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第二章 ローレライとロバ耳王子と陰謀と

41、ライモンド・クェーバ

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シルビオをアレ呼ばわりして、グルグル眼鏡先輩はぶるぶると震える。

「恐ろしいのですよ、ホント。下手にラニ氏に近付けば、わたくしは冗談ではなく、この学園から消されてしまうっ…」

「いやいや。消さないでしょ」

「本当に分かってないのですね。分かってない!!」

ポンコツと言わんばかりにこちらをグルグル眼鏡越しから睨んでくるグルグル眼鏡先輩。

いやいや、物騒でしょ。関わっただけで消すって。
シルビオは騎士だよ?暗殺者じゃない。
確かにグルグル眼鏡先輩の僕への扱いは雑だけど、別に許容範囲。

そりゃあ、もし皇子に対して僕と同じようにグルグル眼鏡先輩が扱ってたら静かにキレるかもしれないけど…。

そう抗議するとグルグル眼鏡先輩は可哀想なものを見るような目で僕を見ると、諦めたようにため息を吐いた。

「はぁ…。シルビオルートのシルビオは確かに乙女ゲームや少女漫画にありがちな執着心強めな攻めキャラでしたよ。エレンをお姫様扱いしつつも徹底して俺のものだと目立つ所にキスマーク残したり、大衆の面前で唇を奪ったり…。彼の画面越しのプレイヤーにも主人公は俺のものだと言わんばかりに見てくるあの紫紺の瞳…。画面越しなら良かったのですけどね」

「ねぇ。シルビオが本当に恐ろしいキャラだって事は分かったけど。それとこれと何が関けi…」

「気付くのです、ポンコツ。自身が既にシルビオの執着範囲に入っている事に」

「いやいやいや、そ、そんな事は…」

「…ラニ氏に近付く輩はシルビオが徹底的に身辺調査されるのですよっ。下手にラニ氏に近付けば、わたくしはラニ氏の教育に悪い存在と見なされて消されるのですっ…」

「先輩は教育に悪い存在なの? え? それ、自分で言ってて悲しくない??」

グルグル眼鏡先輩は何処か達観した顔でここではない何処か遠くを見つめている。

僕も僕で違うと思いつつも、そういえば最初の頃よりどんどん距離が近くなっているなとふっと思い、そっとその思いに蓋を閉めた。
きっと、段々と距離を詰め寄られているなんて気の所為だ。そうに違いない。


「そういえば、闇ルートで合宿で崖から落ちたと聞きましたよ? で、誰の《イベント》をぶち壊したのです?」

「や、闇ルート!? 風の噂とか人伝とかじゃなく?? 先輩は闇に繋がってるの?!」

「で、誰の《イベント》を壊して、シルビオに執着されてるのですか!!」

やっと何処か遠くから意識が返ってきたグルグル眼鏡先輩がダンッと自身の膝を苛立たしげに叩く。

我が道を行くグルグル眼鏡先輩は僕の疑問は基本無視だ。
うん。いつも通りだね…。

「知らないよ! 皇子とペアだったエレンが消えて探してたら、急に森に潜んでたファルハの人達に追われて逃げたら落ちたんだよ。…言っておくけど、全く甘い展開なんてなかったからね! 頭からは血は出るし、左手は骨折してちょっと神経を傷付けた影響で未だに握力が弱いままだし」

だから、僕は誰も寝取ってない。
寧ろ、死に掛けて寝込んでた。

そうグルグル眼鏡先輩に言い返して、左手でグルグル眼鏡先輩の手を全力で握る。
しかし、グルグル眼鏡先輩は全力で握られた痛みに顔を歪める事なく、グルグル眼鏡の下の目を見開いてこちらを見ていた。

「これが…全力?」

「そうだよ」

「ただの握手が?」

「まぁ、日常生活にさして支障はないけどさ。僕、両利きだからね」

全力で手をにぎにぎして、どうだと僕の無実を証明する。
しかし、グルグル眼鏡先輩は大きく目を見開いたまま全力で僕を怒鳴った。

「大怪我じゃないですかっ! 何をっ、何をそんな平然にっ、笑って…」

「せ、先輩!? ここ図書館」

「馬鹿だ馬鹿だとは思っていましたが、馬鹿にも程があるッ!!」

「先輩。バレるって。シルビオこっち見てる」

グルグル眼鏡先輩の怒鳴り声に図書館に居た人全員が振り返る。
外のシルビオも違和感を感じ取ったのか、こちらをじっと見てる。

小声でテーブル下のグルグル眼鏡先輩に注意する。グルグル眼鏡先輩はワナワナと震える唇を噛み、怒りを逃すように息を吐いた。

「きっと、そのうち良くなるよ。ならなくても釣竿は両手で振れるしね!」

「ラニ氏は…能天気の極みですね」 

エイッと釣竿を振るフリをして、ニッと笑う。
するとグルグル眼鏡先輩は悪態を吐きながらワシワシとボサボサの栗色の髪を掻いた。


「よく聞きなさい。今回、ファルハ人に狙われたのはラニ氏ではありません。彼らの狙いはエレンです」

あー、言いたいない。本当はとても言いたくないと、ギリギリと歯軋りをしながらも、グルグル眼鏡先輩のその顔は諦めの境地。
不貞腐れたように膝を抱えると、独り言のように呟き始めた。

「ファルハ王アサドゥは夜会の一件からエレンを疎んでます。そしてアサドゥ王の腹心であるレーヴ人とファルハ人の混血の悪役令嬢はレーヴに潜伏しているファルハ人奴隷を使ってエレンを消そうと目論むのです」

「レーヴ人とファルハ人の混血…」

その単語に僕を見て笑う鳶色の瞳のお姉さんの姿が脳内で再生させる。

怪我をしたふりをして僕に近付いてきたレーヴ人の母親を持つファルハ人のお姉さん。
僕をファルハ人の奴隷に拐わせようとした…。


「彼女はレーヴ帝国の子爵令嬢です。盲目の令嬢という設定で普段は目を瞑り、使用人に介助されながら学園で生活しています」

「あのお姉さんが…学園にいる?」

ガタンッと椅子から立ち上がり、シルビオの元へ駆けようとした。
しかし、グルグル眼鏡先輩に手を掴まれ、ぐんっと引き戻される。


「待ちなさいっ!」

「止めないでよ、先輩。流石に僕もあのお姉さんが危ない事は分かるよ。このままじゃ、本当にエレンが危ないっ。シルビオに言って…」

「その女が捕まったら次に出てくるのはラスボスであるファルハの王です。時期尚早です。まだ誰のルートに入ってないエレンの破滅を早めるだけだと言う事に気付きなさい」

「でも…。じゃあ、どうしたら…。だって、僕の所為なんでしょ?」

スンッと思わず、鼻を鳴らす。
エレンの頬の切り傷や肝試しでの事を思い出し、怖くなってしゃがみ込む。

「…ラニ氏?」

「やだよっ…。友達が酷い目に遭うのは」

カタカタと手が震えてる。
本当に怖かった。消えたエレンがあのまま帰って来ないんじゃないかって思って…それで…。

「っ! ラニ氏。別にラニ氏を追い詰める気はなかったのです…。貴方は何時だって腹立つ程ポジティブで…」

グルグル眼鏡先輩が途方に暮れたような顔で、どうしていいか分からず背中をさする。
「ごめんなさい」と小さく呟かれた言葉はグルグル眼鏡先輩の精一杯の謝罪の言葉だった。

「ぐすっ…。ごめん。僕も先輩を責めたい訳じゃないんだ…。でも、エレンを不幸にしたい訳でもないから」

「……わたくしだって、エレンが不幸になるのは嫌です。ですが、物語に巻き込まれてラニ氏に死なれるのは不本意です。だから、この事はラニ氏の心に留めておいて欲しいのです」

グルグル眼鏡先輩は僕の左手を握って眉間に皺を寄せ、目を逸らした。

「その悪役令嬢には決して近づかないでください。関わったら貴方が死にかねない」

「うん…」

「そして、もう1人。関わってはいけない人物がいます」

グルグル眼鏡先輩の逸された目がこちらをしっかりと見据える。
その瞬間、それまで聞こえていた本を開く音や足音、図書館の中にあった音が全て消えた。

「ライモンド・クェーバ。決して、彼には関わってはなりません」

その発せられた名に。
一瞬、何を言われたのか分からなかった。
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