で薄い内容であるせいで、フィクションの方が面白く、深い内容になっていることが残念でなりません。 過去の出来事ではありますが、独裁国家が民主国家を数で上回り、戦争が相次いで起こる『現代』だからこそ、この歴史物語はどこかに通じるものがあるかもしれません。 【第壱章 独裁者への階段】 国を一つにできない弱く愚かな支配者は、必ず滅ぶのが戦国乱世の習い 【第弐章 川中島合戦】 戦争の勝利に必要な条件は第一に補給、第二に地形 【第参章 戦いの黒幕】 人の持つ欲を煽って争いの種を撒き、愚かな者を操って戦争へと発展させる武器商人 【第肆章 織田信長の愛娘】 人間の生きる価値は、誰かの役に立つ生き方のみにこそある 【最終章 西上作戦】 人々を一つにするには、敵が絶対に必要である この小説は『大罪人の娘』を補完するものでもあります。 (前編が執筆終了していますが、後編の執筆に向けて修正中です)

処理中です...