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終章 ロバ耳王子と16歳と約束と

10、混濁した世界で

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「あつ……い。あたま……いたい」

「睡眠薬が、抜けないまま、媚薬を使っちゃったからかな? ごめんね。でも、その内、痛みも全部快楽に変わるから」

言ってる事がちょっとお酒を飲んだ後の父に似ているな…なんて思ったのも束の間。
そう聞き捨てならない恐ろしい事を男娼のお兄さんが口走り、僕の服の紐を解いていく。

「ふふっ。まるで花嫁の初夜みたい。全部、紐で止まってるだけの服なんて、モアナの衣装はとってもエッチだね。だって、こんな服、解いてくださいって、言ってるようなものでしょ?」

お兄さんがモアナの民族衣装に関して、とても失礼な事を言ってる気がする。
反論したいが、舌がもつれて上手く言葉が紡げず、脈も異常に早くなっていく。

ー くる…しい

胸がドキドキして、苦しくて、痛かった筈の頭がボーとする。

肌に触れる手が冷たくて気持ちいい。
綺麗に整えられた手にもっと触れて欲しくて、頰を擦り寄せた。

その手で撫でられるのが好きで、揶揄われるのはちょっとビックリしちゃうけど、それでも夕陽色の瞳を細めて笑うあの笑顔を見てると嬉しくて。

触れた唇は熱くて柔らかくて。
ホッとするようなあの温もりが恋しくて。


逃げられないように頰に擦り寄せた手に指を絡める。

お願いだから逃げないで欲しい。
もう怖がらないから。もうあんな顔させないから。だって、僕はライモンド先生が……。

「す…き…。だい…す…き」

ホロホロと涙で視界が霞む。
まだ大人じゃないから、子供だから駄目?
だったら、先生が大人にしてよ。

「すき……」

逃げないように絡めたその手を引き寄せて、口付けを落とす。
子供の僕にだって、このくらいは出来る。

「ふふふっ。ラニ様は甘え上手だね。そんなに俺が好きならあの騎士を使って拒絶した事も赦してあげる。めいいっぱい、可愛がってあげる。…脚を開いて」

「あ…し?」

「そうだよ。男同士はね。お尻を使って愛し合うんだよ? 裂けないようにちゃんと解すから、ほら、脚を開いて」

そう囁かれてブワリッと羞恥に駆られる。
そうなんだ…。色仕掛けって、そこまでするんだ。
悩殺するまでしか考えてなかった。

え? あれ?? 僕が受け入れるの? 
僕がライモンド先生に脚を開いて……。
開いて!?

急に色々と恥ずかしくなって、お腹が熱くて苦しいけど、それでも断固として一旦拒否する。

「いや……」

「ラニ様?」

「はず……かし」

「ふふふっ。ラニ様は男を煽るのが上手だね。そんな物欲しそうな目で恥ずかしがったって、説得力ないよ?」

そんな事言われたって恥ずかしいものは恥ずかしい。
羞恥に染まる顔を両手で隠すが、足首を掴まれて。

ー あれ? そういえば、なんでラベンダーの匂いがしないんだろ…

このライモンド先生は酷く甘ったるい。
ベッドの端の方から強く匂いがする。

むわむわっと紫色の煙がベッドの端にある変なお香から上がってる。
あの匂いはとても嫌な匂いだ。
昔に嗅いだ事がある気がする。あれは……。


『ローレライを出せッ!』

海から来た獣から強く香った嫌な匂い。
鉄の匂いの前にしたとても嫌な匂い。

あのお香の匂いが嫌で何処かにやりたくて手を伸ばす。
しかし、その手は掴まれて上でひとつにまとめられた。

「ダメでしょ。それはラニ様が素直にする為に必要なお香です。……ほら、ゆっくりゆっくり解しましょうね。みんなみんな寝てるから誰も邪魔には来ませんよ」

何かがおかしい。
でも、何がおかしいのか分からない。

優しく胸や首筋にキスされて、それだけで身体がゾクゾクして熱くて早くこの熱から解放されたくて……。


「ファルハ製の媚薬か」

全てを思考も心も身体も委ねてしまおうかと、力を抜いた瞬間、あのお香が宙を舞い、男娼のお兄さんの顔に降り注いだ。

「あ"つっ…。いあ"あ"っ!!?」

「あれは強力な催淫効果と幻覚作用から花街でも禁止になった筈だが? 所持するだけで罰金、使用すれば懲役は免れない。……ああ、そもそも君はファルハ王のイロだから国家転覆罪で処刑か」

顔を抑えて、苦しむ男娼のお兄さんをベッドから蹴り落とし、誰かが窓を開け放つ。
夜の外気が酷く甘い匂いが漂う部屋の中に雪崩れ込み、匂いが薄まっていく。
それでも風が肌を撫でる度に未知の感覚がせり上がり、悲鳴をあげる。

ー 怖い

少し頭にかかったモヤが薄まった瞬間。
まるで自分の身体が自分のものではなくなったような感覚が急に恐ろしくなる。
お腹の辺りがジクジクして、逃れたいのに熱は溜まる一方で。

「おじ…さん」

何時だって、怖くなったら布団に潜り込んで、抱き締めてくれるだけで、その胸の鼓動を聞くだけで安心して。

「らい…もんど…せんせぇ」

手を引いて明るい方へ導いてくれる。
話を聞いてくれて、「大丈夫だよ」って頭を撫でてくれる。


「大丈夫。ゆっくり、息を吸って」

今何処で、何をして、どうなっているのかさえ分からなくなって、ぐちゃぐちゃな中、誰かの声がした。

不思議とその声はきちんと頭に届き、呼吸の仕方を思い出すように何度も息を吸い、吐く。

「そう。上手。大丈夫。怖くない。全部、薬の所為だから薬が抜けたら元通りに元気になるから」

「……うん」

「だから今は俺に身を任せて。大丈夫。すぐ苦しいのも消えるから」

その誰かは、なるだけ刺激しないように優しく抱き寄せると、優しく素肌に触れる。
それが心地良くて、ポスンッとその胸に頭を預けた。

するとふわりっとラベンダーの香りに包まれて、ほっと胸を撫で下ろす。

「ゆめ……かな」

「そう。これはただの悪夢。醒めたら全部、消えてる」

「そっか。じゃあ……」

じゃあ、醒めたくないな……。


敏感なロバ耳の付け根や耳を優しくなぶられて、他人には触れて欲しくない所をいじめられて、何度も欲を吐き出して、気付けば自分の寮で目を覚ました。


「……夢オチ?」

「阿呆ッ。あんな事件、夢オチで終わらせるなッ!」

そう寝起き早々、罵声を浴びせるフィルは今にも泣きそうだった。


なんでもフラント侯爵はファルハ王国と繋がっていたそうで、僕を拐う事が今回の夜会の目的だったらしい。
しかし、甥の暴挙や協力関係にあった男娼の暴走により計画は丸潰れ。

ファルハ王の手土産にエレンを拐おうとしたが、フラント侯爵はシルビオに仕留められ、フラント侯爵の協力者は《仮面の男爵》が捉えたという、僕が寝てる間に大事件が起きていた。

「……《仮面の男爵》は今回の報酬として、今後、社交界には参加しせずともいい権利を求めたらしい」

「それは…つまり……」

「逃げられたな」

その言葉にワッと僕は見たくない現実から顔を覆った。

媚薬で意識が白濁する僕を助けに来たのは、絶対、《仮面の男爵》改め、ライモンド先生だった。

羞恥を晒して、僕は一体何をした!? 
僕は一体何を得たというのか……。
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